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第六章 火の守
第百二十七話 火の守り(3)
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現れた北の王はそのまま無言でシェイルに歩み寄るとその場で体を縮めて膝をつく。それから「おかえりなさい」という意味のロイの言葉を最上級の敬語で口にした。
この声は――。
「ご苦労様です、ダフィット」
対してシェイルはレジスの言葉で返事をする。
「実はまだ仕事中なんです」
「仕事……ですか」
ダフィットの方もレジスの言葉になり、まるで初めて気がついたとでもいうようにエリッツの方を見る。仮面なので表情はわからないが、おそらく歓迎している顔ではないだろう。
「ダフィット、急で申し訳ないですが、今から例の件で軽い打ち合わせをさせてもらえませんか」
「それはかまいませんが」
そう言って、ダフィットはまたちらりとエリッツを見た。なぜ打ち合わせにこいつがいるのかといいたいのだろう。
「あの……仕事の話の前に、どういう状況なのか、教えていただけると、その、すっきりするんですが。やはり機密事項ですか」
どこまで首をつっこんでもいいのかわからず、しどろもどろになっているエリッツにシェイルは小さく笑った。
「留守番ですよ。ねえ、ダフィット」
「そうです。今日はアレクサンドラ様の秘書官が例の件で打ち合わせに来る予定になっていたので、私が対応しました。普段はラヴォート殿下のおそばにおりますが」
いつもはエリッツを軽く扱うダフィットだが、シェイルを通して話すときはバカ丁寧で気持ちが悪い。
どうやらシェイルの不在時に外から人が来る場合はダフィットが代わって対応することになっているようだ。
そこでまた新たな疑問が生まれる。
いったい誰が北の王の正体を知っていて、誰が知らないのだろうか。アレックスの話しぶりでは、北の王との仕事ときたらエリッツが同行するものと思いこんでいるようだったので、彼女は知っていると考えて間違いなさそうだ。その秘書官となるとどうだろう。
この離れに来ることができる王族や家臣は知っていると考えるべきか。術師の存在同様、知っていたとしても知らぬふりをするのがルールなのかもしれない。エリッツも北の王とシェイルは別の存在として認識しているように振る舞うべきだろう。
しかしこの状況ではどうしたらいいのか。
ダフィットを北の王ということにして話しつつ、シェイルにはいつも通り話せばいいのか。だがダフィットがまだシェイルの前に跪いているので、このままではなんだか妙な具合だ。
エリッツはシェイルと北の王の姿をしているダフィットを交互に見て瞬きをした。
「着替えて参ります」
まさかエリッツを気づかったわけではないだろうがダフィットが静かに部屋を出てゆく。
急に静寂が部屋に充満し、エリッツはまた緊張してきた。本当にエリッツはここにいてもいいのだろうか。場違いな気がする。
「エリッツ、これおいしいですよ」
シェイルの方はいつも通りの調子でエリッツに茶菓子をすすめてくる。言われるままに口に入れると不思議なスパイスの香りが口中に広がった。すっと鼻に抜けるようで清々しさがある。はじめての香りだ。
「外国っぽいです」
エリッツの語彙力のないコメントにもシェイルは笑ってくれる。
「ええ、ロイのお菓子です。殿下もお好きなんですよ」
シェイルの普段通りの様子にようやく普通にお茶やお菓子がのどを通るようになった。そこにリギルがやってきて、シェイルに何事かを告げる。おそらくロイの言葉であろう。まだ慣れないエリッツには聞き取れなかった。
「殿下も来られたようですよ」
「ラヴォート殿下も一緒ですか」
「ええ、今回の視察に同行されますから」
「視察?」
シェイルはそれには答えず、リギルに「殿下のいつもの紅茶とこのお菓子を多めにお出ししてください。あと暑いので薄荷の葉も」と指示をした。リギルが心得ているとでもいうように口角をあげうやうやしく礼をしてから部屋を出ていく。
いれかわるようにラヴォート殿下が部屋に案内されて来た。そして挨拶より先にエリッツを指す。
「なぜそのクソガキがいる」
「殿下、おかけください。すぐにお茶とお菓子をお出ししますから」
ラヴォート殿下はエリッツを軽くにらみつつ席につく。ここではシェイルの方にやや主導権があるようだ。ロイでどうかは知らないが、席次もレジスでいえば主人が座るべき上席に座っているのがシェイルである。
「特に話し合うこともないだろう。行って帰ってくるだけのことだ」
ラヴォート殿下がめんどくさそうに口を開いたので、エリッツはいつでもメモを取れるように帳面とペンを出した。着替えを終えたダフィットも戻り、リギルにより全員に新しい紅茶が出される。
「エリッツ、まず今回の仕事の話を簡単に説明しますね」
エリッツに向かって言うということは、他のメンバーは周知のことであるということか。聞き逃さないようにしなくてはならない。エリッツがメモをとりつつ、聞いた話は以下の通りだ。
まもなくロイの保護区に視察が入る。これはまれにあることで、別段騒ぎ立てるようなことでもなかったが、今回は視察を担当するアレックスの「配慮」があると通達された。
ロイの保護区に暮らす人々を北の王に会わせてあげてはどうかということだ。その際に北の王も人々の暮らしに不足はないか一緒に視察をすることも盛りこんでいる。この件はまだロイの人々には伝えていない。
北の王がローズガーデンに参加するだけでもあの騒動だ。内部でもこの「視察」の一件は極秘扱いとなっているようだが、表面上はいつも通りの視察として書類が回っている。だがその実、今この場で日時を明かすこともできないというほどの警戒ぶりだ。
「ずいぶんと大掛かりな仕事になりそうですね」
深刻になるエリッツをラヴォート殿下が鼻で笑った。そんなことくらいで大袈裟だとでもいうような顔だ。
「北の王は俺の従者のような姿をして行くことになる」
「そんなことできますか?」
急にラヴォート殿下の従者が増えたりしたら不自然に思われたりしないだろうか。
「このまま行くんですよ」
シェイルは自分の鼻先を指さしている。つまり城内での立場、殿下の相談役としてロイの保護区に入るということか。
「大丈夫なんですか、それ」
なかなかきわどい作戦だと思ったが、想像してみるといつも通りラヴォート殿下にシェイルがついて視察をしに行くというごく自然な光景になる。さらにエリッツが同行するのも違和感がない。
「問題ありません。ロイの保護区は先の騒動以降さらに厳重に監視されていますし、視察はローズガーデンと違って国中に告知されるイベントではありません。情報の管理は万全を期しています」
ダフィットがそういうと、各々が小さくうずく。ここまでの話は確定事項でエリッツに向けて説明されたものと思われる。
「俺は今日これを食いにきたんだ」
そう言いながらラヴォート殿下は菓子をつまみ「それで――アリーは何をたくらんでいるんだ?」と、雑談のように話を切り出した。
「アレックス様は今後のレジスの軍事力においてロイの人々を軽視できないとお考えです。ここで点稼ぎをしたいんでしょう。ロイの対策においてラヴォート殿下に大きくリードされていますから」
ダフィットはそう見解を述べたが、エリッツはアレックスがそんなに計算高い人物には見えなかった。
「本日の秘書官との打ち合わせによるとアレックス様はロイの子供たちにおもちゃやお菓子を配るなどの交流も検討されているとのことでした」
ラヴォート殿下は紅茶に薄荷の葉を浮かべながら「なるほど」と頷く。
「しかしそれなら俺を呼ぶ必要はないはずだ。一人で点数でもなんでも勝手に稼げばいいだろう。なぜ俺まで視察に呼び出されなければならない」
何がおかしいのかそこでシェイルが小さく笑う。だが口を開いたのはダフィットだ。
「ラヴォート様がいらっしゃらなければ北の王が動かないからですよ」
殿下は紅茶を一口飲むと、疑わしそうな目でシェイルを見やる。
「動かないのか?」
「ええ、そのようですね」
シェイルは他人事のように言いながらティーカップに口をつける。
なんだかんだといってやはりシェイルとラヴォート殿下は仲がいい。エリッツは何だかうらやましくなってしまう。
その日はダフィットとアレックスの秘書官による打ち合わせ内容の報告とまだ日時が開示されていない視察当日のタイムスケジュールを簡単に確認して、お開きとなった。
いよいよエリッツも国の機密にかかわる重要な仕事の一端をまかされることになりそうだ。まさかこんな日が来るとは、実家で何もしていなかった頃には想像もできなかった。
この声は――。
「ご苦労様です、ダフィット」
対してシェイルはレジスの言葉で返事をする。
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どこまで首をつっこんでもいいのかわからず、しどろもどろになっているエリッツにシェイルは小さく笑った。
「留守番ですよ。ねえ、ダフィット」
「そうです。今日はアレクサンドラ様の秘書官が例の件で打ち合わせに来る予定になっていたので、私が対応しました。普段はラヴォート殿下のおそばにおりますが」
いつもはエリッツを軽く扱うダフィットだが、シェイルを通して話すときはバカ丁寧で気持ちが悪い。
どうやらシェイルの不在時に外から人が来る場合はダフィットが代わって対応することになっているようだ。
そこでまた新たな疑問が生まれる。
いったい誰が北の王の正体を知っていて、誰が知らないのだろうか。アレックスの話しぶりでは、北の王との仕事ときたらエリッツが同行するものと思いこんでいるようだったので、彼女は知っていると考えて間違いなさそうだ。その秘書官となるとどうだろう。
この離れに来ることができる王族や家臣は知っていると考えるべきか。術師の存在同様、知っていたとしても知らぬふりをするのがルールなのかもしれない。エリッツも北の王とシェイルは別の存在として認識しているように振る舞うべきだろう。
しかしこの状況ではどうしたらいいのか。
ダフィットを北の王ということにして話しつつ、シェイルにはいつも通り話せばいいのか。だがダフィットがまだシェイルの前に跪いているので、このままではなんだか妙な具合だ。
エリッツはシェイルと北の王の姿をしているダフィットを交互に見て瞬きをした。
「着替えて参ります」
まさかエリッツを気づかったわけではないだろうがダフィットが静かに部屋を出てゆく。
急に静寂が部屋に充満し、エリッツはまた緊張してきた。本当にエリッツはここにいてもいいのだろうか。場違いな気がする。
「エリッツ、これおいしいですよ」
シェイルの方はいつも通りの調子でエリッツに茶菓子をすすめてくる。言われるままに口に入れると不思議なスパイスの香りが口中に広がった。すっと鼻に抜けるようで清々しさがある。はじめての香りだ。
「外国っぽいです」
エリッツの語彙力のないコメントにもシェイルは笑ってくれる。
「ええ、ロイのお菓子です。殿下もお好きなんですよ」
シェイルの普段通りの様子にようやく普通にお茶やお菓子がのどを通るようになった。そこにリギルがやってきて、シェイルに何事かを告げる。おそらくロイの言葉であろう。まだ慣れないエリッツには聞き取れなかった。
「殿下も来られたようですよ」
「ラヴォート殿下も一緒ですか」
「ええ、今回の視察に同行されますから」
「視察?」
シェイルはそれには答えず、リギルに「殿下のいつもの紅茶とこのお菓子を多めにお出ししてください。あと暑いので薄荷の葉も」と指示をした。リギルが心得ているとでもいうように口角をあげうやうやしく礼をしてから部屋を出ていく。
いれかわるようにラヴォート殿下が部屋に案内されて来た。そして挨拶より先にエリッツを指す。
「なぜそのクソガキがいる」
「殿下、おかけください。すぐにお茶とお菓子をお出ししますから」
ラヴォート殿下はエリッツを軽くにらみつつ席につく。ここではシェイルの方にやや主導権があるようだ。ロイでどうかは知らないが、席次もレジスでいえば主人が座るべき上席に座っているのがシェイルである。
「特に話し合うこともないだろう。行って帰ってくるだけのことだ」
ラヴォート殿下がめんどくさそうに口を開いたので、エリッツはいつでもメモを取れるように帳面とペンを出した。着替えを終えたダフィットも戻り、リギルにより全員に新しい紅茶が出される。
「エリッツ、まず今回の仕事の話を簡単に説明しますね」
エリッツに向かって言うということは、他のメンバーは周知のことであるということか。聞き逃さないようにしなくてはならない。エリッツがメモをとりつつ、聞いた話は以下の通りだ。
まもなくロイの保護区に視察が入る。これはまれにあることで、別段騒ぎ立てるようなことでもなかったが、今回は視察を担当するアレックスの「配慮」があると通達された。
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深刻になるエリッツをラヴォート殿下が鼻で笑った。そんなことくらいで大袈裟だとでもいうような顔だ。
「北の王は俺の従者のような姿をして行くことになる」
「そんなことできますか?」
急にラヴォート殿下の従者が増えたりしたら不自然に思われたりしないだろうか。
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シェイルは自分の鼻先を指さしている。つまり城内での立場、殿下の相談役としてロイの保護区に入るということか。
「大丈夫なんですか、それ」
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「俺は今日これを食いにきたんだ」
そう言いながらラヴォート殿下は菓子をつまみ「それで――アリーは何をたくらんでいるんだ?」と、雑談のように話を切り出した。
「アレックス様は今後のレジスの軍事力においてロイの人々を軽視できないとお考えです。ここで点稼ぎをしたいんでしょう。ロイの対策においてラヴォート殿下に大きくリードされていますから」
ダフィットはそう見解を述べたが、エリッツはアレックスがそんなに計算高い人物には見えなかった。
「本日の秘書官との打ち合わせによるとアレックス様はロイの子供たちにおもちゃやお菓子を配るなどの交流も検討されているとのことでした」
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「ラヴォート様がいらっしゃらなければ北の王が動かないからですよ」
殿下は紅茶を一口飲むと、疑わしそうな目でシェイルを見やる。
「動かないのか?」
「ええ、そのようですね」
シェイルは他人事のように言いながらティーカップに口をつける。
なんだかんだといってやはりシェイルとラヴォート殿下は仲がいい。エリッツは何だかうらやましくなってしまう。
その日はダフィットとアレックスの秘書官による打ち合わせ内容の報告とまだ日時が開示されていない視察当日のタイムスケジュールを簡単に確認して、お開きとなった。
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