亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
149 / 239
第七章 盛夏の逃げ水

第百四十九話 盛夏の逃げ水(14)

しおりを挟む
 話は移動の詳細にうつっていった。
「この道で面倒なのは、賊の方なんだ」
 ライラは真ん中に広げた地図を指差した。アルメシエとレジスを含むかなり広範囲の地図だ。エリッツは話を聞きつつも地図上でこれまでの道のりを追ってみる。すごく長いこと旅していたような気がしたが、この地図で見ると小指の爪ほどしか動いていない。アルメシエもレジスも広大である。ますます十日という期限の短さが感じられた。いや、残りは七日だ。
 ライラたちはレジス国境の様子を見るために本隊を離れていたが、その調査を切りあげて本隊に戻るのだと説明した。戻るということは何かしら収穫があったのだろうか。もちろん教えてはもらえない。
「その本隊というのはどこにいるの?」
 エリッツは日程が気になっている。アルメシエの奥地であれば絶望的だ。国を横断するのに何日もかかる距離である。
「そんなに遠くないよ。そもそもアルメシエの城がここなんだから」
 エリッツはライラの指先を見ておどろいた。いや、アルメシエの地図は何度か目にしたことがあるはずだが、こうやって自分の足で歩いて現地を知ってからだと印象が全然違う。
「近すぎませんか」
 レジスとの国境から近すぎる。エリッツが移動した距離から割り出すとだいたい馬で一日半から二日といったところか。
「まあ、そうだね」
 ライラは何でもないような様子で受け流す。城の立地に関してあまり関心はないというか、現地の人にとっては今さらなのだろう。
 レジスの城もラインデル帝国との国境にずいぶんと近いが、レジスの場合はコルトニエス山脈とスサリオ山に抱かれるような地形にあるためまだ守りやすい。だがアルメシエの城とレジス国境との間は荒れ地ばかりでがら空きである。地図に記載がないだけで砦などの軍事的要所があるのかもしれないが、それにしても不安になる立地ではある。
 もしもレジス軍がアルメシエに攻め入ったら、さてアルメシエはどう城を守るべきなのか。まるでゲームの盤上のようにエリッツは地図を眺めてぼんやりしていた。
「城は旧アルメシエ軍が籠城しているという解釈でいいの? それできみたちはこの城を落すつもり?」
 アルヴィンが聞き返したが、ライラはしばし間をおいて「それはどうでもいいんじゃないの?」と真顔で言った。
「そもそも欲しいのはレジスからアルメシエに入ったロイの情報だろ。あんたたちは本隊に合流するまでのことを気にしてればいいよ。最後まで協力してくれるなら別だけどね」
 確かにシェイルさえ連れ戻せればエリッツの仕事は終了だが、もしもシェイルが本当にレジス国王陛下から何らかの指示を受けているのであれば状況は知っておきたい。しかし最後まで協力するのはむずかしいのも確かだ。
「わかったよ。それで、肝心のきみたちの本隊はどこにいるの?」
 アルヴィンもエリッツと同じ意見なのか、そこにはこだわることなく話をすすめる。
「このラクール渓谷の先だ」
 地図を見るとこの渓谷はアルメシエの城に側面から回りこむような形で走っている。なるほど、渓谷にひそんでいればチャンスを見て城を攻められる。だが城側から見てもそこが格好の隠れ場所になるのは一目瞭然だ。
「さっきも言ったけどこの辺りは賊が多い。渓谷ぞいにある町や村は国が乱れてからは毎日のように被害に遭っている。軍がまともに動けないことをいいことに、火事場泥棒みたいなことをやってる」
 うんざりしたようにライラはため息をついた。
「そうだ」
 突然思い出したように、ライラは仲間たちの方を見る。
「それで、足りなくなった馬は手に入ったのか。ここに来るまでも何度か賊とやりあったんだよ」
 後半はエリッツたちに説明するような口調だ。
「隊長、馬も武器もある程度補充できましたよ。エリッツさんたちがいれば戻りは楽勝かもしれませんね」
 その話はもう忘れて欲しい。エリッツはしつこくアルヴィンの方を恨みがましい目で見るが、それに気づく様子もなく地図を見て経路を確認している。
「よし。食糧も確保したし、明日すぐにでもここを出よう」
 ライラの声にまたもやテント内が騒がしくなる。
「移動は結構久々だよな」
「国境の偵察もちょうど飽きてきたし」
「ラットル村を通るならまたあの卵を焼いた料理が食べたい」
「みんな元気かな」
 ここに来るまでに賊とやりあって被害まで出ていたのに何だかのんびりしている。エリッツとは違って戦いに慣れているのだろう。
「あの子たちも一緒なのかな」
 アルヴィンが地図から顔をあげる。
「外の子供たちのこと? もちろんだよ。あの子たちは賊のせいで親を亡くしてるんだ。他に身よりもないみたいだったし、連れて行くしか仕方ないよ」
 エリッツはライラが子供を商人から買ったのかと誤解していた。思っていたよりもまともなようだ。
「それにあの商人から買った術士の子もいる。大事な戦力だよ」
 やっぱり買ったのか。
「何か文句ありそうな顔だな」
「人を売り買いするのはよくないんじゃないのかな。レジスでは一応禁止されてる」
 一応というのは、表向きはということだ。どこにでも裏側があることくらいはさすがに知っている。
「じゃ、放っておけばよかったのか。あの商人が売れなかった子をどうすると思う?」
 それを言われると何もいえない。外で遊んでいる様子からもここでひどい扱いを受けているわけではなさそうだ。ライラたちに買われてよかったといえなくもないのだろう。
 エリッツは何だかよくわからなくなってくる。国が乱れると当たり前だと思っていた価値観が通用しなくなるらしい。ここではもうレジスのような道理は通じない。甘いことをいっていると怪我をしそうだ。

 早速だった。
 あの岩場を出たエリッツたちは翌朝にラットル村というそこそこ大きな村の近くにさしかかった。誰かが卵料理がおいしいといっていた村だ。
「エリッツ、あれ」
 アルヴィンが指さした方向から煙があがっている。相変わらず乗馬は苦手なようで指をさしたと思ったらすぐに馬にしがみつくように手をおろした。
「何だ。あれは」
「賊だ。火の手が見えるぞ」
「こんなところにまで出やがるのか」
「ラットルは自治もしっかりしているはずだが。獲物が減ったからか」
「隊長、どうしますか」
 先頭をゆくライラはすぐに声を張り上げる。
「ローガン、ダン、ミリー、エリッツ、アルヴィン、あたしに続け。後は岩陰に隠れて待機。半日戻らなければ、ルイースに従って本隊に向かえ」
 指示が早い。
 エリッツたちの背後には食糧や子供たちを乗せた馬車が数台と何十人もの仲間たちがいる。呼ばれた三人は腕に覚えのある精鋭なのだろう。そこに入れてもらえて光栄なのかどうなのか。エリッツは手綱を引いて馬首をめぐらせる。
「エリッツ、僕も呼ばれたんだけど」
「そうだね」
 ライラだって大事な仲間を危険にさらすよりも余所者をつかった方がいいに違いない。買われた身なのだからこれも仕方がない。
「僕は馬もアレだし、術も使えないんだけど」
「ダガーナイフくらいはふり回せるでしょ」
「まあ、ね。指揮官だけじゃなくて、シャンディッシュ将軍にも稽古はつけてもらっていたし。得意とはいいがたいけどね。まさか術が使えない状況で戦うなんて思わないでしょ」
 聞き覚えのある名にエリッツはまばたきをする。シャンディッシュ家のラウルド将軍か。義姉フィアーナのお父さんだ。そういえば西の国境にいると以前聞いていたのだった。
 数度しか会ったことがないが、エリッツはなぜかお菓子を渡されて、子供扱いされた記憶しかない。温厚そうな人に見えたが仕事ではどんな感じなのだろう。
「シャンディッシュ将軍は厳しかった?」
「結構ね。容赦ないよ。こういう状況ではありがたい限りだけどね」
 そのとき先頭のライラがふりかえる。
「エリッツ、アルヴィン無駄口叩かない」
 アルヴィンが小さく肩をすくめる。
 確かにおしゃべりをしている場合ではない。渓谷の岩肌に切れ目のような場所があり、そこから突き出すようにある道を登った先に大きな村が見える。賊の人数は把握できないが、多くの人が逃げまどっているのが遠目にもわかる。家を焼き、人を追いながら略奪をしているのだろう。
「急げ!」
 ライラが声を張る。
 わざわざ助けてあげる義理もないだろうに、やはりいい人なのかもしれない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

いじめられっ子異世界にて、最強の仲間を引き寄せて勝利する!

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
 逃げることと隠れることだけが得意な男子中学生、園部優理。  従来のお節介な性格で、いじめられっ子を助けては自分がいじめの標的にされるということを繰り返していた。  ある日、自分をいじめた不良達と一緒に事故に遭い、異世界転生させられてしまうことに。  帰るためには、異世界を荒らす魔女を倒さなければいけない。しかし与えられたのは“引き寄せ”というよくわからないスキルで……  いじめられっ子だけれど、心の強さなら誰にも負けない!  これはそんな少年が、最強の仲間を引き寄せて異世界で成り上がる物語である。 ※表紙絵は汐茜りはゆさんに描いて頂きました。

嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉
ファンタジー
誰も傷つけないよう付いた嘘が暴かれる時、誰よりも優しい青年の真実が明らかになる。 悪逆非道な侯爵家に生まれたリトスは、王太子妃を狙っている妹の野望を阻止し、実家を良い感じに没落させて、自分は国外追放されたいな~と考えていた。 軟派で無能な侯爵令息を装い、妹の対抗馬である庶民出身のテレサ嬢を支援したり、裏でいろいろ画策していた。 しかし、リトスの完璧な計画は、国外から招聘された有名な魔術師レイヴンによって徐々に暴かれていく。 リトスとレイヴン、二人の【星瞳の魔術師】が織りなす、オリジナル世界観の異世界ファンタジー物語。 ※女性向けハイファンタジー&ブロマンス作品です  恋愛がメインではないので既存の女性向けカテゴリに分類できず・・主役二人の関係性はBLに近いです。  主人公最強、かつ相方も最強で、対等に戦うライバル&相棒です。  主役二人が水戸黄門よろしく事件を恰好よく解決していくお話になります。いっそ文芸の方がいいのかも? ※カクヨム、エブリスタ、Talesで連載中。掲載サイトによって進行がちがいます。  また、番外編の掲載の仕方も各サイトの仕様に合わせて変えています。

処理中です...