亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
156 / 239
第七章 盛夏の逃げ水

第百五十六話 盛夏の逃げ水(21)

しおりを挟む
 あいつらのいっていたことは本当だった。
 少しずつ頭がはっきりとしてくる。確かに毒を盛られていたのだ。それでなければこんなに状況を理解するのに時間がかかるはずがない。
 いや、外傷によるものだというのもそうなのだろう。頭に触れると左の側頭部に傷があるのがわかる。すでにふさがってはいるものの傷の痛みのみならず頭痛までする。もしかしたらずっと痛み続けるのかもしれない。天気が悪いと特にひどいようだ。
 頭を押さえながら大きな窓の外に目をうつす。重くのしかかる曇天の下には、廃墟とまではいわないが長く手入れされていない巨大な庭園が見える。かつてはぴったりとそろった三角形に整えられていた樹木はその形を大きく変えて蓬髪のごとく見苦しい。花が咲き乱れていた小道も、御影石が美しく模様を描いていたモザイクの広場も何もかも見る影もない。
 何があったのか、まだよく思い出せないが傷に触れるとふつふつと怒りがわいてくる。
 だがこの場所のことは思い出した。
 ここは父、アルメシエ国王の部屋だ。正確にいうと王の部屋はあの二人が詰めている場所であった。ここは王の気の置けない友人が訪れた際に逗留させるためのゲストルームだった、と聞いている。いつ聞いたのか。それは定かではない。とにかくここに置いてある物は短期滞在者用のインテリアであり、並べられた本も新品同然で当たり前だ。
 アルメシエ国王は死んだのだった。
 そしてあの二人は「第三者の視点で状況を調べさせてもらう」と、のりこんできた図々しいレジス人だ。これまでのレジスとの関係をかんがみるに連中は間諜の類で、また自国に都合のいいようにアルメシエを利用する隙がないか探しているに違いない。そして自分はあの二人を監視するためにここにいたのだと考えられる。頭の働かない中よくそこまでできたものだ。きちんと毎日連中の会話を聞いていた。ただ残念なのは記憶の信憑性が著しく低いことだ。
 レジス国王の書状には、恩着せがましく「助けてやらなくもない」というような内容のことが仰々しい文体で長々と書き連ねてあった。
 だが悔しいことに助けとなったのは否定できない。妙な毒物を盛られなくなり、少しずつだがものを考えられるようになってきた。あの毒味の男、威勢よく毒かもしれないものを飲みこんでいたが、おそらく毒の味を覚えているのだろう。一度飲んだくらいではたいした影響がないものと考えられる。自分がいい例だ。毎日少しずつ盛られていたのでなければあんなになるまで「おかしい」と思わないわけがない。次に側近のイレートを見たら殴りつけてしまいそうだ。毒味していた男とイレートとの会話を思い出すと毒の件に無関係とは思えない。
 記憶はまだ朧気だが、レジス人が国王の部屋を調べていることと、妹のアシュレイアがいないことにひどい焦燥感をおぼえる。何だったか。何かすぐにでもやらなければならないことがあったはずだ。
 窓際から離れ部屋を歩きまわる。
 隣室では相も変わらず例の二人組がひそひそと話をしながら、何かを調べている様子だ。壁の方に寄ればいつものように会話が聞こえるはずだが、今は考えごとに没頭したい。
 何かまだ重要なことを忘れている気がする。
 ずきりと頭痛の波が襲ってきた。頭がぼんやりとしていたときはここまで頭痛を感じなかった。あの毒には感覚を鈍らせる作用もあったのかもしれない。
 そうだ。毒だ。「毒」のことを考えると妙にそわそわする。また部屋の中をいったりきたりと繰り返す。いったい誰に毒を盛られていたのか。それを考えると頭痛と怒りで頭が割れそうになる。父亡き今イレートが逆らえないような人物といったら思い当たるのは多くない。いや、わかっている、一人しかいない。だが黒々とした大きな感情の塊がうずまくだけで名前も顔も出てこない。重要なことほど思い出せないとは、忌々しいことこの上ない。
「本当ですか」
 隣の部屋から毒味の男の声が聞こえた。あまり大きな声を出さない男だ。何があったのだろうか。あわてて壁際に寄る。
「本当みたいだよ」
 何やら紙束を振っているような音がする。気づかなかったが、書状か何かが届いたのだろう。
「どういう経緯なんです?」
「知らない」
 たちまち興味を失ったようなあの無礼な男の声がする。本当に役に立たない。あの男は何をしに来ているのだ。よく外に出て何かをしているようだが、遊びに行っているに違いない。
 小さなため息と紙の束を手にするような物音がする。毒味の男が書状を見ているようだ。
「なんだか変ですね。自分で隠れておいて自分から出てくるというのはどういう心境の変化なんでしょうか」
「噂のロイの王族に何か説得されたのかも」
 何がおもしろいのか笑いを含んだような声が聞こえる。
 ロイの王族――。
 すでに滅ぼされた国の王族がなぜここアルメシエにいるのだ。アシュレイアと一緒にいるというのは本当なのだろうか。おそらく今二人が話しているのはアシュレイアのことだ。気になる。いったいアシュレイアがどうしたというのか。
「それはただの噂だと何度いったら……」
「そうはいい切れないみたいだよ。僕の観察によるとね」
「どういう意味です?」
 毒見の男の怪訝な様子にやはり無礼な男はくすくすと笑っているだけだ。
 そこに隣室の扉がノックされる音がした。
「あの、書状は受けとっていますか? さっそくですが挨拶にみえました」
 イレートの声だ。わきあがる怒りを懸命に押さえながら、もはや壁に張りつかんばかりになって耳をそばだてる。
「アシュレイアちゃんが? 入ってよ。ちょうど退屈してたんだよ」
 アシュレイアだと。見つかったのか。壁から耳をはなし、急いで隣室への扉に向かうが、そこで思い直して立ち止まる。まだ記憶がはっきりしていない。少し様子をみていたら何か思い出すかもしれないと、もう一度壁に耳を寄せた。
「イレート、ありがとう。もういいから下がって」
 凛とした女の声がする。アシュレイアの声か。どういうわけか思い出せない。
「どうして戻ってきたの?」
 無礼な男は誰に対しても無礼だ。
「ここに戻ればいずれグリディラン様があらわれるでしょう。隠れていてもどうにもなりません」
 グリディラン。思い出した。あの男だ。事故に見せかけて大怪我を負わせられ、あげくに毒まで盛られた。そうだ。大叔父のグリディランだ。年老いてなおこの国を支配しようとたくらんでいる。自分とアシュレイアはあの男に命を狙われているのだった。じょじょに記憶がよみがえってくる。グリディランは兵の多くを率いてどこかに潜伏している。この城に攻めこむ機会を虎視眈々とうかがっているのだ。
「それは最初からわかっていたことじゃない? 本当は何をしに来たの?」
 無礼な男がまた無礼なことを言っている。
「レジスから来られたんでしょう。もう調べはついているはず。無駄話はやめましょう。ここで待ち伏せてグリディランを討つ。あなたたちが協力してくれるという認識で合っているかしら?」
 なぜかまたひどい焦燥感におそわれる。何だ?
「髪を――切られたんですね」
 ずっと黙っていた毒見の男が声を発した。案外どうでもいいことを言い出す。
「あなたとお会いしたことがありましたか?」
「いいえ。事前に聞いていた話と違ったので」
「ええ。長かった髪は切りました。戦の邪魔になります。かならずグリディランを討ち、亡き父の意に従います」
 亡き父の意。そうだ、それだ。
 アシュレイアを――早く殺さなければならない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

いじめられっ子異世界にて、最強の仲間を引き寄せて勝利する!

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
 逃げることと隠れることだけが得意な男子中学生、園部優理。  従来のお節介な性格で、いじめられっ子を助けては自分がいじめの標的にされるということを繰り返していた。  ある日、自分をいじめた不良達と一緒に事故に遭い、異世界転生させられてしまうことに。  帰るためには、異世界を荒らす魔女を倒さなければいけない。しかし与えられたのは“引き寄せ”というよくわからないスキルで……  いじめられっ子だけれど、心の強さなら誰にも負けない!  これはそんな少年が、最強の仲間を引き寄せて異世界で成り上がる物語である。 ※表紙絵は汐茜りはゆさんに描いて頂きました。

嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉
ファンタジー
誰も傷つけないよう付いた嘘が暴かれる時、誰よりも優しい青年の真実が明らかになる。 悪逆非道な侯爵家に生まれたリトスは、王太子妃を狙っている妹の野望を阻止し、実家を良い感じに没落させて、自分は国外追放されたいな~と考えていた。 軟派で無能な侯爵令息を装い、妹の対抗馬である庶民出身のテレサ嬢を支援したり、裏でいろいろ画策していた。 しかし、リトスの完璧な計画は、国外から招聘された有名な魔術師レイヴンによって徐々に暴かれていく。 リトスとレイヴン、二人の【星瞳の魔術師】が織りなす、オリジナル世界観の異世界ファンタジー物語。 ※女性向けハイファンタジー&ブロマンス作品です  恋愛がメインではないので既存の女性向けカテゴリに分類できず・・主役二人の関係性はBLに近いです。  主人公最強、かつ相方も最強で、対等に戦うライバル&相棒です。  主役二人が水戸黄門よろしく事件を恰好よく解決していくお話になります。いっそ文芸の方がいいのかも? ※カクヨム、エブリスタ、Talesで連載中。掲載サイトによって進行がちがいます。  また、番外編の掲載の仕方も各サイトの仕様に合わせて変えています。

処理中です...