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第七章 盛夏の逃げ水
第百七十一話 盛夏の逃げ水(36)
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「やはりアシュレイアが持っていたのか!」
アッシュグレン王子はまたもや憤慨した様子である。帝印というのは、どうやら王位に関する重要なものらしい。
「いちいち大声をあげないでください。要するにあたしとセットということです」
ライラがやや倦んだようにきっぱりと言い、アッシュグレン王子はさりげなくライラから視線をそらした。
総長がわざわざアッシュグレン王子の視界に入るように移動して「そういうことです」と、茶化すような声をあげる。いちいち子供っぽい。
「ガルシュエルは常々きみのことを心配してたよ。頭は悪くないが市井のことを理解できていない、理解しようとしない。武芸が苦手で血も苦手、繊細すぎるところがあって、癇癪持ちで……ありていにいえば性格が悪くて人望がない……あ、そこまでは言ってなかったか」
「貴様ッ」
アッシュグレン王子は総長につかみかかろうとしたが、すぐにライラが間に入る。
「やめて、兄さん」
そして……にっこりと笑った。
それを見てアッシュグレン王子はあわてたように後ろにさがる。偽物のアシュレイアがいった通りの怯えぶりである。どういう手を使ったのか聞いてみたいような、怖いような。
「きみに足らないものをこの子が全部持ってる。庶民の生活のこともよく知ってるし、武芸も得意で、胆力も、人望もある。きみにこの子を使うことができるか? できればこの国の王だ。帝印とこの子がセットだというのはそういうこと。これはガルシュエルの意向でもある。才のない分野まですべてひとりで引きうける必要はない。きみ、農耕、治水、政治の知識も深いし、繊細ゆえに金勘定も得意だと聞いている。この子がそばにいれば満点が取れるぞ」
めずらしく総長は真面目な様子だ。つまり噂のようにアルメシエの王がアシュレイアの教育に熱心だったのはアッシュグレン王子の補佐としてという思惑があったということなのだろうか。やはり噂は噂だったということだ。
「冗談ではない。なぜそんな異国の血の混じった小娘を城に入れねばならないんだ。いつ寝首をかかれるかわかったものではない。早く帝印だけをこちらに渡せ」
一方王子の方はまったく聞く耳を持たない。異国の血ということは、もしかしてライラはアルメシエの王様とラインデルの女性との間に生まれた子なのだろうか。そうであればこれまでの話とつじつまが合う。
「困った坊やだな」
総長とライラは顔を見合わせてため息をついた。
「最初から話が通じないのはおり込み済みだったけど、やっぱりこうなるのか。あたしはラインデルに帰った方がいいのかな。もうあの国にも居場所はないんだけど」
ライラは少しさみしそうにそうこぼした。ラインデルで何かあったのだろうか。そういえば最初からライラは居場所が必要だといっていた。
「待って待って。親友の最期の頼みくらい叶えさせてよ」
総長がライラをなだめるようにぱたぱたと手を振っている。何を言うにしても気の抜けた感じが否めない。
「ちょっといいかい? 私たちにも事情を教えてくれ。総長、あんた私たちを騙したのか? この国をとるつもりだって言ってたのは嘘か?」
黙ってなりゆきを見守っていたリューダが前に出てきた。
総長は予想外の方向からの問いかけに驚いた顔だ。ライラのことを黙っていたのは、みんなもよく思っていないのかもしれない。
「――いいや、とるつもりだった。御覧の通りそうでもしないとこっちの話を聞いてもらえないからね。不用意に近づいたらライラが殺されるのは目に見えていた。介入してきたレジスの間諜が予想外に気を利かせてくれたから、こういう場ができたってだけさ。最初から俺は『アシュレイア王女をこの国の王にしたい』とは、ひとことも言っていない」
総長とライラの目的は旧アルメシエ軍を制圧して、アッシュグレン王子に話を聞いてもらうことにあったらしい。先ほどのまでの様子を見るに、そうでもしないとまったく取り合ってもらえなかったであろうことは想像できる。帝印がこちらにあるといったところで、信じてもらえたかどうかあやしい。
「もういい。そっちの事情はわかった。次はあんただ」
リューダはまったく恐れることなくアッシュグレン王子を指さした。
「もう庶民の生活はぼろぼろだってわかってるのか? それでこうやって我々は蜂起してるんだ。ぐだぐだともめ続けて、このまま何も変わらないっていうのはあんまりだろ? もうあんたでもいいよ。早く何とかしてくれ」
リューダが両手を広げてアッシュグレン王子に訴える。
「そうだ。西の方は前アルメシエ王が始めた治水工事が止まっちまって、工事の給金はもらえねぇ、川は氾濫するってんで、大変な状況だ。治水に詳しいってならすぐに工事を再開して、給金も支払ってくれ。みんな飢え死にしちまう」
リューダに続いて獅子も声を張った。もしかしたら獅子はその西の地区から現状をどうにかしようとやってきたのだろうか。
「俺にも言わせてくれよ。俺のいた村じゃ前の蝗害でいまだに餓死者が出てる。俺の村だけじゃない。ここに来るまでにひどい状況になった村をいくつも見てきた。前アルメシエ王は蝗害が起こればただちに城の蓄えを送ってくれたが今回はまったくだ。このまま何もしないっていうなら、もうひと暴れして殺されたって、これ以上失うものは何もないんだぜ?」
ザディスもいつになく熱い口調で訴える。
「ほらほら、みんな言ってるよ。治水も蝗害もきみがその気になれば何とかできるんだろ?」
軽いのは総長だけだ。
「バカにしているのか。何も知らないやつが軽く言うな。治水も蝗害もそんな簡単なものじゃない。治水工事はまず残されている資料をあたって、実地検分、話はそれからだ。蝗害は……そもそも報告がなかった」
アッシュグレン王子は地団駄を踏む。状況をどうにかしたいとは思っているようだ。ぐっとあごを引いて「父は……」と、嗚咽するような声をもらした。
「父はどういうつもりでこんなことを?」
総長がいつになくやさしい口調で切り出した。
「順番に話すよ。まずこの子、この国ではレイアと発音するみたいだけど、ラインデルではライラと読む。そのライラの母親は軍人の家柄ながらラインデル帝国のやり方に異をとなえる活動家だった。アルメシエにこっそり勉強に来ていたところでライラを身ごもったが、いろいろとあってラインデルに戻った。何があったのかは大人の話だから詮索しないこと。いえるのはライラは間違いなくアルメシエ王の子だということくらいだ。その後のことは案外噂の通りだよ。アルメシエ王はやたらとライラとその母親を気にかけ続けた。ライラが優秀なのも噂通りだ。俺は何度も使いに出されたし、何なら剣技やら軍略やら礼儀作法まで知っていることは全部教えるように頼まれたよ」
礼儀作法……? 誰も何もいわないのでエリッツは一人で首をかしげる。
「親友とはいえなかなか無茶を言ってきたもんだ。そもそも俺のやることは何でもかんでも裏目に出ると相場が決まっている。変な噂がたって、それにはガルシュエルもちょっとあわてていたな。とにかくそういうわけだからライラは俺の娘でもあるといっても過言ではない」
総長は大まじめにそう言うが、ライラは最後の言葉に眉間にぐっとしわを寄せた。非常に嫌そうである。
「それで父は――」
「うん。ガルシュエルは次期国王にはアッシュグレン王子をとご指名だ。ただしアシュレイア王女を補佐とすることが条件。これが遺言のすべてだよ。シンプルだろ? きちんと書状もある」
総長はなぜか下着に手をつっこんでいる。なぜそんなところに大切な書状をしまっているのだろうか。それが原因ではないだろうが、アッシュグレン王子はまた癇癪を起した。
「うるさい! そんな小娘などいなくとも俺は……」
このやり取りを何回繰りかえせばいいのだろうか。さすがのエリッツもうんざりしてきた。この国のゆく末がすでに不安である。
そのとき背後から静かに歩み寄ってくる人物がいた。
「内乱で被害を被った人々のためにレジスから支援物資が届いているはずですが、それが消えています。まずは側近をはじめ、身の回りをきれいにすることからはじめてください」
よく耳になじんだエリッツの大好きな声だ。声だけで体が震える。ずっと会いたかった。
アッシュグレン王子はまたもや憤慨した様子である。帝印というのは、どうやら王位に関する重要なものらしい。
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「冗談ではない。なぜそんな異国の血の混じった小娘を城に入れねばならないんだ。いつ寝首をかかれるかわかったものではない。早く帝印だけをこちらに渡せ」
一方王子の方はまったく聞く耳を持たない。異国の血ということは、もしかしてライラはアルメシエの王様とラインデルの女性との間に生まれた子なのだろうか。そうであればこれまでの話とつじつまが合う。
「困った坊やだな」
総長とライラは顔を見合わせてため息をついた。
「最初から話が通じないのはおり込み済みだったけど、やっぱりこうなるのか。あたしはラインデルに帰った方がいいのかな。もうあの国にも居場所はないんだけど」
ライラは少しさみしそうにそうこぼした。ラインデルで何かあったのだろうか。そういえば最初からライラは居場所が必要だといっていた。
「待って待って。親友の最期の頼みくらい叶えさせてよ」
総長がライラをなだめるようにぱたぱたと手を振っている。何を言うにしても気の抜けた感じが否めない。
「ちょっといいかい? 私たちにも事情を教えてくれ。総長、あんた私たちを騙したのか? この国をとるつもりだって言ってたのは嘘か?」
黙ってなりゆきを見守っていたリューダが前に出てきた。
総長は予想外の方向からの問いかけに驚いた顔だ。ライラのことを黙っていたのは、みんなもよく思っていないのかもしれない。
「――いいや、とるつもりだった。御覧の通りそうでもしないとこっちの話を聞いてもらえないからね。不用意に近づいたらライラが殺されるのは目に見えていた。介入してきたレジスの間諜が予想外に気を利かせてくれたから、こういう場ができたってだけさ。最初から俺は『アシュレイア王女をこの国の王にしたい』とは、ひとことも言っていない」
総長とライラの目的は旧アルメシエ軍を制圧して、アッシュグレン王子に話を聞いてもらうことにあったらしい。先ほどのまでの様子を見るに、そうでもしないとまったく取り合ってもらえなかったであろうことは想像できる。帝印がこちらにあるといったところで、信じてもらえたかどうかあやしい。
「もういい。そっちの事情はわかった。次はあんただ」
リューダはまったく恐れることなくアッシュグレン王子を指さした。
「もう庶民の生活はぼろぼろだってわかってるのか? それでこうやって我々は蜂起してるんだ。ぐだぐだともめ続けて、このまま何も変わらないっていうのはあんまりだろ? もうあんたでもいいよ。早く何とかしてくれ」
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ザディスもいつになく熱い口調で訴える。
「ほらほら、みんな言ってるよ。治水も蝗害もきみがその気になれば何とかできるんだろ?」
軽いのは総長だけだ。
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「父はどういうつもりでこんなことを?」
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「順番に話すよ。まずこの子、この国ではレイアと発音するみたいだけど、ラインデルではライラと読む。そのライラの母親は軍人の家柄ながらラインデル帝国のやり方に異をとなえる活動家だった。アルメシエにこっそり勉強に来ていたところでライラを身ごもったが、いろいろとあってラインデルに戻った。何があったのかは大人の話だから詮索しないこと。いえるのはライラは間違いなくアルメシエ王の子だということくらいだ。その後のことは案外噂の通りだよ。アルメシエ王はやたらとライラとその母親を気にかけ続けた。ライラが優秀なのも噂通りだ。俺は何度も使いに出されたし、何なら剣技やら軍略やら礼儀作法まで知っていることは全部教えるように頼まれたよ」
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「親友とはいえなかなか無茶を言ってきたもんだ。そもそも俺のやることは何でもかんでも裏目に出ると相場が決まっている。変な噂がたって、それにはガルシュエルもちょっとあわてていたな。とにかくそういうわけだからライラは俺の娘でもあるといっても過言ではない」
総長は大まじめにそう言うが、ライラは最後の言葉に眉間にぐっとしわを寄せた。非常に嫌そうである。
「それで父は――」
「うん。ガルシュエルは次期国王にはアッシュグレン王子をとご指名だ。ただしアシュレイア王女を補佐とすることが条件。これが遺言のすべてだよ。シンプルだろ? きちんと書状もある」
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「うるさい! そんな小娘などいなくとも俺は……」
このやり取りを何回繰りかえせばいいのだろうか。さすがのエリッツもうんざりしてきた。この国のゆく末がすでに不安である。
そのとき背後から静かに歩み寄ってくる人物がいた。
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