亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
172 / 239
第七章 盛夏の逃げ水

第百七十二話 盛夏の逃げ水(37)

しおりを挟む
 エリッツはその人物に飛びつこうとしたが、アルヴィンに後ろから取り押さえられてしまった。
「エリッツ、落ち着いて。今、大事な話をしてるんだから」
 アルヴィンが子供にいい聞かせるような口調で言う。
 アッシュグレン王子が「お前、毒見の……。まだいたのか」と、よくわからないつぶやきを漏らす。
 毒見とは何の話だろう。毒の影響を受けにくい体質らしいがあまり危険なことはしないでほしい。
「この場が片付いたら帰ります。迎えも来ているようなので」
 背後からそっとエリッツの肩に手を置いた。視界の端にシェイルのきれいな指先が見える。
 なめたい。
 シェイルがアッシュグレン王子の前に歩み出てくる。レジスの軍服に外套姿だ。普段見ない服装についつい目がいってしまう。いつもの事務官の制服もいいが、これもいい。好きだ。エリッツの高揚とはうらはらに、背中に張りついているアルヴィンの体は緊張したようにこわばった。
「側近はひとり片づけた」
 アッシュグレン王子が不貞腐れたように言う。
「こちらで調査したところ素行が懸念される人物が他にもいるようです。後ほど調査報告書をお渡しします」
 何かしら心当たりでもあるのか、アッシュグレン王子の顔が大きくゆがむ。
「そ、そんな異国の人間のいうことが信用できるか」
 先ほどよりも動揺していた。やはり何か思い当たることがあるのだろう。この様子では日頃から周りに反感をかっているのが容易に想像できる。敵も多かろう。
「もちろん頭から信じてもらってはこちらも困ります。報告書を参考にわたしが不正な調査をした可能性も含めて、ご自身で再調査してください」
 アッシュグレン王子は何かまた怒鳴ってやろうとでもしているかのように口をぱくぱくとさせているが、結局何もいえないようだ。
「はからずもレジス国王陛下に指示された仕事も終わりましたし、これでようやく帰れます」
 そこでシェイルはちらりと総長を見た。
「アルメシエの内乱にロイの王族を名乗る胡散くさい人物がかかわっているから確認してこいとのことでしたが、本当にとんでもなく胡散くさいのがいたものですね」
 シェイルが真顔で言っている。めずらしくかなり感情がこもっていた。悪い意味で。
「貴様、やはり偽の王族か!」
 少しだけおとなしくなっていたアッシュグレン王子がまた総長に向かって大声を出す。
「非常に残念なお知らせですが、本物です。ロイのアルサフィア王の弟、ガルフィリオ・フィル・ロイットという人物で間違いありません。過去、外遊と称してアルメシエに頻繁に出入りし、国王と懇意にしていたという記録も確かなものでした。アルメシエ王を頼ってこの国に渡ってきたものと考えられます。後でご自身でも確認してください。それも報告書に資料を追加しておきます。胡散くさいには違いありませんが、遺言の信憑性は高いでしょうね」
 シェイルの言葉にアッシュグレン王子は複雑な顔をする。もう誰を怒鳴りつければいいのかわからなくなったのだろう。そういえば、ガルフィリオという名前はどこかで聞いた覚えがあった。以前シェイルの口からきいた気がするが。
「ねぇねぇ、ちょっと、きみ。シェイラリオ君でしょ? あいさつもなしに言いたい放題じゃない?」
 総長がシェイルの背中をつついているが、シェイルの方は完全に無視している。
「――以上をふまえて、アッシュグレン様、帝印を受けとってライラ様を補佐とされた方がよろしいんじゃないですか? みな王が国を立て直すのを待っているようです。いえ、今立て直さなければ取り返しがつかなくなりますよ」
 総長がライラの服を引っ張って「全部持ってかれたけど?」と、小声で文句をいっている。
「しかし……」
 ここまできても煮え切らない。優柔不断なエリッツが人のことをいえる立場ではないが、他に選択肢がないこの状況で、何がひっかかっているのだろうか。
「しかし、母が……」
 アッシュグレン王子はかろうじて聞きとれるほどの小さな声つぶやいた。「母」というとアルメシエ王妃のことだろうか。これまでの話題にはまったく出なかったが、立場的に渦中にあるといっても差し支えないだろう。
「もしかしてママの許可がいるのか?」
 総長がまたライラの服を引っ張っていた。
「いちいち茶々入れるのやめてください」
 叱られている。
「わかりました。今ここで決める必要はないでしょう。お渡しする資料をよくご覧になって最善の決断をしてください」
 少し含みのある言い方だ。もしかしてこの事態の裏に王妃が何か関係しているのだろうか。
「マザコンはマザコンに甘いな」
 また総長がコメントをさしはさむ。シェイルはちらりと総長をふり返ってしまったが、かろうじて無視した。他の人は気づかないかもしれないがちょっと怒っている。
「わたしの仕事はこれで終わりです。報告書を渡したら帰りましょう。調査は間諜たちの仕事だったんですけど、体調不良で出遅れた人がいたので巻き込まれてしまいました」
 シェイルがエリッツをふり返って困ったように微笑んでいる。ようやく一緒に帰れるようで、うれしさに体が浮き上がるような気持ちだ。だがそこではっと我にかえった。
「アルヴィン、あと何日? おれたちがレジス出てどれくらい経ってる?」
「期限はあと三日じゃないかな」
 アルヴィンはまだエリッツを背後からつかまえている。もう話は済んだはずだが。
「よかった。それならまだ間に合う」
 何だかいろいろとあり過ぎてもっと時間が経っていたような気がしていたが、あと三日であればなんとか戻れる。ラヴォート殿下もきっと心配しているだろうし、早く帰らなければ。
「あなた、アルヴィンですか? 大きくなりましたね」
 シェイルが目を細めて後ろのアルヴィンを見ている。ずるい。こっちも見てほしい。いや、今怪我はしているし、汚い格好をしているから、あまり見ないでほしいかもしれない。
「はい、えっと、おかげさまで。あの、僕のことはいいので……早くレジスに戻らないと」
 アルヴィンはまだ緊張しているのか、ややうわずった声でいう。
「ねぇ、ちょっと無視しないでよ。シェイラリオ君?」
 シェイルは少し嫌そうな目で総長に目をやる。
「大きくなったなあ。母ちゃんそっくりだ。すぐわかったよ。しかしめちゃくちゃ殴って沼に投げ捨てたから死んだと思ってた」
 総長がわざわざシェイルの真ん前に立った。無視できない近さだ。しんと周りが静まり返る。確かに並んで立つともしかして親族だろうかと思うくらいには似ているのかもしれない。
「殴って沼に捨てるって……」
 ライラが絶句している。
 そういえばどこかで聞いた話だ。たしかシェイルの叔父にあたる人で、帝国の第四師団に討たれたと聞いていた気がする。この人の方こそ生きているのが不思議ではないのか。
「聞こえてる?」
 総長はわざわざロイの言葉を使った。それにともなってのことなのか、少しばかり声色がかわる。心なしかやわらかい。
「ちゃんとあの沼まで迎えに行ったんだよ。いろいろあって、かなり遅くはなったんだけど。でもお前、もういなかったな」
「遅くというのはどれくらいですか」
 シェイルは怒っているような、途方に暮れているような複雑な表情をしている。
 そうだった。シェイルはこのガルフィリオという人が死んだと聞いてものすごく動揺していたのだ。
「季節が一巡りくらいしたころかな。いや、ちょっと待って。わかるよな? すっかり敵に囲まれて動けなくなって、あと……いや、ちょっと詳しい事情はまだ勘弁してほしいんだけど、俺は死んだことになってしまった」
 ――ということは、誰かが総長の身代わりとして帝国の第四師団に討たれたのかもしれない。おそらくは総長を慕っていたというロイの兵たちが結託してそのような状況にもっていったのではないか。第四師団はフィル・ロイットの一族を生け取りにしろと命じられていたため、ガルフィリオを殺害してしまったと思いあわてて隠蔽しようとしていたはずだ。確認がおろそかになっていても不思議ではない。
 陽気なだけが取り柄というくらいの総長が見たこともないくらいにしゅんとうなだれていた。
「季節が一巡り、ですか……待っていればよかったのですね」
 シェイルがぽつりとつぶやいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

いじめられっ子異世界にて、最強の仲間を引き寄せて勝利する!

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
 逃げることと隠れることだけが得意な男子中学生、園部優理。  従来のお節介な性格で、いじめられっ子を助けては自分がいじめの標的にされるということを繰り返していた。  ある日、自分をいじめた不良達と一緒に事故に遭い、異世界転生させられてしまうことに。  帰るためには、異世界を荒らす魔女を倒さなければいけない。しかし与えられたのは“引き寄せ”というよくわからないスキルで……  いじめられっ子だけれど、心の強さなら誰にも負けない!  これはそんな少年が、最強の仲間を引き寄せて異世界で成り上がる物語である。 ※表紙絵は汐茜りはゆさんに描いて頂きました。

嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉
ファンタジー
誰も傷つけないよう付いた嘘が暴かれる時、誰よりも優しい青年の真実が明らかになる。 悪逆非道な侯爵家に生まれたリトスは、王太子妃を狙っている妹の野望を阻止し、実家を良い感じに没落させて、自分は国外追放されたいな~と考えていた。 軟派で無能な侯爵令息を装い、妹の対抗馬である庶民出身のテレサ嬢を支援したり、裏でいろいろ画策していた。 しかし、リトスの完璧な計画は、国外から招聘された有名な魔術師レイヴンによって徐々に暴かれていく。 リトスとレイヴン、二人の【星瞳の魔術師】が織りなす、オリジナル世界観の異世界ファンタジー物語。 ※女性向けハイファンタジー&ブロマンス作品です  恋愛がメインではないので既存の女性向けカテゴリに分類できず・・主役二人の関係性はBLに近いです。  主人公最強、かつ相方も最強で、対等に戦うライバル&相棒です。  主役二人が水戸黄門よろしく事件を恰好よく解決していくお話になります。いっそ文芸の方がいいのかも? ※カクヨム、エブリスタ、Talesで連載中。掲載サイトによって進行がちがいます。  また、番外編の掲載の仕方も各サイトの仕様に合わせて変えています。

処理中です...