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第七章 盛夏の逃げ水
第百七十五話 盛夏の逃げ水(40)
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シェイルはなかなか目覚めなかった。
冗談だとは思うが、総長が「死なないのが不思議だ」といっていたので、とにかく普通ではありえないくらいの無茶をしたのは確かだろう。
その間に今度こそ戦いは終息し、膨大な問題を残したまま兵たちは片付けに追われていた。エリッツたちも早くレジスに戻らなければならないが、シェイルが気を失っているのでどうしようもない。エリッツとアルヴィンはレジスからの客人という扱いでアルメシエの城に滞在することを許された。
アッシュグレン王子やライラが今後どうするのか、王妃やグリディランたちはどうなったのかまだ何もわからない。
渓谷の一団はもとの渓谷へ帰って行ったが、今後の状況しだいではまた蜂起すると鼻息を荒くしていた。とりあえずのところ様子を見ることに決めたらしい。故郷に帰るのはまだ先になりそうだと獅子がしみじみと言う。戦いはまだまだ続くようだ。
ライラとローガン、そして総長は城に残った。そもそもローガンはアルメシエの王女であるライラの従者だったらしい。どおりで他のメンバーとは雰囲気が違ったわけだ。総長はアルメシエ国王の遺言となる書状を預かっているのでしばらく城でやることがあるらしい。
そして気づいたらラヴォート殿下との約束の期限まで後一日と半分になっていた。ぎりぎりというか、間に合わない。エリッツ自身も部屋に通されてからの記憶がなく、一度も目覚めることがなかった。はっと飛び起きたらこのような事態になっていたのだ。アルヴィンが起こしてくれなかったと思ったが、そのアルヴィンも同じ状態だったらしい。
「おれ、すぐシェイルを起こしてくるよ」
人伝てにシェイルがまだ目覚めないと聞いて、エリッツはアルヴィンの部屋で騒いでいた。来賓用の部屋は広く豪華で、エリッツとアルヴィンは続きの部屋を使わせてもらっている。寝ていただけなので部屋の様子はあまり関係なかったともいえるが、ベッドの寝心地はよかった。
アルヴィンも寝過ごしたことにあわてている。しかし口元にパンくずがついているので、エリッツが起きるまでの間にちゃっかり食事を出してもらっていたらしい。
「僕も行くよ」
「……おれ、一人で大丈夫だよ」
アルヴィンがじっとりとした視線を向ける。エリッツはその視線から逃れるように「行ってくる」と、扉に手をかけた。
「急いでなければ別にいいんだけど、今急いでいるんだからね?」
アルヴィンが後からついてくる。
「半刻くらいで起こしてくるよ」
エリッツは廊下を早足で進むが、アルヴィンもぴったりとつけてきた。
「半刻もいったい何するつもりなの?」
「なら四半刻くらいでいいよ」
「だから、ただ起こすのになんで四半刻もかかるんだよ」
「いろいろなことをして起こすからだよ」
「――隠しもしないのかい」
「アルヴィンがなんでって聞くから言ったのっ」
自分はエリッツを起こさずに食事をしていたくせに。エリッツはアルヴィンの追尾をふり切るように、さらに早足になる。
シェイルはなぜかアルメシエ国王の自室に続く来客用の部屋にいるらしい。通常なら軽々しく出入りできるような場所ではないが、警備の兵たちに事情を説明するとあっさりと通してくれた。まだアルヴィンはついてくる。
しかし通してもらった部屋には先客がいた。
総長だ。
まるで自室のようにリラックスした姿でソファに寝ころがっている。エリッツとアルヴィンの姿をみとめると、「やあ」と気の抜けた様子で片手をあげる。
「ここで何をしてるんですか」
てっきり遺言などの事後処理の関係で忙しくしていると思っていたので、こんなところでごろごろしているとは思わなかった。
「ここ、俺の部屋みたいなもんだから」
なぜ国王の自室に続く客間が「俺の部屋」なのだろうか。
「シェイルは?」
「シェイラリオくん? まだ寝てるよ」
ようやく気だるそうにソファから起きあがると、ベッドの天蓋を容赦なくすぱっと開いた。
「うん、やっぱまだ寝てる」
寝顔がおがめると、エリッツはベッドに駆け寄った。なぜかアルヴィンもついてくる。
「いやぁ、どうも俺のせいらしいんだよなぁ」
相変わらずのゆるい口調で総長は頭をかく。
「何がですか?」
一応問いかけたものの、エリッツは眠っているシェイルの顔に目が釘づけになっていた。久々に顔を眺められる。長いまつげが白い頰に影を落としている様子が色っぽい。無防備に眠っているときは少し幼く見えるのも何だかいい。本当はあれこれ触りたいし、可能であれば同衾したい。
「ほら、これ」
総長がシェイルにかけられている薄手の毛布をまさぐりその左手をとった。見ると中指の辺りに軽い火傷のような跡が残っている。エリッツはショックで声が出ない。
「術脈を損傷してる」
アルヴィンが驚いたような声をあげた。
「――それ、もともとじゃないんですか?」
ラヴォート殿下からシェイルがレジス国王の目の前で術脈を切った話は以前聞いていた。火傷のせいではないだろう。今回もヒルトリングを使ってアルメシエの術兵たちに交じっていたはずだ。
「この古傷の方はそうだろうね。何やってんだか知らないけど」
「じゃあ、その火傷は……」
きれいに治るのだろうか。エリッツは心配である。
「あっ! もしかして、水竜のときの」
アルヴィンが大きな声を出す。
「やっぱ、覚えてた? 俺が水竜に雷式打ちこんだの」
そういえばそんなことがあった気がする。確か水竜はびくともしなかった。まさか術者であるシェイルの方がダメージを負っていたということだろうか。
「術を通して雷式の攻撃を受けたということは、術脈に直接ダメージを負うということだよね。ものすごく痛いような気がする」
アルヴィンは嫌そうに顔をしかめている。術士にしかわからない痛みというやつだろうか。
「こいつの生意気なところは痛いときに痛いっていわないところなんだよな」
ぶつぶつ言いながらも意外なほどやさしい手つきでシェイルの左手を毛布の中にもどしてあげている。
「ぼこぼこに殴って捨てたくなる俺の気持ちもわかるだろ?」
それはわからない。エリッツもアルヴィンも黙った。
「あれ? あの後もだいぶいろいろとやってたような……」
しばらく続いた沈黙ののち、アルヴィンがぞっとしたような声をあげる。確かに地面に穴をあけていたし、水竜も出していた。
「そうなんだよ。ひとこと痛いのでこの辺で遠慮しますって言えばすむのに、何をやってんのか。ってかやっぱ水竜は余分だろ。最終的に気絶したのは疲労と痛みだろうな。とんでもない馬鹿だ」
総長はうんざりしたような口調であるが、やはり何となくシェイルに向ける眼差しがやさしい。久々に会った甥に対していろいろと複雑な想いがあるのだろう。シェイルをこの部屋に置いたのもおそらくそういうことに違いない。
そんな中いうのは気が引けたが、こちらはこちらで切迫した状況である。
「実はちょっと急いでるんですけど、起こしても大丈夫でしょうか」
四半刻の余裕もないくらいに急いでいるので仕方がない。
「そういえば、前から言ってたね。起こしたらいいんじゃない? ってか起こしてあげようか」
総長がにやにやしている。
「いやらしいことをするつもりですか!」
エリッツは思わず前のめりになった。
「え? なんでそうなるの? 別にしてもいいけど」
「じゃあ、おれもやります」
「そんな暇はないっていってるでしょ」
アルヴィンは疲れたような声で言うが、無視することにした。
「小さいときはよく一緒に寝たんだよね」
そう言いながら総長は履物をぬぐと、さらっと毛布にもぐりこむ。ずるい。
「シェイラリオくん、朝だよ」
そう言って、あろうことかシェイルの白い首筋に舌をはわせた。シェイルは軽く眉根を寄せて半身くねらせる。吐息をもらすような声がとんでもなく色っぽい。
「おれもやります」
エリッツは総長とは反対側にまわりこんでベッドに入る。
「なんなのこの地獄絵図」
アルヴィンがあきれたようにため息をついた。
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その間に今度こそ戦いは終息し、膨大な問題を残したまま兵たちは片付けに追われていた。エリッツたちも早くレジスに戻らなければならないが、シェイルが気を失っているのでどうしようもない。エリッツとアルヴィンはレジスからの客人という扱いでアルメシエの城に滞在することを許された。
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そして気づいたらラヴォート殿下との約束の期限まで後一日と半分になっていた。ぎりぎりというか、間に合わない。エリッツ自身も部屋に通されてからの記憶がなく、一度も目覚めることがなかった。はっと飛び起きたらこのような事態になっていたのだ。アルヴィンが起こしてくれなかったと思ったが、そのアルヴィンも同じ状態だったらしい。
「おれ、すぐシェイルを起こしてくるよ」
人伝てにシェイルがまだ目覚めないと聞いて、エリッツはアルヴィンの部屋で騒いでいた。来賓用の部屋は広く豪華で、エリッツとアルヴィンは続きの部屋を使わせてもらっている。寝ていただけなので部屋の様子はあまり関係なかったともいえるが、ベッドの寝心地はよかった。
アルヴィンも寝過ごしたことにあわてている。しかし口元にパンくずがついているので、エリッツが起きるまでの間にちゃっかり食事を出してもらっていたらしい。
「僕も行くよ」
「……おれ、一人で大丈夫だよ」
アルヴィンがじっとりとした視線を向ける。エリッツはその視線から逃れるように「行ってくる」と、扉に手をかけた。
「急いでなければ別にいいんだけど、今急いでいるんだからね?」
アルヴィンが後からついてくる。
「半刻くらいで起こしてくるよ」
エリッツは廊下を早足で進むが、アルヴィンもぴったりとつけてきた。
「半刻もいったい何するつもりなの?」
「なら四半刻くらいでいいよ」
「だから、ただ起こすのになんで四半刻もかかるんだよ」
「いろいろなことをして起こすからだよ」
「――隠しもしないのかい」
「アルヴィンがなんでって聞くから言ったのっ」
自分はエリッツを起こさずに食事をしていたくせに。エリッツはアルヴィンの追尾をふり切るように、さらに早足になる。
シェイルはなぜかアルメシエ国王の自室に続く来客用の部屋にいるらしい。通常なら軽々しく出入りできるような場所ではないが、警備の兵たちに事情を説明するとあっさりと通してくれた。まだアルヴィンはついてくる。
しかし通してもらった部屋には先客がいた。
総長だ。
まるで自室のようにリラックスした姿でソファに寝ころがっている。エリッツとアルヴィンの姿をみとめると、「やあ」と気の抜けた様子で片手をあげる。
「ここで何をしてるんですか」
てっきり遺言などの事後処理の関係で忙しくしていると思っていたので、こんなところでごろごろしているとは思わなかった。
「ここ、俺の部屋みたいなもんだから」
なぜ国王の自室に続く客間が「俺の部屋」なのだろうか。
「シェイルは?」
「シェイラリオくん? まだ寝てるよ」
ようやく気だるそうにソファから起きあがると、ベッドの天蓋を容赦なくすぱっと開いた。
「うん、やっぱまだ寝てる」
寝顔がおがめると、エリッツはベッドに駆け寄った。なぜかアルヴィンもついてくる。
「いやぁ、どうも俺のせいらしいんだよなぁ」
相変わらずのゆるい口調で総長は頭をかく。
「何がですか?」
一応問いかけたものの、エリッツは眠っているシェイルの顔に目が釘づけになっていた。久々に顔を眺められる。長いまつげが白い頰に影を落としている様子が色っぽい。無防備に眠っているときは少し幼く見えるのも何だかいい。本当はあれこれ触りたいし、可能であれば同衾したい。
「ほら、これ」
総長がシェイルにかけられている薄手の毛布をまさぐりその左手をとった。見ると中指の辺りに軽い火傷のような跡が残っている。エリッツはショックで声が出ない。
「術脈を損傷してる」
アルヴィンが驚いたような声をあげた。
「――それ、もともとじゃないんですか?」
ラヴォート殿下からシェイルがレジス国王の目の前で術脈を切った話は以前聞いていた。火傷のせいではないだろう。今回もヒルトリングを使ってアルメシエの術兵たちに交じっていたはずだ。
「この古傷の方はそうだろうね。何やってんだか知らないけど」
「じゃあ、その火傷は……」
きれいに治るのだろうか。エリッツは心配である。
「あっ! もしかして、水竜のときの」
アルヴィンが大きな声を出す。
「やっぱ、覚えてた? 俺が水竜に雷式打ちこんだの」
そういえばそんなことがあった気がする。確か水竜はびくともしなかった。まさか術者であるシェイルの方がダメージを負っていたということだろうか。
「術を通して雷式の攻撃を受けたということは、術脈に直接ダメージを負うということだよね。ものすごく痛いような気がする」
アルヴィンは嫌そうに顔をしかめている。術士にしかわからない痛みというやつだろうか。
「こいつの生意気なところは痛いときに痛いっていわないところなんだよな」
ぶつぶつ言いながらも意外なほどやさしい手つきでシェイルの左手を毛布の中にもどしてあげている。
「ぼこぼこに殴って捨てたくなる俺の気持ちもわかるだろ?」
それはわからない。エリッツもアルヴィンも黙った。
「あれ? あの後もだいぶいろいろとやってたような……」
しばらく続いた沈黙ののち、アルヴィンがぞっとしたような声をあげる。確かに地面に穴をあけていたし、水竜も出していた。
「そうなんだよ。ひとこと痛いのでこの辺で遠慮しますって言えばすむのに、何をやってんのか。ってかやっぱ水竜は余分だろ。最終的に気絶したのは疲労と痛みだろうな。とんでもない馬鹿だ」
総長はうんざりしたような口調であるが、やはり何となくシェイルに向ける眼差しがやさしい。久々に会った甥に対していろいろと複雑な想いがあるのだろう。シェイルをこの部屋に置いたのもおそらくそういうことに違いない。
そんな中いうのは気が引けたが、こちらはこちらで切迫した状況である。
「実はちょっと急いでるんですけど、起こしても大丈夫でしょうか」
四半刻の余裕もないくらいに急いでいるので仕方がない。
「そういえば、前から言ってたね。起こしたらいいんじゃない? ってか起こしてあげようか」
総長がにやにやしている。
「いやらしいことをするつもりですか!」
エリッツは思わず前のめりになった。
「え? なんでそうなるの? 別にしてもいいけど」
「じゃあ、おれもやります」
「そんな暇はないっていってるでしょ」
アルヴィンは疲れたような声で言うが、無視することにした。
「小さいときはよく一緒に寝たんだよね」
そう言いながら総長は履物をぬぐと、さらっと毛布にもぐりこむ。ずるい。
「シェイラリオくん、朝だよ」
そう言って、あろうことかシェイルの白い首筋に舌をはわせた。シェイルは軽く眉根を寄せて半身くねらせる。吐息をもらすような声がとんでもなく色っぽい。
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