亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
177 / 239
第七章 盛夏の逃げ水

第百七十七話 盛夏の逃げ水(42)

しおりを挟む
「どういうことですか?」
 一度だけ見たルーヴィック王子は青白い顔のやせた青年だったし、かなり変な人だった。外に、しかも国外に出て行くのは意外だ。王子が出向くとなればアルメシエとレジスの今後の関係性に関わる重要な任務と言っても過言ではない。どう考えても行くならラヴォート殿下の方がふさわしい。
「お前の失策だよな」
 ラヴォート殿下はちらりとシェイルを見る。シェイルはばつが悪そうな顔をしてその視線をかわす。
「国王陛下からの指示はアルメシエにいるロイの王族というのを確認してこいという内容でしたが、これはロイの問題であるから一人で対処するようにとのお達しでした。その時点で使うつもりはありませんでしたが、一応お守り代わりに武器を借りようかと……」
 シェイルの言葉がめずらしく迷うような色を帯びる。
「はっきり言え。ヒルトリングを借りにいったんだよな?」
 シェイルはこれまでかたくなにヒルトリングを拒んできたので言い出しにくいようだ。しかしたった一人で紛争地へ行くのに身ひとつというのは危険極まりない。当たり前の判断だろう。無茶をしがちなシェイルがより安全な方法を選択していたことにエリッツはむしろほっとする。
「――武器を借りに行ったところ『僕ごと持って行くのならいいよ』と」
 シェイルは言いながらも首をかしげる。エリッツも首をかしげた。
「ルーヴィック様を持って行ったのですか」
 意味をよく理解できないエリッツは漫然と口を開く。
「国王陛下は一人で行けと仰せなので無理だと伝えたんですが、レジスの人間を持って行くなとは言っていないだろう、と」
 むちゃくちゃな理論だ。理論も何もあげ足取りのレベルである。人間を持って行くとは「同行」をいいかえただけではないか。それに危険だ。仮にも一国の王子が勝手に紛争地へ行くなど普通では考えられない。
「ルゥはいい出したら聞かない。それでも一応、国王陛下にアルメシエに出向く旨書状を置いて行ったらしい。シェイルのことには触れずに、だ。そこまではなんとか気が回ったようだな。後で聞いたところ、なんなら帰ってこなくてもよいと寛大な返信があったと聞いた」
 寛大な返信……なのだろうか。
 ルーヴィック王子はやはり只者ではない。政権争いなどに無縁であるのが最強である。次期国王の座を見据えて点数稼ぎをする必要がない。
 そもそも第一王子とはいえ、謀反という重大な問題を起こしたデルゴヴァ一族の血筋の王子である。何かしら冷遇されるのではないかと、一時期エリッツは勝手に気をもんでいたものだが、そういったことは一切耳にしていなかった。陛下の返信には軽んじられているような気配を感じはするが、地位を奪われたり、あからさまに部屋を移されたりするような事態にはなっていない。
「新しく開発したヒルトリングの実験をしてきたらしいが」
「そういえば、護衛を引き連れてやたらと外出してましたね。てっきり観光でもなさっているのかと」
「まぁ、九割方観光なんだろう。一応、開発したヒルトリングの実験にも成功はしたらしい。遠眼鏡でようやく見えるくらいの距離にいる部下にも指揮権が及ぶというようなことを言っていたな。アルメシエで実験する必要性を感じないわけだが」
 これまでのヒルトリングがどういうものかもよくわからないので、それがすごいかどうかも判断がつかない。そういえばアルヴィンの術脈がロックされたことに気づいたときも、指示が届く範囲は限られていると言っていた気がする。
「これにより術兵がより広く展開した陣形が可能になる。それにこれまで以上に術兵の多い部隊も編成可能だ。お手柄といえなくもないか」
 ラヴォート殿下は雑談のつもりなのか、お茶を飲みながらくつろいだ様子でそう口にする。
 だが何かひっかかる。ここまでの話で重大なことを見落としているような気がして仕方がない。
「遠眼鏡が指揮官の必需品になりますね」
 ダフィットがめずらしく冗談のようなことをいう。
「そういえばルーヴィック王子が外出先でおもしろいものを見たと興奮していたことがあったんですが、実験が成功したということだったんでしょうか」
「いつもそんなようなことを言っている。どうせ深い意味はないだろう」
「わたしがそれを知ったら部屋を飛び出して見に行くだろうと言ってましたけど、何だったんでしょう。妙に具体的な言い方じゃないですか?」
 シェイルたちの何気ない会話が耳を通り抜けてゆく。
「あっ」
 エリッツは思わず立ちあがった。即座にダフィットににらまれる。シェイルとラヴォート殿下も驚いたような顔でエリッツを見ていた。
「あ、あの、その、ルーヴィック王子がおもしろいものを見たと言っていたのはいつの話ですか?」
 これがアルヴィンの術脈のロックが外れた真相ではないか。
 エリッツはテーブルにのりだしてシェイルにせまる。シェイルは倒れそうになったエリッツのカップをさっと取りあげて元に戻した。
「わっ、すみません。えっと、あの、それで、実はですね――」
 エリッツの質問の意図を取りかねたような表情のシェイルにエリッツは例の件を順番に伝えた。アルヴィンの術脈が駐屯地を出てリデロ指揮官にロックされてしまったらしいこと、その後ラットル村で突然そのロックが外れたこと、その後は特に何ごとも起こらなかったこと。みんなじょじょに何があったのかを心得たような表情になる。
 ダフィットが地図を持ってきて、指でアルメシエの城に指を置く。そこから渓谷の辺りをラットル村の表記を探しながら指を進ませた。一同から「ほう」というような声がもれる。
「ここですね。これはなかなかすごいですよ」
「確かに遠眼鏡でぎりぎり見えるかどうかの距離だな。この距離でデブのロックを外せたということか」
 またアルヴィンのことをデブ呼ばわりしている。しかしラヴォート殿下がアルヴィンのことをおぼえていたのは少し意外だった。
「殿下、アルヴィンはデブじゃなくなっていましたよ」
 エリッツはめずらしく言い返す。アルヴィンはむしろいい体をしていた。エリッツは着替えをしていたアルヴィンの体を少しだけ思い出す。
「――これまでとは格段に違いますね」
 シェイルの方は地図を見つめて感嘆の声をもらしている。そういえば術兵の指揮官経験があるようなので、ヒルトリングの性能は熟知しているのだろう。
 残念ながらエリッツはそれがどれほどすごいことなのかピンときていない。しかしルーヴィック王子が一目置かれている研究者だという噂は本当らしい。変人だがその分野では有名であるようだ。エリッツは少し見直した。
 それと同時にようやく引っかかっていたものが取れたような爽快感がある。
 アルヴィンの後をリデロ指揮官がつけ回していたという可能性が消滅して心からほっとした。時間ができたらアルヴィンに手紙を書いて伝えてあげた方がいいだろう。おそらく同じように気持ち悪がっているはずだ。
「しかし、そのときに逆にロックされなくてよかったですね」
 そういってシェイルが果物を干したようなものを口に運ぶ。テーブルに出されているのはあの日、ライラに出してもらったものと同じようなメニューだ。フルーツの種類はもう少し多い。これもお土産だろうか。
「確かに。何にしろ遊び感覚だからやりかねんぞ」
 つられたようにラヴォート殿下もフルーツを口にした。ひとつ気になっていたことが解決したので、何だか全部終わったような気になってしまったが、まだまだ話し合うことは山積みである。
 ようやく一区切りついたころには外は暗くなっていた。明日からまた大忙しだ。エリッツは帳面を閉じて内ポケットにしまう。仕事もそうだが、ゼインに上着も返しにいかなければならない。どうしたら会えるのか、また考える必要がある。
「それでは失礼します」
 ダフィットが出ていき、エリッツもそれにならって席を立った。
「お前はちょっと待て」
 しかしラヴォート殿下に呼びとめられてしまった。何だが少し声が怖い。今日は比較的機嫌がいいような気がしていたが。シェイルが隣で大きなため息をついた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

いじめられっ子異世界にて、最強の仲間を引き寄せて勝利する!

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
 逃げることと隠れることだけが得意な男子中学生、園部優理。  従来のお節介な性格で、いじめられっ子を助けては自分がいじめの標的にされるということを繰り返していた。  ある日、自分をいじめた不良達と一緒に事故に遭い、異世界転生させられてしまうことに。  帰るためには、異世界を荒らす魔女を倒さなければいけない。しかし与えられたのは“引き寄せ”というよくわからないスキルで……  いじめられっ子だけれど、心の強さなら誰にも負けない!  これはそんな少年が、最強の仲間を引き寄せて異世界で成り上がる物語である。 ※表紙絵は汐茜りはゆさんに描いて頂きました。

嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉
ファンタジー
誰も傷つけないよう付いた嘘が暴かれる時、誰よりも優しい青年の真実が明らかになる。 悪逆非道な侯爵家に生まれたリトスは、王太子妃を狙っている妹の野望を阻止し、実家を良い感じに没落させて、自分は国外追放されたいな~と考えていた。 軟派で無能な侯爵令息を装い、妹の対抗馬である庶民出身のテレサ嬢を支援したり、裏でいろいろ画策していた。 しかし、リトスの完璧な計画は、国外から招聘された有名な魔術師レイヴンによって徐々に暴かれていく。 リトスとレイヴン、二人の【星瞳の魔術師】が織りなす、オリジナル世界観の異世界ファンタジー物語。 ※女性向けハイファンタジー&ブロマンス作品です  恋愛がメインではないので既存の女性向けカテゴリに分類できず・・主役二人の関係性はBLに近いです。  主人公最強、かつ相方も最強で、対等に戦うライバル&相棒です。  主役二人が水戸黄門よろしく事件を恰好よく解決していくお話になります。いっそ文芸の方がいいのかも? ※カクヨム、エブリスタ、Talesで連載中。掲載サイトによって進行がちがいます。  また、番外編の掲載の仕方も各サイトの仕様に合わせて変えています。

処理中です...