亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
207 / 239
第十一章 客来の予兆

第二百六話 客来の予兆(3)

しおりを挟む
 冷たいスープは瓜の塩漬けで作られているらしい。煮込み料理とは別のさわやかなハーブの香りがする。瓜はすり潰されたものと、形を保ちつつ熟れた果実のようにやわらかく煮たものが入っている。殿下もこのスープなら好きになるのではないか。
「さっぱりしてますね」
「実はロイでもこれは食べたことないんですけどね。ロイの南の方で食べられているスープらしいです」
 スープには黒っぽいパンがそえられている。かたいが、ぷちぷちとした穀物の食感がいい。スープと一緒だとかたさも気にならなかった。
 そこへプロイマさんが次の料理を持ってやってくる。
「こちらはもっとロイの内陸の方の料理です。新鮮な魚が獲れない地域なので、塩漬けにしてしっかり干したものを様々な料理に使います。戻してほぐした身を海藻を煮たスープで固めて冷やしてあるので塩気だけではない豊かな海の味を感じられますよ」
 プロイマさんは魚の身らしきものと海藻、ナッツのようなものが丸くきれいに形成された料理をテーブルに並べてくれた。海藻も干してあったものを戻したのだろうか。彩りもきれいで乾物がメイン食材とは思えない。
 客が増えてきたが、シェイルとエリッツの席にはプロイマさん自ら丁寧に説明に来てくれる。シェイルは「何かいいのものを食べに行く」とは言ってはいたが、これは業務中に食べるようなものではないような気もする。あまりに豪華すぎる。料理が次から次へとたくさん出てきて、すでにお腹がいっぱいになりつつあった。食べ終わったら昼寝してしまいそうだ。
「塩漬けの食材が多いですね」
「ロイはレジスのように農作物がたくさん穫れるわけではないですし、悪路が多いので流通もあまり発達してないんです。必然、保存食を工夫した料理が多くなるんですよ」
 なるほど。レジスにいろんな種類の食材があるのは当たり前のように感じていたが、とても恵まれた土地だったということか。平野が多く農地の開拓や街道の開通もそこまで大変ではないだろう。
「でもロイの料理はすいぶんと豊かで豪華に見えます」
 メニューは豊富で少ない食材を最大限いかしているように思う。
「ロイの料理というよりは、レジスの方が生み出したロイの料理ですね」
 シェイルは少しだけ声を落とした。
「どういうことですか?」
 エリッツは匙を置き、首を傾げる。
「プロイマさんは素晴らしい才能の持ち主ですよ。どの料理もちゃんと本格的なロイの味がします。レジスの方の口に合うようにと、レシピを大きく変更もしてもいないようです。でも本当はこんなにきれいでも豊かでもないんです」
 わかったような、わからないような。エリッツは続きを聞きたくて小さく頷いた。
「ロイの南の方の料理と内陸の方の料理は本当は一緒に食べられたりしていません。食材ももっとシンプルなものですし、手に入らないときは別のものを使ったり、あきらめて使わなかったり……。要するにここで出される料理はロイ各地のレシピを精査し、食材を吟味し、メニューを組み合わせたりして、高級料理として出せるくらいに仕上げられたものなんですよ」
 なるほど。エリッツは今度こそしっかりと頷いた。だからロイ料理の第一人者がレジス人のプロイマさんなのか。ちゃんとロイの料理でありつつも、必ずしもロイの人々が毎日食べていたものとは一致しないというわけだ。
「そういえば『レジス料理』というのはおれの知る限りないですね。毎日よく食べるものとそうじゃないものがあるという感じでしょうか? レジスは広いのでおれの知らないレジスの食べ物もいっぱいありそうです。こういうことは異国の人の視点じゃないとできないのかもしれませんね」
 笑顔で聞いてくれていたシェイルが、ふとエリッツの背後に視線を向け一瞬だけ笑みを消した。
「どうしました?」
「いいえ。わたしの後をいつもついて来る方々です」と、苦笑する。
 噂の間諜の方々のことだろうか。店に入ってきているのだろう。エリッツが実際に存在を感じたのは、アルメシエの騒動のときくらいだが、城の外となると監視も増えたりするのだろうか。こちらは陛下の指示で外出させられているというのに何だかもやもやする。
「大変なお仕事ですね。料理を頼むとすぐには席を立てなくなるので、昼時なのにお茶を飲んでいますよ。こういうお店でお茶だけ飲んでいる人がいたらあやしいでしょうに。まぁ、外にもいるんでしょうけどね」
 シェイルは小さく笑って、魚を食べはじめる。
 エリッツはお茶だけ飲んでいる人たちを確認したくなったが、振り返ったりしない方がいいのだろう。背中がもぞもぞしてくる。
「この料理は何度か故郷でも食べたことがあります。懐かしい味がしますね。作ってくれたのはオズバル様でしたけど」
 監視に慣れているのかシェイルの方はくつろいだ様子である。
 デザートにシロップを染み込ませた不思議な香りがする焼き菓子と、とても苦い香りがするお茶を出してもらい、何とか全部お腹におさめて席を立った。
 店を出ると何故かシェイルは一瞬動きを止めた。
「――少し食べ過ぎてしまったようなので、散歩しましょうか」
 エリッツは何となく変だなと思う。何がといわれるとよくわからないのだが、シェイルの様子が先ほどまでとは少し違うように思う。後をつけてくる人たちのことで何かあっただろうかと思ったが、それはいつものことのはずだ。気になったが、辺りを見渡して確認するのはよろしくないだろう。
「散歩は楽しそうなんで大賛成なんですが、先に用事を済ませなくて大丈夫ですか?」
「もう少し後でも問題ないでしょう」
 あれ? 気のせいだったかな。シェイルは視線を前に向けたまま何でもないような感じで歩き出す。いや、気のせいではない。
 場所柄人通りは少ないが、シェイルは店などが並ぶ通りから遠ざかるように高官たちの屋敷が多い区画へと入っていく。つまりさらにひと気の少ない方だ。
 しばらく二人とも無言で歩く。そしてふっと背後の空気が動いた。
 ありがたいことにエリッツの体は勝手に動いてくれた。振り返り、短剣を抜きざま切り捨てる。速かったはずだが空振りだ。すぐに体勢を整えるが、先ほどぶつけられた殺気はすでに消えていた。
「上官の方が動きが速かったぜ。あんた、別にいなくてもいいんじゃないか?」
 ぐっと胸がえぐられる。なんて酷いことを――。
 そこにいたのは異国人だ。赤みがかった癖のない髪に灰色の目。やせているが俊敏そうな体をしている男だった。
「随分と早いお着きですね」
 シェイルは何事もなかったような口調である。
「レジスであんたを処分できれば、いろいろと話がシンプルになるし、手柄になると思ったんだが」
 エリッツは驚いて周りを見渡した。いつも付きまとっているという間諜の方々は何をしているんだ。監視しかしないつもりなのか。
「残念ながら、後ろにいた人たちには全員寝ててもらってるよ」
 エリッツの顔には言いたいことが全部出てしまうのだった。思わず頬をぺちぺちと叩く。
「なんか、その子かわいいね」
 完全に馬鹿にされている。
「他に何かご用ですか? あなたたちのために今からお菓子を買いに行かねばならないのですが」
 はっとしてシェイルを見る。この異国人のために?
 しかしそれが隙になってしまった。視界の端に見えたのは炎。術士だ。
「シェイル!」
 シェイルがその炎に包まれたように見えた。シェイルはヒルトリングがなければ戦えない。エリッツは夢中でシェイルの方へ駆けた。
 しかしシェイルを襲った巨大な火球は何かに吸い取られるように消え、そこには毅然とたたずむシェイルの姿があった。火傷ひとつ負ってはいない。
「あれ、まだいたのか。おかしいな」
 怪訝そうに呟いた異国の男にいく本もの炎の矢が襲いかかる。男はさっと飛びすさった。それは男をシェイルから遠ざけるために放たれたかのようだった。しかもその炎の矢は地面を焦がす前にきれいに霧散する。なんともいえず細かな配慮だ。
「存在感のなさには定評があります」
 聞き覚えのある声のした方を見ると、そこにはエリッツもよく知る人物がいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

いじめられっ子異世界にて、最強の仲間を引き寄せて勝利する!

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
 逃げることと隠れることだけが得意な男子中学生、園部優理。  従来のお節介な性格で、いじめられっ子を助けては自分がいじめの標的にされるということを繰り返していた。  ある日、自分をいじめた不良達と一緒に事故に遭い、異世界転生させられてしまうことに。  帰るためには、異世界を荒らす魔女を倒さなければいけない。しかし与えられたのは“引き寄せ”というよくわからないスキルで……  いじめられっ子だけれど、心の強さなら誰にも負けない!  これはそんな少年が、最強の仲間を引き寄せて異世界で成り上がる物語である。 ※表紙絵は汐茜りはゆさんに描いて頂きました。

嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉
ファンタジー
誰も傷つけないよう付いた嘘が暴かれる時、誰よりも優しい青年の真実が明らかになる。 悪逆非道な侯爵家に生まれたリトスは、王太子妃を狙っている妹の野望を阻止し、実家を良い感じに没落させて、自分は国外追放されたいな~と考えていた。 軟派で無能な侯爵令息を装い、妹の対抗馬である庶民出身のテレサ嬢を支援したり、裏でいろいろ画策していた。 しかし、リトスの完璧な計画は、国外から招聘された有名な魔術師レイヴンによって徐々に暴かれていく。 リトスとレイヴン、二人の【星瞳の魔術師】が織りなす、オリジナル世界観の異世界ファンタジー物語。 ※女性向けハイファンタジー&ブロマンス作品です  恋愛がメインではないので既存の女性向けカテゴリに分類できず・・主役二人の関係性はBLに近いです。  主人公最強、かつ相方も最強で、対等に戦うライバル&相棒です。  主役二人が水戸黄門よろしく事件を恰好よく解決していくお話になります。いっそ文芸の方がいいのかも? ※カクヨム、エブリスタ、Talesで連載中。掲載サイトによって進行がちがいます。  また、番外編の掲載の仕方も各サイトの仕様に合わせて変えています。

処理中です...