亡国の草笛

うらたきよひこ

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第十一章 客来の予兆

第二百十三話 客来の予兆(10)

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「やはりあった。前に見た気がしていたんだ」
 オズバルが一枚の絵を指差した。
「しかしルグイラも広いでしょう。そんな偶然がありますか?」
 紙片を整理していたシェイルは手をとめてオズバルの手元を見た。地図を広げていたエリッツもそちらをのぞき込む。描き込まれた人間の大きさからかなり大きな建物であることがわかった。どういう目的のものかはわからないが、人がたくさんいるので集会場か教会か、そういった建物ではないだろうか。
「これはルグイラで一番高い塔で有名なんだ。物見遊山気分で絵に残すのはありえないことではない」
 オズバルがシュクロを知っているかもしれないといい出したので詳しく聞いてみると、それはオズバル本人の話ではなく、別のカウラニー家の人間という話だった。確かにシュクロは「カウラニー家」といっていただけでオズバルの名前までは出していない。飽くまでカウラニー家とシェイルの関係を気にしているようだった。
「エチェットさん……ですか?」
 オズバルの見解を聞いてシェイルもエリッツも目を丸くした。エチェットはシェイルの書類上だけの婚約者だ。会ったことはないといっていたので間違いなく書類上だけだ。エリッツは自分を落ち着かせるために心の中で何度も「書類上だけ」と繰り返す。
 そんなわけでシェイルとエリッツはまた執務室に行き、エチェット・カウラニーからの手紙の束をとってカウラニー家に戻ってきた。オズバルの娘であるエチェット・カウラニーは家出同然で旅に出てしまい、レジスに戻るつもりは毛頭ないというなかなか振り切れた感じの女性らしい。ただ父親であるオズバルのことは深く愛しているようで婚約者であるシェイルに手紙を送るという形をとってオズバルに自身の無事を逐一知らせていた。「手紙」といってもそこに文字はほとんどない。すべてその旅先で描かれた絵なのである。その絵は本当に素晴らしいもので以前シェイルに見せてもらって感動した。
 そしてルグイラの景色を知っているオズバルなら、絵からある程度場所がわかるかもしれないという。
「この絵を見てから結構経っているな。どれくらい前だったか。この間、別の町の絵が届いていたからもうとっくに移動しているだろうが」
 この間届いた絵というのはエリッツが風のわたる日の休暇にシェイルと一緒に見た絵のことだろう。確かに諸々の事実をつきあわせればシュクロがエチェットからカウラニー家のことを聞いた可能性はあるが――エリッツはそこで首をかしげる。同じようにシェイルも首をかしげていた。
「――で、エチェットさんとシュクロが知り合っていたとして……それでどうなります?」
 じっと絵を見ていたオズバルははっと顔をあげ、真剣な顔でシェイルを見る。
「そんなものは決まっている。少し変わってはいるが、あんないい娘を放っておくヤツはいない。だから婚約者のお前を殺しに来たんだ。そのシュクロとかいうヤツ本人か、そいつの主かは首謀者はわからないがな」
「……」
 エリッツが反応に困ってシェイルを見ると、シェイルの方も困ったような顔でエリッツを見ていた。
「あの子は無事に別の町に移動しているようだが、あきらめていないとみえる。けしからん。どうしてくれようか」
 いつも穏やかなオズバルにしてはめずらしく声を荒げ、応接の中を歩き回っている。シェイルは隣にいるエリッツにしか聞こえないくらいの小さなため息をついた。
「おっしゃる通りです。許せませんね。至急シュクロに確認してきましょう」
 シェイルは感情のこもっていない声でそれだけいうと、淡々と手紙を片付けはじめた。ここではこれ以上の情報はなしと見切ったようだ。
「本当にとんでもないやつがいたものですね」
 エリッツも調子を合わせ、広げていた地図をたたむ。
「何かわかったらすぐに知らせてくれ」
 オズバルは心配で仕方がないとでもいうように早口でそう言うと、そのまま何かしらブツブツつぶやきながら室内を歩き回っていた。

「まったくの無駄足というわけではありませんでしたが、それに近かったですね」
 城に戻りながらシェイルはそうこぼした。以前、エリッツがアルヴィンと訪れた庭園の中である。オズバルがよく手入れをしているらしく、夏の植物が元気よくしげっていた。
「でもシュクロにエチェットさんのことを聞いたら、また何かわかるかもしれないですよ。本当にエチェットさんが何か関係しているのかも。あ、でもまだ怒ってるかもしれないですよね」
「怒っているといっても旅行に行きたくないから話しかけにくい空気を出しているだけですよ。エリッツ、お願いします」
「え?」
「私ではだめです。あの手の人には嫌われがちなんですよ。エリッツは不思議と人の心を開くのが上手ですから、何か聞き出せると思います。シュクロが旅行に行きたくなるように話してみてください」
「ええっ! そ、そんな無茶な!」
 交渉ごとはシェイルの方が断然うまいじゃないか。急にそんな無茶振りをされても困る。
「大丈夫です」
 狼狽するエリッツに対して、シェイルは自信ありげに頷いて見せる。何を根拠に……。エリッツは呆然として足をとめた。
「――エリッツ? 無理そうですか?」
 シェイルも足をとめ、エリッツを不思議そうに見た。そんな、できて当たり前のような顔をされても……。いやいや、自信はまったくないが、これはかねてより待ち望んでいたチャンスではないか。シェイルに頼りにされている……のかもしれない。
「――では、がんばってみます」
 自信なさげなエリッツの言葉にシェイルは微笑む。
「エリッツと話をすると不思議と肩の力が抜けるんです。もっと自信を持ってください」
 それはエリッツがぼやっとしているから気が抜けるという意味ではないのだろうか。あまり励まされている気がしない。
 浮かない顔をしているエリッツを見かねたのか、シェイルが「まだ不安なんですか?」と顔をのぞきこむ。
「おれ、考えていることがすぐ顔に出るじゃないですか」
「だからいいんですよ。何を考えているかわかりやすいんで警戒心がとけてしまうんです。シュクロは表面上、飄々としてますけど、単身で異国に来ている身ですからね、きっと誰一人信用できないと思っています。でもエリッツなら騙される心配はないかもしれないと判断して何か話をしてくれるような気がします」
 それはいいのか悪いのか。エリッツには人を騙すほどの能力がないということではないか。まぁ、ないのだが。
「じゃあ、うまくいったらご褒美が欲しいです」
 シェイルを信用していないわけではないが、やはりうまく立ち回る自身の姿は想像できない。何か気合いの入るきっかけが欲しい。
「ご褒美……」
 シェイルは意表を突かれたような顔でエリッツを見る。ちょっとわがままを言い過ぎただろうか。いつもはシェイルのことを困らせるようなことは極力避けたいと思っているが、やはりこのままでは気合が入らない。
「……何がいいんですか?」
「え。ご褒美くれるんですか? ちょっと、何というか、いやらしい感じのがいいんですけど」
 シェイルはすっと真顔になった。やはり調子に乗りすぎたようだ。
「あ、でも、無理ならいいです。無理でもがんばります」
 あわてて言い添えたが、シェイルはそれをさえぎるように「検討します」と、頷いた。
 いやらしい感じのご褒美を検討してくれるのか。エリッツの中でふつふつと気合いがみなぎる。こうなったら必ずシュクロに旅行を承諾させなくてはならない。

 シェイルは通常業務を片付けるために執務室に戻り、エリッツは一人シュクロを探していた。来客用の建物にいるのではないかと行ってみたが、朝から戻っていないのだという。他に安全が確保できそうな場所というとやはり執務室のある辺りになるが、あんなに怒った調子で出て行って、シェイルの執務室に戻って来るとは考えにくい。そうなると執務室のある辺りをうろうろしているのかもしれない。いや、あんな場所をうろうろされては困るだろうから、案内役から注意が入るだろう。ここ数日の言動から他の部屋の入室許可をとっている様子もなかった。一体どこに行ったのだろう。
 エリッツは知らず知らず、子やぎのいる城の敷地の東側まで歩いてきてしまっていた。まったく何も考えず、強いていえば重大な任務の前にまた子やぎが見たいくらいのものだったが、驚いたことに探し人はそこでのんびり子やぎに餌をやっていた。
「え? あれ? シュクロさん、こんなところで何をやっているんですか」
 バツが悪そうに顔をあげたシュクロはやわらかそうな葉野菜を子やぎに差し出している。もちろん案内役にしっかりと見張られていた。
「別に。あんたが、やぎの赤ちゃん、やぎの赤ちゃんって騒ぐからどんなものかと思って見に来てみただけだ。ただのくっせーケモノじゃねーか。ああ、マジでくっせーな」
 言葉とは裏腹に子やぎの食べるスピードに合わせて葉野菜を押し出してやっている。この人は案外やさしいのかもしれない。そういえば、単身レジスに乗り込んでくる豪傑かと思いきや、自由を奪われても城の奥深くに隠れようする臆病な面もある。
 シェイルとの日常に急に割り込まれて毎日イライラしていたが、もう少しちゃんと話をしてみた方がいいのかもしれない。
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