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第十二章 普通の旅
第二百十八話 普通の旅(2)
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結論からいうとシュクロはボロボロにされていた。突如姿を消したルルクはその様子を感情の欠落したような表情でじっと見ている。寝起きだからというよりはいつもそんな表情をしているので、そこは気にしなくてもいいだろう。
現場はシュクロと気性の激しそうな三人組との取っ組み合いの大げんかだ。路地裏とはいえ、通りすがりの人がちらちらと見て行く。しかしよくあることなのだろう。誰も止めに入ったりはしない。
三対一ではさすがに分が悪い。どうやら相手は傭兵らしく腕っぷしに自信があるようだ。理由がくだらないので加勢する気にもなれないが、本当にまずい状況になったらなんとかして宿に連れ戻すくらいはしようという心構えでルルクの隣に並ぶ。
気がつけば何も食べていなかったので間に合わせのように路地裏の店でパンを買って、それをルルクにも渡す。シェイルは朝シュクロと食べたらしい。当のシュクロは殴られた弾みでそれを全部吐いているようだが。
傭兵とならず者と紙一重だという認識だったが、この三人はどちらかというとプロフェッショナルに近いかもしれない。かなり動きがいい。三人を相手にしているわりには健闘している方だが、さすがにシュクロの動きが鈍りだす。そろそろ勘弁してもらった方がいいのかなとエリッツは思案し始めていた。
エリッツが相手がプロフェッショナルだろうと感じたのは動きのよさに加え手加減が絶妙だからだ。殺してしまう可能性があることは避けて痛めつけているのがわかる。さすがに殺すまではしなくていいという良識がある人たちみたいでよかった。シュクロが一方的にやられはじめても安心して見ていられる。
しかし驚いたのはその後だ。何がどうなったのかよくわからないが、シュクロとその三人は急に意気投合し、あれよあれよという間に肩を組んで飲みに出かけてしまったのだ。
エリッツはシェイルとルルクと一緒にその一部始終をただ見守っていただけだ。何が起こったのかわからない。
「どういう意味?」
そのルルクがパンを片手にぼんやりとエリッツを見上げた。
「どういうって……」
エリッツも意味がわからない。反射的にシェイルを見上げる。
「知りませんよ」
シェイルは即座に首を振る。
「――とりあえず、シュクロは夜まで戻ってこないでしょうから、わたしたちはのんびりしましょうか」
「見張らなくて大丈夫ですか?」
「誰かが見張っているでしょう」
そうだった。どうせ後ろからいろんな人がついてきている。エリッツたちがやらなければいけないわけではない。
そう考えるととても穏やかな気分になる。最近忙しくてのんびりする時間がなかった。それもこれも全部シュクロのせいなのだが、皮肉なことにそのシュクロのおかげでしばらく休暇のような日々が過ごせるのだからお礼くらいいってもいいくらいかもしれない。ボロの旅装も汚してはいけないという配慮が不要なので気が楽だし、特に予定が定まっていないのも焦らなくていい。さらに今日はもうシュクロにも煩わされずにすみそうで清々しい気分だ。とりあえずいったん宿に戻ろうと歩き出したとき、ルルクがシェイルの服を引っ張った。
「御子様、あの人はどうして精霊を使わなかったの?」
久しぶりにルルクの声を聞いた気がした。無口にもほどがある。
しかしルルクのいう通り術を使えば怪我を負うこともなかったはずだ。シュクロは動きが悪いわけではないが腕っぷしが強いタイプではなく、術士としての能力を合わせて強いのだ。何しろシェイルを見張っていた人たちを全員倒してしまったくらいだ。術を使わなければ、二割の力も出せていないくらいではないか。相手は傭兵とはいえたった三人である。術を使えば一瞬で方が付く。
「ルルク、わたしのことはシェイルと呼んでください」
シェイルはルルクと目線を合わせるようにその場で腰をかがめる。ルルクは無表情のまま小さく頷いた。マイペースなことにパンをくわえ、もぐもぐしている。
「わたしもなぜだかわからないので考えてみます。ルルクも考えてごらんなさい」
どうやらシェイルはルルクのことをかっているようだ。保護区でも父親のことを話して聞かせたり、いろいろと悟すようなことをしたりと気にかけてあげていた。もしかして今回ルルクを連れてきたのも何らかの意図があってのことかもしれない。
――端的にいって妬ましい。
エリッツだってシュクロの旅行の件で課題を与えられて、それをちゃんとこなしたのだ。だからいろいろ期待されているのだと思う。あれからばたばたしてしまって、まだご褒美はもらっていないが。
しかしルルクやアルヴィンはもっとシェイルに近いところで期待されている気がする。同じ黒い髪をしている人たちだ。エリッツとは期待の性質が違うように思う。
「エリッツ?」
勘の鋭いシェイルはエリッツがよくない感情に支配されつつあることにすぐ気づいてしまう。
「エリッツはどうしてシュクロが術を使わなかったんだと思いますか?」
無理やり仲間に入れてもらったようでなんだか気恥ずかしい。
「それは……大ごとにしたくなかったんじゃないでしょうか」
そもそも術士の存在は機密事項だ。こんな場所で派手に戦われては前代未聞の大騒ぎになるし、下手をしたら相手は死んでしまう。
「そんな配慮ができる人でしょうか」
シェイルは首を傾げている。
確かにそんなに思慮深い人ではない。何しろレジス城下でシェイルに炎式で攻撃してきたくらいだ。もし通りすがりの人が目撃したら大騒ぎになるところだった。
「私と……同じ、かも」
ルルクがもぐもぐやりながらひとりごとのように声をもらした。
「何か、精霊との間に……問題を抱えて……」
考え途中であるかのように訥々とつぶやく。
「精霊に……嫌われている?」
エリッツは思わず吹き出しそうになる。人間に嫌われるだけじゃなくて精霊にまで嫌われているのだろうか。
「それはあり得ますね」
シェイルは大まじめに頷いている。
「ルーヴィック様が術士についてはかなり研究を進めていらっしゃいますが、一口に術士といっても実はかなり個性があるみたいなんですよね。シュクロは術素を集めるのにかなり時間がかかるタイプなのかもしれません。こういうタイプが先ほどのように一人で戦う場合は、術士であることをさとられないように体術などで時間を稼いで、不意打ちの一発で仕留めるのが常套です。しかし……」
シェイルはまた首を傾げた。
「精霊はいっぱいいたのに……」
ルルクがまたつぶやく。
「そうなんですよ。やろうと思えばもっと早く反撃できました。あれはルルクが集めたんですね?」
ルルクは頷いたのかパンを飲み込んだのかわからない仕草をする。両方同時にしたのかもしれない。
エリッツには術素が見えないのでよくわからなかったが、どうやらルルクは密かにシュクロに加勢していたらしい。これは意外だ。あまりお節介を焼くようなタイプではないように思っていた。
「実績……」
なるほど。アレックスの護衛の座を得るための点数稼ぎだったのか。なかなか打算的だ。
「不思議ですね」
いいながらシェイルは宿へ戻ってゆく。昨夜見たときもなかなか年季が入った宿だと思ったが、明るいところで見るとなおさらだ。一部の部屋の雨戸は外れかけ、気のせいかもしれないが全体的に傾いて見える。嵐が来たら大変なことになりそうだ。
「あ、ねぇ、ルルク、今からロイの言葉で話そうよ」
昨日はほとんど話さなかったルルクが、先ほど二日分くらい話をしたので、エリッツはちょっと調子に乗ってしまった。あれからさらに語学の勉強を続けているが、いかんせん会話の経験が少なすぎる。ルルクくらいの話のスピードが一番聞き取りやすいのだ。リギルもダフィットもシェイルによくロイの言葉で話しかけているが、とにかく速すぎる。
しかしルルクはエリッツを一瞥しただけで黙ってシェイルの後を追いかけていってしまった。 ルルクは視察のとき、他の保護区のロイたちとは違ってシェイルにさほど興味がないような様子だったが、今はわりとシェイルについて回っている。シェイルが何か聞けば八割くらいは素直に返事をしているが、エリッツの場合は十割無視している。ルルク自身は自分の都合でエリッツに話しかけてくるのに、だ。どうも嫌な予感がする。アルヴィンのときのように急にシェイルの弟子になりたいなどといい出したりしないか。
現場はシュクロと気性の激しそうな三人組との取っ組み合いの大げんかだ。路地裏とはいえ、通りすがりの人がちらちらと見て行く。しかしよくあることなのだろう。誰も止めに入ったりはしない。
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気がつけば何も食べていなかったので間に合わせのように路地裏の店でパンを買って、それをルルクにも渡す。シェイルは朝シュクロと食べたらしい。当のシュクロは殴られた弾みでそれを全部吐いているようだが。
傭兵とならず者と紙一重だという認識だったが、この三人はどちらかというとプロフェッショナルに近いかもしれない。かなり動きがいい。三人を相手にしているわりには健闘している方だが、さすがにシュクロの動きが鈍りだす。そろそろ勘弁してもらった方がいいのかなとエリッツは思案し始めていた。
エリッツが相手がプロフェッショナルだろうと感じたのは動きのよさに加え手加減が絶妙だからだ。殺してしまう可能性があることは避けて痛めつけているのがわかる。さすがに殺すまではしなくていいという良識がある人たちみたいでよかった。シュクロが一方的にやられはじめても安心して見ていられる。
しかし驚いたのはその後だ。何がどうなったのかよくわからないが、シュクロとその三人は急に意気投合し、あれよあれよという間に肩を組んで飲みに出かけてしまったのだ。
エリッツはシェイルとルルクと一緒にその一部始終をただ見守っていただけだ。何が起こったのかわからない。
「どういう意味?」
そのルルクがパンを片手にぼんやりとエリッツを見上げた。
「どういうって……」
エリッツも意味がわからない。反射的にシェイルを見上げる。
「知りませんよ」
シェイルは即座に首を振る。
「――とりあえず、シュクロは夜まで戻ってこないでしょうから、わたしたちはのんびりしましょうか」
「見張らなくて大丈夫ですか?」
「誰かが見張っているでしょう」
そうだった。どうせ後ろからいろんな人がついてきている。エリッツたちがやらなければいけないわけではない。
そう考えるととても穏やかな気分になる。最近忙しくてのんびりする時間がなかった。それもこれも全部シュクロのせいなのだが、皮肉なことにそのシュクロのおかげでしばらく休暇のような日々が過ごせるのだからお礼くらいいってもいいくらいかもしれない。ボロの旅装も汚してはいけないという配慮が不要なので気が楽だし、特に予定が定まっていないのも焦らなくていい。さらに今日はもうシュクロにも煩わされずにすみそうで清々しい気分だ。とりあえずいったん宿に戻ろうと歩き出したとき、ルルクがシェイルの服を引っ張った。
「御子様、あの人はどうして精霊を使わなかったの?」
久しぶりにルルクの声を聞いた気がした。無口にもほどがある。
しかしルルクのいう通り術を使えば怪我を負うこともなかったはずだ。シュクロは動きが悪いわけではないが腕っぷしが強いタイプではなく、術士としての能力を合わせて強いのだ。何しろシェイルを見張っていた人たちを全員倒してしまったくらいだ。術を使わなければ、二割の力も出せていないくらいではないか。相手は傭兵とはいえたった三人である。術を使えば一瞬で方が付く。
「ルルク、わたしのことはシェイルと呼んでください」
シェイルはルルクと目線を合わせるようにその場で腰をかがめる。ルルクは無表情のまま小さく頷いた。マイペースなことにパンをくわえ、もぐもぐしている。
「わたしもなぜだかわからないので考えてみます。ルルクも考えてごらんなさい」
どうやらシェイルはルルクのことをかっているようだ。保護区でも父親のことを話して聞かせたり、いろいろと悟すようなことをしたりと気にかけてあげていた。もしかして今回ルルクを連れてきたのも何らかの意図があってのことかもしれない。
――端的にいって妬ましい。
エリッツだってシュクロの旅行の件で課題を与えられて、それをちゃんとこなしたのだ。だからいろいろ期待されているのだと思う。あれからばたばたしてしまって、まだご褒美はもらっていないが。
しかしルルクやアルヴィンはもっとシェイルに近いところで期待されている気がする。同じ黒い髪をしている人たちだ。エリッツとは期待の性質が違うように思う。
「エリッツ?」
勘の鋭いシェイルはエリッツがよくない感情に支配されつつあることにすぐ気づいてしまう。
「エリッツはどうしてシュクロが術を使わなかったんだと思いますか?」
無理やり仲間に入れてもらったようでなんだか気恥ずかしい。
「それは……大ごとにしたくなかったんじゃないでしょうか」
そもそも術士の存在は機密事項だ。こんな場所で派手に戦われては前代未聞の大騒ぎになるし、下手をしたら相手は死んでしまう。
「そんな配慮ができる人でしょうか」
シェイルは首を傾げている。
確かにそんなに思慮深い人ではない。何しろレジス城下でシェイルに炎式で攻撃してきたくらいだ。もし通りすがりの人が目撃したら大騒ぎになるところだった。
「私と……同じ、かも」
ルルクがもぐもぐやりながらひとりごとのように声をもらした。
「何か、精霊との間に……問題を抱えて……」
考え途中であるかのように訥々とつぶやく。
「精霊に……嫌われている?」
エリッツは思わず吹き出しそうになる。人間に嫌われるだけじゃなくて精霊にまで嫌われているのだろうか。
「それはあり得ますね」
シェイルは大まじめに頷いている。
「ルーヴィック様が術士についてはかなり研究を進めていらっしゃいますが、一口に術士といっても実はかなり個性があるみたいなんですよね。シュクロは術素を集めるのにかなり時間がかかるタイプなのかもしれません。こういうタイプが先ほどのように一人で戦う場合は、術士であることをさとられないように体術などで時間を稼いで、不意打ちの一発で仕留めるのが常套です。しかし……」
シェイルはまた首を傾げた。
「精霊はいっぱいいたのに……」
ルルクがまたつぶやく。
「そうなんですよ。やろうと思えばもっと早く反撃できました。あれはルルクが集めたんですね?」
ルルクは頷いたのかパンを飲み込んだのかわからない仕草をする。両方同時にしたのかもしれない。
エリッツには術素が見えないのでよくわからなかったが、どうやらルルクは密かにシュクロに加勢していたらしい。これは意外だ。あまりお節介を焼くようなタイプではないように思っていた。
「実績……」
なるほど。アレックスの護衛の座を得るための点数稼ぎだったのか。なかなか打算的だ。
「不思議ですね」
いいながらシェイルは宿へ戻ってゆく。昨夜見たときもなかなか年季が入った宿だと思ったが、明るいところで見るとなおさらだ。一部の部屋の雨戸は外れかけ、気のせいかもしれないが全体的に傾いて見える。嵐が来たら大変なことになりそうだ。
「あ、ねぇ、ルルク、今からロイの言葉で話そうよ」
昨日はほとんど話さなかったルルクが、先ほど二日分くらい話をしたので、エリッツはちょっと調子に乗ってしまった。あれからさらに語学の勉強を続けているが、いかんせん会話の経験が少なすぎる。ルルクくらいの話のスピードが一番聞き取りやすいのだ。リギルもダフィットもシェイルによくロイの言葉で話しかけているが、とにかく速すぎる。
しかしルルクはエリッツを一瞥しただけで黙ってシェイルの後を追いかけていってしまった。 ルルクは視察のとき、他の保護区のロイたちとは違ってシェイルにさほど興味がないような様子だったが、今はわりとシェイルについて回っている。シェイルが何か聞けば八割くらいは素直に返事をしているが、エリッツの場合は十割無視している。ルルク自身は自分の都合でエリッツに話しかけてくるのに、だ。どうも嫌な予感がする。アルヴィンのときのように急にシェイルの弟子になりたいなどといい出したりしないか。
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