亡国の草笛

うらたきよひこ

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第十二章 普通の旅

第二百二十二話 普通の旅(6)

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 その一日は無事に済むものと思っていた。根拠はないが、昨夜襲われたばかりでまさか連日なんてことはないだろうと高を括っていたところはある。
「昨日の気持ち悪い人たちとは違うように見えるんですが」
 シュクロに引っ張られ、ほぼ丸一日、大通りといわず町中を見てまわった帰りだった。人通りの少ない町外れを歩いていたところ、よくわからない人たちに襲われた。顔を隠していたが、確実にボレイル兄弟ではない。特に気持ち悪くない無個性な人たちだ。他の追手がいるなんて聞いていない。
「あれは違うだろうな」
 どういうわけかシュクロも不思議そうにしている。心当たりはなさそうだ。
 態勢を整えるため、攻撃をかわしながら、いったんその場を離れた。全員術士のようだ。
 その場所はレジス城下でいうと旧市街のような場所らしく、打ち捨てられた荒屋や、やけに細い路地が入り組んでいて隠れるのには適していた。そんなに広い場所ではないのですぐまた鉢合ってしまうことはわかっている。
「エリッツ、わたしはいってなかったことがあるんです」
 身をひそめて襲撃者の様子をうかがっていたところ、シェイルが口を開いた。
「後ろの人たちはあまりあてにできません」
 口調が軽いのでたいしたことない話だと聞き流しそうになる。後ろの人たちをしっかりあてにしていたエリッツはやや遅れて「え!」と声をもらした。
 これにはシュクロも言葉を失った様子でシェイルを見る。そもそも見張りがつくからとシュクロも安心して出てきたのではなかったか。
「まぁ、完全にあてにできないわけではないのですが、心構えとしての話ですね」
「ええと、どういうこと……」
「ふざけんな! どういうことだよ」
 エリッツの言葉にかぶせてシュクロが声を荒げる。シェイルはそっと人差し指を鼻先に立てた。
「シュクロは心配しなくても大丈夫です。彼らにも立場がありますから」
 めずらしくエリッツはぴんと来た。そういえばシェイルの監視をしている人たちはラヴォート殿下側の人間にいい感情を抱いていないのだ。それはシェイルの行方がわからなくなったアルメシエの騒動の時にラヴォート殿下から聞いた話だった。マリルたちと敵対するように組織されている間諜部隊、それが「後ろの人たち」の正体だ。もっと早く気づくべきだった。
 要するにシェイルが言いたいのは、後ろの人たちは立場上、レジスの客人の安全は守る。それに利害が一致すれば味方のように見えることもあるかもしれない。しかし基本的にはこちらの粗探しをしている。これが今までおかしなくらいに頼りなかった理由なのだろう。わざと暗殺者を見逃して、後ろからラヴォート殿下失脚のネタになるような失敗をしてくれないか見守る。もし客人に何かあれば自分たちの落ち度になるのでシュクロだけはちゃんと守る。そういうスタンスなのだ。確かにこれでは完全にあてにするわけにはいかない。ボレイル兄弟や他の暗殺者たちが背後で止められることはまずないだろう。
「わかりました。後ろの人たちはあてにしません」
 覚悟を決めたようなエリッツの口調にシェイルは少しだけ驚いたような表情をする。
「――察しがいいですね」
 小さくほほえんでエリッツを見る。以前、ラヴォート殿下から話を聞いていたからいろいろと察しただけだが、苦手分野で褒められるのは素直にうれしい。
「あれはルグイラの人間じゃなさそうだが」
 シュクロは物陰から通路の方を見ている。どうやら視界に入る距離にいるらしい。
「レジスの人かもしれないですね」
 シェイルがこともなげにいう。それが本当ならば闇が深い。なぜ同じレジス人に狙われなければならないのかと思ったが、よく考えるとエリッツ以外は異国の人だ。
「俺もそう思う。セラフの命令で現地調達された連中かもしれない」
 シュクロの声がさらに小さくなっている。近くまで来ているようだ。
「どうしますか?」
「ちょうどいい練習になります。エリッツ」
 シェイルは小声でエリッツを呼び、手のひらを差し出した。
「はい。ちゃんとあります」
 エリッツは服の中に手を突っ込み、巾着袋に入れて首からさげていたヒルトリングを取り出した。最新式でシェイルの大嫌いな「首輪」的な要素はちゃんと排除してあると聞いた。やはりシェイルはエリッツがこれを持っていることに気づいていた。
「使うわけではありません。ルルクが怪我をするようなことがあってはいけないので念のためです」
 わざわざそんなことを言いそえる。やはりヒルトリングを使うのは気に入らないみたいだ。そういえば左の中指の怪我のことはまだ話してもらっていない。
「何やってんだ?」
 シュクロは不思議そうな顔でそのやり取りを見ている。
「シュクロ、最初にいっておきますが、わたしは術が使えません」
「はぁ? あんたロイだろ?」
 またもやシュクロが声を荒げそうになり、シェイルが人差し指を立てる。
「ルルクと二人で切り抜けてください」
「てめぇ、何言って……!」
 シュクロの声が大きすぎるのだ。
「いたぞ!」
「あそこだ!」
 複数の足音が聞こえる。話し方が確かにレジス人っぽい。エリッツは短剣の柄に手を添えた。
「エリッツ、あなたは一回休みです」
「えっ!」
 もしかして昨夜の戦いぶりに問題あったのかとエリッツは悲壮な声をあげた。
「あなたが片付けてしまってはルルクの練習になりません」
 動きが悪かったわけではないようで安心したが、やはりルルクのためなのか。
「昨夜、対術のかなめであるルルクをとっさに守ったのはとてもいい判断でした。わたしはシュクロにつくのでルルクを頼みます」
 そういう一言で一気にやる気になってしまう。単純だなと思いながらも期待に応えるために短剣を抜いた。ルルクの邪魔をしないように、ただ物理的な攻撃から守ることに徹ればよい。
 隠れていた路地へと駆け込んできたのは三人。みな、顔を隠してレジスの術兵を彷彿とさせる身なりだ。なぜレジス人が? そういえば裏社会に身を置く術士というのも存在するとシェイルに聞いていた。お金さえもらえればこういう仕事も請け負うということか。下手をしたらこちらが誰なのかもわかっていないのではないか。後ろの人たちに捕まれば大変なことになるのだが。
 もはや何も言葉を発さずに敵は一番前にいたシュクロに風式を放つ。なんなく避けたシュクロだが、避けた先で、別の敵に蹴りを入れられる。もう一人の敵はシェイルに素手の一撃で転がされていたが、まだ動けそうだ。しかしなぜ素手なのか。エリッツと同じく短剣があったはずだが。飽くまでもルルクにやらせるつもりなのか。――ということは、シェイルはこの敵をそこまで警戒すべき相手と見ていない。
 ところが、当のルルクは棒立ちのまま微動だにしなかった。当然反撃してきそうなシュクロとシェイルの方へと攻撃が集中する。短剣を構えたエリッツの方も警戒されているが、一回休みなので積極的には参戦しない。ルルクを守ることに集中する。
 ルルクにはやはり何の動きもない。術素の見えないエリッツは今の状態が正解なのかどうかわからなかった。いや、動かないというのは父親のフォルターもそうだったと聞いたが……。
「てめぇ、何やってんだ。話が違うだろっ」
 やはり何かがおかしいようだ。ちらりと見るとルルクはいつも通りぼんやりしている。いつも通りなのだが、目の奥で何かが揺らめいている。これはもしかして――。
「あ、つ、め、て、こっちに渡すッ! わかるか?」
 苛立ったようなシュクロの声が響く。怒っているが、律儀にルルクが動くのを待ってくれているのは案外やさしい。シュクロほどの腕があれば即座に応戦できるはずだ。
 騒ぐシュクロと動かないルルクの様子から何かを企んでいると感じたのか、敵の一人がルルクを狙う。炎式だ。エリッツは術に対してはどう応戦すればいいのかわからない。焦った瞬間、その炎はふっとかき消えた。ようやくルルクが動いたのかと思ったら、シュクロが「このっバカッ。働け!」と、叫んでいる。助けてくれたのはシュクロらしい。
 ルルクは左手をゆっくり握り、また開いた。何か調子でも悪いのだろうか。
「こわい?」
 ルルクは無表情のままぽつりと声をもらし、首をかしげる。やはりおびえている。いや、自分がおびえていることに今気づいたのだろうか。常に表情が変わらないのでとてもわかりにくい。
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