亡国の草笛

うらたきよひこ

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第十三章 直線行路

第二百二十六話 直線行路(1)

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 旅程は事前に決められている。
 エリッツがシュクロから聴取した希望地を地図上で確認し、適当に線を引いて経路とし直接担当部署にまわした。交通経路や宿泊地まで詰める時間は与えられなかった。シェイルもラヴォート殿下もすっ飛ばしたのは特例中の特例だ。旅に出ることはすでに上は承認済みで、ただの追加資料だからもたもたせず早く出せと焦らされたのだ。それで焦ったエリッツが適当に出した書類は、とても中身を確認したとは思えないスピードで担当部署の印が押されて戻ってきた。こんなものは形を整えるだけの建前の書類で、出発してしまえばどうとでも変更できる……と考えていたのだが。
「お前、バカじゃん」
 朝からシュクロはうるさくエリッツを責め立ててくる。
 もうかなり歩いている。付近に町はなく、乗り合いの馬車もなければ、馬を借りることも不可能だ。一応道はあるように見えるものの、もしかしたら動物が水場へ行くための道なのかもしれない。サフス平原は広大だった。
「距離的に無理ってんじゃない。けどな、こんなのは被虐趣味のある探検家が趣味でやることだ。さすがこの旅程は変態探検家の自慰行為と言わざるをえない」
 ここから体力勝負となってくるのに、嫌なことを言うのに惜しみなく力をそそいでいる。
「バーカ」
 そもそもこんな目に遭っているのは何もエリッツの過失だけが問題とは思えない。
「そっち経路は書類に書いてないからダメです」
 いざ次の目的地を目指そうとメラル・リグを出ようとしたエリッツたちの前に立ちはだかったのは例のセキジョウだった。後ろからついてくるのが仕事のはずなのになぜか前にいる。
「じゃあ、どう行けばいいんだよ」
 シュクロは誰にでも偉そうだが、ある意味背中を預けることになるセキジョウに対しても例外ではない。
「ここをこう行って、こうです。ほら、経路として線が引いてありますでしょう」
 わざわざエリッツの書いた書類を持ってきたらしいセキジョウが得意げに説明する。
「はあ?」
 シュクロは紙面を凝視してから、おそらくエリッツの署名でも見つけたのだろう、こちらをものすごい形相で睨む。
「サフス平原にまっすぐ線が引いてあるんだが!」
「……はい」
 確かにその通りなのでエリッツは仕方なく返事をした。
「ここ! 山突っ切って線引いてある!」
「ええ、誠に遺憾です」
 なぜかセキジョウが深々と頷く。
「何もそんなに四角四面にやらなくてもいいのではないですか?」
 シェイルもあきれたような表情でセキジョウを見る。どう考えても街道沿いを行くのが常道だ。なぜ何もない平原を歩かなくてはならないのか。
「いいえ、何かあったとき、例えば伝令、救助、物資の支給、先日のような交代などはこの書類をもとに行われます。行き違いになったり行方不明と誤解されたら迷惑がかかるでしょう」
 ぱんぱんと書類をはたきながらもっともらしいことを言うが、これは絶対にただの嫌がらせだ。目的地さえ確認できれば経路などは安全な街道を使うに決まっている。そう。それなのに焦って直線を引いたエリッツも確かにバカだった。
 セキジョウが隊長に着任してから後ろで静かに行われていた嫌がらせが視認できるようになった。いいのか悪いのかわからないが、いらいらする。
「休憩しましょう」
 シェイルが指差す方向には木立が数本立ち並ぶ場所があった。休むのにちょうどよい日陰になっている。夏の盛りが過ぎていたのが幸いだが、何も日を遮るものがない平原はやはり暑い。まばらに草が繁っているだけで風景も全然変わらず飽きてもくる。加えて急遽、長距離移動や野宿に備えてメラル・リグでそろえた荷物も重かった。最悪だ。自分はともかくとしてルルクはしんどくても表情に出さないので急に倒れたりしないかが心配である。
「シュクロさん、何してるんですか?」
 後ろの人たちも少し離れたところで休憩をしているのにシュクロはまだ木陰に入らず平原を見渡している。
「方角があってるか見てる」
「それ、磁石ですか?」
「あんたがバカみたいな経路で旅程を組むからな」
 本当にしつこい。
「いや、だからあれは……」
「あーあ! ここで方角間違ってて死んだらどうしよう」
 しつこい上に呼吸するように嫌なことをいう。
「エリッツ、昼食ができましたよ」
 木陰に戻り何らかの穀物をお湯でふやかしたものを食べる。しばらく質素な食事が続きそうだ。
「なぜセキジョウさんがこっちにいるんですか。あっちでしょう」
 後ろにいるべき人がまた前に来ている。他の後ろの人たちは申し訳程度に木立の陰に隠れ、何か食べたり飲んだりしている。談笑しているような声も断片的に聞こえて思いの外なごやかな雰囲気だ。セキジョウ以外はみな顔を隠していたが、今はそれも外してくつろいでいる。
「いえ、この方が哀れで」
 またリギルの袖を握りしめている。どういう事情があるのか知らないが、また捕まっていた。
「リギル、ちゃんと食べなくては」
 シェイルがリギルに食事を差し出すが「いえ、ちょっと気分がすぐれなくて」とうつむく。確かに哀れだ。だがそれはセキジョウのせいに違いない。
「私の子を孕んだのでしょう」
 セキジョウがいたわるようにリギルの背をさする。
 気持ち悪い。
 その場の全員がそう思っているような沈黙に包まれた。
「隊長、会議です」
 結局セキジョウは部下に呼ばれ、リギルをずるずると引きずって後ろに戻っていった。あまりに気の毒だ。
「あの、リギルさんはなぜ……」
「どうやら気に入られてしまったようです」
 シェイルはルルクの口元を拭ってやっている。そんなことをしてあげるほど小さい子供じゃないはずだが。
「あれ、気に入ってやってるんですか。リギルさん、すごい衰弱してたじゃないですか」
 四六時中変態に袖をつかまれているのだからその心労ははかり知れない。別に殺してもかまわないようなやつならリギルはおそらく負けることはないだろう。しかしセキジョウはラヴォート殿下の粗探しをしている側面もある。その粗を作ってやることになってしまうので、手を出せないのだ。シェイルも暗い顔をしている。
「ああいった嗜虐性の強いヤツは思い通りの反応がないとしつこいぞ」
 むしろうれしそうなシュクロである。リギルの大人すぎる反応がセキジョウの変なやる気を引き出してしまったようだ。シュクロには昨夜の出来事をすべて説明していた。やはり後ろから変態がついてくる事態にいい顔はしなかった――というか、露骨に「きもっ」と悲鳴をあげていたが、他の人間に執着してくれれば自分に被害が及ぶ可能性が下がると考えたのだろう。エリッツもリギルの袖を握っている間はシェイルに妙な真似はできないだろうという考えが頭をよぎり、心の中でリギルに謝る。
「すみません、部下に会議に連れてきてはダメだと言われました」
 そのセキジョウがまたこちらに戻って来て、至極残念そうな顔でリギルを放っていった。お気に入りにしてはひどい扱いだ。
「エリッツさん、主を頼みます。主の危機にすぐに対応できないかもしれないという状況に気が狂いそうです」
 リギルはいつも以上に困った顔をしている。かわいそう過ぎる。セキジョウの狼藉がこたえるというよりは、万全の状態でシェイルを見守れないのがつらいようだ。シェイルを守るためにこんな所までついてくる人だ。さぞ無念だろう。
「後は任せろ。元気な子を産んでくれ」
 シュクロは単純にふざけている。出会ったときにリギルに完敗しているので腹いせのつもりかもしれない。下品なうえに狭量だ。
「主をお願いします」
 リギルはそんなシュクロにまで頭を下げる。辛すぎて見ていられない。
「リギルさん、それで、昨夜はどんな風に舐められたんでしょうか。子供ができてしまうほどの舐め方というのは一体……」
 どうしても気になるエリッツはまた聞いてしまい、やはりシェイルにたしなめられる。
「やっぱり変態は視点が神がかってるよな」
 シュクロは妙に感心したような口調でそう言いエリッツを見る。
 シェイルは食事の片づけをしながらため息をついた。
「すみません。それは私の仕事でした」
 リギルは立ち上がろうとしてふらつき、シェイルに抱きとめられる。
「そういやさ、なんでお前は上官に飯の支度と片づけさせてんの? レジスってやっぱ変わってんな」
 エリッツは思わず立ち上がって悲鳴をあげた。またやってしまった。
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