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第十三章 直線行路
第二百二十七話 直線行路(2)
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荷物が重い。 シェイルはこれを全部持っていたのかと愕然とした。鍋などの調理器具や保存食、調理用の水である。もとはリギルが持っていたらしいが、セキジョウの付きまといが始まってからはシェイルが持っていたらしい。二人とも平然としていたので、全然気がつかなかった。 「エリッツ、わたしは平気なので持ちますよ」 しかも心配されている。 「いいえ。夜ごはんはおれが作るので」 久しぶりの大失態はかなりこたえた。もしアルヴィンが見ていたら盛大な嫌味をくらっていただろう。結局のところシュクロに散々嫌なことを言われたので結果は変わらないが。とりあえず調理道具さえ押さえておけば、もう同じ過ちを犯すことはない。 「あの人、なんか逆に生き生きしてないか」 シュクロは不審そうにエリッツの耳元に顔を寄せる。シュクロの視線の先にはシェイルがいる。いわれてみればメラル・リグではちょっと元気がなかったようだが、平原を歩き始めてからやや戻っている気がする。 さいわいルルクの怪我は保護区のときのような深刻な状態ではなく、数日も経てば治りそうな様子だった。それも関係しているのかもしれない。完全に油断するわけにはいかないが、シュクロの追手もこんなところまで来ることはないだろうという気もしている。もしエリッツが追手だったらこんな見晴らしがいいところでは襲わない。標的が過酷な旅程で疲れ果て、街道に戻ったところを狙う。 とにかくルルクの怪我の完治を待って練習を再開できそうだ。当人も痛がる様子はなくいつも通りぼんやりしている。 「うん。やっぱりルルクの怪我が原因だったのか」 一人で頷いているエリッツにシュクロは不思議そうな顔をする。 「何が?」 いちいち説明するのは面倒くさい。どうせシェイルの様子などどうでもいいに違いない。 「別に何でもないです」 そうなるとリギルがいっていた二つ目に考えられる原因というのは何だったのだろう。 突然、シェイルが立ち止まった。はるか前方をじっと見ている。 「もしかしてあれはサカシロですか」 何も見えない。 前方には相変わらず広大な平原が広がっている。遠く低木の茂みや数本の木立ちがあるくらいだ。 サカシロは旅行記の挿絵で見たことがある。墓にあらわれるという白い獣だ。姿は鼻梁が長いほっそりとした犬のようで、尾が長くてふさふさしている。耳はうさぎほどではないもののぴんと長い。見た目は美しいが墓を荒らして死肉を食べたりするので、人々にあまりよく思われてはいない。 「どこまで見えてんだよ」 シュクロは悪態をついた。確かに目を凝らしてもそれらしき動物は見えない。 「何をしているんですか」 また変態が前に出てきた。相変わらずリギルの袖を握りしめている。 「前に何か動物が見えますか」 エリッツはシェイルの視線の先を指し示すが、セキジョウは「見えません」と即答してむっとしている。子供みたいだ。 「低木の陰に白い動物が何匹かいますね」 隣のリギルはシェイルと同じ方向をじっと見ている。ルルクもじっとその辺りを凝視していた。もしかしてロイは目がいいのか。 低木の陰というのでエリッツはその辺りを注意して見てみる。風で揺れているだけだと思っていた低木の茂みの間から白いものがちらちらと動いていた。これはじっと見ていなければ気が付かない。気付いたとしても「サカシロかもしれない」とまでは出てこないだろう。 そういえばロイはもともと土地を移動しながら暮らしていた民族だった。体が広大な土地を移動するのに適しているのかもしれない。 「サカシロというのは安全な動物なんでしょうか」 死肉を食べるということは人間を餌にしているということではないのか。ちょうどその低木の辺りは進路だ。 「いや、あれは死んだ動物の肉や昆虫を食べる。野生動物だから絶対とは言わないが、向こうから襲ってくるということはないはずだ」 シュクロはやけに詳しい。エリッツは挿絵でしか見たことがないが、犬っぽいので集団で襲いかかってくるのではないかと思ってしまった。 「真っ白できれいな毛皮ですね」 シェイルが少しそわそわしている。狩りをしたいのかもしれない。しかし死肉を食べる動物の毛皮がほしいものだろうか。下手をしたらこの平原で野垂れ死んだ人間を食べて、その栄養で美しい毛並みを維持しているかもしれない。 「ロイにはいない動物なのですが、ルグイラやレジスではあの肉を食べたりするんですか?」 リギルはもっと過激なことを聞いてくる。人の死肉を食べているという話をちゃんと聞いていたのだろか。何も疑うことなく猫の餌を作ってシェイルに出していたので少し心配だ。 「肉は筋が多くて固いし臭みもあって食べにくい。ルグイラでは死神の使いとされていて、気持ち的に食べたがらない人が多いな。そもそもサカシロを狩る習慣がない。童話には悪役でよく出てくるけどな」 「レジスでも似たようなものです。低俗な怪談にもよく出てきます」 セキジョウが付け足す。サカシロが出てくる物語ならエリッツも何冊か読んだことがあるが、旅行記とは違って死をイメージしたキャラクターとして登場することがほとんどだ。想像上の動物だと思っている人がいても不思議ではないくらいである。 「固さと臭みが問題ならスパイスを入れてよく煮込めば食べられそうですね。ロイの料理法には合いそうです」 シェイルも真剣に調理を検討している。問題は肉質のことではないのだが。ロイの人たちはやはり何かが違う。それが宗教観なのか倫理観なのかは不明だが、栄養源が死肉というのはさして障害にならないようだ。 「おれは本物のサカシロを見たことないです」 「臆病だから人前に姿を現すことは滅多にない。夜中に墓を荒らして朝はもういないってのが普通だ。――で、なんであんなところにいるんだろうな」 シュクロは不思議そうだ。 「あそこにいるのは変ですか?」 「あいつら地下に巣穴を作るんだ。日中はそこでおとなしくしてるはずなんだが。しかも人間の亡骸が好物だからな。戦場とか街はずれの墓地に出ることが多い。あそこに死体でもあるのかもしれないな」 え。怖い。 「人じゃなくて何か動物が死んでるのかもしれませんよ」 シェイルは早く見に行きたそうにしている。 「弓があればいいのですが」 さすがリギルはシェイルのそわそわに気づいていた。ロイにいない動物ということはシェイルも本物のサカシロを見るのは初めてなのかもしれない。 「こんな見えもしない距離じゃ、矢は当たらないだろ」 シュクロがあきれたようにため息をつく。 「主にはちゃんと見えています」 めずらしくリギルがシュクロに反論する。 「そうですね。狙えなくはないですが、もう少し近づいたら確実に獲れます。森と違って遮るものがほとんどないですからね」 獲ってどうするのかわからないが、見てみたい気はする。 「そんなことしなくても風式で仕留めればいいのではないですか」 セキジョウが口を挟む。確かにそれが早いといえば早いのだが何かが違う。 「いなくなりました」 じっと前方を見ていたシェイルが急に後ろを振り返る。目に見えて残念そうな顔だ。こんなにわかりやすい表情をするのもめずらしい。 「本当ですね。どこへ消えたんでしょう」 リギルも不思議そうに視線をさまよわせている。 「あそこに巣があるんじゃないか」 「その可能性はありますね。こちらが風上なので隠れたのかもしれません」 「気づかれたか。鼻はよさそうだからな」 なぜかわからないが、みんなサカシロを狩る気になっている。エリッツも本物のサカシロを見てみたい。 「あそこに巣があるのなら術で一網打尽にできるのではないですか」 またセキジョウがよくわからないことを言い出した。 「いや、別に殲滅しなくてもいいだろ。なんか恨みでもあんの?」 「あなたたちがサカシロを殺したそうにしているからです」 「殺したいってのとは違うんだよなぁ」 狩りを楽しめる人と理解できない人のわかりやすい対立だ。シュクロがシェイル側についたのはちょっと意外な気がした。エリッツはシェイルが楽しいならそんなことはどうでもいい。 しばらくの沈黙の後、なぜかセキジョウは不機嫌にリギルの袖を引っ張った。ひょろりとした体が前のめりに折れ曲がる。不憫だ。 「ルルクは? 狩りとか興味ある?」 退屈そうにしている気がしたのでルルクに話しかけてみたが、普通に無視された。 「それより早く行ってみましょう」 シェイルがめずらしくじっとしていられない様子だ。少年のようなシェイルも新鮮でいい。執務室では見せない表情が堪能できてエリッツは思わずにこにこしてしまう。 「隊長、弓ならあります」 後ろの一人がやたらと腰をかがめている。できるだけエリッツたちの視線を遮りたいとでもいうようにぴたりとセキジョウの後ろに張り付き、その動きに合わせて素早く移動していた。滑稽なくらい変な動きだ。普通に堂々と前に出てくるセキジョウの方がまともに見えてくる。 「もうサカシロはいなくなったそうです」 セキジョウが普通に会話しているということは、この人は常時あの動きをしているのだろうか。 「遅かったですか」 エリッツたちに見られる危険を冒して前に出てきたからか気落ちしたような声だ。そもそもなぜ弓など持っているのだろう。 「ああー、しかしですねえ、あのロイがあそこを狙えると言ってましたねえ。どうせ弓がないと思って言ったんだとは思いますが」 部下の気遣いを無駄にしないためだとしたらなかなか機転が効く上司だが、どうせ新しい嫌がらせを思いついただけだろう。一体誰がそんなわかりやすい煽りに乗るのか。 「さっきサカシロがいたあの低木を射ます」 シェイルが前方を指さしていた。
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