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2年1学期
1話:春の嵐、出会ったのは魔力暴走新入生!?
しおりを挟む◇プロローグ◇
「……っなに……これ」
目の前で広がる激しい魔力の奔流。魔力暴走。
俺は、穏やかな春の中庭に似つかわしくないその光景に思わず息を呑む。
そこで出会った、命の危険すら感じる――春の嵐のような存在。
これが俺と“あの子”の、最高で最悪な物語の始まりを告げる出会いだった。
――これは平穏に生きたいだけの隠れ夢魔の俺が、世界で一番特別なキスをするまでのお話
そして、俺を取り巻く“癖強イケメンたち”による執着攻撃の日々が、今始まる。
◇◇
「寒っ……まだ冬じゃん」
少し冷たい春風が頬を撫でる朝。
俺が手袋越しに腕をさすり、震えながら独り言を口にして歩いていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。
「おはようフレン。今朝は寒いな……上着いるか?」
声の主は幼馴染で一個上のクロード。彼の騎士らしくきっちりと撫で付けて固めた濃茶色の短髪。その下から覗く、精悍で優しい海色の瞳が俺の震える腕を気遣わしげに見つめていた。
「おはよ!ううん大丈夫!歩いてたらあったかくなるし」
俺がひらひらと手を振ってクロードの申し出を静止すると、彼は上着を脱ごうとしていた手を止めた。クロードだって寒いだろうに、こうして躊躇いなく俺に上着を差し出そうとするあたり、本当に優しい。けど、ちょっと過保護かも。
クロードとはもう10年以上の付き合いになるけど幼少期からずっとこうなんだよね。たまに、クロードの中の俺っていくつなの?って思う時もあるけど、俺はこの関係を気に入ってる。
「ちょっといいか?」
声と共に、クロードの大きな手が俺の頭上に伸びてきて、俺はいつもの癖で頭を差し出しじっとしておく。
「これでよしっと……また後ろ髪が跳ねてたぞ。フレンは相変わらずだな」
「いつもありがとね、後ろって見えにくくて……それに」
「それに?」
不思議そうに聞き返すクロードの目に俺の薄灰色の瞳が映る。
「クロードがいつも直してくれるからいいかな?って」
「……っ、俺がいない時はどうするつもりなんだ?困るだろ」
「んー」
俺は自分の背中まである春薔薇色の髪を指先で弄りながら首を傾げて、少し照れた様な表情をしているクロードを見上げる。
「髪が跳ねてる俺も可愛いから大丈夫!ね?」
そう言って俺がそのまま同意を求めるようにクロードと腕を組んだら
「……っぐ……」
彼は小さく何かを呟いて、それきり黙り込んでしまった。
(……もしかして、呆れちゃった?)
その反応が少しだけ気になったけど、まあいつもの事だし、俺がこういう奴だってのはクロードもよく知ってるだろうから大丈夫な筈だよね?
2人で歩いているうちに体も暖まってきたし、俺はあまり気にせず登校する事にした。
◇
「あっ!クラス表張り出されてる!」
俺達の目的地である掲示板の前には人だかりができていて、各学年の新クラス表が所狭しと貼られている。
うちの学校は選択式の4年制で、生徒数が多いから自分のクラスを探すのが毎年大変。俺は背が少し小さい方だから、こういう時は結構苦労する。人垣に揉まれながら何とか自分の名前を探し出した俺は、少し後ろの方で掲示板を見ていたクロードに駆け寄る。
「俺3組だった!一年生の時と同じエミ先生!クロードは?」
「俺は騎士コースの1組だな、希望通りで良かった」
「わー!クロードすごーい!1組って滅多に入れないところでしょ?」
俺達の通う私立クロスフォード学園。人間に、魔族や獣人…他にも様々な種族が集う、魔術と戦術の名門として知られる伝統あるうちの中でも、特に格式高いのが騎士コース。その中でもクロードが振り分けられた3年次の1組は成績上位者しか入れないクラスだ。該当者が一人もいない時も珍しくない。
昔から優秀だって評判だったけど、本当に自慢の幼馴染すぎる。その気持ちを込めて俺は尊敬の眼差しをクロードに向けたけど
「まだ入っただけだよ。でもありがとう」
当のクロードは偉ぶるわけでもなく、当たり前のようにさらっと返してくる。本当に凄い人っていうのは謙虚だよね。
「そろそろ予鈴だから遅れるなよ。じゃあまた夜にな」
「はーい!またね」
1、2年と3、4年は棟が違うし建物の距離も結構離れている。俺はクロードに手を振りつつ2年棟に向かう事にした。
新しいクラス、誰がいるかな?なんて浮き足立つ気持ちと、ほんの少しだけ不安も感じながら俺は駆け足で教室に向かった。
◇
教室の扉を開けると、教室内のザワザワとした空気が一瞬固まったのち俺は結構な人数に囲まれた。
「フレン……また同じクラスになれて嬉しいよ。今日も可憐だね。」
「今年フレンと一緒!ラッキー!」
「はじめまして……前から凄く綺麗だなって思って、ずっと話してみたかったんだ」
去年同じ組だった子とそうじゃなかった子半々ぐらいにそんな事を言われて俺が
「俺も一緒の組になれて嬉しい!よろしくね!」
と笑顔を振りまいていたら
「けっ!今年もお前と一緒かよ……相変わらず騒がしくて耳が痛えわ」
と教室の後ろから入ってきた金のツンツン頭に軽く背中を叩かれた。
「うわ……カイじゃん」
「あいつもこの組かよ」
金のツンツン頭――カイの姿を見た途端、俺の周りに集まってた子達が気まずそうに散っていく。
カイは典型的な不良だ。今日び不良なんて逆に古いと思うけどポリシーだなんだって言って貫いてるらしい。その素行に加え、ワーウルフらしい威圧感のある体格と狼の様な鋭い金眼が特徴の顔つきもあって周囲からは結構怖がられてる。
「もー!カイってば本当は俺と同じ組で嬉しいくせに!入学式当日に迫ってきたの忘れてないからね」
「ばっ馬鹿お前!それはお前の事女だと思ってたからで……」
でも俺は一年の時からカイと同じクラスで、こんな弱みも握ってるから彼を怖いと思ったことはない。言い訳しながらも、カイの耳は真っ赤だ。
「今でも覚えてるよ?『お前可愛いから俺の女に……』」
「そっそれより知ってっか?今年の入学生やばいらしいぜ」
俺の追撃から逃れようとカイが無理やり話題を変える。これからが面白いところなのになぁ。
「……やばいってどうやばいの?」
せっかくの俺の声真似を遮る程の価値がある話なんてある?と思いながらも俺は少し興味が湧いて聞き返す。途端に調子を取り戻したカイはニヤリと笑い、わざとらしく声を潜めてこう続けた。
「あの、竜族の異端――"邪竜"が入学してきたらしい」
◇
さて、今はというと新しいクラスでの一時限目の時間。なんだけど、俺は早速授業を抜け出して入学式を覗きにいく事にした。
(去年と先生変わんないし、さっきクラスで自己紹介したから、まあ大丈夫だよね……?)
ちなみに今俺が目指してるのは入学式の会場である大講堂の裏の井戸近く。
(人目がないからこういう時の絶好ポイントなんだよね……)
なんて事を考えながら井戸の裏に行くと先客がいた。
「お前も邪竜見学?」
さっきの今で散々見た金のツンツン髪、カイが井戸の横でしゃがみながら俺に声をかけてくる。
「カイが言ってたから気になっちゃってさ、それで……どの子?」
「やっぱ気になるよな…けど、それっぽいのいなくてよ」
カイの言葉を聞きながら、俺もしゃがんで一緒に中を覗いてみたけれど、特に目につく子はいない。
「そうなんだ……じゃあこのまま教室戻る?」
「いや、だりーし、このまま屋上で寝てくるわ。お前は?」
新学期早々のサボり宣言。流石は不良。
「俺は購買寄ってから戻ろうかな……ていうかまだ朝なのにもう寝るの?」
「俺は夜行性なんだよ」
「なにそれ」
適当なことを言って屋根づたいに屋上に駆け上がるカイを見送りながら、俺は購買への近道のため中庭に向かった。
◇
この学校は広いけどその中でもなかなかの広さを誇るのが中庭だ。
中庭って名前だけど小さめの森みたいな大きさはあるし、立派な噴水やベンチもあって居心地がいいから俺は結構気に入ってる。
「……あれ?」
いつもなら聞こえる小鳥の鳴き声や虫の羽音が一切聞こえない。その事に少し違和感を感じながらも、俺は近道のために中庭に足を踏み入れる。
――瞬間、魔力感知が得意じゃない俺でもはっきりわかる重く強い魔力圧が全身にのし掛かった。
「……っなに……これ」
急に体重が倍になったと錯覚する様な重圧。肺が潰れるようなプレッシャーに息が詰まる。
去年魔獣学の授業で見学したケルベロスよりも重厚な威圧感を感じて全身に鳥肌が立つ。
中庭からはなんの音もしないのに、鼓膜が破れそうなほど自分の鼓動がうるさい。
「こっちの方からだよね……」
本当なら逃げるべきなんだろうけど、少しだけ気になる事があって、その些細な好奇心が俺の足を魔力の発生源へと向けさせる。
(魔獣とかだったらどうしよう……本来ならクロードを呼びに行く所なんだけど、授業中だろうし)
ちらりと三年棟を見上げつつ、俺が意を決して木陰から中庭の中心を覗き込むとそこには
白と黒のツートンの前髪をした長髪で背の高い少年が立って――正確には少し踞った姿勢でふらついて――いた。
「……っやっぱり」
彼の姿を目にして俺は自分の予想が当たっていた事を確信する。魔力圧の感じに覚えがあったからそうかもと思ったけどビンゴだった。あれは魔力暴走だ。
魔力暴走は何らかの理由で自分の体内の魔力を抑えられなくなった時になる魔力の暴発状態。彼はまだなったばかりっぽいけどこれは放っておくと大変な事になるし、命の危険だってある。ここから職員室は遠いし、先生を呼んだところで彼が移動せずここにずっといてくれる保証もない。一刻を争う状況だ。
「……やるしか、ないよね」
色々考えたけど、最善なのはきっとこの場で俺があの子の魔力暴走を止めることだ。うまくいくかはわからなかったけど、俺は習得したばかりの魔術式を展開して飛び出した。
「痛かったらごめんね」
そのまま俺は少年の背後から抱きつくようにして魔力を流し込む。
これはこの間やっと覚えた魔力制御のための鎮静術式。まだ完全には使いこなせてないけどしのごの言ってられないよね。
「……っ!?」
急に抱きつかれた驚きからか、少年はふらつきつつも俺を振り払おうする。でも今俺が手を離すとこの子の命が危ない。俺より大きな彼に振り回されるのは怖かったけど、何とかそれをかわしながら俺は彼に声をかける。
「大丈夫だから、怖くないよ」
特にそれで彼の抵抗が弱まるとかはなかったけれど、俺の方が段々と彼の動きに慣れてきた。それから数分が経った頃、処置が早かったからか、彼の暴走の気配が止んだ。覚えたての術式だけど、俺と彼の魔力の相性が良かったのかもしれない。
俺はあたりを覆ってた魔力圧が収まるのを感じてゆっくりと彼から手を離して声をかける。
「君、一年生?」
「……」
俺の言葉に、彼は深緑色の少し不思議な瞳孔の瞳を逸らして無言を貫く。
「体調悪いの?保健室連れていこっか?」
「……」
先ほどまでと違い、今の彼はしっかり立っていてふらつきもない。どうやら体調は大丈夫そうだ。その様子を見て俺は少しホッとする。このままもう少し踏み込んでみようかな。
「入学初日からサボりって度胸あるね、まあ俺もサボりなんだけどさ……これから購買行くけど一緒にどう?」
怖がらせないように、警戒されないように。そう思って差し伸べた俺の手は一瞥もされず
「……」
またスルーされた。
今更だけどこの子無言の圧強くない?
魔力暴走はおさまったはずなのに彼から確かに感じる謎の圧力に俺は少し負けそうになる。
「来ない?ならいいけど無理しちゃダメだよ」
「……」
「俺はフレン、何かあったら頼っていいからさ」
我ながらかなり可愛い笑顔で声をかけたつもりだったんだけど、結局ツートン前髪君は返事を返さず立ち去っていっちゃった。
「無愛想な子だなー。こんなに可愛い先輩の言葉スルーする?普通」
彼の長い白黒の三つ編みがゆらゆらと遠ざかっていくのを見送りながら、俺は誰に言うでもなく呟く。この場にクロードかカイがいたらこの話題で後30分は愚痴ってたかも。まあ一人でぶつくさ言ってても仕方ないし、俺は購買に行くために中庭を後にする。
「魔力暴走のこと……は聞かれたくなさそうだったよね……まあ、気持ちはわかるけどさ」
彼を見て思い出すのは遠い昔の、怖かった、寂しかった記憶。自分では止められない魔力の本流に怯えていた感覚は今でも鮮明に覚えている。
俺の中にあるそんな古い記憶の回想にさっきの少年の顔を重ねてしんみりとしていたら、俺はある事に気づく。
「あ、名前聞きそびれちゃった」
咄嗟に俺は中庭を振り返るけど彼の気配はとっくの昔になくなっていた。
入学初日、静かな中庭で出会った春の嵐。
俺は彼の名前をまだ、知らない。
――でもこの日から、確かに俺の平穏な日々は変わり始めていった。
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