穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜

春凪アラシ

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3年1学期

74話:体育祭、種族混在大波乱の行方は ④sideエリオ

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 先輩と昼食をいただいた後、僕は先輩の座っていた場所にハンカチが落ちていることに気がついた。

「あら、あの子ったら忘れ物ねぇ……。エリオ君、あとで届けてもらってもいいかしら?」
「わかりました。任せてください」

 僕は拾い上げたそれを、本当はすぐに先輩に届けにいくつもりだった。だけど昼休み明けの先輩は応援で忙しそうだったからそれが終わるまで待つことにした。
 そして、先輩の応援シフトが終わり、彼が休憩から戻ってくるのを待っている間に校内で不審者による騒ぎが起きた。何が起きてるかは誰も把握していなかったけれど、尋常じゃ無いパニックで人が騒ぐ中、僕は先輩がまだ帰ってきていないことに気がついた。

(先輩……っ、まさか!?)

 猛烈に嫌な予感がして、鳥肌が立つ。
 気がつけば手元にあるハンカチを握って僕は走り出していた。普段はプライバシーの観点から使用が推奨されていない探知魔法を使い、即座に先輩の居場所を探し当てる。そうして辿りついた先は空き教室で鍵がかかっていた。もしかしたら先輩は閉じ込められているのかもしれない。そう思って僕は躊躇いなく鍵開け魔法を使った。

 ――その時、もう少しだけ冷静になっていれば、なんで鍵がかかっていたかちゃんと考えようとすれば

 僕はあんな事をしなくて済んだのかもしれない。



 扉を開けた先にいたのは先輩1人で、普段は多くの布に隠されている上半身が珍しく露出した姿だった。
 でも僕の目に留まったのはそこではなくて――

 先輩の背中。カーテンの隙間から差し込む光をキラキラと反射する、薄虹色の不思議な形の羽だった。

 妖精族の特徴である透明な皮膜のついた逆ハート型の羽。この形に当てはまる羽の種族は一つしかない。僕はそこで初めて先輩のもう半分の血族については聞いたことがない事に気がついた。

 (もしかして、先輩って……)

 僕がそんな考えに至っている数秒で、先輩は僕が入ってきたことに気がついたのだろう。先輩が僕を見上げ、彼の大きな瞳が僕を映す。そこで僕は初めて先輩の顔をよく見ることになった。

「せんぱ……」
「お願い……見ないで……」

 泣きながら、怯え切った表情で羽を庇うようにそう言う先輩の言葉が脳に届いた瞬間、僕は反射的に教室に結界を張っていた。

(僕のせいだ……)

 僕がもう少し物を考えて動けていたら、先輩は泣かなくて済んだのだろうか。僕が教室に入ってすぐ先輩の羽を隠す手伝いをしていたら、先輩が傷つかなくて済んだのかもしれない。
 ものすごい量の後悔が押し寄せ、僕はただ、先輩がこれ以上傷つかないように背を向けることしかできなかった。
 あれだけ見たかった先輩の羽を見たのに、僕の心には喜びなんて欠片もなくて、ただこの人にこれ以上泣いてほしくない、その気持ちだけが存在していた。

 (今、僕にできること、表面的な解決ではなく、先輩をこれ以上傷つけないために)

 まだ脳は混乱していて今出した答えが正しいのかすらわからない。だけど僕は、せめてほんの少しでも先輩の傷ついた心を慰めたくて、自分の上着に手をかけた。そのまま脱いだ上着を持ってそっと近づくと、先輩はびくっと肩を振るわせて涙がいっぱい浮かんだ瞳で僕の方を見上げる。

 初めて人を守りたいと思った。

 きっとこの人は僕の物にはなってくれない。それでも僕はこれ以上この人が涙を流す姿を見るのが耐えられない。だから僕は脱いだ上着を先輩にかけて、そのまま自分の翼を出して広げて先輩を囲った。

「……エリオ、君?」
「家族の他に誰にも見せた事ないんです。……貴方の羽と同じ重さではないですが、泣き止んでくれませんか?」


 両腕を広げたよりも大きな空色の翼。竜族にとって同族以外に見せることは許されていない力の象徴。間違ってもこんな、外部で見せる事のないそれで先輩を包んで世界から目隠しする。こんな事をしても僕が先輩の隠したかった秘密を覗いてしまった罪は消えない。こんなのただのエゴだ。それでも僕はこうする事しかできなかった。

「翼……出してよかったの?」
「見つかったら怒られます。まあ今日は両親が来ていませんしその心配はないですが」

 泣き腫らした真っ赤な目で先輩が僕を見上げる。その表情はまだ強張っていて、先輩がずっと隠していた秘密の重さを物語っていた。

「髪と同じ色なんだ……綺麗だね」
「……先輩の、羽も僕は綺麗だと思います」

 この言葉をかけていいのかはわからなかった。だけど先輩の羽を見た時、種族とかそういう物の前に純粋に感じた事を隠すのは違う気がした。

「……他には、何か言いたい事ある?」
「勝手に見てごめんなさい」

 先輩が何を言いたいのかはわかっている。それを理解した上で先に僕は謝りたかった。絶対人に言わないなんて当然のことだ。そんな約束より前にこの人の心に触れて、寄り添いたかった。

「……エリオ君は、優しいんだね。嫌な事言われなくてほっとした」
「……それは、そんな事、先輩が言われる理由なんてっ」

 僕は興味ないけれど、世間的に夢魔がどんな存在なのかは知っている。流石にこの歳にもなると周りが勝手に話題に出すから。でもそれはどこか遠くの世界の話で、そんな言葉を現実の相手にかける奴がいるなんて想像もしなかった。だけど先輩のこの反応で僕は悟った。きっと先輩が恐れているのはそういう事だと。想像するだけでゾッとする様な世界の見え方にどうしようもなく心が震える。
 この人がどんな種族だろうと関係ない。人のために心を砕いて、人のために涙を流して人に笑いかける。そんな先輩が、先輩だからこそ僕はきっと惹かれているんだと思った。

「あのさ、この事……内緒にしてくれる?」
「当然です。絶対に誰にも言いません」
「あはは、エリオ君真面目だね。ありがと」

 先輩が僕の事を見つめながら、祈るように口にした言葉を僕は絶対に守ると心に決めた。

「お礼を言われるような事じゃないです。体、他には大丈夫なんですか?」
「うん、これ以外は大丈夫。けど、応援合戦出たかったなぁ……あーあ、俺が夢魔じゃなかったらなぁ」

 返ってきた言葉と共に先輩の目にまた涙が浮かぶ。僕がそれに手を伸ばしかけたその時

 教室が揺れる様な轟音と共に、僕の作った結界が跡形もなく消し飛んだ。竜族である僕が、強固に築いた魔力壁。誰かが覗いたりしないよう、秘匿魔法までかけたそれを見つけ出し、解除ではなく叩き壊せる規格外の存在――

 兄さんが扉の前に立っていた。
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