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鏡の中に映っているのは、誰が見ても「地味で冴えない女の子」でした。
つぎはぎだらけの古いドレスに、手入れもされていないボサボサの髪。侯爵家の次女として生まれたはずなのに、私の扱いは屋敷で働く使用人以下です。
「ちょっと、ミラ! いつまで鏡を眺めているの? 不運を呼ぶその顔を見ているだけで、こっちまで気分が悪くなるわ!」
部屋の扉が乱暴に開け放たれ、そこには眩いばかりのドレスを纏った姉、セリーナが立っていました。彼女は私の手から櫛をひったくると、わざと床に投げ捨てました。
「ごめんなさい、お姉様……。すぐに支度を済ませますから」
「ふん、支度なんて必要ないわ。あなたはどうせ私の後ろに隠れて、影のように立っていればいいの。お父様もお母様も、あなたが人前に出るのを恥ずかしがっているんですもの。今日のエドワード様との夜会だって、本当ならあなたなんて来る必要ないのよ?」
セリーナ様は、私の婚約者であるエドワード伯爵の名前を出して、勝ち誇ったように笑いました。
私は俯くことしかできません。
この家では、私は「不運を呼ぶ呪われた子」として疎まれてきました。私が生まれた年にたまたま不作が続いたというだけで、家族はすべての責任を私に押し付け、屋根裏部屋に閉じ込めたのです。
「ミラ、聞いているの? 今日はお姉様が主役なんだから、あなたは絶対に目立たないようにしなさい。もし粗相をしたら、今度こそ食事を抜きにするからね。わかった?」
部屋の入り口に立っていた母様が、冷たい声で追い打ちをかけます。
私は小さく「はい」と答えるのが精一杯でした。
---
夜会の会場は、きらびやかなシャンデリアの光で溢れていました。
けれど、私に許された場所は、会場の隅にある柱の影だけです。家族は私を他人として扱い、エドワード様も私の方を一度も見ようとはしません。
それどころか、彼は私の婚約者であるはずなのに、ずっとセリーナ様の腰を抱き、楽しそうに笑い合っているのです。
胸が締め付けられるような思いでそれを見つめていた時、エドワード様が突然、会場の中央へと歩み出しました。
「皆様、注目していただきたい! 本日はこの素晴らしい夜会の場で、一つ重大な発表をさせていただく!」
エドワード様の高らかな声に、会場中が静まり返ります。彼は隣にいるセリーナ様を愛おしそうに見つめ、それからゴミを見るような視線を私へと向けました。
「私、エドワード・フォン・アシュレイ伯爵は、ここにいるミラ・フォン・ローゼンバーグとの婚約を、今この瞬間をもって破棄することを宣言する! お前のような陰気で不運を呼ぶ女、我が伯爵家には一分一秒たりとも不要だ。お前がそばにいるだけで、私の輝かしい未来が泥に塗れる気がするのだよ!」
会場から、クスクスという忍び笑いや、私を哀れむふりをした嘲笑の声が上がりました。
私は震える足で、なんとかその場に立ち尽くしました。
「エドワード様……そんな……。私は、あなたのために一生懸命、伯爵家に相応しい教養を学んできたつもりです。至らない点は直しますから、どうか……」
必死の思いで声を絞り出した私に、エドワード様は冷酷な言葉を浴びせました。
「黙れ、薄汚い女め。努力? そんなものは無能な奴がすることだ。見てみろ、セリーナがいれば、私はそれだけで満たされる。お前はただの、国の災厄を呼び込む疫病神に過ぎない。むしろ、お前が存在していること自体が、我が国の不名誉なのだ。そんなに私の役に立ちたいのなら、一つだけ方法があるぞ?」
エドワード様は冷たく口角を上げると、信じられないようなことを言い放ったのです。
「近頃、この国では天災が続いている。これは竜の怒りに他ならない。そこでだ、お前が『国の災厄を鎮める生贄』になれば、少しは役に立つだろう。死んで国を救うなら、これ以上の名誉はないと思わないか?」
「生贄……? そんな……お父様、お母様、助けてください!」
私は必死で両親に助けを求めました。けれど、父様は忌々しそうに顔を背けました。
「エドワード様の仰る通りだ。お前という汚れを我が家から排除できるなら、これほど喜ばしいことはない。生贄となって、せめて最後くらい侯爵家の名に泥を塗らずに消えてくれ」
母様までもが、冷たい笑みを浮かべて頷きました。
「そうね、ミラ。不運な子として生まれたあなたが、唯一人の役に立てるチャンスよ。断崖へ行って、竜の餌食になりなさい。そうすれば、セリーナの幸せも守られるわ。家族としての最後の慈悲だと思って、大人しく従いなさい」
心の中で、何かが音を立てて崩れていくのがわかりました。
信じていたもの、守りたかったもの。それらすべてが、実は最初から存在していなかったのだと突きつけられた瞬間でした。
---
翌朝、私は豪華な馬車ではなく、家畜を運ぶような荷台に乗せられ、国の果てにある「竜の住む断崖」へと連行されました。
空はどんよりと曇り、吹き付ける風はナイフのように冷たく私の肌を刺します。
崖の縁に立たされた私の後ろには、武装した騎士たちと、そして見物に来たエドワード様と家族の姿がありました。
「さあ、ミラ。そこから一歩踏み出し、竜への供物となるがいい。お前が消えれば、私の領地の不作も止まり、セリーナとの幸せな結婚生活が始まるのだ。これがお前の運命だったんだよ」
エドワード様は、私が死ぬことを心待ちにしているような顔で笑っています。
セリーナ様も、勝ち誇ったように私を見つめていました。
「ふふっ、さようなら、可哀想なミラ。あなたの地味なドレスも、その不運な顔も、もう二度と見なくて済むと思うと清々するわ。あ、あなたが崖から落ちる瞬間、ちゃんと見届けてあげるから安心してね!」
父様と母様も、私の死を悼む様子など微塵も見せず、ただ早く終わらせろと言わんばかりの態度です。
私は、崖の下に広がる深い霧を見つめました。
ここから落ちれば、間違いなく命はありません。
けれど、こんな冷酷な人たちに囲まれて、泥を啜るように生き続けることに、一体何の意味があるのでしょうか。
「……わかりました。私が消えることで皆様が満足されるのなら、喜んでこの命を差し出しましょう」
私は、最後に精一杯の気高さを込めて、彼らを真っ直ぐに見つめました。
「エドワード様、お父様、お母様、お姉様。……どうか、私がいなくなった後の世界で、皆様が望む通りの幸せを掴めますように」
それは、祈りでもあり、絶望でもありました。
私が一歩、崖の向こう側へと足を踏み出した瞬間、背後から「ようやく消えたか!」というエドワード様の歓喜の声が聞こえてきました。
重力に引かれ、体が宙に浮きます。
冷たい風が全身を包み込み、私はそっと目を閉じました。
ああ、これでやっと、自由になれる。
「不運な女」として罵られることも、誰かの影として生きることも、もうしなくていいんだ。
死への恐怖よりも、ようやく解放されるという安堵感が、私の心を支配していました。
けれど、その時。
真っ暗な視界の先に、目も眩むような銀色の閃光が走りました。
それと同時に、誰にも聞いたことのないような、低く、けれど慈愛に満ちた声が私の耳に届いたのです。
『……見つけたぞ。我が愛しき供物、いや――我が最愛の伴侶よ』
冷たい地面に叩きつけられる衝撃を待っていた私の体は、なぜか温かく、力強い何かに優しく受け止められていました。
薄目を開けると、そこには、天を覆うほど巨大な、美しく輝く銀色の鱗を持った竜が私を見つめていたのです。
上空では、エドワード様たちの勝ち誇ったような笑い声がまだ響いていました。
けれど、私を抱きしめるこの存在の温かさに触れた瞬間、地上の喧騒は遠い幻のように消え去っていきました。
つぎはぎだらけの古いドレスに、手入れもされていないボサボサの髪。侯爵家の次女として生まれたはずなのに、私の扱いは屋敷で働く使用人以下です。
「ちょっと、ミラ! いつまで鏡を眺めているの? 不運を呼ぶその顔を見ているだけで、こっちまで気分が悪くなるわ!」
部屋の扉が乱暴に開け放たれ、そこには眩いばかりのドレスを纏った姉、セリーナが立っていました。彼女は私の手から櫛をひったくると、わざと床に投げ捨てました。
「ごめんなさい、お姉様……。すぐに支度を済ませますから」
「ふん、支度なんて必要ないわ。あなたはどうせ私の後ろに隠れて、影のように立っていればいいの。お父様もお母様も、あなたが人前に出るのを恥ずかしがっているんですもの。今日のエドワード様との夜会だって、本当ならあなたなんて来る必要ないのよ?」
セリーナ様は、私の婚約者であるエドワード伯爵の名前を出して、勝ち誇ったように笑いました。
私は俯くことしかできません。
この家では、私は「不運を呼ぶ呪われた子」として疎まれてきました。私が生まれた年にたまたま不作が続いたというだけで、家族はすべての責任を私に押し付け、屋根裏部屋に閉じ込めたのです。
「ミラ、聞いているの? 今日はお姉様が主役なんだから、あなたは絶対に目立たないようにしなさい。もし粗相をしたら、今度こそ食事を抜きにするからね。わかった?」
部屋の入り口に立っていた母様が、冷たい声で追い打ちをかけます。
私は小さく「はい」と答えるのが精一杯でした。
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夜会の会場は、きらびやかなシャンデリアの光で溢れていました。
けれど、私に許された場所は、会場の隅にある柱の影だけです。家族は私を他人として扱い、エドワード様も私の方を一度も見ようとはしません。
それどころか、彼は私の婚約者であるはずなのに、ずっとセリーナ様の腰を抱き、楽しそうに笑い合っているのです。
胸が締め付けられるような思いでそれを見つめていた時、エドワード様が突然、会場の中央へと歩み出しました。
「皆様、注目していただきたい! 本日はこの素晴らしい夜会の場で、一つ重大な発表をさせていただく!」
エドワード様の高らかな声に、会場中が静まり返ります。彼は隣にいるセリーナ様を愛おしそうに見つめ、それからゴミを見るような視線を私へと向けました。
「私、エドワード・フォン・アシュレイ伯爵は、ここにいるミラ・フォン・ローゼンバーグとの婚約を、今この瞬間をもって破棄することを宣言する! お前のような陰気で不運を呼ぶ女、我が伯爵家には一分一秒たりとも不要だ。お前がそばにいるだけで、私の輝かしい未来が泥に塗れる気がするのだよ!」
会場から、クスクスという忍び笑いや、私を哀れむふりをした嘲笑の声が上がりました。
私は震える足で、なんとかその場に立ち尽くしました。
「エドワード様……そんな……。私は、あなたのために一生懸命、伯爵家に相応しい教養を学んできたつもりです。至らない点は直しますから、どうか……」
必死の思いで声を絞り出した私に、エドワード様は冷酷な言葉を浴びせました。
「黙れ、薄汚い女め。努力? そんなものは無能な奴がすることだ。見てみろ、セリーナがいれば、私はそれだけで満たされる。お前はただの、国の災厄を呼び込む疫病神に過ぎない。むしろ、お前が存在していること自体が、我が国の不名誉なのだ。そんなに私の役に立ちたいのなら、一つだけ方法があるぞ?」
エドワード様は冷たく口角を上げると、信じられないようなことを言い放ったのです。
「近頃、この国では天災が続いている。これは竜の怒りに他ならない。そこでだ、お前が『国の災厄を鎮める生贄』になれば、少しは役に立つだろう。死んで国を救うなら、これ以上の名誉はないと思わないか?」
「生贄……? そんな……お父様、お母様、助けてください!」
私は必死で両親に助けを求めました。けれど、父様は忌々しそうに顔を背けました。
「エドワード様の仰る通りだ。お前という汚れを我が家から排除できるなら、これほど喜ばしいことはない。生贄となって、せめて最後くらい侯爵家の名に泥を塗らずに消えてくれ」
母様までもが、冷たい笑みを浮かべて頷きました。
「そうね、ミラ。不運な子として生まれたあなたが、唯一人の役に立てるチャンスよ。断崖へ行って、竜の餌食になりなさい。そうすれば、セリーナの幸せも守られるわ。家族としての最後の慈悲だと思って、大人しく従いなさい」
心の中で、何かが音を立てて崩れていくのがわかりました。
信じていたもの、守りたかったもの。それらすべてが、実は最初から存在していなかったのだと突きつけられた瞬間でした。
---
翌朝、私は豪華な馬車ではなく、家畜を運ぶような荷台に乗せられ、国の果てにある「竜の住む断崖」へと連行されました。
空はどんよりと曇り、吹き付ける風はナイフのように冷たく私の肌を刺します。
崖の縁に立たされた私の後ろには、武装した騎士たちと、そして見物に来たエドワード様と家族の姿がありました。
「さあ、ミラ。そこから一歩踏み出し、竜への供物となるがいい。お前が消えれば、私の領地の不作も止まり、セリーナとの幸せな結婚生活が始まるのだ。これがお前の運命だったんだよ」
エドワード様は、私が死ぬことを心待ちにしているような顔で笑っています。
セリーナ様も、勝ち誇ったように私を見つめていました。
「ふふっ、さようなら、可哀想なミラ。あなたの地味なドレスも、その不運な顔も、もう二度と見なくて済むと思うと清々するわ。あ、あなたが崖から落ちる瞬間、ちゃんと見届けてあげるから安心してね!」
父様と母様も、私の死を悼む様子など微塵も見せず、ただ早く終わらせろと言わんばかりの態度です。
私は、崖の下に広がる深い霧を見つめました。
ここから落ちれば、間違いなく命はありません。
けれど、こんな冷酷な人たちに囲まれて、泥を啜るように生き続けることに、一体何の意味があるのでしょうか。
「……わかりました。私が消えることで皆様が満足されるのなら、喜んでこの命を差し出しましょう」
私は、最後に精一杯の気高さを込めて、彼らを真っ直ぐに見つめました。
「エドワード様、お父様、お母様、お姉様。……どうか、私がいなくなった後の世界で、皆様が望む通りの幸せを掴めますように」
それは、祈りでもあり、絶望でもありました。
私が一歩、崖の向こう側へと足を踏み出した瞬間、背後から「ようやく消えたか!」というエドワード様の歓喜の声が聞こえてきました。
重力に引かれ、体が宙に浮きます。
冷たい風が全身を包み込み、私はそっと目を閉じました。
ああ、これでやっと、自由になれる。
「不運な女」として罵られることも、誰かの影として生きることも、もうしなくていいんだ。
死への恐怖よりも、ようやく解放されるという安堵感が、私の心を支配していました。
けれど、その時。
真っ暗な視界の先に、目も眩むような銀色の閃光が走りました。
それと同時に、誰にも聞いたことのないような、低く、けれど慈愛に満ちた声が私の耳に届いたのです。
『……見つけたぞ。我が愛しき供物、いや――我が最愛の伴侶よ』
冷たい地面に叩きつけられる衝撃を待っていた私の体は、なぜか温かく、力強い何かに優しく受け止められていました。
薄目を開けると、そこには、天を覆うほど巨大な、美しく輝く銀色の鱗を持った竜が私を見つめていたのです。
上空では、エドワード様たちの勝ち誇ったような笑い声がまだ響いていました。
けれど、私を抱きしめるこの存在の温かさに触れた瞬間、地上の喧騒は遠い幻のように消え去っていきました。
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