地味な私を捨てた元婚約者が破滅しましたが、内面を見てくれた第二王子に溺愛されてるので、今さらもうどうでもよくなりました

有賀冬馬

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ロドニー様との婚約が破棄されてから、私はすっかり塞ぎ込んでしまった。屋敷の部屋に閉じこもって、ただひたすら涙を流す毎日。メイドさんたちは心配してくれたけれど、私には何を言われても心に響かなかった。あんなに好きだったロドニー様に、あっけなく捨てられた。私という存在は、なんてちっぽけで、価値がないんだろう。

「お嬢様、少し外の空気を吸われてはいかがですか?」

ある日の午後、私の専属メイドのリーゼが、そっと声をかけてくれた。リーゼは私と同じくらいの年の子で、いつも私のことを気遣ってくれる優しい子だった。

「でも……」

私は躊躇した。こんな顔で外に出るなんて、誰かに見られたらどうしよう。ロドニー様との婚約破棄のことは、もう貴族たちの間で噂になっているだろう。笑いものにされるのは、もう嫌だった。

「お嬢様、このままでは、お体が弱ってしまいますわ。それに、気分転換になるかもしれません」

リーゼの言葉に、私は少しだけ心が動いた。確かに、このまま部屋にいても、何も変わらない。それに、誰にも見つからないように、こっそり町を散歩するくらいなら、大丈夫かもしれない。

「……じゃあ、ちょっとだけ」

私は着替えを済ませ、フードを深くかぶって屋敷を抜け出した。向かったのは、賑やかな貴族街ではなく、少し離れた庶民の住むエリアだった。そこなら、きっと私のことを知っている人も少ないだろう。

石畳の道を、目的もなく歩く。市場からは、焼き立てパンの香ばしい匂いや、活気ある人々の声が聞こえてくる。普段は絶対に来ない場所だから、なんだか新鮮だった。少しだけ、気分が晴れたような気がした。

その時だった。路地の奥から、何やら困ったような声が聞こえてきた。

「まいったな……こんなことなら、もっと地図をちゃんと見ておくべきだった……」

男の人の声だった。好奇心に駆られて、私はそっと路地を覗き込んだ。そこにいたのは、スラリとした背丈の男性だった。身につけている服は、上質なのにどこか地味で、貴族にしては珍しい。金色の髪は太陽の光を浴びてキラキラ輝いていて、少しだけ疲れたような表情をしていたけれど、その顔立ちはとっても端正だった。彼は、手に持った紙切れを何度も見返しながら、困ったように首を傾げている。

「あの、何かお困りですか?」

気づいたら、私は声をかけていた。ロドニー様とのことで、すっかり自信をなくしていたはずなのに、なぜかこの人を見ると、放っておけなかったのだ。

男性は驚いたように顔を上げた。そして、私の顔を見て、ふわりと優しい笑顔を浮かべた。

「ああ、すまない。実は道に迷ってしまってね。このあたりに来るのは初めてで、どうにも勝手が分からなくて」

彼は困ったように笑った。その笑顔は、ロドニー様のような自信に満ちた笑みとは違って、どこか抜けていて、なんだか可愛らしく見えた。

「どちらへ行きたいのですか? もしよろしければ、私がご案内しましょうか?」

私は、我ながら大胆なことを言ったと思った。知らない男性に、ましてや貴族の女性が道を教えるなんて、普通はありえないことだ。でも、彼の困った顔を見たら、どうしても助けてあげたくなったのだ。

男性は少し考え込むように眉を寄せたが、やがてにこりと微笑んだ。

「助かるよ。実は、この薬草店に行きたくてね。知り合いから、ここの薬草がすごく効くって聞いたんだ」

彼が指さした紙切れには、確かに薬草店の名前が書いてあった。私が知っている店だ。屋敷から少し歩くけれど、この男性が迷うのも無理はない、少し入り組んだ場所にある。

「ええ、存じ上げております。では、こちらへどうぞ」

私は前を歩き出した。彼と歩くのは、なんだか不思議な気分だった。ロドニー様と歩くときは、いつも緊張していたけれど、この人とは、なんだか自然体でいられる気がした。


薬草店までの道のり、私たちは色々な話をした。彼は自分のことを「レオンハルト」と名乗った。

「セリーヌさんは、このあたりの方なのかい? 町のことにずいぶん詳しいんだね」

レオンハルト様は、私のことを気さくに「セリーヌさん」と呼んでくれた。私のことは貴族だと知らずに、普通の人として接してくれている。それが、なんだか心地よかった。

「ええ、はい、一応、この辺の者です。普段はあまり出歩かないのですが、今日は少し気分転換に」

私は正直に、でも身分を明かさないように答えた。レオンハルト様は、「そうか」と頷いて、私の顔をじっと見た。

「そうか……。少し、元気がないように見えるね。何かあったのかい?」

その言葉に、私はドキッとした。彼には、私の心の傷が見えているのだろうか。今まで誰も、私にそんな風に声をかけてくれたことはなかったのに。

「いえ、なんでもありません……」

私が俯くと、レオンハルト様は困ったような顔をして、そっと私の肩に手を置いた。

「無理に話さなくていい。でも、もし辛いことがあったなら、いつか話してごらん。聞くことしかできないかもしれないけど、少しは楽になるかもしれない」

彼の指先から伝わる温もりが、私の心にじんわりと染み渡った。ロドニー様は、私のことなんて一度も気にかけてくれなかったのに。この人は、私のことなんて何も知らないのに、こんなにも優しい。

「……ありがとうございます」

私はそれしか言えなかった。でも、涙がまた、じわりと滲んできた。嬉しくて、悲しくて、複雑な気持ちだった。

薬草店に着くと、レオンハルト様は目を輝かせた。

「おお! ここか! ありがとう、セリーヌさん。君がいなかったら、きっとまだ迷っていたよ」

彼は本当に嬉しそうに笑った。その笑顔は、まるで幼い男の子みたいで、私の心は温かいもので満たされた。

「いえ、お役に立てて光栄です」

私がそう言うと、レオンハルト様は薬草店の主人と挨拶を交わした後、私に向き直った。

「セリーヌさん、本当に助かった。お礼をさせてほしいんだが……」

「とんでもございません! 私も、気分転換になりましたから」

私が辞退すると、レオンハルト様は少し残念そうな顔をした。

「そうか。でも、いつか必ずお礼はさせてほしい。そうだ、もしよかったら、これを受け取ってくれないか?」

そう言って、レオンハルト様は小さな袋を私に差し出した。中を覗くと、キラキラと輝く小さな星の形をした石が入っていた。

「これは……?」

「私の故郷で採れる石なんだ。身につけていると、幸せが訪れると言われているんだよ。君に、幸せが訪れるようにと願って」

彼の優しい言葉に、私はまた涙が出そうになった。こんなにも、人のことを思ってくれる人に出会ったのは初めてだった。

「ありがとうございます……大切にします」

私はそっと、その星の石を受け取った。それは、ロドニー様から贈られたどんな高価な宝石よりも、私の心を温めてくれた。
レオンハルト様は満足そうに微笑み、薬草店の中へ入っていった。



あれから数日後、私はレオンハルト様からもらった星の石を、お守りのようにいつも身につけていた。あの日のことを思い出すたびに、心が温かくなる。

そんなある日、私はお屋敷の書斎で、新聞を読んでいた。貴族の舞踏会の記事や、最新の流行について書かれた記事を読み飛ばしていると、ふと、ある記事に目が留まった。

『第二王子、お忍びで街へご視察——国民との交流を深める』

その見出しの下には、見慣れた顔写真が載っていた。まさか、と私は目を凝らした。そこに写っていたのは、あの日のレオンハルト様だった。キラキラと輝く金色の髪、そして、少し困ったような、でも優しい笑顔。間違いなく、彼だった。

「……え、第二王子様……!?」

私は思わず声を上げてしまった。あの、道に迷っていた人が、まさかこの国の第二王子様だったなんて! 私が、王族の方に道を教えて、しかも、お礼までもらってしまったなんて! 顔がカッと熱くなる。なんて無礼なことをしてしまったんだろう。

その日の午後、お屋敷に一通の封書が届いた。差出人の欄には、王室の紋章が刻まれている。私の胸はドキドキと高鳴った。まさか、あの時の無礼を叱られるのかしら……?

震える手で封書を開けると、中には美しい文字で書かれた招待状が入っていた。

『伯爵令嬢セリーヌ様へ。レオンハルト・グレイトスより、近々王宮にて、ささやかなお茶会を催したく、ご招待申し上げます。ぜひご足労いただけますよう、お願い申し上げます。』

そこに書かれていたのは、叱責の言葉などではなかった。第二王子レオンハルト・グレイトス様からの、王宮へのお招きだった。

「王宮へ……私を?」

私は招待状を何度も見返した。私のような、地味で目立たない伯爵令嬢が、王宮に招待されるなんて、今まで一度もなかったことだ。しかも、第二王子様から直接のお誘い。

(まさか、私に何か、頼みたいことでもあるのかしら……?)

私の頭の中は、疑問符でいっぱいになった。でも、同時に、胸の奥で、小さく、でも確かに、期待の光が灯り始めた。ロドニー様に捨てられて、もう私の人生は終わりだと思っていたけれど、もしかしたら、そうじゃないのかもしれない。

私は、レオンハルト様からもらった星の石をそっと握りしめた。その石は、まるで私の未来を明るく照らすかのように、手のひらの上でキラキラと輝いていた。
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