隣国の皇子に溺愛されましたので、貴方はどうぞご自由にしてください

３

アルフレッド様からの求婚を受け入れてから、私の生活はガラリと変わった。まさか、平民の仕立て屋の娘だった私が、皇妃になるなんて！夢にも思っていなかったから、最初は本当にふわふわした気分だった。まるで、おとぎ話の世界に迷い込んだみたい。

皇宮は、想像していたよりもずっと広くて、キラキラしてた。まるで、宝石箱の中に入ったみたいだった。でも、そのきらびやかな中に、私は少しだけ不安を感じていた。だって、私は仕立て屋の娘だよ？貴族の言葉遣いも、マナーも、何もかもが初めてのことばかりで。

「エレナ、緊張しているかい？」

私の隣を歩くアルフレッド様が、優しい声で尋ねてくれた。彼はもう「アルフレッド様」じゃなくて、私の夫になる人。そう思うと、胸がキュンとした。

「はい…だって、私、こんな立派な場所、初めてで。それに、皇妃なんて、私に務まるんでしょうか…」

私は正直な気持ちを伝えた。彼は私の手をそっと握りしめて、にっこり微笑んでくれた。

「大丈夫だよ、エレナ。君は君のままでいい。君の優しさや、真っ直ぐな心こそが、この国に必要なんだ。僕が、君を支えるから」

彼の言葉は、まるで魔法みたいに私の不安を消し去ってくれた。彼が隣にいてくれるなら、どんなことだって乗り越えられる。そう思えた。

皇宮での生活は、新しいことばかりだった。毎日のように、たくさんの貴族の夫人たちが挨拶に来てくれたり、皇妃としての教養を学ぶための授業があったり。最初は、貴族の夫人たちが私を見る目が、少し冷たい気がした。中には、「たかが平民の娘が」なんて、ひそひそ話している声が聞こえることもあった。

でも、私は負けなかった。お母様がいつも言っていた言葉を思い出したの。「どんな時でも、真心を持って接すれば、きっと伝わる」。だから、私はどんなに冷たい視線を向けられても、笑顔で、真心を持って接するように心がけた。

食事会では、慣れないフォークとナイフに戸惑ったけど、アルフレッド様がそっと教えてくれた。難しい儀式の作法も、最初は何が何だか分からなかったけど、何度も練習した。夜遅くまで頑張っていると、アルフレッド様が、温かいミルクを持ってきてくれたり、「無理はしなくていいんだよ」って、頭を撫でてくれたりした。

彼の温かい愛情に包まれて、私は少しずつ自信を持つことができた。そして、何よりも嬉しかったのは、アルフレッド様が私の意見をいつも真剣に聞いてくれたことだった。

「エレナは、どう思う？この国の民は、今、何に困っていると思う？」

そう尋ねてくれる彼の真剣な眼差しに、私は自分の知っていることを一生懸命話した。仕立て屋で働いていた頃に、民の人たちがどんなことに困っていたか。例えば、冬の寒さをしのぐ服が足りないとか、日々の食料が手に入りにくいとか。

「そうか…エレナの言う通りだ。僕たちは、もっと民の生活に目を向けなければならない」

彼は私の話を真剣に受け止めてくれて、すぐに具体的な対策を考えてくれた。





皇宮にきてしばらく経った頃、私はある提案をした。それは、冬の寒さに苦しむ民のために、国が主導して衣料品を作るというものだった。

「アルフレッド様、私、仕立て屋で働いていましたから、少しはお役に立てると思うんです。丈夫で温かい布を安く仕入れて、それを民の方々に配るというのはどうでしょうか？」

私の提案に、宮廷の貴族たちは最初は驚いた顔をしていた。中には、「皇妃がそんなことに関わるなんて」と、反対する人もいた。でも、アルフレッド様は私の味方だった。

「エレナの言う通りだ。民の生活を守るのは、我々の役目だ。それに、エレナには、そのための知識と経験がある。これは、必ずや民のためになるだろう」

アルフレッド様の力強い言葉に、貴族たちは何も言えなくなった。私は、すぐに計画を立てて、全国の仕立て屋や職人たちに協力を呼びかけた。もちろん、最初は皇妃からの依頼に戸惑う人もいたけれど、私の熱意と、アルフレッド様の支持のおかげで、たくさんの人たちが協力してくれることになった。

「皇妃様！こんなに温かい服を、本当に無料でいただけるなんて…！」

完成した衣料品を民の方々に届けた時、彼らは涙を流して喜んでくれた。その顔を見た時、私は本当に嬉しかった。あぁ、私、皇妃として、この国の役に立てているんだって、心から思えた。

それからも、私は積極的に皇妃としての仕事に取り組んだ。仕立て屋の経験を活かして、国内で生産される布の品質改善を提案したり、流通の仕組みを見直したり。時には、貴族同士の揉め事を仲裁したりすることもあった。最初の頃は、私を軽蔑していた貴族たちも、次第に私のことを認めてくれるようになった。

「まさか、あのエレナ様が、これほどの聡明さを持ち合わせているとは…」

そんな声が聞こえるたびに、私は密かにガッツポーズをした。平民だからって馬鹿にされたくなかった。私には、私のやれることがある。そう、強く思っていたから。

アルフレッド様は、いつも私を信じて、支えてくれた。私が何か提案するたびに、真剣に耳を傾けてくれたし、困難にぶつかった時には、優しく励ましてくれた。彼の存在が、私の最大の支えだった。





数年が経った頃、私はもうすっかり皇妃としての生活に慣れていた。朝早く起きて、夫であるアルフレッド様と朝食をとり、その日の公務について話し合う。昼間は、貴族の夫人たちとの交流や、宮廷の改革案を検討したり、時には民の様子を視察に出かけたりもした。夜は、アルフレッド様と二人きりで、静かに過ごす時間が何よりも大切だった。

ある日、アルフレッド様が私の髪を優しく撫でながら、言った。

「エレナ、君は本当に美しくなったね」

「まあ、アルフレッド様ったら…」

私は照れくさくて、顔が赤くなるのを感じた。でも、それは彼の言葉だけじゃない。私自身、本当に変わったんだって、自分でも感じていた。かつて、セドリック様に捨てられて、泣いてばかりいたあの頃の私は、もうどこにもいなかった。

私の心には、もうセドリック様の影なんて、微塵も残っていなかった。彼のことは、遠い昔の、夢か幻だったかのように感じられた。あの時の悲しみや怒りは、もう私を苦しめることはなかった。むしろ、あの経験があったからこそ、アルフレッド様と出会えたんだって、今は心からそう思える。

「これも、アルフレッド様のおかげですわ。あなたが、私を信じて、私をこんなにも愛してくださったから…」

私は彼の胸にそっと顔をうずめた。彼の温かい腕に抱かれていると、この上ない幸福を感じた。

「いや、君の努力と、君自身の力だよ、エレナ」

彼はそう言って、私の頬にキスをしてくれた。

今の私は、本当に満たされている。愛する夫が隣にいて、この国のために働くことができる。
そして何よりも、私自身の存在が、誰かにとって必要とされているという実感。それが、私を強く、そして優しくしてくれたんだと思う。

あの時、「平民にしては上出来だった」と言い捨てたセドリック様。今の私を見て、彼は何を思うだろう？
そんなことは、もうどうでもいいんだけど、ほんの少しだけ、そんなことを考えることもあった。でも、それは復讐心とかじゃなくて、ただの好奇心みたいなものだった。
だって、私はもう、彼とは全く違う場所にいるんだから。