2 / 4
2
しおりを挟む
馬車に揺られること、丸二日。やっと辿り着いた村は、都とは何もかもが違っていた。高い建物なんて一つもなくて、周りは全部、ゴツゴツした山に囲まれている。空気は澄んでいて、どこからか、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「クラリス様、こちらが滞在されるお部屋でございます」
村の神官様が案内してくれたのは、教会に併設された小さな部屋だった。都の神殿の私の部屋とは比べ物にならないくらい狭いけれど、窓からは緑豊かな景色が見える。なんだか、ホッとした。あのきらびやかな神殿よりも、この素朴な部屋の方が、私には合っているような気がした。
次の日から、私の新しい生活が始まった。ここでは、都の神殿でやっていたような、難しい聖典の解釈とか、複雑な儀式の準備とかはほとんどない。代わりに、村人のお悩み相談に乗ったり、怪我をした子どもの手当てをしたり、畑仕事を手伝ったり……。本当に、なんでもやった。
「クラリス様、この前の腰痛、おかげさまで良くなりましたよ!」
「あら、それは良かったですね、おばあちゃん!」
村のおばあちゃんが、とれたてのリンゴを差し出してくれた。都では、こんな風に直接お礼を言われることなんて、ほとんどなかったな。なんだか、心が温かくなる。
村の子どもたちは、最初こそ私を珍しそうに見ていたけれど、すぐに懐いてくれた。
「クラリスお姉さん、お歌教えて!」
「クラリスお姉さん、絵本読んで!」
元気いっぱいに駆け寄ってくる子どもたちに囲まれていると、都での辛い出来事を、ほんの少しだけ忘れられる気がした。彼らの澄んだ瞳を見ていると、私の心の奥に溜まっていた、ドロドロしたものが、少しずつ溶けていくような気がした。
夕方になると、教会の鐘が鳴り響く。私は、村の皆と一緒に、神に祈りを捧げる。ここでは、形だけじゃない、心からの祈りがある気がした。
「神よ、この村の人々に、どうか安らぎをお与えください」
祈っていると、なぜか涙がこぼれそうになる。悔しさとか、悲しさとか、色々な気持ちがごちゃ混ぜになって、でも、不思議と温かい気持ちにもなるのだ。
平民の私には、やっぱりこのくらいがちょうどいいのかもしれない。華やかな場所は、私には似合わないんだ。セドリック様の言った通り、私は聖女には不相応だったのかもしれない。そう思うと、心が少し軽くなった。
もちろん、忘れられるわけじゃない。夜になると、時々、あの婚約破棄の日のことがフラッシュバックする。セドリック様の冷たい視線、神殿長の突き放すような言葉、そして、あの美しい令嬢の絵姿……。胸がギュッと締め付けられて、布団の中で一人、涙を流すこともあった。
でも、朝になれば、また新しい一日が始まる。村の人々の笑顔が、私を待っている。だから、私は顔を上げて、また奉仕活動に向かうのだ。
ここは、都会みたいに便利じゃないし、豪華なものもないけれど、人々の温かさだけは、都とは比べ物にならないくらい溢れていた。私は、この村で、少しずつ、少しずつ、心を癒していった。
ある日の午後、村の裏手にある小さな畑で、私は村のおばあちゃんと一緒にジャガイモを掘っていた。土にまみれて、汗をかくのは大変だけど、なんだか心が洗われるような気がした。
「クラリス様は、本当に働き者じゃねぇ。都会のお嬢様なのに」
おばあちゃんが、シワだらけの顔でニコニコ笑ってくれた。
「お嬢様だなんて! 私は、ただの神官見習いですから」
私がそう答えていると、突然、遠くからゴォォォォ!という、ものすごい音が聞こえてきた。
「あら、あれは……」
おばあちゃんが、空を見上げて目を細めた。私も釣られて見上げると、なんと、大きな影が空を横切っていくのが見えた。
「あれって……竜!? まさか!」
思わず叫んでしまった。竜なんて、絵本の中でしか見たことがない。この国には、竜に乗る騎士様がいるって聞いたことはあったけれど……。まさかこんな間近で竜を見るなんて!
竜は、大きな翼をゆっくりと羽ばたかせながら、みるみるうちに高度を下げて、畑の少し離れた場所に降り立った。ドシン!という振動が、足元に伝わってくる。
「ひぃっ!」
私は思わず、おばあちゃんの陰に隠れてしまった。竜って、やっぱり怖い。
すると、竜の背中から、一人の男性がひらりと降りてきた。彼は、見慣れない制服を着ていて、腰には立派な剣を差している。背が高くて、スラッとした体つき。顔は、遠くてよく見えないけれど、なんだかすごくかっこいい雰囲気がした。
男性は、竜の首をポンポンと叩くと、こちらに歩いてきた。その足取りは、堂々としていて、自信に満ちている。
「ごめんください。この村の神官の方は、どちらにいらっしゃいますか?」
彼の声は、低くて落ち着いていて、どこか優しさが感じられた。
おばあちゃんが私の背中をポンと叩く。
「クラリス様、あなたが行きなさい」
私はドキドキしながら、竜の騎士様の方へ向かった。近くで見ると、さらに背が高くて、顔もすごく整っている。彫りの深い顔立ちで、切れ長の瞳が印象的だった。
「わ、私が、この村の神官見習いのクラリスと申します」
精一杯、背筋を伸ばして挨拶すると、彼は少し目を見開いた。
「君が? 若いな」
その言葉に、少しだけムッとした。若いからって、ちゃんと仕事してるんだから!
「ええ、若輩者ではございますが、精一杯務めさせていただいております」
私がそう言うと、彼はフッと口元を緩めた。その笑顔は、なんだかすごく素敵なものだった。
「王国竜騎士団副団長のレオニスだ。村の安全巡回で立ち寄った。この辺りで、怪しい動きがあるという報告を受けてね」
レオニス様……! 竜騎士団の副団長様なんて、ものすごく偉い人じゃない! 心臓がドクドクと音を立てる。
「では、何かお手伝いできることはございますでしょうか?」
「いや、まずは状況を把握したい。この村で何か変わったことがあったか?」
私は、最近村で起こった小さな出来事をいくつか話した。森で迷った子どもがいたり、家畜が荒らされたり……。どれも大きな事件ではなかったけれど、レオニス様は真剣に耳を傾けてくれた。
話をしている途中、私の手元が滑って、掘り出したジャガイモを地面に落としてしまった。慌てて拾おうとすると、レオニス様がサッと身をかがめて、そのジャガイモを拾い上げてくれた。
「ほら」
差し出されたジャガイモは、レオニス様の大きな手にすっぽりと収まっていた。その手は、ゴツゴツしていて、でも、とても温かかった。
「あ、ありがとうございます……!」
彼の優しさに、思わず顔が赤くなる。
「いや、構わない。この村は、人々の暮らしが豊かそうだな。神官の君の働きも大きいのだろう」
そう言って、彼は少し照れたように笑った。都会の貴族様とは全然違う。なんだか、親しみやすい人だ。
それが、私とレオニス様の初めての出会いだった。
レオニス様は、それからというもの、定期的に村を訪れるようになった。安全巡回という名目だけど、なんだか私に会いに来てくれているような気がして、毎回ドキドキした。
「クラリス、今日も熱心に働いているな」
彼はいつも、私が村人たちと話していたり、子どもたちと遊んでいたりする時に、フッと現れる。そして、さりげなく私の手伝いをしてくれたり、私の話に耳を傾けてくれたりした。
「レオニス様、ありがとうございます。竜騎士団のお仕事は大変ではないのですか?」
「ああ、もちろん大変なことも多いが、こうして君と話していると、心が休まる」
そう言われると、なんだかすごく嬉しくて、顔がニヤけてしまう。
ある日、村の奥にある薬草を採りに行った帰り道、私は足を滑らせて転んでしまった。膝を擦りむいて、ズキズキと痛む。
「うう……痛い……」
一人でどうしようかと思っていたら、突然、上空から竜の影が差した。
「クラリス! 大丈夫か!?」
レオニス様が、竜の背中から飛び降りて駆け寄ってきてくれた。彼の顔には、心配の色がはっきりと浮かんでいる。
「レオニス様……すみません、転んでしまって……」
「怪我はないか? 見せてみろ」
彼は、優しく私の膝を調べてくれた。その指先が触れるたび、なんだか心が温かくなる。
「たいしたことはない。だが、これでは歩きにくいだろう」
そう言うと、レオニス様は、なんと私を軽々と抱き上げてくれたのだ!
「えっ!? レオニス様!?」
思わず叫んでしまった。彼の腕の中は、力強くて、温かくて……なんだか、すごく安心する。
「このまま教会まで運ぶ。揺れるぞ」
そう言って、彼は私のことを抱きかかえたまま、教会へと歩き出した。彼の胸板に顔が当たるたびに、心臓がバクバク音を立てる。こんな風に、誰かに守ってもらえるなんて、都では一度もなかったことだ。
教会に着くと、彼は私をそっと椅子に座らせてくれた。そして、薬箱を持ってきて、慣れた手つきで私の膝の手当てをしてくれた。
「君は、いつも頑張りすぎるところがある。もっと、自分のことを大切にしなくては」
彼の優しい言葉が、私の心にじんわりと染み渡る。今まで、誰もそんなことを言ってくれなかった。私は、ずっと一人で、頑張ってきたから。
「ありがとうございます……。レオニス様は、本当に優しいのですね」
そう言うと、彼は少し照れたように、でも、どこか寂しそうに笑った。
「俺は、大切なものを守るのが、俺の役目だと思っている」
その言葉に、彼の過去に何かあったのかな、と胸がチクリと痛んだ。
ある日の夜、村の広場で焚き火を囲んで、レオニス様と二人で話していた。満点の星空が、頭上に広がっている。
「レオニス様は、どうしてそんなに優しいのですか?」
私が尋ねると、彼は少し考え込んでから、静かに語り始めた。
「俺は昔、大切な人を守れなかったことがある。だから、もう二度と、誰かを悲しませたくないんだ」
彼の言葉に、私は胸が締め付けられる思いがした。彼もまた、私と同じように、大切なものを失った経験があるのかもしれない。
「私も……私、都で婚約破棄されて、追放されて、すごく辛かったんです。私には、聖女になる資格がないって、そう言われて……」
気づけば、私は今まで誰にも話せなかった、都での出来事をレオニス様に打ち明けていた。涙が止まらなくなって、声が震える。
レオニス様は、何も言わずに、ただじっと私の話を聞いてくれた。そして、私が話し終えると、彼はそっと私の頭に手を乗せた。
「君は、そんなことを言われるような人間じゃない。君の心の清らかさ、人への優しさ、それは誰よりも尊いものだ。俺は、君こそが真の聖女だと信じている」
彼の言葉が、私の心の奥底に染み渡る。都で散々傷つけられた私の心を、彼はそっと包み込んでくれた。今まで、ずっと欲しかった言葉だった。
「レオニス様……」
私は、彼の胸に顔を埋めて、とめどなく涙を流した。彼は、何も言わずに、ただ私を優しく抱きしめてくれた。その腕の中は、何よりも温かくて、安心できた。
この人といると、私は私でいられる。飾らない私を、彼は受け入れてくれる。そんな風に思えた。
「俺は、君を大切にしたい。これからは、俺が君を守る」
彼の言葉に、私の心は震えた。もう、一人で頑張らなくてもいいんだ。この人が、私を支えてくれる。そう思うと、胸の中に温かい光が灯ったようだった。
満点の星空の下、私たちは、ずっとそうしていた。レオニス様との出会いは、私にとって、ただの偶然ではなかった。それは、傷ついた私の心を癒し、新しい希望を与えてくれた、かけがえのない出会いだったのだ。
「クラリス様、こちらが滞在されるお部屋でございます」
村の神官様が案内してくれたのは、教会に併設された小さな部屋だった。都の神殿の私の部屋とは比べ物にならないくらい狭いけれど、窓からは緑豊かな景色が見える。なんだか、ホッとした。あのきらびやかな神殿よりも、この素朴な部屋の方が、私には合っているような気がした。
次の日から、私の新しい生活が始まった。ここでは、都の神殿でやっていたような、難しい聖典の解釈とか、複雑な儀式の準備とかはほとんどない。代わりに、村人のお悩み相談に乗ったり、怪我をした子どもの手当てをしたり、畑仕事を手伝ったり……。本当に、なんでもやった。
「クラリス様、この前の腰痛、おかげさまで良くなりましたよ!」
「あら、それは良かったですね、おばあちゃん!」
村のおばあちゃんが、とれたてのリンゴを差し出してくれた。都では、こんな風に直接お礼を言われることなんて、ほとんどなかったな。なんだか、心が温かくなる。
村の子どもたちは、最初こそ私を珍しそうに見ていたけれど、すぐに懐いてくれた。
「クラリスお姉さん、お歌教えて!」
「クラリスお姉さん、絵本読んで!」
元気いっぱいに駆け寄ってくる子どもたちに囲まれていると、都での辛い出来事を、ほんの少しだけ忘れられる気がした。彼らの澄んだ瞳を見ていると、私の心の奥に溜まっていた、ドロドロしたものが、少しずつ溶けていくような気がした。
夕方になると、教会の鐘が鳴り響く。私は、村の皆と一緒に、神に祈りを捧げる。ここでは、形だけじゃない、心からの祈りがある気がした。
「神よ、この村の人々に、どうか安らぎをお与えください」
祈っていると、なぜか涙がこぼれそうになる。悔しさとか、悲しさとか、色々な気持ちがごちゃ混ぜになって、でも、不思議と温かい気持ちにもなるのだ。
平民の私には、やっぱりこのくらいがちょうどいいのかもしれない。華やかな場所は、私には似合わないんだ。セドリック様の言った通り、私は聖女には不相応だったのかもしれない。そう思うと、心が少し軽くなった。
もちろん、忘れられるわけじゃない。夜になると、時々、あの婚約破棄の日のことがフラッシュバックする。セドリック様の冷たい視線、神殿長の突き放すような言葉、そして、あの美しい令嬢の絵姿……。胸がギュッと締め付けられて、布団の中で一人、涙を流すこともあった。
でも、朝になれば、また新しい一日が始まる。村の人々の笑顔が、私を待っている。だから、私は顔を上げて、また奉仕活動に向かうのだ。
ここは、都会みたいに便利じゃないし、豪華なものもないけれど、人々の温かさだけは、都とは比べ物にならないくらい溢れていた。私は、この村で、少しずつ、少しずつ、心を癒していった。
ある日の午後、村の裏手にある小さな畑で、私は村のおばあちゃんと一緒にジャガイモを掘っていた。土にまみれて、汗をかくのは大変だけど、なんだか心が洗われるような気がした。
「クラリス様は、本当に働き者じゃねぇ。都会のお嬢様なのに」
おばあちゃんが、シワだらけの顔でニコニコ笑ってくれた。
「お嬢様だなんて! 私は、ただの神官見習いですから」
私がそう答えていると、突然、遠くからゴォォォォ!という、ものすごい音が聞こえてきた。
「あら、あれは……」
おばあちゃんが、空を見上げて目を細めた。私も釣られて見上げると、なんと、大きな影が空を横切っていくのが見えた。
「あれって……竜!? まさか!」
思わず叫んでしまった。竜なんて、絵本の中でしか見たことがない。この国には、竜に乗る騎士様がいるって聞いたことはあったけれど……。まさかこんな間近で竜を見るなんて!
竜は、大きな翼をゆっくりと羽ばたかせながら、みるみるうちに高度を下げて、畑の少し離れた場所に降り立った。ドシン!という振動が、足元に伝わってくる。
「ひぃっ!」
私は思わず、おばあちゃんの陰に隠れてしまった。竜って、やっぱり怖い。
すると、竜の背中から、一人の男性がひらりと降りてきた。彼は、見慣れない制服を着ていて、腰には立派な剣を差している。背が高くて、スラッとした体つき。顔は、遠くてよく見えないけれど、なんだかすごくかっこいい雰囲気がした。
男性は、竜の首をポンポンと叩くと、こちらに歩いてきた。その足取りは、堂々としていて、自信に満ちている。
「ごめんください。この村の神官の方は、どちらにいらっしゃいますか?」
彼の声は、低くて落ち着いていて、どこか優しさが感じられた。
おばあちゃんが私の背中をポンと叩く。
「クラリス様、あなたが行きなさい」
私はドキドキしながら、竜の騎士様の方へ向かった。近くで見ると、さらに背が高くて、顔もすごく整っている。彫りの深い顔立ちで、切れ長の瞳が印象的だった。
「わ、私が、この村の神官見習いのクラリスと申します」
精一杯、背筋を伸ばして挨拶すると、彼は少し目を見開いた。
「君が? 若いな」
その言葉に、少しだけムッとした。若いからって、ちゃんと仕事してるんだから!
「ええ、若輩者ではございますが、精一杯務めさせていただいております」
私がそう言うと、彼はフッと口元を緩めた。その笑顔は、なんだかすごく素敵なものだった。
「王国竜騎士団副団長のレオニスだ。村の安全巡回で立ち寄った。この辺りで、怪しい動きがあるという報告を受けてね」
レオニス様……! 竜騎士団の副団長様なんて、ものすごく偉い人じゃない! 心臓がドクドクと音を立てる。
「では、何かお手伝いできることはございますでしょうか?」
「いや、まずは状況を把握したい。この村で何か変わったことがあったか?」
私は、最近村で起こった小さな出来事をいくつか話した。森で迷った子どもがいたり、家畜が荒らされたり……。どれも大きな事件ではなかったけれど、レオニス様は真剣に耳を傾けてくれた。
話をしている途中、私の手元が滑って、掘り出したジャガイモを地面に落としてしまった。慌てて拾おうとすると、レオニス様がサッと身をかがめて、そのジャガイモを拾い上げてくれた。
「ほら」
差し出されたジャガイモは、レオニス様の大きな手にすっぽりと収まっていた。その手は、ゴツゴツしていて、でも、とても温かかった。
「あ、ありがとうございます……!」
彼の優しさに、思わず顔が赤くなる。
「いや、構わない。この村は、人々の暮らしが豊かそうだな。神官の君の働きも大きいのだろう」
そう言って、彼は少し照れたように笑った。都会の貴族様とは全然違う。なんだか、親しみやすい人だ。
それが、私とレオニス様の初めての出会いだった。
レオニス様は、それからというもの、定期的に村を訪れるようになった。安全巡回という名目だけど、なんだか私に会いに来てくれているような気がして、毎回ドキドキした。
「クラリス、今日も熱心に働いているな」
彼はいつも、私が村人たちと話していたり、子どもたちと遊んでいたりする時に、フッと現れる。そして、さりげなく私の手伝いをしてくれたり、私の話に耳を傾けてくれたりした。
「レオニス様、ありがとうございます。竜騎士団のお仕事は大変ではないのですか?」
「ああ、もちろん大変なことも多いが、こうして君と話していると、心が休まる」
そう言われると、なんだかすごく嬉しくて、顔がニヤけてしまう。
ある日、村の奥にある薬草を採りに行った帰り道、私は足を滑らせて転んでしまった。膝を擦りむいて、ズキズキと痛む。
「うう……痛い……」
一人でどうしようかと思っていたら、突然、上空から竜の影が差した。
「クラリス! 大丈夫か!?」
レオニス様が、竜の背中から飛び降りて駆け寄ってきてくれた。彼の顔には、心配の色がはっきりと浮かんでいる。
「レオニス様……すみません、転んでしまって……」
「怪我はないか? 見せてみろ」
彼は、優しく私の膝を調べてくれた。その指先が触れるたび、なんだか心が温かくなる。
「たいしたことはない。だが、これでは歩きにくいだろう」
そう言うと、レオニス様は、なんと私を軽々と抱き上げてくれたのだ!
「えっ!? レオニス様!?」
思わず叫んでしまった。彼の腕の中は、力強くて、温かくて……なんだか、すごく安心する。
「このまま教会まで運ぶ。揺れるぞ」
そう言って、彼は私のことを抱きかかえたまま、教会へと歩き出した。彼の胸板に顔が当たるたびに、心臓がバクバク音を立てる。こんな風に、誰かに守ってもらえるなんて、都では一度もなかったことだ。
教会に着くと、彼は私をそっと椅子に座らせてくれた。そして、薬箱を持ってきて、慣れた手つきで私の膝の手当てをしてくれた。
「君は、いつも頑張りすぎるところがある。もっと、自分のことを大切にしなくては」
彼の優しい言葉が、私の心にじんわりと染み渡る。今まで、誰もそんなことを言ってくれなかった。私は、ずっと一人で、頑張ってきたから。
「ありがとうございます……。レオニス様は、本当に優しいのですね」
そう言うと、彼は少し照れたように、でも、どこか寂しそうに笑った。
「俺は、大切なものを守るのが、俺の役目だと思っている」
その言葉に、彼の過去に何かあったのかな、と胸がチクリと痛んだ。
ある日の夜、村の広場で焚き火を囲んで、レオニス様と二人で話していた。満点の星空が、頭上に広がっている。
「レオニス様は、どうしてそんなに優しいのですか?」
私が尋ねると、彼は少し考え込んでから、静かに語り始めた。
「俺は昔、大切な人を守れなかったことがある。だから、もう二度と、誰かを悲しませたくないんだ」
彼の言葉に、私は胸が締め付けられる思いがした。彼もまた、私と同じように、大切なものを失った経験があるのかもしれない。
「私も……私、都で婚約破棄されて、追放されて、すごく辛かったんです。私には、聖女になる資格がないって、そう言われて……」
気づけば、私は今まで誰にも話せなかった、都での出来事をレオニス様に打ち明けていた。涙が止まらなくなって、声が震える。
レオニス様は、何も言わずに、ただじっと私の話を聞いてくれた。そして、私が話し終えると、彼はそっと私の頭に手を乗せた。
「君は、そんなことを言われるような人間じゃない。君の心の清らかさ、人への優しさ、それは誰よりも尊いものだ。俺は、君こそが真の聖女だと信じている」
彼の言葉が、私の心の奥底に染み渡る。都で散々傷つけられた私の心を、彼はそっと包み込んでくれた。今まで、ずっと欲しかった言葉だった。
「レオニス様……」
私は、彼の胸に顔を埋めて、とめどなく涙を流した。彼は、何も言わずに、ただ私を優しく抱きしめてくれた。その腕の中は、何よりも温かくて、安心できた。
この人といると、私は私でいられる。飾らない私を、彼は受け入れてくれる。そんな風に思えた。
「俺は、君を大切にしたい。これからは、俺が君を守る」
彼の言葉に、私の心は震えた。もう、一人で頑張らなくてもいいんだ。この人が、私を支えてくれる。そう思うと、胸の中に温かい光が灯ったようだった。
満点の星空の下、私たちは、ずっとそうしていた。レオニス様との出会いは、私にとって、ただの偶然ではなかった。それは、傷ついた私の心を癒し、新しい希望を与えてくれた、かけがえのない出会いだったのだ。
116
あなたにおすすめの小説
好きだった幼馴染みに再会→婚約者を捨ててプロポーズした侯爵令息
星森
恋愛
侯爵家の令息エドモンドは、幼い頃に結婚を誓い合った幼馴染コレットへの執着を捨てられずにいた。
しかし再会した彼女は自分を避け、公爵令息アランと親しくする姿ばかりが目に入る。
嫉妬と焦燥に駆られたエドモンドは、ついに“ある計画”に手を染めてしまう。
偶然を装った救出劇、強引な求愛、婚約破棄──
すべてはコレットを取り戻すためだった。
そして2人は……?
⚠️本作はAIが生成した文章を一部に使っています。
運命の番より真実の愛が欲しい
サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。
ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。
しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。
運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。
それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。
婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。
そんな世界なら滅んでしまえ
キマイラ
恋愛
魔王を倒す勇者パーティーの聖女に選ばれた私は前世の記憶を取り戻した。貞操観念の厳しいこの世界でパーティーの全員と交合せよだなんてありえないことを言われてしまったが絶対お断りである。私が役目をほうきしたくらいで滅ぶ世界なら滅んでしまえばよいのでは?
そんなわけで私は魔王に庇護を求めるべく魔界へと旅立った。
醜貌の聖女と呼ばれ、婚約破棄されましたが、実は本物の聖女でした
きまま
恋愛
王国の夜会で、第一王子のレオンハルトから婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リリエル・アルヴァリア。
顔を銀の仮面で隠していることから『醜貌の聖女』と嘲られ、不要と切り捨てられた彼女は、そのまま王城を追われることになる。
しかし、その後に待ち受ける国の運命は滅亡へと向かっていた——
義妹に婚約者を奪われ追放された私。実は国を支えていたと気づいても遅いです。隣国で能力を開花させたので、今さら泣きつかないで。
瀬戸 ゆら
恋愛
「無能な置物はいらん。国外追放だ」
王太子の冷酷な宣告。隣には、私のすべてを奪った義妹の勝ち誇った笑み。 私が寝る間を惜しんで維持してきた国の結界は、私がいなくなった瞬間に崩壊を始めるでしょう。
泥水をすすり、辿り着いた隣国。そこで出会ったのは、冷徹と恐れられる漆黒の皇帝陛下でした。
「これほどの魔導回路を一人で?……君、我が国に来ないか」
捨てられた魔道具師が、隣国で「伝説の聖女」として覚醒する一方で、結界を失い魔物の脅威に晒された母国が泣きついてきますが……。
「今さら戻ってきて?……お断りです。私はここで、世界一幸せになるんですから」
婚約破棄、その後の話を誰も知らない
あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。
王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。
だがある日、
誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。
奇跡は、止まった。
城は動揺し、事実を隠し、
責任を聖女ひとりに押しつけようとする。
民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。
一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、
奇跡が失われる“その日”に備え、
治癒に頼らない世界を着々と整えていた。
聖女は象徴となり、城は主導権を失う。
奇跡に縋った者たちは、
何も奪われず、ただ立場を失った。
選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。
――これは、
聖女でも、英雄でもない
「悪役令嬢」が勝ち残る物語。
婚約破棄は既に済んでいます
姫乃 ひな
恋愛
婚約者に婚約破棄を言われてしまいました。
私にはどうすることもできません。何故なら既に両家の当主で婚約破棄についての話し合いは済んでおりますから…
※説明不足の部分がありますが実際の会話のテンポ感を感じながら読んでいただけると嬉しいです。
※初心者のため手探りで始めています。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる