婚約破棄された地味令嬢ですが、今さら「やり直したい」と言われても困ります

有賀冬馬

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 私は、ロザリン。
 この国のどこにでもある、平凡な子爵家の娘。

 私の人生は、生まれたときから決まっていた。
 隣の領地の伯爵家と、政略結婚をする。
 お相手は、エルド様。
 彼は騎士団でも一目置かれる、誇り高き近衛騎士様だ。

「ロザリン、いつまでもそんな地味な恰好をしていないで、もっと身なりを整えなさい!」

 お母様は、いつも私にそう言う。
 でも、どうすればいいのかわからない。
 私は目立つことが得意じゃなくて、おしゃれも苦手。
 だから、地味な色の服を着て、誰にも気づかれないように過ごしていた。

 エルド様は、そんな私をいつも気にかけてくれた。
「ロザリン、また本を読んでいるのかい? たまには外に出て、風にあたるといい」
 そう言って、穏やかに笑いかけてくれる。
 私はその笑顔が大好きだった。
 彼のそばにいると、地味な私でも、少しだけ自分が好きになれる気がした。

 このまま、エルド様と結婚して、平凡だけど幸せな日々を過ごしていくんだ。
 そう信じていた。

 だけど、その幸せは、突然終わりを告げた。
 エルド様が、私を庭の隅にある、誰も来ない小さな東屋に呼び出した。

「ロザリン」
 エルド様の声は、いつもよりずっと冷たかった。
 いや、私が知っている彼の声ではなかった。
 その隣には、見たこともない、まばゆいドレスをまとった女の子が立っている。
 彼女は、公爵家のお嬢様だと聞いたことがある。
 華やかで、自信にあふれていて、太陽みたいにきらきら輝いていた。

「エルド様……?」
 戸惑いながら名前を呼ぶと、彼は静かに、でもはっきりと、私に言った。

「君との婚約を、破棄したい」

 頭が真っ白になった。
 心臓が、まるで誰かに握りつぶされたみたいに痛い。
 何が、どうして? 言葉が出てこない。
 ただ、ただ、彼の顔を見つめることしかできなかった。

「すまない、ロザリン。僕はもっと、華やかな花が欲しいんだ。君のような、地味な花はいらない」

 エルド様は、そう言って、隣の女の子にそっと微笑みかけた。
 彼女は勝利を確信したように、誇らしげな顔で私を見下ろしている。
 その視線が、私の心に深く突き刺さる。
 エルド様は、もう私を見ていない。
 彼の心は、もうあの子のものだった。
 私は、ただの飾りだったんだ。
 いらなくなったら、簡単に捨てられる、安っぽい花だったんだ。

 震える声で、ようやく絞り出した。
「どうして……? 私、何か、いけないことをしましたか?」

「君は、何も悪くない。ただ……僕には、君では役者不足なんだ。わかってくれ」
 役者不足。
 その言葉が、私の心を切り裂いた。
 私は、彼の隣に立つ価値すらなかったんだ。

 私は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
 エルド様と、新しい彼女は、私の前を通り過ぎていった。
 私は、ただ、その背中を見送ることしかできなかった。
 庭の隅に咲く、地味な草花のように、誰にも気づかれずに。

 父様と母様は、婚約破棄の報告を聞いて、激怒した。

「ロザリン! お前は一体、何をしたんだ!」
「家門の恥だ! せっかくの縁談を、お前の地味さが台無しにした!」

 私はただ、何も言えずにうつむくしかなかった。
 自分のせいだ。
 エルド様を繋ぎ止めておけなかった、私のせい。
 そう言われている気がして、涙が止まらなかった。

 私は、この家にいるのが耐えられなくなった。
 自分の存在が、家族の、家門の、そしてエルド様の邪魔をした。
 このままここにいたら、もっとひどいことを言われる。
 もう、どこかに消えてしまいたい。

「お父様、お母様……どうか、私をこの家から、出してくれませんか……」

 震える声で懇願すると、父様はため息をついた。
「どこへ行くというのだ。行く宛などないだろう」

「どこでもいいんです。誰も私のことを知らない、遠い場所へ……」

 父様と母様は顔を見合わせ、何かを話し合った。
 そして、父様が言った。
「そうか……ならば、辺境の領地に行きなさい。そこなら誰も、お前が誰かなど気にしないだろう」

 辺境。
 この国の中でも、最も魔物が出現すると言われている、荒れた土地。
 でも、私にはそれが、まるで救いのように思えた。
 誰も私を知らない場所。
 地味な私でも、誰にも迷惑をかけずに生きられる場所。
 私は、一人で旅立つことを決めた。

 小さな馬車に揺られ、私は故郷を後にした。
 窓の外には、見慣れない景色が流れていく。
 華やかな都を離れ、道はだんだんと荒れていった。
 護衛の騎士は二人だけ。
 父様と母様は、私を本当に厄介払いしたかったのだろう。
 馬車の中、私はこれまでの人生を振り返っていた。
 私は、何一つ、自分の力で手に入れたものがない。
 誰かの決めたレールの上を歩いて、誰かの決めた人生を生きようとしていた。
 だから、簡単に捨てられてしまった。

「……もう、どうでもいい」

 そう呟いたとき、突然、馬車が大きく揺れた。
 外から、護衛の騎士たちの悲鳴が聞こえる。
 馬車が止まり、私は恐る恐る窓の外を覗いた。

 信じられない光景が、目の前に広がっていた。
 馬車の周りを、おぞましい姿をした魔物たちが取り囲んでいる。
 牙をむき出しにして、涎を垂らし、こちらに向かってくる。
 護衛の騎士たちは、もう倒れていた。
 私は、恐怖で動けなかった。
 ああ、こんなところで、私の人生は終わってしまうんだ。
 誰にも知られず、誰にも惜しまれず、地味なまま、こんな場所で死ぬんだ。

 魔物の鋭い爪が、馬車の扉を突き破る。
 もう、逃げ場はなかった。
 私は、目をぎゅっと閉じた。
 最後に、エルド様の顔が、頭に浮かんだ。
 優しく笑っていた、あの頃のエルド様の顔。
 さよなら、私の初恋。
 そして、さよなら、私の人生。
 そう心の中で呟いたそのとき。

 ごうっ!

 馬車の外から、轟音が響いた。
 そして、まばゆいばかりの、漆黒の光が、私の視界を包み込んだ。
 それは、まるで夜空を切り取ったような、深い闇の色。
 でも、光を放っていて、信じられないほど美しかった。
 私が恐る恐る目を開けると、目の前にいた魔物たちは、跡形もなく消えていた。
 私は、何が起こったのかわからず、ただ呆然と立ち尽くす。
 すると、その漆黒の光の中から、一人の男が現れた。
 彼は黒いローブを纏い、顔はフードで隠されていてよく見えない。
 でも、その存在は、この世界にあるものとは思えないほど、圧倒的だった。
 そう。見ただけでわかる。
 これが、魔物よりも恐ろしい存在。
 世間では、そう噂されていると聞いたことがある。
 「冷酷な魔導王」。

 彼の存在に、私の体は震えた。
 魔物から逃れても、今度はもっと恐ろしい存在に出会ってしまった。
 どうすればいいんだろう。
 私は、恐怖で言葉を失っていた。
 すると、彼はゆっくりと、私の方へ歩いてきた。
 そして、私の目の前で、静かにひざまずいた。
 フードの奥から、私をまっすぐ見つめる、鋭い眼差し。
 でも、それは冷酷なものではなく、どこか心配そうな、優しい光を宿していた。

「大丈夫ですか?」

 その声は、驚くほど穏やかで、私の凍りついた心を、少しだけ溶かしてくれた。
 私は、彼の言葉に、ただ小さく頷くことしかできなかった。
 彼は、私の震える手を取り、そっと立ち上がらせてくれた。
 その手は、冷たいのに、不思議と安心感があった。
 私は、彼の顔を、もう一度見上げた。
 フードからわずかに覗く横顔は、彫刻のように美しかった。
 そして、その瞳は、まるで宝石のように、深く、澄んでいた。
 この人が、本当に「冷酷な魔導王」なのだろうか?
 私は、彼の意外な優しさに、戸惑うばかりだった。
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