2 / 4
2
しおりを挟む私は、彼の腕の中にいた。
魔物の群れを、一瞬で消し去った、魔導王と呼ばれる男。
彼は私を抱え、まるで羽のように軽々と、空へと舞い上がった。
私は驚きと恐怖で、彼のローブにしがみつく。
「大丈夫、怖くない」
彼の声は、風に紛れて聞こえた。
その声に、不思議と心が落ち着く。
私は彼の腕の中で、初めて空を飛んだ。
眼下には、遠ざかっていく荒れた大地が見える。
私は、もうあの場所には戻らないのだと、このとき確信した。
そして、たどり着いたのは、漆黒の塔がそびえ立つ、巨大な城だった。
それは、まるで魔法で造られたかのように、荘厳で美しい。
城の門をくぐると、中は想像を絶するほど豪華だった。
大理石の床、天井まで届く本棚、そして、窓の外には満開の薔薇園が広がっている。
私は、まるで夢を見ているかのようだった。
「ここが、私の城だ」
彼はフードを脱ぎ、顔を見せてくれた。
その顔は、私の想像を遥かに超えていた。
端正な顔立ちに、どこか憂いを帯びた銀色の瞳。
冷酷だと噂されていた男の、あまりに美しい横顔に、私は言葉を失った。
「私の名は、イザーク。君は?」
「ロザリン、と申します」
彼は、私の地味な服を見て、少し眉をひそめた。
ああ、やっぱり。
エルド様と同じように、私を馬鹿にするのだろうか。
身につまされる思いで、私はうつむいた。
だけど、イザーク様は、私の手をそっと取って言った。
「ロザリン、君のその落ち着いた色が、とても美しい」
え……?
思わず、顔を上げた。
落ち着いた色。
地味、ではないんだ。
地味だと言われ続けた私の服を、彼は「美しい」と言ってくれた。
それは、私の心が初めて受けた、温かい光だった。
「君は、しばらくここにいるといい。君が望むなら、いつまでも」
私は、その言葉に、胸がいっぱいになった。
誰にも必要とされず、居場所を失った私を、イザーク様は受け入れてくれた。
それは、私にとって、何よりも嬉しいことだった。
イザーク様の城での日々は、まるで物語のようだった。
朝は、庭園で読書をしたり、花の手入れをしたりした。
イザーク様は、いつも私に、たくさんの本を与えてくれた。
歴史、文学、そして魔法について。
私は、今まで知らなかった世界を、少しずつ知っていくのが楽しかった。
ある日、私が難しい魔法書を読んでいると、イザーク様が後ろからそっと声をかけてくれた。
「その魔法は、使い方が少し難しい。教えてあげようか?」
彼は、私の隣に座り、優しく教えてくれた。
彼の指が、魔法陣を描くと、そこから小さな光が生まれた。
「すごい……」
私は、その光に夢中になった。
イザーク様は、私の頭をそっと撫でてくれた。
その手は、冷たいのに、とても温かかった。
私は、イザーク様に、エルド様とのことを話した。
家族に「地味」と言われ、エルド様に捨てられたこと。
もう、誰にも必要とされないと思っていたこと。
イザーク様は、何も言わずに、ただ静かに聞いてくれた。
そして、私の手を取って言った。
「ロザリン。君は、誰かに必要とされるために生きているんじゃない。君は、君自身のために生きるんだ。君の価値は、誰にも決められない」
その言葉は、私の中にあった、見えない鎖を解き放ってくれた。
そうだ。私は、私のために生きるんだ。
私は、もっと強くなりたいと思った。
もう誰にも、自分の価値を決められたくない。
私はイザーク様に、護身術や、簡単な魔法を教えてほしいとお願いした。
「わかった。君が望むなら、いつでも」
イザーク様は、私の願いを快く引き受けてくれた。
私たちは毎日、城の訓練場で、練習に励んだ。
私は、最初は何もできなかった。
剣を握る手は震え、魔法陣も上手く描けない。
だけど、イザーク様は、決して私を急かさなかった。
「焦る必要はない。ゆっくりでいい」
彼は、いつも優しく私を見守ってくれた。
その優しい眼差しが、私の心を強くしてくれた。
ある日、イザーク様が私に新しいドレスをくれた。
それは、今までの地味な服とは全然違った。
夜空のような深い紺色の生地に、星のようにきらきらと輝く刺繍が施されている。
「似合うと思う」
そう言って微笑むイザーク様に、私は胸が高鳴った。
鏡の前で、新しいドレスをまとった自分を見る。
それは、まるで別人のようだった。
地味で、うつむいていた私ではない。
少しだけ、自信に満ちた、新しい私がそこにいた。
私は、この城に来て、たくさんのことを知った。
イザーク様は、冷酷な魔導王なんかじゃない。
彼は、誰よりも優しくて、繊細で、そして孤独な人だった。
世間から恐れられ、遠ざけられ、ただ一人、この城で生きてきたのだと知った。
だから、彼は、誰にも必要とされない私の気持ちを、誰よりも理解してくれたのだ。
私は、イザーク様のそばにいるのが、心の底から嬉しかった。
私は、彼に何かしてあげられることはないだろうか、と考えた。
彼が疲れているときは、温かいハーブティーを入れてあげた。
彼が読書に夢中になっているときは、静かに彼の隣に座って、見守ってあげた。
すると、イザーク様は、嬉しそうに微笑んでくれた。
「君がいると、この城が明るくなるようだ」
その言葉が、私の心を温かく満たしてくれた。
私は、もう地味な私ではない。
イザーク様に、必要とされている私。
愛されている私。
私は、この城で、自分を磨き、尊厳を取り戻した。
そして、イザーク様への、淡い恋心を、心の中に育み始めていた。
そんなある日のこと。
イザーク様が、静かに私に言った。
「もう、そろそろいい頃だろう」
「何が、ですか?」
私の問いに、彼は微笑んで答えた。
「君の元婚約者が、君を探しているようだ。そして、君の家族も……」
その言葉に、私の心臓がドキリと跳ねた。
エルド様。
もう、あの頃の私ではない。
私は、もう二度と、彼に会うことはないと思っていた。
だけど、もう、私は怖くない。
私は、イザーク様という、誰にも負けない光を、そばに持っているのだから。
私は、イザーク様の手を握り、決意の目で彼を見つめた。
「私、もう、大丈夫です。会ってみます」
彼は私の手を優しく握り返してくれた。
「君が望むなら、私はいつでも、君のそばにいる」
私は、もう泣かない。
もう、怯えない。
私は、あの頃の地味な私ではない。
新しい、強く、美しい私として、彼らの前に立つ。
そう決意したとき、私の心は、澄んだ空のように晴れ渡っていた。
これから起こる、すべてのできごとに、私はもう、臆病にならなかった。
なぜなら、私の隣には、誰よりも強い、イザーク様がいるのだから。
6
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません
綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」
婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。
だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。
伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。
彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。
婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。
彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。
真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。
事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。
しかし、リラは知らない。
アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。
そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。
彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。
王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。
捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。
宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――?
※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。
物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。
醜貌の聖女と呼ばれ、婚約破棄されましたが、実は本物の聖女でした
きまま
恋愛
王国の夜会で、第一王子のレオンハルトから婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リリエル・アルヴァリア。
顔を銀の仮面で隠していることから『醜貌の聖女』と嘲られ、不要と切り捨てられた彼女は、そのまま王城を追われることになる。
しかし、その後に待ち受ける国の運命は滅亡へと向かっていた——
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
婚約破棄されましたが、隣国の大将軍に溺愛されて困ってます
有賀冬馬
恋愛
「君といると退屈だ」
幼い頃からの許嫁・エドワルドにそう言われ、婚約破棄された令嬢リーナ。
王都では“平凡で地味な娘”と陰口を叩かれてきたけれど、もう我慢しない。
わたしはこの国を離れて、隣国の親戚のもとへ――
……だったはずが、なぜか最強でイケメンな大将軍グレイ様に気に入られて、
まさかの「お前は俺の妻になる運命だ」と超スピード展開で屋敷に招かれることに!?
毎日「可愛い」「お前がいないと寂しい」と甘やかされて、気づけば心も体も恋に落ちて――
そして訪れた国際会議での再会。
わたしの姿に愕然とするエドワルドに、わたしは言う。
「わたし、今とっても幸せなの」
「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう
ムラサメ
恋愛
漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。
死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。
しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。
向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。
一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?
『冷酷な悪役令嬢』と婚約破棄されましたが、追放先の辺境で領地経営を始めたら、いつの間にか伝説の女領主になっていました。
黒崎隼人
ファンタジー
「君のような冷たい女とは、もう一緒にいられない」
政略結婚した王太子に、そう告げられ一方的に離婚された悪役令嬢クラリス。聖女を新たな妃に迎えたいがための、理不尽な追放劇だった。
だが、彼女は涙ひとつ見せない。その胸に宿るのは、屈辱と、そして確固たる決意。
「結構ですわ。ならば見せてあげましょう。あなた方が捨てた女の、本当の価値を」
追放された先は、父亡き後の荒れ果てた辺境領地。腐敗した役人、飢える民、乾いた大地。絶望的な状況から、彼女の真の物語は始まる。
経営学、剣術、リーダーシップ――完璧すぎると疎まれたその才能のすべてを武器に、クラリスは民のため、己の誇りのために立ち上がる。
これは、悪役令嬢の汚名を着せられた一人の女性が、自らの手で運命を切り拓き、やがて伝説の“改革者”と呼ばれるまでの、華麗なる逆転の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる