婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました

有賀冬馬

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私は学院の大扉の前で深呼吸をした。外は春の風が少し肌を刺すように冷たく、でも胸の中は熱く潮が満ちるようにざわめいていた。塔の窓で毎日訓練した日々が、私をここへ連れてきたのだと思うと、不思議と震えよりも落ち着きが先に来た。

「今日は…怖くない?」

母の柔らかい声を思い出して、私は小さく笑った。

「怖いけど、私は変わった。見せてあげる」

扉を潜ると、かつて私を嘲った顔がたくさん並んでいた。香水の匂い、絹の裾、そしてあの冷たい視線。心の中で小さな火がまた燃えるのを感じた。私は背筋を伸ばして、用意された魔力量測定の台に歩いていった。

学院長がにこやかに迎え、測定員が機械のように指示を出す。だれもが私のことを疑っているのが分かる。その疑いの目線をひとつずつ受け止めるように、私は手を石に置いた。

「リリアーナ、測定開始」

微かな光が石の中を踊り、数値が表示された。会場にざわめきが走る。

「なんだこれは…」

誰かが呟いた。数字はとてつもない魔力量を示していた。測定員の眉が跳ね上がり、学院長の顔色が変わる。

「信じられん…あの落ちこぼれが!?」

その声はルドルフの取り巻きの一人だ。会場に刺すような嘲りが広がるはずが、今は違った。嘲りは戸惑いに、そして恐れに変わる。

私は顔を上げて、静かに答えた。

「私が何者かは、ここで示すつもりです」

測定は続き、私の魔力は安定した光を放ち続けた。誰もが計測器の数値を指差しながら、ささやき合う。

ルドルフの顔色がみるみるうちに青ざめていくのを、私は見逃さなかった。あの高慢な表情が崩れ、手が震えている。彼の隣にいたアイリーンは唇を結び、いつもの涼しげな笑みが消えていた。

後日、協会の文書係から呼び出しがかかる。噂は速く、私はすぐに魔法協会の門前に立っていた。協会は格式のある場所で、石造りの柱が並び、重々しい扉が開かれている。

「貴女は本当に…リリアーナ・エルフェン?」

協会の役人は名簿を見返し、でも目は私を疑っているようだった。

「私がリリアーナです。私の魔力を見てください」

だがその日の空気は重く、私はすぐに告発の噂を耳にした。ルドルフとアイリーンが私を『禁呪使用者』として告発するつもりだという。私の胸がぎゅっと縮む。まさか、また嘲笑の餌になるの? そんな恐怖が冷たい汗を呼ぶ。

告発の書はすぐに提出された。協会は審議会を招集し、私は正式に審問の場へ立たされた。大理石の床に光が反射し、重い空気が全員の胸を締め付ける。

「リリアーナ・エルフェン、禁呪の使用を認めるか?」

その声は厳格で、審議会の長老のものだ。私は少し震えながらも、声を出した。

「いいえ。私は禁呪など使っていません。真実を示してください」

だがルドルフは冷たく笑い、アイリーンは背後で薄く笑った。彼らは証人を集め、私の過去の失敗や噂を並べ立てた。会場は私に向かって指を差し、昔のことを蒸し返す。胸の奥がまた痛くなる。

そのとき、空気が震え、誰かが静かに扉を開ける音がした。会場の灯りが揺れ、ざわめきが走る。肉眼では見えない、深い空気の流れが来た。

扉の向こうから、低く響く声がした。

「その禁呪は、私の手によるものだ。君たちごときが口にするな」

その一言で、会場のざわめきは一瞬で凍りついた。誰もが声の主に目をやる。そこには一人の男が立っていた。薄暗い外套をまとい、しかしその存在は光をまとっているように見えた。

私は息を飲んだ。心の奥で、知っている温かさと厳しさが同時に押し寄せる。セシルだ。彼はゆっくりと会場を見渡し、私の方へ歩み寄る。

「姿は見せまいと思ったが、必要だ。私がここに現れた意味をよく見よ」

そして、彼はゆっくりと手を広げた。空気が震え、壁の古い魔法障壁が青い光を放って割れ始める。長年の力が解き放たれる音がして、石の粉が舞い上がった。審議会の長老たちも、言葉を失ったように立ち尽くす。

セシルの声は静かだが、全員の心に届く力がある。

「私の封印を解いたのは誰だ?」

長老の一人が震えながら名を挙げようとしたが、その口がふさがれるように空気が締め付けられる。結局、彼は何も言えずに膝を落とす。

セシルは冷たい目でルドルフとアイリーンを見据えた。二人の顔からは自信が消え、恐れが滲む。

「彼女の魔力は封じられていた。君たちが刻んだ枷が、彼女を『落ちこぼれ』に見せただけだ。証拠は十分だ」

その言葉とともに、セシルは過去の記憶を映すように魔力の流れを使った。空間に映し出されたのは、かつての夜、ルドルフが密かに刻み物を施す場面だった。アイリーンがそれを指示し、二人で私を嘲る様子が、はっきりと映る。

会場は怒りと驚きで満ちた。正義感に火がついた者は声を荒げ、長老たちは顔を伏せた。ルドルフは言葉を失い、顔を青ざめさせる。

「これは…不正だ!」

彼は最後の力を振り絞って叫んだが、声は虚しく響くだけだった。長老たちは協議を重ね、ついに判決を下した。

「ルドルフ・フォン・マリエルは、王命により追放とする」

その告示が読み上げられた瞬間、ルドルフの足元が崩れるようにして座り込んだ。取り巻きは彼を支えようとするが、王の裁きは重かった。アイリーンは会場を飛び出し、そのまま行方知れずとなった。だが後に語られるところでは、彼女もまた魔力の暴走で己を見失ったという。

私はただじっと立っていた。胸の中に複雑な感情が渦巻く。嬉しさ、悲しさ、そして長い間閉じ込められていたものがほろりと流れ出す。

長老の一人が静かに近づき、言葉を投げた。

「リリアーナ・エルフェンよ、汝を正式に魔導師位に任ずる。真実を示した勇気を称える」

会場からは拍手が起き、やがてそれは大きな歓声となった。私は目を閉じ、胸の紋章に触れた。セシルがそっと私の手を取る。彼の手は冷たくなく、温かく、確かな重みがあった。

彼は私の手を取り、群衆の前でしっかりと私の手を握った。

「彼女こそ、私の伴侶だ」

その言葉が会場に響いたとき、私は目を開けた。セシルの瞳を見つめると、そこには揺るがない誓いが輝いていた。人々の視線は今、私を尊敬と畏敬で満たしている。長い夜が明け、私の新しい朝がここにあった。

群衆の中には、私を昔無視した顔や、嗤った顔が混じっている。それでも今日、彼らは口をつぐみ、私を見上げるしかなかった。心の中で小さな満足が湧いた。復讐という言葉は大きすぎるかもしれないが、あの日々の痛みが報われた気がした。

「あの時、あなたは私を見下した。でも私は今、胸を張っている」

私の言葉は小さくても真実で、誰かの耳に届いた。セシルは優しく微笑み、でもその目には誰にも負けない強さが宿っていた。

ルドルフは追放令を告げられた後、荒れ狂うように取り乱したらしい。取り巻きたちが彼を連れ出すとき、彼は最後にこちらを振り返り、言葉をひとつだけ吐いた。

「許せ…ない」

その声は震えていて、もう以前のような冷たさは無かった。人は自分のしたことの重さを知ると、ひどく小さく見えるものだ。

長老たちは私に簡単な証書と小さな紋章を手渡した。慎ましいけれど、重みのあるものだった。私はそれを胸に当て、ゆっくりと息をついた。

「これからは自分の力で生きなさい」と長老は言った。

私は静かに頷いた。

「はい。私はもう誰かの影ではない。自分の道を歩きます」

外に出ると、空は澄んでいた。春の光が石畳を照らし、風は穏やかだった。人々は私を見送り、時折名前を囁く者もいた。嬉しいけれど、私にとって大事なのはその先だ。

セシルがふと私の髪に触れて、小さな声で囁いた。

「今日からは共に歩もう。だが忘れるな、道は平坦ではない」

私は彼の手を握り返し、力を返すように言った。

「一緒なら怖くない。私はもう、泣かない」

それを聞いたセシルは満足そうに笑い、そして真剣に続けた。

「よかろう。だが覚えておけ。力には責任が伴う。君の炎は誰かを助け、誰かを守るために使うのだ」

私は深く息を吸い、胸に手を当てた。紋章がほんのり温かい。今までの私は、自分を守ることを知らなかった。今は違う。自分と誰かを守れる人になる。

群衆が解散する中、私は自分の足で歩き出した。人々の耳にはきっと色々な噂が残るだろう。だがそれは私の問題ではない。私にはやるべきことがあり、守るべき人がいる。

塔へ戻る途中、小さな旧友が駆け寄ってきて、顔を赤くして言った。

「リリアーナ! 本当にすごかった。私、誇りに思うよ」

その言葉に私は頬が熱くなった。久しく聞かなかった温かい声だ。私は深く息をつき、そして静かに答えた。

「ありがとう。私も変わる。でもね、私はただ自分が強くなりたいだけじゃない。弱いとされた人たちが安心して学べる場所を作りたい」

旧友は目を輝かせ、うなずいた。セシルはその様子を見て、満足そうに微笑んだ。そして彼は私の肩を軽く叩き、前を向くよう促した。

「行こう。私たちの道は続く」

夜が静かに降りてきた。セシルはそっと私の肩に手を置き、優しく囁いた。

「これからも一緒だ。君の炎を私が守る」

私は小さくうなずき、心の奥で新しい決意を固めた。怖い夜もあるだろう。でも私は怯まずに前を向く。誰かのために燃える。それが私の役目だ。忘れない。必ず守る。信じてる。前へ。進む。ね。
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