あやかしのなく夜に

麻路なぎ

文字の大きさ
21 / 39

21 仕事はいつも突然に

しおりを挟む
 やることが増えた。
 猫惨殺事件の犯人を捜しつつ、リモの友達である日和ちゃんを捜す。
 最後にその日和ちゃんに会ったのはあの喫茶店のマスターだから、あの人にもう一度会いに行った方がよさそうだな。
 そんなことを考えていると、臨がお盆を持ってやってきてパスタがのった皿をテーブルに置いた。
 ミートソースのスパゲティだ。
 トマトと肉の匂いが空腹を刺激する。
 そしてリモ用に、果物や野菜がのった皿が置かれた。

「おぉ! 臨さん、ありがとうございます」

 ぺこり、と頭を下げたリモはぴょん、と僕の膝から下りて二本足で立ち上がり人参を掴んだ。

「紫音、食べよう」

 言いながら臨は僕の隣に座る。
 僕は手を合わせて、

「いただきます」

 と言い、白いスパゲティの皿を手に持った。
 半分ほど食べ終えたころ、不意に臨が言った。

「ねえ紫音。今夜だけど……」

「ヒトウバンに会いたいって言うんだろどうせ。嫌だよ僕は」

 げんなりと言うと、臨は苦笑する。
「あ、やっぱりそう言うよね。気にはなるんだけどなあ」

「社で会ったおばあさんはヒトウバンが目撃されたのは夕方だって言ってたじゃねえか。なら別に夜じゃなくてもよくね?」

 そう僕が言うと、臨は顎に指を当てた後笑って言った。

「言われてみればそうだね。じゃあ夕方に行こうか」

 どうせ止めたって臨は来たいって騒ぐことが目に見えている。それならせめて夕方がいい。夜は二度と嫌だから。
 でも適当に行って会えるだろうか、そのヒトウバンに。なんかあやかしの類が現れる時ってなにか法則があるんじゃないかって思うけど、どうだろう。
 疑問を臨にぶつけようと思ったけど、楽しみだな、なんて彼は呟いている。
 ……このところこいつ楽しそうだな。
 こんなに生き生きしている臨を見るのは初めてかもしれない。
 その時、テーブルの上に置かれた僕のスマホがぶるぶると震えた。
 僕はスマホを手に持ちロックを解除してメッセージが来ているのを確認する。
 相手は精神科医の真梨香さんだった。
『仕事と、例の件どうなったか教えてくれる?』
 日曜日に仕事は珍しいな。
 僕はメッセージを入力して返事をした。
『わかりました、すぐ行きます。例の件はそちらに行ったら報告します』
 そう送るとすぐに返信があり、よろしく、とだけ書かれていた。
 僕の仕事は本当に不定期だ。
 数日続いたり、一週間以上空いたりと。
 続くとさすがに僕の身も心も保たないから、なるべく日を空けるよう、お願いはしてるけれどそうもいかないことが多々あった。

「臨」

 顔を上げて名前を呼ぶと、臨は笑って言った。

「仕事でしょ?」

「うん、行ってくる」

 そして僕は立ち上がりリモを見た。どうしよう、こいつ。
 病院に連れて行ったらまずいかなあ……まずいよなあ。リモは首を傾げて迷う僕を見上げている。

「おや、お仕事なのですか?」

「そうなんだけど……」

「暇だし、俺も一緒に行くよ。どうせあの山は大学の裏にあるんだし。リモは紫音のバッグに入れておけばいいでしょ。連れ込んで大丈夫かはわからないけど」

 言いながら臨も立ち上がりリモを抱えた。
「お仕事と言うのは病院でしたっけ?」
 リモには以前、僕の仕事について話したことがある。

「そうなんだけど。だからリモを連れ込むとまずいかもしれないから、臨と一緒に大人しくしていてほしいんだ」

 僕が言うとリモは勢いよく頷いた。

「わかりましたとも! バッグの中でじっとしておりますですよ!」

 そこはかとない不安を感じるけれど、リモは自信満々な顔をしているしここに置いていくわけにもいかないので、ショルダーバッグの中でじっとしていてもらうことにした。



 時刻は十四時を少し過ぎていた。
 日曜日の病院はそこまで騒がしくはない。
 面会の時間であるため、見舞いと思われる人の姿が多く見られた。
 静かな病棟の廊下を僕はひとり歩いていた。リモと臨は僕がいつも使っている仮眠室で待ってもらっている。
 僕が呼ばれたのは外科の病棟だった。
 いつものようにノックをせず扉を開けると、ベッドに腰かけた茶髪の男性が目に入った。
 彼は驚いた顔をして僕を見ている。
 そして、ベッド横には白衣を着た真梨香さんが立っていた。

「紫音君」
 真梨香さんは僕の姿を見てにこっと笑う。

「今日はその人?」

「えぇ」

 頷き答え、真梨香さんはベッドから離れる。
 男性は不安げな目で僕を見上げて言った。

「あ……貴方があの、先生が言っていた人……?」

 不審そうな目で見られるのはいつもの事だった。
 僕は見るからに高校生だもんな。
 そりゃ不安に思うだろうけど、僕がすることは変わらない。

「ねえ真梨香さん、やっていいの」

「えぇ、大丈夫よ。事故の裁判は終わったし、彼がその記憶を持ち続ける理由はもうないし本人も望んでいるから」

「あ、あの、ちょっと待ってください」
 真梨香さんの言葉にかぶせるように、男性は言った。
 少し声が震えているけど何でだろうか。
 彼の顔を見ると、不安の色が浮かんでいる。

「本当に、全部忘れるんですか?」

「えぇ。まあ、何かのきっかけで思い出すかもしれないことは否定できないけど、今までの患者を見た限り消した記憶を思い出した人はいないわね」

 真梨香さんが淡々と告げると、男性は俯いてしまった。

「そう、ですか」
 なんなんだろう、この人は。
 僕が呼ばれたってことは彼はその記憶を消したいと自ら望んだはずだ。
 今になって悩み始めているんだろうか。
 彼は俯き手を組んでしばらくした後首を横に振り、ゆっくりと顔を上げて僕の顔を見た。
 その表情はとても悲しげで、正直僕は早くこの場から早く逃げ出したい衝動に駆られた。
 なんでそんな顔で僕を見るんだよ。
 僕はただあんたの想い出を消すだけなんだよ。

「すみません、俺が望んだことではあるので……でも土壇場で迷っちゃって」

「その記憶を持ち続けることが貴方ののちの人生にプラスになるわけではないのよ。話したわよね。人は生きていくのに必要のない記憶は忘れていくものなの。死にかけた記憶なんて覚えている必要なんてないのよ」

「そう、ですけどでも……妻の事やそのお腹の中にいた子供の事を忘れるのは……まだ思い切りが付かなくて」

 男性の言葉に、僕の心臓が鷲掴みにされたような気がした。
 今、確かに言ったよな。
 妻と、お腹の中の子供って。
 まさかあの幽霊の……?
 そんなこと……あり得るか。
 事故の裁判がって言っていたし。裁判の期間がどれくらいかかるものかは知らないけど、数か月とかじゃないだろう。
 この人はあの幽霊の夫なのだろうか?
 でもそれを確認するすべはない。

「まだ後戻りはできるわよ。貴方が望まないのならそのまま事故の記憶を持ち続けるだけ。決めるのは貴方自身よ」

 真梨香さんの口調はかなりきついものだった。
 本人が望まないのなら僕は記憶を消さない。
 僕はあくまで本人の希望で記憶を消すだけだから。
 彼は再び俯き、しばらくしてから首を振り涙の浮かんだ目で僕を見つめた。
「想い出は全て処分しました。いつまでもこのまま立ち止まってはいられないから。なので……お願いします」
 そして男性は頭を下げた。
 想い出はすべて処分した。
 そうなるまでどれだけの時間を要したんだろうか。
 僕は戸惑い、でもこれは仕事だと自分に言い聞かせて男性に歩み寄りそして、その頭に触れた。
 すると彼の記憶が一気に僕の中に流れ込んでくる。
 交際当時の記憶、プロポーズ、妊娠した事、結婚式……そして、すぐに訪れた交通事故。
 そこにいた女性の姿は、あの幽霊に似ているような気がした。
 僕は彼から手を離し、首を振り彼に背を向けてよろよろと歩きだす。

「紫音君、大丈夫?」
 背後に真梨香さんの声が聞こえるけれどそんなの構っていられない。
 まだ僕の中に彼の記憶が渦巻いている。
 彼が忘れたかった記憶の女性……事故のあった日に着ていた白いセーターはあの幽霊の着ていた物と同じ気がする。
 早くこの場から離れたくて仕方なかった。
 僕は足早に廊下を歩きいつもの仮眠室に行く。
 よほど僕の顔色が悪かったのだろう。
 廊下をすれ違うスタッフに何度も声をかけられたけれど僕は何も答えられなかった。
  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

七竈 ~ふたたび、春~

菱沼あゆ
ホラー
 変遷していく呪いに終わりのときは来るのだろうか――?  突然、英嗣の母親に、蔵を整理するから来いと呼び出されたり、相変わらず騒がしい毎日を送っていた七月だが。  ある日、若き市長の要請で、呪いの七竃が切り倒されることになる。  七竃が消えれば、呪いは消えるのか?  何故、急に七竃が切られることになったのか。  市長の意図を探ろうとする七月たちだが――。  学園ホラー&ミステリー

キミに届く、一枚の勇気

伊咲 汐恩
キャラ文芸
喉の奥で想いに蓋をする地味子・ミナは、ある日スマホで書いた告白文をクラスで晒されてしまう。助けてくれたのは、転校生で金髪の刈谷。しかしその夜、刈谷がミナの家の前に倒れ、看病することに。お礼の”お助け券”で二人の距離は縮まり、互いの心に触れた。それぞれの悩みに直面する中、刈谷の妹・風華がミナに『兄に近づくな』と警告してきて――。

ベスティエンⅢ

熒閂
キャラ文芸
美少女と強面との美女と野獣っぽい青春恋愛物語。 ちょっとのんびりしている少女・禮のカレシは、モンスターと恐れられる屈強な強面。 禮は、カレシを追いかけて地元で恐れられる最悪の不良校に入学するも、そこは女子生徒数はわずか1%という環境で……。 強面カレシに溺愛されながら、たまにシリアスたまにコメディな学園生活を過ごす。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...