あやかしのなく夜に

麻路なぎ

文字の大きさ
36 / 39

36 幽霊との対峙

しおりを挟む
 アァアアァァーーーーーーーーーー!

 空気を切り裂くような叫び声が辺りに響き渡る。
 僕はリモを抱きしめたまま、ぎゅっと目を閉じて俯いた。
 本当は耳を押さえたかったけれどリモを離すのは嫌だった。
 叫び声が僕の中の恐怖を増幅し、僕はぎゅっとリモを強く抱きしめた。
「ひえっ……」
 僕の腕の中で、リモが短く呻くのが聞こえた気がした。
 それくらい叫び声が続いただろう。 声がやみ、僕はゆっくりと目を開く。
 初芝さんに伸びていた黒い手はいつの間にか本体に戻り、だらん、とぶら下がっていて、その腕を日和ちゃんは掴んだままだった。
 そして、臨が日和ちゃんの背後に回り、その腕に電撃を絡ませている。
 あの黒い物体を引きはがせば、日和ちゃんは元に戻れるかもしれない。
 何もできない僕は、ただ事の成り行きを見つめるだけだけだった。
 僕の背後から足音が聞こえる。
 初芝さんがゆっくりとした足取りで僕の横を通り、彼女に近づいて行く。
「来るなぁ!」
 と、女の叫び声が響き、手がしゅるしゅると伸びていくけれどやっぱり途中で動きが止まった。
「だから、やらせないって言ってるでしょう」
「うるさい! この身体は私の物だ!」
 叫び声と共に、黒い手が日和ちゃんの首に絡みつく。
 って嘘だろ? あの幽霊、何考えてんだ?
 身体が死んだらお腹の赤ちゃんだって死ぬだろうに。そんなのも分かんない位おかしくなってんのか?
「俺は君がどんな姿になっても受け入れる」
 初芝さんはそう言いながら、彼女に歩み寄っていく。
「来るなと言ってるだろ! それ以上近づいたらこの女は死ぬぞ!」
 言ってることとやってることが滅茶苦茶じゃねえか。
「俺は君を死なせない」
 強い口調で言い、初芝さんは彼女に近づいて行く。
 幽霊は初芝さんの方しか見てないようで、背後に回った臨には気が付いていないようだった。
 彼女の身体を傷つけるわけにはいかないから、下手に攻撃を仕掛けられない。
 だから背後に回ってあの黒い影だけを攻撃するしかないだろう。
 臨、やれるよな。
 僕は心の中で祈り、事の成り行きを見守った。
「うるさい! この女は、お前となんかいたくないんだよ! だからお前に会いに行かなかったし、ひとりでいることを選んだんだ!」
 彼女は泣きながら叫び、一歩後ずさる。
 その背後に立つ臨は、両手を胸の前でひろげて、電撃の網を作っている。
 マジで網を作れんのかよ?
 あいつやっぱすげえな。
「日和さん」
 初芝さんが彼女の目の前に立つ。
 手が届くほど近くに。
「う、あ……」
 呻き声を上げる彼女に向かって、初芝さんは腕を伸ばして言った。
「君が何者でも、俺は君と一緒にいたいんだ」
「やめろぉ! くるなぁ!」
 叫ぶ日和ちゃんの背に生える黒い幽霊に臨が作った電撃の網が絡みつく。
 驚いたのか、日和ちゃんは大きく目を見開き背後を振り返ったけど、もう遅い。
 臨は、雷の網の両端を掴むと、ぐい、とそれを引っ張った。
「よ、よせ! 何をする!」
 声が二重にこだまするのは、日和ちゃんと幽霊の声だろうか。
「貴方はあのまま成仏すべきだったんですよ。ここは生者の世界。死者のいる場所なんてないから」
 言いながら臨は、幽霊に絡みついた電撃の網を思い切り引っ張る。
 ぐぐぐ、と黒い影は日和ちゃんの身体から引き抜かれていく。
 臨のやつすげえ……
 完全に黒い塊が日和ちゃんから引き抜かれそして、彼女はその場に膝をついた。
 そこに初芝さんが駆け寄り、彼女の身体を抱きしめる。
「日和ちゃん!」
 それまで僕の腕の中にいたリモが、僕の腕から飛び出して日和ちゃんに駆け寄っていく。
 僕もつられてリモの後を追った。
 臨の網に囚われた黒い塊の幽霊は、人の形をとっている。
『どうして邪魔するの! 子供がいらないのなら私がもらってもいいでしょう? なにがいけないの!』
「貴方の子供じゃないでしょ? だって、貴方の子供はもう死んで、成仏しているんだから」
『お前が殺したんだろう! 私の大事な子供を……私と、彼の……大事な……』
 幽霊は、自分の都合の悪いことは忘れているんだろうか。
 できるかな。
 でも、やるしかねえか。
 僕は意を決して、網に囚われた幽霊に歩み寄る。
「ならその記憶、忘れさせてあげるよ」
 そう声をかけると、黒い影がこちらを向き、真っ赤な目と視線が絡む。
 やばい、怖い。
 恐怖心を抱きながら僕は、震える手で幽霊の頭に手を伸ばした。
 黒い影に触れたとき、幽霊の記憶が僕の頭に流れ込んでくる。
 彼とのデートの場面、プロポーズに結婚式。妊娠した事、それを彼に告げた人の事。たくさんの幸せな記憶が流れ込んでくる。
 でもそんな日々は終わりを告げる。
 追突され、前にいたトラックに突っ込んでしまいそして……彼女は死ぬ。でも死にきれなくて彷徨い、この山にたどり着いたこと。僕らに出会い、腹を斬られたこと。そして成仏しようとしたのに、日和ちゃんに出会ってしまったこと。
 それらの記憶が一気に流れ込んできて、僕は幽霊から手を離しその場に膝をついた。
 気持ち悪い。
 頭がガンガンするし、心がぐちゃぐちゃだ。
『え……あ……ここ、どこ……?』
 幽霊の戸惑った声が聞こえてくるけれど、僕は何も言えずただ、口を押えてへたり込むばかりだった。
 幽霊の旦那さんには見覚えがある。
 間違いなくあの人は僕が記憶を消した男性だ。
 こんなことあるのかよ……やばい、涙が出てきた。こんなの初めてだぞ。
「貴方がどうすべきか、わかりますよね?」
 臨の声が遠くに響く。
『……えーと……私、死んだのよね。早く逝かないと』
『そうだよ、ママ、いっしょにいこう!』
 そんな小さな子供の声が聞こえてきて、僕は驚き顔を上げた。
 さっきまで黒い塊でしかなかった幽霊が女性の姿になり、小さな女の子と見つめあっている。
 ……子供?
 って、こんなことあるのかよ?
 女の子、だろうか。
 白いワンピースを着た女の子は、幽霊に抱き着きその顔を見上げて言った。
『ママ、やっといっしょにいけるね!』
 その言葉を聞いた幽霊は、笑顔で頷き少女を抱きしめそして、社の方へと向く。
 いつの間にか社の前に光の塊ができていて、ふたりはそちらへと歩いて行った。
 あれはあの世への入り口? あの女の子は幽霊の子供?
 だめだ、何が起きているのか思考が追い付かない。
 ふたりが光の塊の中に消えたとき、ふっと、その光は何事もなかったかのように消えてしまい後には静けさだけが残った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

七竈 ~ふたたび、春~

菱沼あゆ
ホラー
 変遷していく呪いに終わりのときは来るのだろうか――?  突然、英嗣の母親に、蔵を整理するから来いと呼び出されたり、相変わらず騒がしい毎日を送っていた七月だが。  ある日、若き市長の要請で、呪いの七竃が切り倒されることになる。  七竃が消えれば、呪いは消えるのか?  何故、急に七竃が切られることになったのか。  市長の意図を探ろうとする七月たちだが――。  学園ホラー&ミステリー

キミに届く、一枚の勇気

伊咲 汐恩
キャラ文芸
喉の奥で想いに蓋をする地味子・ミナは、ある日スマホで書いた告白文をクラスで晒されてしまう。助けてくれたのは、転校生で金髪の刈谷。しかしその夜、刈谷がミナの家の前に倒れ、看病することに。お礼の”お助け券”で二人の距離は縮まり、互いの心に触れた。それぞれの悩みに直面する中、刈谷の妹・風華がミナに『兄に近づくな』と警告してきて――。

ベスティエンⅢ

熒閂
キャラ文芸
美少女と強面との美女と野獣っぽい青春恋愛物語。 ちょっとのんびりしている少女・禮のカレシは、モンスターと恐れられる屈強な強面。 禮は、カレシを追いかけて地元で恐れられる最悪の不良校に入学するも、そこは女子生徒数はわずか1%という環境で……。 強面カレシに溺愛されながら、たまにシリアスたまにコメディな学園生活を過ごす。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...