あやかしのなく夜に

麻路なぎ

文字の大きさ
37 / 39

37 やることがまだある

しおりを挟む
 終わった、のだろうか。
 幽霊はいなくなった。でも僕はそれどころではなくなっていた。
 頭の中を幽霊の記憶がぐるぐると回ってる。
 事故の瞬間なんて見慣れちゃいるが、死の瞬間を見るのは初めてだった。
 目の前に迫るトラックと、潰れる音、名前を呼ぶ声に薄れゆく意識――
 カタカタと歯が鳴り、恐怖が僕の心を支配する。
 どうせ人の記憶だ。数時間か、一日もすれば忘れるはず。
 とはいえ今すぐどうにかなるものでもなくて、僕は地面に手を付き、荒い息を繰り返す。
 胃液が込み上げてきて、僕はその場で吐いてしまった。
「紫音」
 慌てたような臨の声と足音が近づいてくる。
 顔を上げる気力はないし、言葉を発することもできない。
 これは……やばいかも。
「紫音、幽霊の記憶を吸い上げたの?」
 問いかけに、僕は小さく頷く。
「……それで君が心を壊したら、俺が哀しいよ」
 んなこと言われても、ああするのが一番だと思ったんだ。
 なぜ幽霊がここにいるのか忘れれば、彼女がここにいる意味なんてなくなるんだから。
 迎えが来るなんて思っちゃいなかったけど。
 それと……僕はまだひとつやらなくちゃいけないことがある。
 ゆっくりと顔をあげ、僕は振り返った。
 初芝さんが、彼女を抱きしめ地面に座り込んでいるのが見える。
 そのそばにリモがいて、
「日和ちゃん、大丈夫?」
 と、心配そうな声で語りかけている。
 気絶してんのか。ならちょうどいい。
 僕はゆっくりと立ち上がり、ふらふらと初芝さんたちに歩み寄った。
「紫音!」
 背後から臨の声が聞こえたかと思うと、後ろからぎゅっと身体を抱きしめられた。
「今じゃなくてもよくない? そんなフラフラなのに、力使ったら倒れるよ」
 そんなこと言われると心が揺らぐ。
 確かに今はまだ、幽霊の記憶が僕の中にあるし気持ち悪い。
 でも……
「今消せば、彼女が意識を取り戻しても自分が何したのか覚えてなくて済むじゃねぇか。生きるのに必要のない記憶なんてない方がいいだろ」
 一気に言い、僕は身をよじり臨を引き剥がし、初芝さんの隣にしゃがみ大きく息を吸う。
 そして目を閉じたまま動かない日和ちゃんの頭に触れた。
 妊娠したことがわかり、悩んだこと。
 お腹を空かせてうさぎなどを襲っていたこと。でも、すぐに飢えて、人里におりて猫を襲ったこと。
 人と妖怪が幸せになんてなれるのか思い悩んだこと。
 天狐がその昔人と結ばれたものの、生まれた子供はやはり人にはなれず、母親の天狐と共に山に戻らざる得なかったこと。
 そうか、日和ちゃんて、伝承の天狐の娘だったのか。だから普通の狐の妖怪とは違うのか……
 思い悩んでいたところに幽霊に取り憑かれたこと。
 変わり果てた姿を初芝さんに見られて、泣き叫んだ記憶などが一気に流れ込んできたところで僕は日和ちゃんのアタマから手を離した。
 猫や動物を襲い、喰った記憶が僕の中で繰り返されて、僕はその場でまた吐いてしまった。
「紫音君!」
「だから言ったのに……」
 遠くに半ば呆れた臨の声が聞こえ、僕の身体を抱きしめた。
 うっせえ、僕にはお前みたいな戦う力はないんだよ。これしかできねぇんだよ。
 辛い記憶なんて一刻も早く忘れたほうがいいだろうが。
「……あ……」
「日和……さん……?」
 女の人の声のあと、初芝さんの嬉しそうな声が響く。
「ここ……森……?」
「日和ちゃん、大丈夫ですか?」
「あ……なんでここにいるの?」
 リモの声のあと、日和ちゃんの驚きの声が続く。よかった、何があったのか覚えてねぇってことだよな。
 それがわかれば僕の役目は終わりだ。
 僕は臨に抱きしめられたまま、すっと、目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

七竈 ~ふたたび、春~

菱沼あゆ
ホラー
 変遷していく呪いに終わりのときは来るのだろうか――?  突然、英嗣の母親に、蔵を整理するから来いと呼び出されたり、相変わらず騒がしい毎日を送っていた七月だが。  ある日、若き市長の要請で、呪いの七竃が切り倒されることになる。  七竃が消えれば、呪いは消えるのか?  何故、急に七竃が切られることになったのか。  市長の意図を探ろうとする七月たちだが――。  学園ホラー&ミステリー

キミに届く、一枚の勇気

伊咲 汐恩
キャラ文芸
喉の奥で想いに蓋をする地味子・ミナは、ある日スマホで書いた告白文をクラスで晒されてしまう。助けてくれたのは、転校生で金髪の刈谷。しかしその夜、刈谷がミナの家の前に倒れ、看病することに。お礼の”お助け券”で二人の距離は縮まり、互いの心に触れた。それぞれの悩みに直面する中、刈谷の妹・風華がミナに『兄に近づくな』と警告してきて――。

ベスティエンⅢ

熒閂
キャラ文芸
美少女と強面との美女と野獣っぽい青春恋愛物語。 ちょっとのんびりしている少女・禮のカレシは、モンスターと恐れられる屈強な強面。 禮は、カレシを追いかけて地元で恐れられる最悪の不良校に入学するも、そこは女子生徒数はわずか1%という環境で……。 強面カレシに溺愛されながら、たまにシリアスたまにコメディな学園生活を過ごす。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...