あやかしのなく夜に

麻路なぎ

文字の大きさ
38 / 39

38 入院

しおりを挟む
 夢を見た。
 それは僕の記憶じゃない。
 たぶん、今まで消してきた事故や事件の夢。
 車に轢かれたり、銃で撃たれたり、包丁で刺されたり大切な人を目の前で殺されたりと、ろくな夢じゃない。
 どの記憶も僕は覚えていないけど、その断片は僕の中に残っているのだろうか。
 こんな夢を見るのは初めてだと思う。
 僕が記憶を吸い上げた人たちがどうしてるかなんて知らない。
 でもきっと、彼らはこんな夢を見ることもないだろう。
 僕がみんな消したのだから。
 にしてもろくな夢じゃねぇな。誰かが死ぬ瞬間の夢なんて見たいもんじゃねえのに。早く目が覚めないかと思い始めたとき、あたりが白く染まった。
 それまでの悪夢が嘘かのように、真っ白な空間がただ広がっている。
 辺りを見回していると、どこからともなく声が聞こえた。
『お兄ちゃん、ありがとう』
 いつの間にか目の前に現れた女の子がそう告げたかと思うと、笑顔で手を振る。
 ありがとう。
 記憶を吸い上げた相手に僕はそんなこと言われたことはない。
 相手は僕がそこにいる理由さえ忘れるから。
「別に。僕は自分ができることをやっているだけだから」
 そう少女に向かって言うと、彼女は僕を見上げて言った。
『私がいくら話しかけてもお母さんに届かなくって哀しかったの。でも、お兄ちゃんがいたから私、お母さんに近づけたし一緒に逝くことができたから』
 そう言って笑い、彼女はすっと消えてしまった。
 僕は臨みたいに戦うことはできない。消せる記憶だって、本人が忘れたいと願う辛い記憶や哀しみの記憶だけだ。
 そして記憶を吸い上げるたびに僕は苦しんだり寝込んだりする。
 でもそんな記憶はすぐに忘れ去るし、それで誰かが生きる希望を抱けるのなら僕はこの力を使い続けるだろう。
 そう思った時、ゆっくりと目が開く。
 そして、すぐに臨の安心したような顔が視界に入った。
 それに消毒液の匂いに……点滴……?
「おはよう、紫音」
 そう微笑んで言い、臨は僕の額に触れる。
 ひんやりとした手が心地いい。
 僕は視線を巡らせ、小さく呟いた。
「……ここ……」
「病院だよ。さすがに僕ひとりじゃ君を運べないし容体もわからないから、救急車呼んだんだ」
 まじかよ……
 救急車を呼ぶほど僕は消耗したんだろうか。そんなの初めてだ。
「力の使い過ぎによる過労だろう、て。俺、真梨香さんや色んな人に怒られたから、紫音も覚悟しておきなよ」
「か、覚悟って……」
「力を使いすぎれば死ぬこともあるからって。子供だけで無茶するなって。依頼してきたのは真梨香さんなのにね」
 と言い、僕の額から手を離し、臨は苦笑する。
 確かに、僕らに猫襲撃事件の犯人を捜せと言ったのは真梨香さんだ。
 そして僕らは言われた通り犯人を見つけ出した。
 もう、事件は起こらないだろう。
「あ……日和ちゃんは……? どうなった?」
「あぁ……彼女も入院してるよ。嫌がったけどね、ほら、彼女は人じゃないから」
 そうだ、だからもし、彼女が妊娠していてそして人として生きるなら、と思い僕らは事前に根回ししておいた。
 ここの産婦人科に入れるように。彼女に戸籍を与えられるように。
「彼女の戸籍は研究所の所長がどうにかしてくれるって言ってたし。まあ、そのかわり日和ちゃんや生まれた子供の検査させろ、とも言ってたけど」
 まあ、そうなるよな。
 人ひとりの戸籍を作るのがどういうことなのか僕にはよく分からねぇけど、普通の手続きじゃ無理だろうからな。
 大学病院の隣りにある総合科学研究所は国立であり異能研究を行うという名目の元、たくさんの能力者を抱えていて、政治的な力を持っているらしい。
 能力があれば人知れず暗殺、なんてこともできちゃうからなあ……
 その政治力を使って日和ちゃんの戸籍を作るように頼んだわけだけど、僕らはどんな代償を支払うんだろうか。
「紫音の目が覚めたし、先生呼ぶね」
 臨はそう告げると、ナースコールのボタンを押した。
 やってきた医師から僕の状態を説明され、しばらく入院するよう厳命された上、説教を喰らった。
 厳しめに怒られたのは相手が僕の事をよく知る医者だったからだろう。
 その後やってきた真梨香さんには泣かれた上に怒られた。
「生きててよかった……心配したんだからね」
 と、布団の上から抱きしめられて言われたのは恥ずかしさで死にたくなった。
 両親にも怒られ、研究所の所長にも無茶するなと怒られさすがに嫌気がさしはじめたころ、別の見舞いがやってきた。
 初芝さんと、日和ちゃん。それに、ショルダーバッグに隠れたリモだった。
「紫音さーん!」
 バッグから飛び出したリモは一直線に僕のベッドに飛び乗り、顔を擦り寄せてきた。
「死んじゃったかと思ったじゃないですか、もう」
 病院は動物厳禁のはずだけど、そんなことにかまってる余裕はなかった。
 あれから二日経ってるらしく、吸い上げた記憶はすでにおぼろげになっている。
 それでも気持ち悪いのは変わらないし、覚えてないはずの記憶に心がざわつき落ち着かなかった。
「あれくらいじゃ死なねえよ」
 そう言いつつ僕はリモを抱きしめる。
 冬毛に変わったリモはふわふわのもこもこで、抱きしめると心地いい。
「あの……」
 遠慮がちな女性の声が響く。
 リモを抱きしめたまま僕は声がした方を見た。
 日和ちゃんが、申し訳なさそうな顔で僕を見下ろしている。
 社で見た化け物の表情とは違う、穏やかで儚げな雰囲気の女性だった。
 確かこの人は半妖なんだっけ……
 彼女の記憶を吸い上げたとき、そう思ったような気がする。
 日和ちゃんは深々と頭を下げ、
「ありがとうございました」
 と言った。
 真正面から感謝されるのは慣れていないし恥ずかしい。
 僕は顔が熱くなるのを感じながら、首を横に振り、リモを強く抱きしめて言った。
「別に、僕はできることをしてるだけだから」
 そう答えて彼女から視線を逸らす。
 こういうとき、どんな顔をしたらいいのか分かんねえんだよ。
「記憶を……消してくれたんですよね。だから私、覚えてないんです。ここ数か月の事」
 申し訳なさそうに日和ちゃんが言う。それはそうだろうよ。僕があんたの記憶、消したんだから。
 どういっていいかわからず考えて考えて、僕は答える。
「覚えてなくてよかったよ。生きていくのに必要のない記憶なんて、忘れたところで支障ねえよ」
「……そうですね。覚えていたら私、ここにいられなかった」
「そうだよ、だから覚えてなくていいんだよ」
 そう答えて、僕はリモを抱きしめる。
「……? どうしたんですか、紫音さん。いつもより抱きしめる力強すぎません?」
「気のせいだよ」
「そう、ですかねえ」
 いいや、気のせいじゃねえけど、恥ずかしいなんて言えるかよ。
 とりあえず僕はもう少し寝ていたい。
 しこたま怒られてばかりでもう疲れた。
「ふたりのお陰で俺は彼女にまた会うことができた。ありがとう」
 そんな初芝さんの声が響く。
 だから感謝されることには慣れてねえんだよ、僕は。
「俺たちはただ、事件の解決をしたかっただけですから。すみません、紫音、疲れてると思うから今日はこれで。また今度、お店の方に伺わせていただきますね」
 僕の様子を察したらしい臨がそう言ってくれて、リモが僕の腕から取り上げられてしまう。
 ふたりには帰ってほしいけど、リモにはいて欲しいのに。
 そんな願いは虚しく、リモは初芝さんの持つショルダーバッグの中に詰められて、病室を出て行ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

七竈 ~ふたたび、春~

菱沼あゆ
ホラー
 変遷していく呪いに終わりのときは来るのだろうか――?  突然、英嗣の母親に、蔵を整理するから来いと呼び出されたり、相変わらず騒がしい毎日を送っていた七月だが。  ある日、若き市長の要請で、呪いの七竃が切り倒されることになる。  七竃が消えれば、呪いは消えるのか?  何故、急に七竃が切られることになったのか。  市長の意図を探ろうとする七月たちだが――。  学園ホラー&ミステリー

キミに届く、一枚の勇気

伊咲 汐恩
キャラ文芸
喉の奥で想いに蓋をする地味子・ミナは、ある日スマホで書いた告白文をクラスで晒されてしまう。助けてくれたのは、転校生で金髪の刈谷。しかしその夜、刈谷がミナの家の前に倒れ、看病することに。お礼の”お助け券”で二人の距離は縮まり、互いの心に触れた。それぞれの悩みに直面する中、刈谷の妹・風華がミナに『兄に近づくな』と警告してきて――。

ベスティエンⅢ

熒閂
キャラ文芸
美少女と強面との美女と野獣っぽい青春恋愛物語。 ちょっとのんびりしている少女・禮のカレシは、モンスターと恐れられる屈強な強面。 禮は、カレシを追いかけて地元で恐れられる最悪の不良校に入学するも、そこは女子生徒数はわずか1%という環境で……。 強面カレシに溺愛されながら、たまにシリアスたまにコメディな学園生活を過ごす。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...