【本編完結】偽物の番

麻路なぎ

文字の大きさ
1 / 103

1 友人

しおりを挟む
 大学に入って世界が広がった。
 それは俺だけじゃなく、高校からの友達である秋谷千早あきたにちはやも同じで、俺以外の人と話す姿が見受けられた。
 入学して数日間は千早といることが多かったが、お互い学部が違うため授業が始まってからは殆ど話す機会がなくなってしまっていた。
 俺は俺の、千早は千早の友人ができ、互いに充実した時間を過ごしていたと思う。
 大学が始まり三週間近くが過ぎた月曜日。
 駅から大学に行く途中、通りがかった店先の屋根に藤の枝が絡まり、紫色の雨を降らせているのに気が付いた。
 少し前まで桜が街を彩っていたけれどあっという間に桜は散り、椿や木蓮などが目に付くようになった。
 藤の美しさに見入っていると、後ろから、ぽん、と背中を叩かれた。

「おはよう、琳太郎」

 振り返ると、トートバッグを下げた千早が手を上げて笑っている。

「千早、おはよ」

「何見てるの? あれ、藤だよね」

 千早は俺の視線の先を追い、店へと目を向ける。
 その店は美容室だろうか。
 店の横に植えられた藤の木から伸びた枝は店先の屋根を伝って、花の屋根を作っている。
 
「なんか、お洒落だな、と思ってさ、藤の花の屋根なんて」

「あぁ、雨みたいだな」

「だろ?」

「それで見とれていたのか」

 そして、千早は俺の方を向き微笑んだ。
 その笑顔に思わずどきり、としてしまう。
 千早は、人を惹きつける魅力を持っている。
 だから常に人に囲まれているし、交友関係も広い。

「千早のその笑顔、卑怯くせえよ」

 思わず視線を反らすと、千早は俺の首筋に触れ、耳元に唇を寄せた。

「そんなに魅力的?」

 蠱惑な声に、俺の身体の奥底が熱くなるのを感じ、俺は思わず千早から身体を離し、首を横に振りながら言った。

「な、何ふざけてんだよお前!」

「ははは。ほら最近、琳太郎と話してなかった気がするからちょっと悪戯したくなって」

 確かにそうかもしれないけれど。
 大学が始まってすぐは、千早としかつるんでいなかったがそもそも互いに学部が違うため、講義も被らない。
 その為顔を合わせても挨拶をするくらいで互いに最近できた同じ学部の友人とばかりつるんでいた。
 こんな風に朝、会うのは初めてではないだろうか?

「悪戯とかすんなよ、ったく。そういうのは、恋人にだけやれよ」

「俺に恋人なんていないの知ってて言ってるよね?」

 千早は見た目が良い。背が高く、筋肉質だし、顔立ちもいいし育ちもいい。
 親はどこかの企業の重役だとか聞いた。
 なのに恋人を作らない。
 前理由を聞いたら、

「運命の相手を探してるから」

 と、笑って言っていた。
 そんなやついるのかよ? と思うし、千早らしくない言葉で意外だったからよく覚えている。

「あぁ、運命の人だっけ? お前、見た目にそぐわずドリーミーだよな」

「俺たちにとっては普通の事だよ。俺たちは、本能で探してるんだ。運命の番オメガってやつを。まあ、俺も信じてるわけじゃないけど、本当にそう言う相手が現れたらどれだけ感情を動かされるのか、気になるんだよね」

 俺たち。運命の番。
 その言葉の意味が分からず、でもどこかで聞いたことがあるような気がして俺は記憶をたどる。
 バースものと呼ばれるドラマや漫画などがある。
 男と女以外の第二の性、アルファ、ベータ、オメガという性がある。多くの人間は一般人(ベータ)だけれど一パーセント以下の確率でアルファとオメガが存在すると言う。
 アルファは優秀で、眉目秀麗、才色兼備だとか。
 そしてそのアルファを産むことができるのはオメガだけだという。
 そんなバース性を強く前面に出した創作物をバース物と呼んでいる。
 アルファとオメガには、運命の番がいてお互いに惹かれあい絶対に離れられない結びつきがあるとかいう話、だったはず。
 まあ、俺はベータだからよくわからないし、っていうか皆わざわざバース性を口にしないから周りにオメガがいるのかアルファがいるのかも知らない。
 確率的には、学年にひとりふたり、いてもおかしくないが。
 中高生の時は、誰がアルファだとかオメガだとか噂したものだけれど、そこまで深く考えたことはない。

「って……お前まさか……」

 疑問を口にしようとした時。

「結城、おはよう。何騒いでるの、朝から」

 笑いを含んだ男の声に、俺ははっとして声のした方を見た。
 癖のある茶髪に、二重の大きな瞳。百七十五センチの俺よりも十センチ近く背が低い。
 宮田藍みやたらん。俺と同じゼミの友人だった。
 彼は俺に歩み寄ると不思議そうな顔をして首を傾げた。

「どうかしたの? 顔が赤いけど」

「あ、あ、あいつがふざけるから」

 そう言った俺の声はなぜか上ずっていた。
 宮田は俺が指差す方を向き、千早を見る。
 千早は目を大きく見開き、宮田を見つめていた。
 なんだあいつ、何であんな驚いた顔をしているんだ、珍しい。
 宮田はさっとこちらを見ると、手を上げ、

「僕、先に行ってるから!」

 と焦るような声で言い、早足で去って行く。
 なんだ、あれ?
 俺はその背中を見送り、首を傾げた。
 宮田の背中はすぐに、通行人の中に埋もれてしまう。

「琳太郎……」

 呆然とした千早の声に、俺は不思議に思いながら振り返った。
 彼は宮田が消えた方向を見つめたまま、ふらふらとこちらに歩み寄ってくる。

「お前、どうしたんだ?」

「今の、誰だ?」

 俺の方に一切視線を向けず、千早は言った。

「え? 今のって宮田の事? あいつは同じゼミの宮田藍だけど」

「宮田、藍……」

 自分に言い聞かせるかのように、千早は宮田の名前を繰り返す。

「見つけた」

 宮田が去って行った方を見つめたまま、千早は呟いた。



 一限目の必修科目。
 広い講義室の中央で宮田の背中を見つけ、俺はそこに近づいて行く。

「宮田」

 スマホを見ていた宮田はびくん、と身体を震わせたあと、驚いた顔をして隣に腰かける俺を見た。

「あ……あぁ、なんだ、結城か」

 なぜかホッとしたような声で言い、スマホをバッグの中にしまった。

「お前さっき慌ててたけど、何かあった?」

 言いながら俺は、ショルダーバッグをおろし、講義に必要なものを取り出す。

「え? あ……ちょっとね……」

 気まずそうに呟き、宮田は正面を見つめた。
 宮田といい千早といい、どうしたんだろうか?

「ねえ、結城」

「何?」

 宮田はこちらを向き、深刻そうな顔で言った。

「あのさ……朝の人、誰?」

「あれは秋谷千早。高校からの同級生だけど……何かあった?」

 俺が問うと、宮田は苦しげな顔をして視線を下げた。

「いや……その……あの人……そうか。結城の友達なんだね」

「あぁ、そうだけど、大丈夫か? 顔、真っ青だけど」

「……結城にはわからないよ」

 深刻そうな声で言い、宮田は正面を向く。
 何があったんだ、おい。
 訳が分からないまま講義が始まってしまい、九十分の間、俺はもやもやしたまま過ごしていた。
 一限目が終わり、休憩時間に何かあったのか宮田に聞きたかったが、雑談で誤魔化されてしまい結局何も聞けず、お昼休みを迎えてしまった。
 食堂は、たくさんの学生であふれていた。
 天気がいいので中庭でコンビニなどのパンを食べる学生の姿も見える。
 宮田は今日、お弁当だと言うので先に席の確保を頼み俺は順番待ちの列に並ぶことにした。
 唐揚げ定食を買い、盆を持って宮田を捜す。
 窓際の席に宮田がいるのを見つけたが、その彼に話しかけている人物に俺は目を疑った。
 千早だ。
 千早は何か宮田に言い、宮田はそれに首を振り、下に視線を向けている。
 何なんだ、あれ?

「千早!」

 ふたりに近づきながら俺が言うと、千早は俺の方を見つめ、一瞬目を細めた。
 ……って、今睨みませんでした?

「どうしたんだよ、千早。宮田になんか用?」

「あぁ、そうなんだけど……また後にするよ、じゃあね」

 千早は微笑みそして、俺と宮田に手を振り、去って行った。
 なんだあいつ?
 不思議に思いながら、俺は宮田の前に盆を置き椅子に腰かけた。
 宮田の顔を見るとなんだか青白い。

「お前、千早になんか言われた?」

 そう問いかけると、宮田はびくん、と身体を震わせ顔を上げて俺を見た。
 目を大きく見開き、

「ううん、なんでもないよ」

 と、上ずった声で答える。
 なんでもないはないだろう。
 宮田にしても千早にしてもなんか変だ。
 何があったんだ?
 あとで千早に聞くか。

「そんなことより、ほら、食べよ!」

 と言い、宮田はお弁当箱を開けた。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

どっちも好き♡じゃダメですか?

藤宮りつか
BL
 俺のファーストキスを奪った相手は父さんの再婚相手の息子だった――。  中学生活も終わりに近づいたある日。学校帰りにファーストキスを自分と同じ男に奪われてしまった七緒深雪は、その相手が父、七緒稔の再婚相手の息子、夏川雪音だったと知って愕然とする。  更に、二度目の再会で雪音からセカンドキスまで奪われてしまった深雪は深く落ち込んでしまう。  そんな時、小学校からの幼馴染みである戸塚頼斗から「好きだ」と告白までされてしまい、深雪はもうどうしていいのやら……。  父親の再婚が決まり、血の繋がらない弟になった雪音と、信頼できる幼馴染みの頼斗の二人から同時に言い寄られる生活が始まった深雪。二人の男の間で揺れる深雪は、果たしてどちらを選ぶのか――。  血の繋がらない弟と幼馴染みに翻弄される深雪のトライアングルラブストーリー。

あなたは僕の運命なのだと、

BL
将来を誓いあっているアルファの煌とオメガの唯。仲睦まじく、二人の未来は強固で揺るぎないと思っていた。 ──あの時までは。 すれ違い(?)オメガバース話。

【完結】いばらの向こうに君がいる

古井重箱
BL
【あらすじ】ヤリチンかつチャラ男のアルファ、内藤は、上司から見合いを勧められる。お相手の悠理は超美人だけれども毒舌だった。やがて内藤は悠理の心の傷を知り、彼を幸せにしてあげたいと思うようになる── 【注記】ヤリチンのチャラ男アルファ×結婚するまではバージンでいたい毒舌美人オメガ。攻視点と受視点が交互に出てきます。アルファポリス、ムーンライトノベルズ、pixiv、自サイトに掲載中。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

変異型Ωは鉄壁の貞操

田中 乃那加
BL
 変異型――それは初めての性行為相手によってバースが決まってしまう突然変異種のこと。  男子大学生の金城 奏汰(かなしろ かなた)は変異型。  もしαに抱かれたら【Ω】に、βやΩを抱けば【β】に定着する。  奏汰はαが大嫌い、そして絶対にΩにはなりたくない。夢はもちろん、βの可愛いカノジョをつくり幸せな家庭を築くこと。  だから護身術を身につけ、さらに防犯グッズを持ち歩いていた。  ある日の歓楽街にて、β女性にからんでいたタチの悪い酔っ払いを次から次へとやっつける。  それを見た高校生、名張 龍也(なばり たつや)に一目惚れされることに。    当然突っぱねる奏汰と引かない龍也。  抱かれたくない男は貞操を守りきり、βのカノジョが出来るのか!?                

ノエルの結婚

仁茂田もに
BL
オメガのノエルは顔も知らないアルファと結婚することになった。 お相手のヴィンセントは旦那さまの部下で、階級は中尉。東方司令部に勤めているらしい。 生まれ育った帝都を離れ、ノエルはヴィンセントとふたり東部の街で新婚生活を送ることになる。 無表情だが穏やかで優しい帝国軍人(アルファ)×明るいがトラウマ持ちのオメガ 過去につらい経験をしたオメガのノエルが、ヴィンセントと結婚して幸せになる話です。 J.GARDEN58にて本編+書き下ろしで頒布する予定です。 詳しくは後日、活動報告またはXにてご告知します。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

処理中です...