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1 友人
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大学に入って世界が広がった。
それは俺だけじゃなく、高校からの友達である秋谷千早も同じで、俺以外の人と話す姿が見受けられた。
入学して数日間は千早といることが多かったが、お互い学部が違うため授業が始まってからは殆ど話す機会がなくなってしまっていた。
俺は俺の、千早は千早の友人ができ、互いに充実した時間を過ごしていたと思う。
大学が始まり三週間近くが過ぎた月曜日。
駅から大学に行く途中、通りがかった店先の屋根に藤の枝が絡まり、紫色の雨を降らせているのに気が付いた。
少し前まで桜が街を彩っていたけれどあっという間に桜は散り、椿や木蓮などが目に付くようになった。
藤の美しさに見入っていると、後ろから、ぽん、と背中を叩かれた。
「おはよう、琳太郎」
振り返ると、トートバッグを下げた千早が手を上げて笑っている。
「千早、おはよ」
「何見てるの? あれ、藤だよね」
千早は俺の視線の先を追い、店へと目を向ける。
その店は美容室だろうか。
店の横に植えられた藤の木から伸びた枝は店先の屋根を伝って、花の屋根を作っている。
「なんか、お洒落だな、と思ってさ、藤の花の屋根なんて」
「あぁ、雨みたいだな」
「だろ?」
「それで見とれていたのか」
そして、千早は俺の方を向き微笑んだ。
その笑顔に思わずどきり、としてしまう。
千早は、人を惹きつける魅力を持っている。
だから常に人に囲まれているし、交友関係も広い。
「千早のその笑顔、卑怯くせえよ」
思わず視線を反らすと、千早は俺の首筋に触れ、耳元に唇を寄せた。
「そんなに魅力的?」
蠱惑な声に、俺の身体の奥底が熱くなるのを感じ、俺は思わず千早から身体を離し、首を横に振りながら言った。
「な、何ふざけてんだよお前!」
「ははは。ほら最近、琳太郎と話してなかった気がするからちょっと悪戯したくなって」
確かにそうかもしれないけれど。
大学が始まってすぐは、千早としかつるんでいなかったがそもそも互いに学部が違うため、講義も被らない。
その為顔を合わせても挨拶をするくらいで互いに最近できた同じ学部の友人とばかりつるんでいた。
こんな風に朝、会うのは初めてではないだろうか?
「悪戯とかすんなよ、ったく。そういうのは、恋人にだけやれよ」
「俺に恋人なんていないの知ってて言ってるよね?」
千早は見た目が良い。背が高く、筋肉質だし、顔立ちもいいし育ちもいい。
親はどこかの企業の重役だとか聞いた。
なのに恋人を作らない。
前理由を聞いたら、
「運命の相手を探してるから」
と、笑って言っていた。
そんなやついるのかよ? と思うし、千早らしくない言葉で意外だったからよく覚えている。
「あぁ、運命の人だっけ? お前、見た目にそぐわずドリーミーだよな」
「俺たちにとっては普通の事だよ。俺たちは、本能で探してるんだ。運命の番ってやつを。まあ、俺も信じてるわけじゃないけど、本当にそう言う相手が現れたらどれだけ感情を動かされるのか、気になるんだよね」
俺たち。運命の番。
その言葉の意味が分からず、でもどこかで聞いたことがあるような気がして俺は記憶をたどる。
バースものと呼ばれるドラマや漫画などがある。
男と女以外の第二の性、アルファ、ベータ、オメガという性がある。多くの人間は一般人(ベータ)だけれど一パーセント以下の確率でアルファとオメガが存在すると言う。
アルファは優秀で、眉目秀麗、才色兼備だとか。
そしてそのアルファを産むことができるのはオメガだけだという。
そんなバース性を強く前面に出した創作物をバース物と呼んでいる。
アルファとオメガには、運命の番がいてお互いに惹かれあい絶対に離れられない結びつきがあるとかいう話、だったはず。
まあ、俺はベータだからよくわからないし、っていうか皆わざわざバース性を口にしないから周りにオメガがいるのかアルファがいるのかも知らない。
確率的には、学年にひとりふたり、いてもおかしくないが。
中高生の時は、誰がアルファだとかオメガだとか噂したものだけれど、そこまで深く考えたことはない。
「って……お前まさか……」
疑問を口にしようとした時。
「結城、おはよう。何騒いでるの、朝から」
笑いを含んだ男の声に、俺ははっとして声のした方を見た。
癖のある茶髪に、二重の大きな瞳。百七十五センチの俺よりも十センチ近く背が低い。
宮田藍。俺と同じゼミの友人だった。
彼は俺に歩み寄ると不思議そうな顔をして首を傾げた。
「どうかしたの? 顔が赤いけど」
「あ、あ、あいつがふざけるから」
そう言った俺の声はなぜか上ずっていた。
宮田は俺が指差す方を向き、千早を見る。
千早は目を大きく見開き、宮田を見つめていた。
なんだあいつ、何であんな驚いた顔をしているんだ、珍しい。
宮田はさっとこちらを見ると、手を上げ、
「僕、先に行ってるから!」
と焦るような声で言い、早足で去って行く。
なんだ、あれ?
俺はその背中を見送り、首を傾げた。
宮田の背中はすぐに、通行人の中に埋もれてしまう。
「琳太郎……」
呆然とした千早の声に、俺は不思議に思いながら振り返った。
彼は宮田が消えた方向を見つめたまま、ふらふらとこちらに歩み寄ってくる。
「お前、どうしたんだ?」
「今の、誰だ?」
俺の方に一切視線を向けず、千早は言った。
「え? 今のって宮田の事? あいつは同じゼミの宮田藍だけど」
「宮田、藍……」
自分に言い聞かせるかのように、千早は宮田の名前を繰り返す。
「見つけた」
宮田が去って行った方を見つめたまま、千早は呟いた。
一限目の必修科目。
広い講義室の中央で宮田の背中を見つけ、俺はそこに近づいて行く。
「宮田」
スマホを見ていた宮田はびくん、と身体を震わせたあと、驚いた顔をして隣に腰かける俺を見た。
「あ……あぁ、なんだ、結城か」
なぜかホッとしたような声で言い、スマホをバッグの中にしまった。
「お前さっき慌ててたけど、何かあった?」
言いながら俺は、ショルダーバッグをおろし、講義に必要なものを取り出す。
「え? あ……ちょっとね……」
気まずそうに呟き、宮田は正面を見つめた。
宮田といい千早といい、どうしたんだろうか?
「ねえ、結城」
「何?」
宮田はこちらを向き、深刻そうな顔で言った。
「あのさ……朝の人、誰?」
「あれは秋谷千早。高校からの同級生だけど……何かあった?」
俺が問うと、宮田は苦しげな顔をして視線を下げた。
「いや……その……あの人……そうか。結城の友達なんだね」
「あぁ、そうだけど、大丈夫か? 顔、真っ青だけど」
「……結城にはわからないよ」
深刻そうな声で言い、宮田は正面を向く。
何があったんだ、おい。
訳が分からないまま講義が始まってしまい、九十分の間、俺はもやもやしたまま過ごしていた。
一限目が終わり、休憩時間に何かあったのか宮田に聞きたかったが、雑談で誤魔化されてしまい結局何も聞けず、お昼休みを迎えてしまった。
食堂は、たくさんの学生であふれていた。
天気がいいので中庭でコンビニなどのパンを食べる学生の姿も見える。
宮田は今日、お弁当だと言うので先に席の確保を頼み俺は順番待ちの列に並ぶことにした。
唐揚げ定食を買い、盆を持って宮田を捜す。
窓際の席に宮田がいるのを見つけたが、その彼に話しかけている人物に俺は目を疑った。
千早だ。
千早は何か宮田に言い、宮田はそれに首を振り、下に視線を向けている。
何なんだ、あれ?
「千早!」
ふたりに近づきながら俺が言うと、千早は俺の方を見つめ、一瞬目を細めた。
……って、今睨みませんでした?
「どうしたんだよ、千早。宮田になんか用?」
「あぁ、そうなんだけど……また後にするよ、じゃあね」
千早は微笑みそして、俺と宮田に手を振り、去って行った。
なんだあいつ?
不思議に思いながら、俺は宮田の前に盆を置き椅子に腰かけた。
宮田の顔を見るとなんだか青白い。
「お前、千早になんか言われた?」
そう問いかけると、宮田はびくん、と身体を震わせ顔を上げて俺を見た。
目を大きく見開き、
「ううん、なんでもないよ」
と、上ずった声で答える。
なんでもないはないだろう。
宮田にしても千早にしてもなんか変だ。
何があったんだ?
あとで千早に聞くか。
「そんなことより、ほら、食べよ!」
と言い、宮田はお弁当箱を開けた。
それは俺だけじゃなく、高校からの友達である秋谷千早も同じで、俺以外の人と話す姿が見受けられた。
入学して数日間は千早といることが多かったが、お互い学部が違うため授業が始まってからは殆ど話す機会がなくなってしまっていた。
俺は俺の、千早は千早の友人ができ、互いに充実した時間を過ごしていたと思う。
大学が始まり三週間近くが過ぎた月曜日。
駅から大学に行く途中、通りがかった店先の屋根に藤の枝が絡まり、紫色の雨を降らせているのに気が付いた。
少し前まで桜が街を彩っていたけれどあっという間に桜は散り、椿や木蓮などが目に付くようになった。
藤の美しさに見入っていると、後ろから、ぽん、と背中を叩かれた。
「おはよう、琳太郎」
振り返ると、トートバッグを下げた千早が手を上げて笑っている。
「千早、おはよ」
「何見てるの? あれ、藤だよね」
千早は俺の視線の先を追い、店へと目を向ける。
その店は美容室だろうか。
店の横に植えられた藤の木から伸びた枝は店先の屋根を伝って、花の屋根を作っている。
「なんか、お洒落だな、と思ってさ、藤の花の屋根なんて」
「あぁ、雨みたいだな」
「だろ?」
「それで見とれていたのか」
そして、千早は俺の方を向き微笑んだ。
その笑顔に思わずどきり、としてしまう。
千早は、人を惹きつける魅力を持っている。
だから常に人に囲まれているし、交友関係も広い。
「千早のその笑顔、卑怯くせえよ」
思わず視線を反らすと、千早は俺の首筋に触れ、耳元に唇を寄せた。
「そんなに魅力的?」
蠱惑な声に、俺の身体の奥底が熱くなるのを感じ、俺は思わず千早から身体を離し、首を横に振りながら言った。
「な、何ふざけてんだよお前!」
「ははは。ほら最近、琳太郎と話してなかった気がするからちょっと悪戯したくなって」
確かにそうかもしれないけれど。
大学が始まってすぐは、千早としかつるんでいなかったがそもそも互いに学部が違うため、講義も被らない。
その為顔を合わせても挨拶をするくらいで互いに最近できた同じ学部の友人とばかりつるんでいた。
こんな風に朝、会うのは初めてではないだろうか?
「悪戯とかすんなよ、ったく。そういうのは、恋人にだけやれよ」
「俺に恋人なんていないの知ってて言ってるよね?」
千早は見た目が良い。背が高く、筋肉質だし、顔立ちもいいし育ちもいい。
親はどこかの企業の重役だとか聞いた。
なのに恋人を作らない。
前理由を聞いたら、
「運命の相手を探してるから」
と、笑って言っていた。
そんなやついるのかよ? と思うし、千早らしくない言葉で意外だったからよく覚えている。
「あぁ、運命の人だっけ? お前、見た目にそぐわずドリーミーだよな」
「俺たちにとっては普通の事だよ。俺たちは、本能で探してるんだ。運命の番ってやつを。まあ、俺も信じてるわけじゃないけど、本当にそう言う相手が現れたらどれだけ感情を動かされるのか、気になるんだよね」
俺たち。運命の番。
その言葉の意味が分からず、でもどこかで聞いたことがあるような気がして俺は記憶をたどる。
バースものと呼ばれるドラマや漫画などがある。
男と女以外の第二の性、アルファ、ベータ、オメガという性がある。多くの人間は一般人(ベータ)だけれど一パーセント以下の確率でアルファとオメガが存在すると言う。
アルファは優秀で、眉目秀麗、才色兼備だとか。
そしてそのアルファを産むことができるのはオメガだけだという。
そんなバース性を強く前面に出した創作物をバース物と呼んでいる。
アルファとオメガには、運命の番がいてお互いに惹かれあい絶対に離れられない結びつきがあるとかいう話、だったはず。
まあ、俺はベータだからよくわからないし、っていうか皆わざわざバース性を口にしないから周りにオメガがいるのかアルファがいるのかも知らない。
確率的には、学年にひとりふたり、いてもおかしくないが。
中高生の時は、誰がアルファだとかオメガだとか噂したものだけれど、そこまで深く考えたことはない。
「って……お前まさか……」
疑問を口にしようとした時。
「結城、おはよう。何騒いでるの、朝から」
笑いを含んだ男の声に、俺ははっとして声のした方を見た。
癖のある茶髪に、二重の大きな瞳。百七十五センチの俺よりも十センチ近く背が低い。
宮田藍。俺と同じゼミの友人だった。
彼は俺に歩み寄ると不思議そうな顔をして首を傾げた。
「どうかしたの? 顔が赤いけど」
「あ、あ、あいつがふざけるから」
そう言った俺の声はなぜか上ずっていた。
宮田は俺が指差す方を向き、千早を見る。
千早は目を大きく見開き、宮田を見つめていた。
なんだあいつ、何であんな驚いた顔をしているんだ、珍しい。
宮田はさっとこちらを見ると、手を上げ、
「僕、先に行ってるから!」
と焦るような声で言い、早足で去って行く。
なんだ、あれ?
俺はその背中を見送り、首を傾げた。
宮田の背中はすぐに、通行人の中に埋もれてしまう。
「琳太郎……」
呆然とした千早の声に、俺は不思議に思いながら振り返った。
彼は宮田が消えた方向を見つめたまま、ふらふらとこちらに歩み寄ってくる。
「お前、どうしたんだ?」
「今の、誰だ?」
俺の方に一切視線を向けず、千早は言った。
「え? 今のって宮田の事? あいつは同じゼミの宮田藍だけど」
「宮田、藍……」
自分に言い聞かせるかのように、千早は宮田の名前を繰り返す。
「見つけた」
宮田が去って行った方を見つめたまま、千早は呟いた。
一限目の必修科目。
広い講義室の中央で宮田の背中を見つけ、俺はそこに近づいて行く。
「宮田」
スマホを見ていた宮田はびくん、と身体を震わせたあと、驚いた顔をして隣に腰かける俺を見た。
「あ……あぁ、なんだ、結城か」
なぜかホッとしたような声で言い、スマホをバッグの中にしまった。
「お前さっき慌ててたけど、何かあった?」
言いながら俺は、ショルダーバッグをおろし、講義に必要なものを取り出す。
「え? あ……ちょっとね……」
気まずそうに呟き、宮田は正面を見つめた。
宮田といい千早といい、どうしたんだろうか?
「ねえ、結城」
「何?」
宮田はこちらを向き、深刻そうな顔で言った。
「あのさ……朝の人、誰?」
「あれは秋谷千早。高校からの同級生だけど……何かあった?」
俺が問うと、宮田は苦しげな顔をして視線を下げた。
「いや……その……あの人……そうか。結城の友達なんだね」
「あぁ、そうだけど、大丈夫か? 顔、真っ青だけど」
「……結城にはわからないよ」
深刻そうな声で言い、宮田は正面を向く。
何があったんだ、おい。
訳が分からないまま講義が始まってしまい、九十分の間、俺はもやもやしたまま過ごしていた。
一限目が終わり、休憩時間に何かあったのか宮田に聞きたかったが、雑談で誤魔化されてしまい結局何も聞けず、お昼休みを迎えてしまった。
食堂は、たくさんの学生であふれていた。
天気がいいので中庭でコンビニなどのパンを食べる学生の姿も見える。
宮田は今日、お弁当だと言うので先に席の確保を頼み俺は順番待ちの列に並ぶことにした。
唐揚げ定食を買い、盆を持って宮田を捜す。
窓際の席に宮田がいるのを見つけたが、その彼に話しかけている人物に俺は目を疑った。
千早だ。
千早は何か宮田に言い、宮田はそれに首を振り、下に視線を向けている。
何なんだ、あれ?
「千早!」
ふたりに近づきながら俺が言うと、千早は俺の方を見つめ、一瞬目を細めた。
……って、今睨みませんでした?
「どうしたんだよ、千早。宮田になんか用?」
「あぁ、そうなんだけど……また後にするよ、じゃあね」
千早は微笑みそして、俺と宮田に手を振り、去って行った。
なんだあいつ?
不思議に思いながら、俺は宮田の前に盆を置き椅子に腰かけた。
宮田の顔を見るとなんだか青白い。
「お前、千早になんか言われた?」
そう問いかけると、宮田はびくん、と身体を震わせ顔を上げて俺を見た。
目を大きく見開き、
「ううん、なんでもないよ」
と、上ずった声で答える。
なんでもないはないだろう。
宮田にしても千早にしてもなんか変だ。
何があったんだ?
あとで千早に聞くか。
「そんなことより、ほら、食べよ!」
と言い、宮田はお弁当箱を開けた。
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