【本編完結】偽物の番

麻路なぎ

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 一限目の授業が行われる講義室に行くと、宮田が前の方の隅に座っているのが見えた。
 俺は彼のそばに歩み寄り、

「おはよう」

 と声をかける。
 宮田は顔を上げ、にこり、と笑った。

「おはよう、結城。この間の休んだ日のノート」

 言いながら、宇宙探査機が描かれたノートを俺に差し出した。
 変わった絵柄のノートだなと思いつつ、礼を言い、ノートを受け取る。

「昼休みにコピー取るよ」

「わかった。付箋ついてるところがこの間の所だから。にしても、あの後ほんと、大丈夫だったの? 全然既読つかないから、トラブルでもあったのかと思ったよ」

 心配そうな声音で言われ、俺は思わず固まってしまう。
 金曜日から昨日までの出来事が、どわっと頭の中を駆け巡り、俺は思わず口を押えた。
 
「結城? 大丈夫、顔色悪いけど」

 宮田の声が何だか遠くに聞こえる気がする。
 千早に抱かれ、番になれと言われ、有無も言わさずそれを受け入れさせられて。
 なんでこうなったんだ?
 そう思い、俺は視線を上げ宮田を見る。
 彼は不安げな表情で俺を見つめている。
 宮田はなぜ、千早を拒絶できたんだろう?
 何か理由があるんだろうか?
 ――宮田が拒絶しなければ俺は……
 そんな考えがよぎり、俺は首を横に振る。
 違う。そうじゃない。
 宮田が拒絶したことと、あいつが俺を抱いたのは……関係なくはないだろうけれど、でも俺は拒絶できなかったわけだしな……
 それが俺と宮田の違いだろう。

「結城、本当に大丈夫?」

「え? あ、あぁ、大丈夫だよ」

「……なら、いいけど」

 明らかに信じていないであろう声音で言い、宮田は首を傾げた。

「明らかに様子、変じゃない?」

「そ、そ、そ、そんなことねぇよ」

 否定する俺の声は明らかに動揺して、きっと、宮田の中で疑惑は深まっていったことだろう。
 
「いったい何が……」

 宮田が言いかけたとき、チャイムが鳴り響く。
 
「……また、後で話そう」

 と言い、宮田は正面を向いた。
 少しして教授が入ってきて、講義が始まった。
 九十分ある講義中、ずっと集中していられるはずもなく。
 教科書を見てノートを取りながら俺はふと、隣に視線を向ける。
 集中していられないのは宮田も同じようで、頬杖ついて、シャーペンをくるくると回していた。
 ただ普通の大学生活を送りたい。
 そんな夢を抱くことになるくらい、オメガって普通の生活と無縁ってことなんだろうか。
 千早、言ってたもんな。
 アルファはオメガを囲いたがると。
 できれば外に出したくないと。
 誰にも邪魔されたくないから、子供すら追い出すとかすごい話だな。
 てことは、宮田も千早に囲われたら、まともな大学生活を送れなくなるかもしれないのか……
 そんなのさすがに辛いよなあ。だから宮田は千早を拒絶してるのかな?
 アルファの、オメガへの執着は俺の想像を遥かに超えるものみたいだ。
 ふたりきりで過ごしたいからって、千早の親は、実家から千早を追い出してんだからなあ。
 まあ、俺も、大学進学するとき家出るかどうかって話は出たけれど。
 うちから大学まで一時間弱だし、金がもったいない、ってことでうやむやになった。
 千早だって本来なら実家から通える距離なのにな。まあ、あいつの家は金があるからできるのか。
 そのためにマンション位、買い与えそうだしな。
 
『うちに住めばいいだろ』

 千早の言葉を思い出し、俺は手を止める。
 さすがにそんなのできるわけがない。
 千早の家からの方が大学まで近いが、んなことしたら俺の身体がもたねえし、千早の思うつぼだ。
 それは嫌だ。
 セフレにされただけでも嫌なのに。
 ……セフレと番て何か違うんだろ。俺からしたらおんなじようなもんだけど。
 そもそも俺はあいつと結婚できるわけじゃねぇし。
 ……て、俺、何考えてんだ。
 千早は……友達であって、恋愛感情だとかはねぇよ、俺には。
 ……じゃあ、あいつはどうなんだろう?

『愛してやる』

 なんて言ってたが、それって本気なのか?
 偽物の番て言い出したのは千早だし、愛してやる、てのも、偽りの愛情?
 あー、俺、何考えてんだ。
 俺、千早に愛されたいのか?
 いやいや、んなわけあるかよ。
 ……千早は、友達だ。
 それに、この関係は卒業と共に終わるんだから、絶対に好きになっちゃ駄目だろ、あいつの事。
 そんな事をゴチャゴチャと考えていたおかげで、全然講義に集中できなかった。
 少し早く講義が終わり、辺りがザワつく中、俺は腕を上に伸ばし大きく伸びをする。
 あー、疲れた。

「結城」

「え?」

 欠伸混じりに答え隣を向くと、宮田が笑ってこっちを見ていた。

「超眠そう」

「あ? あぁ。昨日あんまり寝らんなかったから」

 言いながらまた欠伸がでてくる。
 
「講義長いし、余計眠くなるよね。僕も途中眠くなって、半分話が入ってこなかったし」

「やたらシャーペン、回してなかった?」

「うん、寝ないようにと思ってクルクルしてた」

 そんな事を話してる間に、終わりのチャイムが鳴り響く。
 辺りの学生たちはおしゃべりしながら、皆立ち上がり、出口へと向かっていく。

「ねえ、結城」

「何」

「あの、例の彼とは何にもないの?」

 汚れのない瞳でまっすぐに見つめられると、嘘をつきにくい。
 だけど俺は真実など言えるはずもなく、笑って首を横に振るしかなかった。

「な、何もねぇよ。千早とは友達なだけだし」

 言いながら、心に鈍い痛みが走る。
 友達、か。
 それでも宮田は納得した様子はなかったが、それ以上、つっこんでは来なかった。

「なら、いいけど……そろそろ僕たちも移動しようか」

 そう言って、宮田は荷物を詰めたリュックを背負った。
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