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37 友達とカレーの匂い
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六月三日金曜日。
連日真夏日を記録していたが、今日は朝から雨が降っていた。
今日は二十五度を超えないらしいが、じめじめと蒸し暑い感じがする。
今日は、宮田の家に行く約束をした日だ。
約束をして今日まで、色々とあった気がする。
宮田には聞きたいことがいくつかある。
あいつは何で、千早を拒絶しているんだろ?
運命の番は、魂で惹かれあうと言うのに。
それを拒絶して、なんであいつは平気でいられるんだろう?
……なんか特殊なのか?
一日の講義を終えて、俺と宮田は並んで大学を出た。
時刻は十六時四十分。
宮田の家まで、歩いて十五分ほどらしい。
「雨は嫌だねえ」
「暑いしなあ」
俺は顔をしかめて言い、通りを見る。
中高生と思しき制服姿の生徒たちが、おしゃべりしながら楽しそうに通り過ぎていく。
中には相合傘をしている子もいて、寄り添い歩く姿が微笑ましく映る。
「夕飯、カレーで大丈夫?」
隣を歩く宮田にそう問われ、俺は頷き答える。
「あぁ。大丈夫だけど」
「あとサラダかなあ。なんか、お泊り会みたいだ」
言いながら、宮田は笑ったようだった。
お泊り会ねえ。
そういえばあったな。
中学とか、高校の時。
……そういえば、高校の時、一回だけ千早の家に泊まりに行ったことを思い出す。
そのとき、母親には会わなかった。
お手伝いさんがいて、その人が部屋まで食事を運んでくれて。
あの時は楽しかったな。
感慨にふけっていると、宮田に名を呼ばれてハッとする。
「結城、ねえってば」
「え?」
驚き隣を見ると、彼は首を傾げて俺を見ている。
「大丈夫? 何か、気になるの?」
「え、あ、いいや。そういうわけじゃねえよ」
言いながら俺は首を振る。
「ならいいけど……とりあえず、買い物して帰ろう。商店街にちょっとしたスーパーあるし」
「わかった」
商店街にあるスーパーは、郊外によくあるような大型なものじゃない。
日々の食生活に最低限必要なものが買える、って程度の、小さな店だった。
値段は決して安くはないけれど、ちょっとした買い物をするにはちょうど良かった。
安く買いたいなら駅前のショッピングモールの中にあるスーパーに行けばいいのだから。
スーパーで、カレーセットという名前で売られているカット野菜とカレールー、それに肉とサラダの盛り合わせを買い、家路につく。
メインストリートから外れた住宅街の一画に建てられた二階建てのアパート。
そこの二階が、宮田の家だと言う。
「人よぶの初めてなんだよねー」
そう言いながら、宮田は傘を畳み、階段を足どり軽く上っていく。
他に友達いないのか、なんてことはさすがに聞けず、俺は適当に頷き傘を畳み階段を上がる。
階段を上ってすぐ目の前にあるのが、宮田の部屋だと言う。
「ただいまー」
と言いながら、彼は玄関ドアを開いた。
中に入ると、八畳ほどの部屋にロフトが付いた、まあまあの広さの部屋だった。
テレビに本棚、それに座卓が置かれたシンプルな部屋。
大学生のひとり暮らしって感じがする。
開いたままのカーテンからは雨空が見える。
どす黒い雲が、空一面に広がっているのがわかる。
これはしばらくやまないな……
カット野菜を買ってきたため準備することがあまりなく、俺は座ってカレーができるのを待つことになってしまった。
なんとなくつけたテレビでは、ニュースが流れていた。
時刻は十七時二十分。
こんな時間に地上波を見ることはあまりないので、なんだか新鮮な気持ちだった。
家にいても大体動画流してるか、CSの音楽チャンネル流してるだけだしな……
ぼんやりとテレビを聞きつつ待っていると、カレーの匂いが漂ってくる。
それと同時に腹が鳴る。
こんな時間に夕食を食べることは少ないが、カレーの匂いは特別なんだろうな。
すっげーお腹すいた。
「人参はレンジであっためたし、ジャガイモはポテトサラダにしちゃった。あと少し煮込んで、ご飯が炊ければ食べられるよ」
という声が、キッチンから聞こえてきた。
食事を終えて、十九時過ぎ。
テレビはニュースからバラエティ番組に変わっている。
食器類は片づけ、互いにペットボトルのジュースを飲みつつ、まったりとテレビを見る。
「ねえねえ、結城」
「何?」
「前から気になっていたんだけど」
宮田はテレビから目を離さず言った。
「君から、アルファの匂いがする気がするんだけど、その……気のせい、かな?」
その言葉に、心臓が大きく音を立てる。
そういえば前も言っていたっけ?
匂いがするって。
でもその時は、恋人がいるっぽい匂いって言っていたと思う。
宮田はこちらに顔を見るけれど、気まずそうにすぐ顔を伏せてしまう。
「でも、結城はオメガじゃないし、だから気のせいかなって思ってたんだけど、どんどん匂いが強くなるから……もしかしてって思って」
言いにくいのか、宮田はそのまま口を閉じてしまう。
もしかして、って言うのは何を指しているんだろうか。
やばい、胸が痛くなってきた。
なんなんだ、この痛みは。
重い沈黙とは裏腹に、テレビからは笑い声が聞こえてくる。
宮田は顔を上げ、何度も瞬きを繰り返した後、首を横に振り、言った。
「まさか、あの人と、付き合ったりしてる?」
疑いのこもる声で言い、宮田はすぐに視線を反らしてしまう。
「おかしくないかなって思って。だって結城はベータでしょ? なのになんでアルファの匂いを纏うようなことになるの?」
背中を、変な汗が流れていく。
俺も聞きたいことがある。
なぜ、千早を拒絶したのか?
聞きたいのに、俺の唇は全然動かない。
この沈黙が気まずい。
俺が答えに悩んでいると、宮田は顔を上げ、手を前に出してそれをぱらぱらと振りながら慌てた様子で言った。
「ごめんごめん、変なこと言って。ちょっと気になったって言うか……でも、そんなの僕が気にすることじゃないよね」
と言い、苦笑を浮かべる。
「気になっちゃってさ。あの時、結城が助けてくれたあと、結城、戻ってこなかったじゃない? その日辺りからかな、結城から匂いがするようになったのは。でも、偶然かな、って思ったんだよね。でも、匂いはどんどん強くなるし、最初は本当に恋人ができたのかと思ったけど、でも、この匂いはあの人の匂いだって気が付いてからずっと気になって……」
宮田は早口で言い、口を閉じ、首を傾げている。
もしかして、自分で何を言っているのかわからなくなったのかもしれない。
一方で、俺の心臓はバクバクだった。
「ねえ、もしかして、僕があのとき逃げたの、関係してたりする?」
遠慮がちに言う宮田の声が、なんだか遠くに聞こえた。
連日真夏日を記録していたが、今日は朝から雨が降っていた。
今日は二十五度を超えないらしいが、じめじめと蒸し暑い感じがする。
今日は、宮田の家に行く約束をした日だ。
約束をして今日まで、色々とあった気がする。
宮田には聞きたいことがいくつかある。
あいつは何で、千早を拒絶しているんだろ?
運命の番は、魂で惹かれあうと言うのに。
それを拒絶して、なんであいつは平気でいられるんだろう?
……なんか特殊なのか?
一日の講義を終えて、俺と宮田は並んで大学を出た。
時刻は十六時四十分。
宮田の家まで、歩いて十五分ほどらしい。
「雨は嫌だねえ」
「暑いしなあ」
俺は顔をしかめて言い、通りを見る。
中高生と思しき制服姿の生徒たちが、おしゃべりしながら楽しそうに通り過ぎていく。
中には相合傘をしている子もいて、寄り添い歩く姿が微笑ましく映る。
「夕飯、カレーで大丈夫?」
隣を歩く宮田にそう問われ、俺は頷き答える。
「あぁ。大丈夫だけど」
「あとサラダかなあ。なんか、お泊り会みたいだ」
言いながら、宮田は笑ったようだった。
お泊り会ねえ。
そういえばあったな。
中学とか、高校の時。
……そういえば、高校の時、一回だけ千早の家に泊まりに行ったことを思い出す。
そのとき、母親には会わなかった。
お手伝いさんがいて、その人が部屋まで食事を運んでくれて。
あの時は楽しかったな。
感慨にふけっていると、宮田に名を呼ばれてハッとする。
「結城、ねえってば」
「え?」
驚き隣を見ると、彼は首を傾げて俺を見ている。
「大丈夫? 何か、気になるの?」
「え、あ、いいや。そういうわけじゃねえよ」
言いながら俺は首を振る。
「ならいいけど……とりあえず、買い物して帰ろう。商店街にちょっとしたスーパーあるし」
「わかった」
商店街にあるスーパーは、郊外によくあるような大型なものじゃない。
日々の食生活に最低限必要なものが買える、って程度の、小さな店だった。
値段は決して安くはないけれど、ちょっとした買い物をするにはちょうど良かった。
安く買いたいなら駅前のショッピングモールの中にあるスーパーに行けばいいのだから。
スーパーで、カレーセットという名前で売られているカット野菜とカレールー、それに肉とサラダの盛り合わせを買い、家路につく。
メインストリートから外れた住宅街の一画に建てられた二階建てのアパート。
そこの二階が、宮田の家だと言う。
「人よぶの初めてなんだよねー」
そう言いながら、宮田は傘を畳み、階段を足どり軽く上っていく。
他に友達いないのか、なんてことはさすがに聞けず、俺は適当に頷き傘を畳み階段を上がる。
階段を上ってすぐ目の前にあるのが、宮田の部屋だと言う。
「ただいまー」
と言いながら、彼は玄関ドアを開いた。
中に入ると、八畳ほどの部屋にロフトが付いた、まあまあの広さの部屋だった。
テレビに本棚、それに座卓が置かれたシンプルな部屋。
大学生のひとり暮らしって感じがする。
開いたままのカーテンからは雨空が見える。
どす黒い雲が、空一面に広がっているのがわかる。
これはしばらくやまないな……
カット野菜を買ってきたため準備することがあまりなく、俺は座ってカレーができるのを待つことになってしまった。
なんとなくつけたテレビでは、ニュースが流れていた。
時刻は十七時二十分。
こんな時間に地上波を見ることはあまりないので、なんだか新鮮な気持ちだった。
家にいても大体動画流してるか、CSの音楽チャンネル流してるだけだしな……
ぼんやりとテレビを聞きつつ待っていると、カレーの匂いが漂ってくる。
それと同時に腹が鳴る。
こんな時間に夕食を食べることは少ないが、カレーの匂いは特別なんだろうな。
すっげーお腹すいた。
「人参はレンジであっためたし、ジャガイモはポテトサラダにしちゃった。あと少し煮込んで、ご飯が炊ければ食べられるよ」
という声が、キッチンから聞こえてきた。
食事を終えて、十九時過ぎ。
テレビはニュースからバラエティ番組に変わっている。
食器類は片づけ、互いにペットボトルのジュースを飲みつつ、まったりとテレビを見る。
「ねえねえ、結城」
「何?」
「前から気になっていたんだけど」
宮田はテレビから目を離さず言った。
「君から、アルファの匂いがする気がするんだけど、その……気のせい、かな?」
その言葉に、心臓が大きく音を立てる。
そういえば前も言っていたっけ?
匂いがするって。
でもその時は、恋人がいるっぽい匂いって言っていたと思う。
宮田はこちらに顔を見るけれど、気まずそうにすぐ顔を伏せてしまう。
「でも、結城はオメガじゃないし、だから気のせいかなって思ってたんだけど、どんどん匂いが強くなるから……もしかしてって思って」
言いにくいのか、宮田はそのまま口を閉じてしまう。
もしかして、って言うのは何を指しているんだろうか。
やばい、胸が痛くなってきた。
なんなんだ、この痛みは。
重い沈黙とは裏腹に、テレビからは笑い声が聞こえてくる。
宮田は顔を上げ、何度も瞬きを繰り返した後、首を横に振り、言った。
「まさか、あの人と、付き合ったりしてる?」
疑いのこもる声で言い、宮田はすぐに視線を反らしてしまう。
「おかしくないかなって思って。だって結城はベータでしょ? なのになんでアルファの匂いを纏うようなことになるの?」
背中を、変な汗が流れていく。
俺も聞きたいことがある。
なぜ、千早を拒絶したのか?
聞きたいのに、俺の唇は全然動かない。
この沈黙が気まずい。
俺が答えに悩んでいると、宮田は顔を上げ、手を前に出してそれをぱらぱらと振りながら慌てた様子で言った。
「ごめんごめん、変なこと言って。ちょっと気になったって言うか……でも、そんなの僕が気にすることじゃないよね」
と言い、苦笑を浮かべる。
「気になっちゃってさ。あの時、結城が助けてくれたあと、結城、戻ってこなかったじゃない? その日辺りからかな、結城から匂いがするようになったのは。でも、偶然かな、って思ったんだよね。でも、匂いはどんどん強くなるし、最初は本当に恋人ができたのかと思ったけど、でも、この匂いはあの人の匂いだって気が付いてからずっと気になって……」
宮田は早口で言い、口を閉じ、首を傾げている。
もしかして、自分で何を言っているのかわからなくなったのかもしれない。
一方で、俺の心臓はバクバクだった。
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