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57 鍵
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よく眠れなかった。
夢を見たのかもわからない。
それでも時間は経つし、朝は来る。
気が付くと、部屋の中は徐々に明るくなり、夜が明け始めたことを知る。
俺は寝返りを打ちそして、瀬名さんと共に寝ていることを思い出す。
彼は寝息を立て、よく眠っているようだった。
俺を抱きしめて。
身体が怠いし、心も辛い。
そういえば俺、今日バイトだっけ。
働けるかな。
好きな仕事なのに、行けなくなるかも、と思うと心が重くなってしまう。
……働ける気がしねえ。
「起きてるの」
眠っていると思ったのに、声が聞こえて死ぬほど驚く。
瀬名さんはゆっくりと目を開けて、俺を見た。
「まだ、早いでしょ? 寝ていた方がいいよ」
そんなことはわかってる。
わかっているけれどでも、眠れる気がしない。
まだ頭の中はぐちゃぐちゃで、心はざわついている。
去って行く千早の背中が、脳裏に浮かぶ。
すると胸に痛みが走り、俺は息をつき胸を押さえた。
なんでこんなに痛むんだよ、意味わかんねえよ。
追いかけちゃいけなかったのか、俺。千早の背中を。
「琳太郎」
顎に手がかかり、目が合ったかと思うと唇がふさがる。
この人なんでこんなにキスしてくるんだ?
弱々しく手で瀬名さんの胸を押すが、そんなんじゃあ動くわけがない。
触れるだけのキスをされたあと、瀬名さんは俺の顔を見て優しく笑う。
「落ち着いた?」
俺は思わず目を反らしそして、黙ったまま小さく頷く。
「今は休む時間だよ。休んで落ち着いて、考えられるといいんじゃないかな」
「悠人さん……」
「いられる限り、僕は一緒にいるよ」
という言葉と共に、腕の力が強くなる。
休む時間か。
たしかにこの二か月近く、いろいろあったしな……
っていうか、来月俺、試験じゃん。
あと二週間ちょっとで前期の講義が全部終わって、レポートの課題とか出されるんだよな。
それを思うと、今は落ち着く時間が必要かも。
単位、落としたくねえし。
俺、ちゃんと試験受けられるのか? そこまでの精神状態になれるといいけど。
急に現実を思い出し、俺は別の意味で落ち着かなくなっていく。
「まあ、僕も月末から試験や課題があるから、そんなに構ってられないんだけど、それは向こうも君もいっしょだよね」
「たしか、八月一日から試験だったはず……」
大丈夫か俺。
いや、でもまだ一か月あるじゃねえか。
そこまでにすこしでも、心が晴れたらいいけど。
「来月までには梅雨も明けるでしょ。だからほら、いっしょにゆっくりしよう」
そして瀬名さんは欠伸をする。
「そう、ですね」
いっしょにゆっくりしよう、という部分が少し引っかかるけど、俺は瀬名さんの背中に腕を回しその胸に顔を埋めた。
結局、その日はバイトを休んだ。
その代り、瀬名さんが出勤することになったけど。
「琳太郎、これ」
仕事に行く準備をした瀬名さんは、ソファーに座る俺に鍵を渡してきた。
どこの鍵かはすぐに理解した。
この部屋の鍵だ。
俺は渡された鍵と、ソファーの横に立つ瀬名さんの顔を交互に見る。
なんで渡されたんだ、こんな大事なもの。
「好きな時に来ていいよ。たぶん、発作はまた起きるだろうし。ここなら駅からも近いしね」
「え、でも……」
そんなお世話になる理由が俺にはない。
戸惑っていると、瀬名さんの手が俺の頭に伸び、髪をくしゃくしゃとされる。
「ちょ……」
「君は甘えていいんだよ」
甘えていい。
そう言われても、どうしたらいいのかわからない。
甘える?
ってどうするんだっけ?
「だから、苦しくなったら来たらいい。家に帰れない時に来たらいい。どうせ僕はひとり暮らしだし。誰にも咎められることはないから」
そして瀬名さんは俺の頭から手を離し、手を振る。
「じゃあ、行ってくるね」
「あ、はい、いってらっしゃい」
瀬名さんは白いショルダーバッグを掛け、玄関へと向かって行く。
俺はその背中を、見えなくなるまで見送っていた。
俺は瀬名さんの部屋で漫画を読んですごし、彼の帰りを待たず家に帰る。
そもそも瀬名さん、俺の代わりにバイトに行ったから、夜まで帰ってこないのでさすがにそんな時間までここにいるわけにはいかなかった。
その間、千早からは何の連絡もなかった。
夕食の後風呂に入り部屋に戻って、ベッドに寝転がりスマホを見つめる。
鳴るわけはない。
ただ黒い画面を見つめ、俺は息をつく。
連絡なんて来るわけはない。そんなのわかっているのに思わず見てしまう。
だからと言って、自分から連絡する勇気もないし、そもそもアプリを起動しようとするだけで手が震えてしまうから、連絡なんてできるはずもない。
怖い気持ちもあるのに、求める気持ちもあって自分でもよくわからない。
この想いの名前は、なんて言うんだろう。
ただ、千早のいない時間が、すごく空虚に感じた。
七月四日月曜日。その日も雨が降っていた。
土曜日から雨続きで憂鬱さが増してしまう。
大学に行くと、宮田に心配そうな顔をされた。
「顔、暗いけど大丈夫?」
「え? あぁ、大丈夫……たぶん」
たぶん、としか言いようがない。
「絶対大丈夫じゃないでしょ? 無理はよくないよ」
そんなに顔色はよくないだろうか?
正直自分ではよくわからない。
それでもその日はなんとか最後まで講義を受け、そしてバイトにも行けた。
そして火曜日。雨は降ったりやんだりを繰り返し、落ち着かない。
でも気温は高くてじめじめとし、湿気が肌に纏わりついてくる。
火曜日か……
それは、いつも千早の家に行っていた日。
そのせいだろうか、朝から調子がいいとは言えなかった。
それでも試験は近づいてくるので、講義はちゃんと受けておきたい。
大学へ向かいながら、無意識に何度もメッセージの受信を確認してしまう。
そのたびに俺はどうかしていると思い、スマホをバッグの中にしまうを繰り返した。
夢を見たのかもわからない。
それでも時間は経つし、朝は来る。
気が付くと、部屋の中は徐々に明るくなり、夜が明け始めたことを知る。
俺は寝返りを打ちそして、瀬名さんと共に寝ていることを思い出す。
彼は寝息を立て、よく眠っているようだった。
俺を抱きしめて。
身体が怠いし、心も辛い。
そういえば俺、今日バイトだっけ。
働けるかな。
好きな仕事なのに、行けなくなるかも、と思うと心が重くなってしまう。
……働ける気がしねえ。
「起きてるの」
眠っていると思ったのに、声が聞こえて死ぬほど驚く。
瀬名さんはゆっくりと目を開けて、俺を見た。
「まだ、早いでしょ? 寝ていた方がいいよ」
そんなことはわかってる。
わかっているけれどでも、眠れる気がしない。
まだ頭の中はぐちゃぐちゃで、心はざわついている。
去って行く千早の背中が、脳裏に浮かぶ。
すると胸に痛みが走り、俺は息をつき胸を押さえた。
なんでこんなに痛むんだよ、意味わかんねえよ。
追いかけちゃいけなかったのか、俺。千早の背中を。
「琳太郎」
顎に手がかかり、目が合ったかと思うと唇がふさがる。
この人なんでこんなにキスしてくるんだ?
弱々しく手で瀬名さんの胸を押すが、そんなんじゃあ動くわけがない。
触れるだけのキスをされたあと、瀬名さんは俺の顔を見て優しく笑う。
「落ち着いた?」
俺は思わず目を反らしそして、黙ったまま小さく頷く。
「今は休む時間だよ。休んで落ち着いて、考えられるといいんじゃないかな」
「悠人さん……」
「いられる限り、僕は一緒にいるよ」
という言葉と共に、腕の力が強くなる。
休む時間か。
たしかにこの二か月近く、いろいろあったしな……
っていうか、来月俺、試験じゃん。
あと二週間ちょっとで前期の講義が全部終わって、レポートの課題とか出されるんだよな。
それを思うと、今は落ち着く時間が必要かも。
単位、落としたくねえし。
俺、ちゃんと試験受けられるのか? そこまでの精神状態になれるといいけど。
急に現実を思い出し、俺は別の意味で落ち着かなくなっていく。
「まあ、僕も月末から試験や課題があるから、そんなに構ってられないんだけど、それは向こうも君もいっしょだよね」
「たしか、八月一日から試験だったはず……」
大丈夫か俺。
いや、でもまだ一か月あるじゃねえか。
そこまでにすこしでも、心が晴れたらいいけど。
「来月までには梅雨も明けるでしょ。だからほら、いっしょにゆっくりしよう」
そして瀬名さんは欠伸をする。
「そう、ですね」
いっしょにゆっくりしよう、という部分が少し引っかかるけど、俺は瀬名さんの背中に腕を回しその胸に顔を埋めた。
結局、その日はバイトを休んだ。
その代り、瀬名さんが出勤することになったけど。
「琳太郎、これ」
仕事に行く準備をした瀬名さんは、ソファーに座る俺に鍵を渡してきた。
どこの鍵かはすぐに理解した。
この部屋の鍵だ。
俺は渡された鍵と、ソファーの横に立つ瀬名さんの顔を交互に見る。
なんで渡されたんだ、こんな大事なもの。
「好きな時に来ていいよ。たぶん、発作はまた起きるだろうし。ここなら駅からも近いしね」
「え、でも……」
そんなお世話になる理由が俺にはない。
戸惑っていると、瀬名さんの手が俺の頭に伸び、髪をくしゃくしゃとされる。
「ちょ……」
「君は甘えていいんだよ」
甘えていい。
そう言われても、どうしたらいいのかわからない。
甘える?
ってどうするんだっけ?
「だから、苦しくなったら来たらいい。家に帰れない時に来たらいい。どうせ僕はひとり暮らしだし。誰にも咎められることはないから」
そして瀬名さんは俺の頭から手を離し、手を振る。
「じゃあ、行ってくるね」
「あ、はい、いってらっしゃい」
瀬名さんは白いショルダーバッグを掛け、玄関へと向かって行く。
俺はその背中を、見えなくなるまで見送っていた。
俺は瀬名さんの部屋で漫画を読んですごし、彼の帰りを待たず家に帰る。
そもそも瀬名さん、俺の代わりにバイトに行ったから、夜まで帰ってこないのでさすがにそんな時間までここにいるわけにはいかなかった。
その間、千早からは何の連絡もなかった。
夕食の後風呂に入り部屋に戻って、ベッドに寝転がりスマホを見つめる。
鳴るわけはない。
ただ黒い画面を見つめ、俺は息をつく。
連絡なんて来るわけはない。そんなのわかっているのに思わず見てしまう。
だからと言って、自分から連絡する勇気もないし、そもそもアプリを起動しようとするだけで手が震えてしまうから、連絡なんてできるはずもない。
怖い気持ちもあるのに、求める気持ちもあって自分でもよくわからない。
この想いの名前は、なんて言うんだろう。
ただ、千早のいない時間が、すごく空虚に感じた。
七月四日月曜日。その日も雨が降っていた。
土曜日から雨続きで憂鬱さが増してしまう。
大学に行くと、宮田に心配そうな顔をされた。
「顔、暗いけど大丈夫?」
「え? あぁ、大丈夫……たぶん」
たぶん、としか言いようがない。
「絶対大丈夫じゃないでしょ? 無理はよくないよ」
そんなに顔色はよくないだろうか?
正直自分ではよくわからない。
それでもその日はなんとか最後まで講義を受け、そしてバイトにも行けた。
そして火曜日。雨は降ったりやんだりを繰り返し、落ち着かない。
でも気温は高くてじめじめとし、湿気が肌に纏わりついてくる。
火曜日か……
それは、いつも千早の家に行っていた日。
そのせいだろうか、朝から調子がいいとは言えなかった。
それでも試験は近づいてくるので、講義はちゃんと受けておきたい。
大学へ向かいながら、無意識に何度もメッセージの受信を確認してしまう。
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