【本編完結】偽物の番

麻路なぎ

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59 そんなことする奴だっけ

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 七月七日木曜日。七夕。
 このところ雨続きだったが、今日は雨がやみ、晴れ間が見えた。
 今日は木曜日。
 そう思うと、心が少し重い。
 この間の火曜日よりは、少しましかな。
 スマホは相変わらず、千早からの着信を知らせては来ない。
 そんなの来るわけないとわかっているのに。
 心のどこかで俺はまだ、千早を待っている。
 それでも俺の日常は変わらない。
 大学へ行き、講義を受けて、昼食を食べる。
 昼休みの食堂。
 宮田の様子がなんだかおかしかった。
 いつもはがっつり食べるのに、今日はうどんという、食の細さを見せた。

「お前……何かあったの?」

 さすがに心配になり声をかけると、宮田は目を大きく見開き、ぶるぶると首を横に振る。

「ううん、なんでもないよ、なんでも」

 そう答えた後、深刻そうな顔でテーブルを見つめている。
 ……俺が心配するのもどうかとは思うけど、大丈夫か、こいつ。
 宮田は顔を上げ、

「結城は、大丈夫なの?」

 と言ってきた。
 この間の見たら、そりゃあ心配に思うよなあ。
 この間よりは調子はいい。
 ちょっと、心はざわつくけれど。

「この間よりはだいぶ、落ち着いてる、かな」

 俺が言うと、宮田は笑って、そっか、と頷く。
 そして、勢いよく立ち上がり、盆を持って、

「僕、ちょっと用事あるから先行くね!」

 と声を上げて去って行ってしまう。
 ……明らかに変だよな、アレ。
 そうは思うけれど、俺はまだお昼の親子丼を食べ終えておらず、追いかけるわけにはいかなくて。
 俺は黙々と食事を続けた。
 食べ終えて食器を片付けた後も、俺は食堂にいた。
 宮田が戻って来るかも? と思ったせいもあるけど、他に行くあてもなかった。
 次の講義の開始時間が近づき、徐々に辺りのざわめきが少なくなっていく。
 宮田は戻ってこず、でもそろそろ移動しねえと、と思い、読んでた本をバッグにしまっていると突然、後ろから抱き着いてくるやつがいた。

「結城っ!」

「……って、宮田?」

 宮田が椅子に腰かけている俺の首に抱き着いている。
 な、な、な、何があったんだ?
 こいつ、こんなことする奴でしたっけ?
 ……違うな。
 こんなの初めてだ。
 宮田の腕の力は強く、正直苦しい。

「どうしたんだよ、急に」

「結城が僕を守ってくれたんだから、僕は君を守りたい」

「な、え?」

 何を言われているのか意味が分からず、思わず間抜けな声が出てしまう。
 
「僕は運命に抗うって決めた。そのせいで彼がどうかなってしまったけど……それでも僕は、僕と君を守りたいんだ」

 そう言った宮田は、なぜか震えていた。
 何があったのか、いまいち理解できねえ……
 ていうか、守りたいって、なんか告白みたいじゃねえか。
 俺は思わず周りを見る。
 数人の学生の姿が視界の片隅に映り、こちらを見ているのがうかがえる。
 あれ、同じゼミとかじゃねえだろうな……
 
「宮田、苦しいんだけど」

「ごめん、ちょっとまだこのままがいい」

 まじかよおい。
 講義が始まるぎりぎりまで、宮田は俺に抱き着いたままだった。



 夕方。
 俺よりも宮田の方が心配だったが、彼はすっきりした顔をして、大丈夫だから、と言った。

「結城は? 大丈夫なの?」

 逆に問われて俺は、ちょっと考えて答える。

「この間よりはずっといいよ」

 と答える。
 この間は、夕方が近づくにつれて息が苦しくなった。
 けれど今日は……ざわつきはするけれど、息苦しさは今のところない。
 俺が答えると、宮田は頷きながら言った。
 
「そっか。辛かったらまた、家まで送るから言ってね」

「あぁ」

 宮田とは駅に向かう途中で別れて俺はひとり、歩いて行く。
 道にはところどころ水たまりが残り、歩くたびに水しぶきが散る。
 木曜日。
 いつもは千早の部屋に行っていた日。
 駅が近づくにつれて、徐々に足が重くなっていく。
 千早の家の場所はわかってる。
 だけど、今は足を向けられない。
 そして俺は駅前のロータリーそばの歩道で、足を止めた。
 どうしよう。
 親に迎え……とも思ったけど、それは躊躇われた。
 親に知られたくない。
 そう思い俺は、首に手をやる。
 だからといってこのまま家に帰れる自信もなく、俺はひとり、立ち尽くした。
 そんな俺の周りを、人々がざわめき通り過ぎていく。
 誰も俺のことなんて気にもとめないだろう。
 世界にひとりぼっちのような、そんな感覚に襲われ、不安が心を侵食し始めてしまう。
 昨日は平気だったのに。
 千早に求められていた日常は、ひとりだとかそんなこと思うことはなかった。
 千早がいた時間、共に過ごした日々は、偽物じゃなくて現実だ。
 俺の中で、会いたい気持ちが浮いては消えていく。 
 

「琳太郎」

 掛かる声に、思わず身体が震える。

「せ……悠人、さん」

 白とグレーの半袖パーカーにグレーのキャスケットを被った瀬名さんが、俺の目の前に立っていた。

「どうしたの、そんな所で立ち尽くして」

「え、あ……」

 なんと答えていいかわからず、俺は戸惑い下を俯く。
 まるで何かに足を掴まれているかのように、足が動かない。
 
「琳太郎」

 腕が掴まれそして、

「送っていこうか?」

 と言われるけれど、俺は頷くことも首を振ることもできなかった。
 突然顔をだす不安。
 顔を合わせるのも辛い。
 親の前では極力笑っていたいし、心配かけたくない。
 だからといって、ひとりになると襲ってくる不安への対処法を俺は知らない。

「少しうちで休んだら、送っていくよ」

 と言い、瀬名さんは俺の腕をひいて行った。


 このところよく来ている瀬名さんの部屋。
 俺はソファーに寝転がり、天井をぼんやりと見つめていた。
 言いようのない不安が、心を侵食してる。
 このままじゃ駄目なのに。
 ――千早のいない世界を、俺は受け入れきれないでいる。
 俺、ちゃんと向き合いたいのに。
 千早と。
 でもまだ駄目みたいだ。
 千早と話しできる日、ちゃんと来るかな。
 
「琳太郎、ココア飲む?」

「……あ、はい」

 思考を遮られそして、とっさに返事をしてから何を言われたのか理解する。
 ココア、って言ったよな。
 重い身体を起こし、体勢を変えてソファーに座ると、瀬名さんはマグカップをテーブルに置く。
 マシュマロの浮いているココアから、湯気が立つ。

「時々すっごく飲みたくなるんだよね、罪な飲み物って」

「罪ってなんですか」

「高カロリーな飲み物って事」

 言いながら、瀬名さんは俺の隣に腰かける。
 ココアにマシュマロ。
 すげー甘そうだし、カロリーすごそうだ。

「すみません、いただきます」

 そして俺は、マグカップを手にする。
 湯気の上がるココアは見るからに熱そうだ。
 マシュマロは、白い泡を作り溶けていっている。

「あんなところに突っ立って、何かあったの」

「それは……」

 と呟き、俺は口を閉ざす。
 そして、俺は首を振り、

「大丈夫ですから」

 と答え、ココアを飲んだ。
 思った以上に甘い。
 少しずつココアを飲んで、俺の気持ちも落ち着いてくる。
 浮いたり沈んだり。
 明日はもっとマシになるだろうか?
 今日は七夕か、ってことは……もうすぐ、千早、誕生日なんだな……
 七月二十三日。
 今年は土曜日か。
 ご飯奢るとか、そんなことしてたな。
 高校生だったから、大したことはしてねぇけど。
 今年はどうしよう……
 俺、千早にプレゼントあげていいのかな。
 でも何あげたらいいんだ?
 会えるかわかんねぇけど……買いに行く位はできるか。
 俺はカップをテーブルに置きスマホを取り出して、宮田にメッセージを送る。

『急なんだけど、日曜日時間ある?』

 するとすぐに既読がつき、返信が来る。

『日曜日? 十五時からなら大丈夫だけど』

『買い物付き合って』

 すると、オッケーのスタンプが返ってくる。
 いつまでも、悩んでいるのは嫌いだ。
 少しでも前に進めるなら進みたい。
 誕生日をきっかけに何か変われたら、いいんだけどな。

「琳太郎」

「あ、はい」

「ココア飲んだら、帰れそう?」

 問われて俺は、黙って頷いた。
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