近世ファンタジー世界を戦い抜け!

海原 白夜

文字の大きさ
23 / 60

空白の帝座

しおりを挟む
 サンクトペーターブルク 冬宮殿

「……あら、ヴァロイセン王国貴族の贈り物?」
「その通りでございます。送り主は、グラウス=リッター=フォン=ユンガーとっておりますが…」

 秘書兼愛人の怜悧な男性の言葉を聞いて、彼女は眼光を少しばかり鋭くする。
(グラウス。七年戦争最強の下士官、そして三倍の兵力を跳ね返して勝利したライヒ国家の英雄ともてはやされるような男が、私に?)

 ピエトール3世という夫を追放した女に早速贈り物をするとは、果たして迅速果断だと褒めれば良いのか、それとも考えなしと言っても良いのか…?

「中身はダルツィヒ・ウォッカとインペリアル・スタウトとなっているそうです」
「……!?」

 どこでそれを知った!?両方とも、確かに私が好きな酒だ。そして、ダルツィヒ・ウォッカはかつてエカテリーナが愛した酒であると言い、インペリアル・スタウトはピエトール大帝が好んでいたエール、ビールである……

「随分と趣味が良いモノを送り付けてくるわね」
「……と、言いますと?」

「グラウス=リッター=フォン=ユンガーは宮廷内の政治に通じ、その情報の一部を手に入れることができているということよ。
 ダルツィヒ・ウォッカはエカテリーナ帝が愛した酒、そしてインペリアル・スタウトはピエトール大帝が愛したピオーネ連合王国のエール、ビールね。つまり……」
陛下・・が、皇帝の玉座を射止めることを見抜いていると…!?」

 器用なことに、密やかな声で秘書は叫んだ。グラウス=リッター=フォン=ユンガーは確かにヴァロイセン王国の英雄であり、そこらの貴族と違って多くの情報を入手できる立場にあるはず。それは否定しない。
 ………しかし、このような贈り物には、何故か彼がヴェルーシ帝国の宮廷内政治について《把握しているぞ?》と圧しているのだろう。しかし、それをするのはどちらかというともっと上の立場の、王宮に努めている政治家や外交官、大使がするべきモノのはずで…このチグハグさが、彼女の神経をザワザワと不穏に撫でてくる。

「あるいは、ヴァロイセン王国が私が帝位を狙っていることをすでに掴んでいるか…その二択でしょう。こんな贈り物、あからさまに《知っているぞ!》と知らせているようなモノよ?」
「——宮廷内に、ヴァロイセン王国のスパイがいると?」

 その可能性が否定できない。いや、もっと質が悪いのは……

「ヴァロイセン王国如き・・に宮廷内のことが探られているのなら、連合王国・・・・はもっと詳細に掴んでいてもおかしくないわ」
「コルカサス半島やステープの草原に対する進出——南下政策をすでに掴んでいると?」

 ユラルを抜け、今からシベツクに踏み入らんとしているヴェルーシ帝国であるが…同時に草原地帯に何かしようとしている中で、アルトリア帝国軍が戦っているところを目撃していた。

「一つの宗教、一つの帝国、一つのカリフ……なんて厄介な言葉ね」
「宗教的地位を確立しようとしているのでしょう。ムハンマド教には教皇聖下がおりませんから…独裁権力を固めるには、このようなお題目は非常に都合が良い」

 オスマン帝国には宗教的権威が不足していたということを知っている者はどれくらいいただろうか。
 しかし、カリフ=ムハンマドの後継者であり、カリフが定めるムハンマドの宗派こそが正当であると定めてしまえば、宗教的権威を確固たる地盤に打ち立てることができる。
 アルトリア帝国は、それを狙っていたのだ。いわば、宗教的権威であるカリフによって諸民族を統合するという、それが出てくるには一世紀は早い発想であった。それを全盛期であり、欧州との無駄な戦争で兵と国力を損耗しない中でやってくるから、質が悪い。

「だから、早くアルトリア帝国は叩いた方がよろしい…黒海の制海権を連中が握り続けているのも非常によろしくないわ」
 アルトリア帝国はクリル・ハン国としてクリル半島を支配していた。黒海を支配する上で非常に都合が良い場所であり、これを征服することはヴェルーシ帝国の悲願でもあった。
 しかし、クリル半島は守りやすく、攻めにくい天然の要害でもある。何より、アルトリア帝国は良港と要塞をドッキングさせたクリル要塞を作り上げており、侵略するのは非常に難しい。
 そのため、まずはコルカサス山脈に進出しなければいけないのだが…コルカサス山脈は東方アウグスト帝国が支配していた時代があり、東方正教が広がっている地域も、一方でムハンマド教が広がっている地域もあり、そこに農耕民族から騎馬民族まで、狭い地域にごった煮されている修羅の土地である。

  近年まで、豊かな大地を持っているポラーブ・ヴァルト合同共和国を破壊するために常に兵力を損耗し続けていたヴェルーシ帝国には、南方に進出する余裕はあまりなかった。

「癪に障るけど、教皇に十字軍を請願する必要があるかもしれないわね」
 もっとも、それは難しいかもしれないけど。そう独り言ちながら、彼女の頭にはアルトリア帝国という国の脅威よりも、もっと不可解な脅威が頭の中にあった。

「まず、外征するにしても宮廷内の反逆者を裁かないといけないわね。
 ちょっと遅れても良いから、皇帝親衛隊に連絡を取るようにしてちょうだい。それと…そうね。ヴァロイセン王国と友好条約を締結して、西方の脅威を削って南方に兵力を割り当てないといけないわ」

 ひとまず、ヴァロイセンとは友好関係を。我々は東方と南方に注力しなければならない。暖かい海を求め、開拓しがいのある土地を求めるのはルーシの天命であるのだから。
 しかし、今は地盤固め。西方の新しい土地の臣民は未だに反抗的であり、列強と戦っていては反乱を誘発しかねない。とりあえず大規模に忠実な臣民を移民させる必要がある。
 アルトリア帝国に経済的に負けないように商業を発展させなければならない。農業を発展させなければならない。そうして、南下政策が果たせるのだから。

「それと…そうね。グラウスの率いる旅団に密偵を送るように。やられたら、やり返さなきゃね?」
「…承知しました」

 近い将来、エカテリーナ二世と呼ばれる女傑は、ヴァロイセン王国の異分子に目をつけてしまった。
 もっとも、それが大いなる自業自得であるのを考えると何とも言えないのだが…グラウスが危惧していた普露の友好関係は維持できることになったのだから、彼の願いは半分叶ったと言えるだろう。

 史実で、玉座の上の娼婦と呼ばれていたエカチェリーナ2世、この世界ではエカテリーナ2世と呼ばれる女傑は知略を巡らせるのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――

銀雪 華音
ファンタジー
「レベル15か? ゴミだな」 世界は男を笑い、男は世界を「解体」した。 魔力も才能も持たず、万年レベル15で停滞する掃除屋、トワ。 彼が十年の歳月を費やして辿り着いたのは、魔法という神秘を物理現象へと引きずり下ろす、狂気的なまでの**『極限効率』**だった。 一万回の反復が生み出す、予備動作ゼロの打撃。 構造の隙間を分子レベルで突く、不可視の解体。 彼にとって、レベル100超えの魔物も、神の加護を受けた聖騎士も、ただの「非効率な肉の塊」に過ぎない。 「レベルは恩恵じゃない……。人類を飼い慣らすための『制限(リミッター)』だ」 暴かれる世界の嘘。動き出すシステムの簒奪者。 管理者が定めた数値(レベル)という鎖を、たった一振りのナイフで叩き切る。 これは、最弱の掃除屋が「論理」という名の剣で、世界の理(バグ)を修正する物語。気になる方は読んでみてください。 ※アルファポリスで先行で公開されます。

Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜

橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀
ファンタジー
 図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。  その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

処理中です...