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後編
しおりを挟む電車に乗り、いつもの通学路を歩きながら学校へと向かう。
うちの学校は一本道だけど、駅から10分もかかる。
わりと気温の高い、すがすがしい朝にあくびが自然と出る。
今日はついに来た、ホワイトデー。
もちろん、バレンタインチョコをくれた女子たちにあげるクッキーも用意済みだ。
手に持っている手提げの紙袋に視線を落とす。
そんでもって、本命のピアス!
肩にかけている鞄にちらりと視線を移す。
昨日は渡す練習なんかしてたから、緊張しすぎて寝れなかった。おかげで、さっきからあくびのオンパレードだ。
髪だって、こんな日に限って寝癖が直んないし。
つむじ近くの髪を何度も撫でつけるけど、なんとなく跳ねてるのが見えなくてもわかる。
「朝からついてない~」
しょんぼりしながら歩いてると、スマホがズボンのポケットの中で振動する。
「あ、ヒヨカだ」
朝が弱いヒヨカからラインなんて珍しい。
『その恋、私は応援する!』
頑張れのスタンプまで押してきた。
「はぃ~?」
昨日は、トオルにホワイトデーのお返しをするとは言ったけど、相変わらずの脱線会話によってヒヨカが勝手に勘違いしたんだろう。
「ピアスあげるだけ、と」
そっけなく返事をし、バイバイのスタンプを押す。
トオルはあくまで『推し』だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
BLを読んでるからって男が好きなわけでも、憧れてるわけでもない。
キュンはしても、それは二次元だからで。
現実は別だ。
BLを読んでるからこそしみじみ感じること。それは、現実の男同士の恋人は不毛すぎる。
好きになっても報われないのが大半だ。
世間の目だって・・・考えただけでも自分には荷が重すぎる恋愛だ。
今の関係で十分。
トオルはオレの友達で、推し。
密かに推し活して、ときめいて・・・。
アイドルを追っかけるファンと同じ温度で十分なんだ、オレは。
ふと視線を感じると思ったら、前方に同じブレザーの制服を着た見覚えのある後ろ姿を発見。
トオルだ!
朝から推しに会えるなんて、尊い!
冷めた現実から、あっという間に推し活沼に戻ってきた。(沼サイコー!)
通学路だけに、同じ制服を着た人間なんて前にも後ろにもたくさんいる。なのに、推しを見つけられるオレの目はもう、トオルを完全にロックオンしている!
トオルの焦げ茶色の髪が朝日を浴びてツヤっている。
あぁ、頭撫でたい。
トオルの手にも紙袋が。たぶん、バレンタインのお返しだ。
眺めるのはこれくらいにして、声をかけようと一歩踏み出したところで先を越される。
トオルに話しかけるセミロングの女子。
確か、トオルと同じクラスの子だ。トオルと一緒にいるところもよく見かける。
トオルが紙袋からラッピング袋らしき物を取り出してその子に渡した。
ということは、あの子もトオルにバレンタインチョコを渡したのか!
受け取って喜んでいるセミロング女子に、モヤッとする。
「ん?」
胸に手を当て、モヤッとした自分に驚く。
なんでオレ、モヤっとしてんの?!
トオルが女子と仲良くしてるのなんか見慣れてるはずなのに。
戸惑っていると、セミロング女子がトオルの腕に触れた。その瞬間、自分でも信じられないくらいデカい声が出た。
「トオルー! おはよう! マジ偶然!」
オレの声にびっくりして振り返るふたり。
駆け寄って、まだトオルの腕に触れている手を引き離そうと、勢いよくトオルの肩に腕を回して自分の方へと引き寄せる。
「トオルも義理チョコのお返し配ってんの? オレもー! 今日はそれで1日潰れそう!」
呆気に取られるセミロング女子。触れていた手を引っ込めた。
我ながら嫌な奴だ。
「おい、橋本! 朝からなんなんだよ!」
キレる推しも尊い!
「じゃー池田くん、また教室でね」
笑顔で先に行くセミロング女子に、池田が手を振る。オレもとりあえず笑顔で手を振る。
オレとトオルのふたりきりになる。(通行人はいるけど)
「いいかげん重い腕どけろよ」
オレの腕から離れるトオル。
めちゃくちゃ嫌そうな顔だ。
そんなトオル、マジ尊い。
なんて、ときめいてる場合じゃない。
最近のトオルはちょっと、いや、かなり冷たい。
オレのスキンシップが多いのも距離感が近いのも嫌がりながらも払いのけるなんてしなかった。
だけど、最近は本気で嫌がってる態度をとる。
ときめきながらも、地味にショックは受ける。
「ごめん、邪魔しちゃって」
なんとなく気まずい空気をかえようと、明るくふるまってみるけど、
「別に」
マジそっけない。
こっちも見ないで歩き出すトオルを慌てて呼び止める。
「あのさ、バレンタインの時に池田のチョコもらっちゃったからお返しにと思って・・・」
「お返しとかいいから」
スタスタと歩いていくトオル。
なんかすげー機嫌悪い。
そんなにセミロング女子がいいの?
ぽつんと残されたオレは、トオルとの距離がどんどん開いていく。
よくわかんないけど、さっきよりもモヤモヤが大きくなって尊いはずなのに腹が立ってきた。
走ってトオルを追いかける。
気づいたトオルが振り返るなり、ぎょっとして走りだす。
突然始まった鬼ごっこ。
トオルは器用に人の間を縫って逃げる。
オレも負けじと追う。途中で顔見知りの女子や男子友達に声を掛けられながらも笑顔で交わし、追いかける。
無言の鬼ごっこ。
お互い運動神経には自信がある。
トオルもオレも去年の体育祭では徒競走で1位、リレーはお互いアンカーを務めきん差でオレが勝った。
リレーの時みたいに、先を走るトオルの後ろをぴったりマークして少しずつ距離を詰めていく。
正門をくぐり、校庭の脇を突っ切り、玄関から土足のまま校舎の中に入っていくトオルを見て、オレも靴のまま廊下を突っ切り階段を駆け上がる。
最上階の屋上に出ると、息を切らして立っているトオルがいた。
オレもさすがにヘロヘロだけど、立ち止まらずトオルをフェンス越しへと追い込んで、壁ドンならぬフェンスドンをしてやった。
肩で息をしながら、お互いぜぇぜぇと呼吸が荒い。
すぐに声が出せず、にらみ合いが続く。
走ったせいで、暑い。
背中にうっすら汗が。
トオルもオレもネクタイを緩める。
「なんで追いかけてくるんだよ」
「トオルが逃げるからだろ」
「・・・逃げてない。橋本が怖い顔で走ってくるからだろ」
怖い顔と言われ、自覚がなかっただけに言葉に詰まる。
プイッとそっぽ向くトオルに、またモヤッとする。
この際だから、バレンタインから感じてることを言ってやろうと覚悟を決める。
「なんか最近態度冷たいけど、オレなんかした? バレンタインに食べたチョコで怒ってるなら同じの買って帰すし」
「はぁ? いつの話だよ」
「自分チョコ取られて怒ってるんじゃないの?」
「なんでだよ! オレから橋本にやるって言ってあげたんだから怒るわけないだろ」
「じゃーなんで機嫌悪いんだよ。さっきだって態度冷たかったし・・・」
「き、気のせいだろ」
「気のせいじゃない。バレンタインのあとから妙に目合わないし、放課後一緒に帰ったりしてたのに誘っても断るし、廊下で会ってもそっぽ向くし」
「ラインの返事はちゃんとしてるだろ」
「えー」
確かにラインだといつもと変わらいトオルだ。だけど・・・と不満が顔に出る。
「なんか距離を感じるんだよなー。態度が露骨っていうか」
「つーか、橋本が距離感近すぎなんだよ!」
「それは自覚あるけど、オレなりに控えめにしてる! たぶん」
「どこがだよ! 少なくとも男をフェンスに追いつめたりしないだろ!」
「あ、ごめん。つい・・・」
フェンスドンをしていたことを忘れていた。
推しの怒る顔を目の前で拝める幸せ。
笑いながらトオルから離れると、オレの腕にこぶしを当てながら、
「なにへらへらしてるんだよ」
「してない、してない」
久々の推しからのボディタッチに頬が緩む。
幸せな時間もつかのま、前から気になっていたことがふと頭の中に降臨する。
「まさかあの自分チョコ、本当は女の子にあげようとしてたんじゃ!」
「唐突すぎ! つーか、チョコネタまだ続くんかい?!」
「実は、ちょっと・・・いやだいぶ気になってて。だって、バレンタインの日にわざわざ自分チョコ買う男ってそういないっていうか。男子から女子にあげるのが増えてるって聞いたし。オレの友達もあげてたし」
「か、勝手に決めつけんな! スイーツ男子とかいるだろ! 橋本だって甘いもの好きだろ」
「そうだけど・・・よく考えたら、トオルッて義理チョコもらうんだし、わざわざ自分で買うかなーって」
一時期は考えすぎて、トオルに好きな子がいるんじゃないかって本気で落ち込んだ時もあった。
推しの恋は応援すべし! とは言っても、ショックはショック。
「毎年全部義理チョコですけど! 本命混じってる橋本にはっきり言われるとムカつく」
ボスボスと強めにオレの腕を殴る。
『バレンタインチョコ』じゃなくて、『義理チョコ』と言われたことが気に入らなかったらしい。
嬉しいけど・・・痛い。
「別にいいだろ。自分で買ったって。食いたいのがあれば買うだろ。普通」
「そうだけどー」
どうやら本気で自分チョコだったみだいで、ホッとする。
「・・・いろんな種類が入ってるチョコす、好きだろ? 橋本」
唐突に投げかけられる質問にきょとんとする。
「え、うん。お得感あって好き。味もオレ好みだったし」
返事しながら、まさかの期待が膨らむ。
視線を合わせないトオルだけど、表情が柔らかい。
「え! まさかオレと一緒に食べようと思って買ったチョコだったの?!」
自意識過剰と怒られるかもしれないけど、口が黙っていられない。
「ば、バーカ。ただ、橋本はこうゆうの好きだろうなー・・・て」
ごにょごにょ言うトオルの顔がみるみる赤くなっていく。
あぁ、推しのこんな表情を拝める日がこようとは・・・!
マジ、尊い!!
というか、トオルがツンデレ属性とは知らなかった!
キュンキュンが止まらないオレは、この時ばかりは視線を合わせないトオルに感謝。
身もだえしてるところを見られたら、ラインですら返事がこなくなってしまう。
「だからっていうか、変な気使わなくていいから!」
急にパッと目を合わせてきたトオルに、オレは慌てて笑顔を張りつけた。
「え?」
「だーかーら、お返しとかいらないって言ってんの。追いかけてきたのって渡したいからだろ?」
「あ!そーだった!」
「おい」
トオルに言われてピアスのことをすっかり忘れていた。
慌てて鞄からピアスを取り出す。
「嫌だったらお返しと思わなくていいから、もらって。えーと、ピアス先輩からということで」
「ピアス先輩?」
アホらしいと言いたげな顔でトオルがピアスを受け取る。
風に揺れるトオルの髪の隙間から無難なファーストピアスがチラつく。
「ピアスホールが安定するまで一年くらいかかるから、ちゃんとファーストピアスに向く奴にしたから」
あげたピアスをじっと見つめるトオル。
「別にすぐつけてほしいとかじゃなくて。気がむいたら、ていうか、よかったら」
気に入ってもらえなかったのかと不安になって、早口になる。
もしかして、トオル、イーリス知ってるとか?!
もしかして、オレが腐男子だって知って、イーリスのピアスに似せたもの渡されてドン引きしてるとか?!
何も言わないトオルに、どんどんあらぬ方へと考えて顔が青くなっていく。
「・・・今つけてるの姉のだし、どれ買おうか迷ってたから・・・ありがと」
相変わらず目を合わせてくれないトオルだけど、横顔が照れているのはわかる。
BL作品を読んで思うこと。
男同士の恋愛は不毛だ。
けど、今のトオルを見ていると、それでもいいやと思ってしまう、この気持ちは・・・。
恋なのだろうか。
おわり。
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