愛されない令嬢が時間を巻き戻して復讐したら、今度は全員が彼女に跪く世界に

タマ マコト

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第20話 跪く世界の中で

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 読み上げの夜は、城中の灯りを半分落とし、影布を薄く張って迎えた。天井から垂れた布は、花びらの裏みたいに柔らかく音を受け、吐息の端まで拾ってくれる。舞台の中央には椅子が三脚、端には水の入った器が二つ。私の懐には鈴と、旅人から渡された笛。胸の内の“器”は、弁の位置を普段よりひとつ緩めている。怒りは細い糸、悲しみは薄い霧、恐れは点――混ぜずに、けれど凍らせずに。

 最初に壇に上がったのは、井戸端新聞の子たちだ。書けない字を絵で埋めた紙を手に、順番に声を空へ放つ。影布が音を持ち上げ、広間は静けさのまま厚みを増す。私は端に立ち、最初の拍手を短く、二度だけ送る。音の数を決めるのは、宰相の役目になった。

 白薔薇の絵は二番目にした。子の名は呼ばず、紙だけを持って、読み手に視線で合図する。小さな声が震えながら始まり、途中から芯が出た。彼/彼女の「昔」と「今」が、絵の白の余白に並んで乗る。私は胸の鈴に触れず、代わりに水の器をそっと揺らし、音を薄める。

 そして、三つ目。私は壇に上がる。扇の骨が一度、王妃の手で鳴る。アレンは客席の端で立ち、カイルは見えない扉の前で直線の背を預ける。ジェイルは影布の結び目を確認し、フロレンスは銀の匙を懐の中で上下させる。全員が、それぞれの仕事に集中していて、誰も私を救おうとはしていない。救いの位置をみんな知っているからだ。

「――並べます」

 宣言は短く。私は“器”の蓋を軽く開け、声が冷えないように指先で温度を測る。

「この国には、跪く作法がありました。礼のため、謝罪のため、服従のため。私はその作法に助けられ、同時に傷ついてきました。だから、順番に並べ直します」

 影布の上に、薄い図が現れる。跪礼の図。何百年の型。礼の言葉。謝罪の言葉。私はそこへ小さな針を挿し、角度を変える。膝をつく場所が、半歩だけ後ろへ下がる。半歩。たった半歩。けれど、その半歩で、人の目線は変わる。

「最初に、白薔薇の庭で祈った私を置きます。やり直す力を神に乞い、代わりに“愛”を差し出した私。――今日、私はその私を許しました。だから、跪く順番の先頭は、私自身にします」

 ざわめきは起きない。読み上げの夜は、騒ぐための夜じゃない。私は足元の丸い印の内側に片膝をつき、ゆっくり立ち上がった。影布が、その微細な音を拾って広間の端へ運ぶ。波紋。私は波を見送ってから言葉を続ける。

「次に、殿下へ」

 アレンと目が合う。彼の目の奥に、あの夜の膝がまだ残っている。私は首を振る。

「跪かなくていい。――立って、共に」

 彼は頷きもしない。けれど、肩の位置が少し上がった。王太子の背中が、王国の背骨と繋がる。音は出ないのに、私は音を聞く。背骨が鳴る音。

「そして、民へ」

 手を広間へ向ける。貴族も商人も工房の親方も、子どもも老人も、同じ椅子の高さで座る夜だ。私は深く息を吸って、はっきり言う。

「もう、跪かなくていいわ。私はあなたたちと、並んで歩きたい」

 空気が震え、誰かの喉が鳴る。拍手は、しない。決して。音は少ない方が、言葉は長く残る。沈黙の王国で学んだことだ。私は懐の鈴を一度だけ握り、鳴らさずに重さを確かめる。合図の代わりに、私は笛を取り出して、唇には当てず胸元へ戻した。音の約束だけ、置いておく。

「跪く作法は、完全には捨てません。誰かが傷つけたとき、誰かがそれを受け止める時、膝は役に立つ。けれど、称賛のための膝は要らない。恐怖のための膝も、要らない。――私が宰相として約束するのは、『歩幅を合わせる政治』です」

 ジェイルが小さく頷いた。フロレンスは匙を一度だけ上向きにし、王妃は扇を静かに裏返す。カイルは動かない。直線は、次の動線を頭の中で組んでいる。私は観客へ視線を巡らせ、続ける。

「床は張り替えました。釘は打ち直し、流路は切り替え、声の重さは城から追い出しました。今日からは、音を戻す番です。――“読み上げの夜”は季節ごとに行います。書ける人も、書けない人も、絵でも声でも。あなたの音が、国の形を決めます」

 静かな讃同の気配。誰も立ち上がらない。誰も叫ばない。けれど、椅子の背にもたれていた肩が一斉に少し前へ出る。前へ。歩く前の姿勢。その変化だけで、私は満たされる。

「最後に、私個人の話を」

 言いながら、私は舞台の端へ半歩ずれる。中央は殿下の位置だと王妃が言っていた。守るべき線は、守る。

「私は、復讐を終わらせました。宰相になって、国を冷たく整えました。その途中で、旅人の言葉が私に残りました。――『君の作る国は美しい。でも君の瞳は哀しい』」

 広間のどこかで誰かが息を飲む。旅人を知っているのかもしれないし、知らないのかもしれない。どちらでもいい。あの言葉は、私のものになった。

「今日、私はそれに少しだけ反論します。私の瞳は、もう哀しさだけじゃない。波がある。波は、隣の波と歩幅を合わせられる」

 私は懐の笛をそっと掲げ、唇には当てず、影布へ影だけを投げた。影の笛が天井で揺れ、音の約束が薄く光る。

「――だから、お願いがあります。私が迷ったら、鈴の代わりに、あなたの声で呼び戻して。『戻れ』って、三回」

 座席の奥で、小さな笑いがいくつも、息に紛れて生まれた。温かい笑い。私はそれを受け取り、舞台から一歩離れる。拍手ではなく、静けさで送り出してもらう。明滅する灯の下、私は足を止めずに客席の端を回り、白薔薇の絵を最初の子に返す。震えていた指が、今は紙をしっかり持っている。私は囁く。

「素敵な白だね」

「はい……!」

 声が、夜の上に乗っていった。私は舞台の裏で深呼吸をひとつ。弁はいつもの場所。けれど、心のどこかに新しい回路ができている。怒りでも悲しみでも恐れでもない、別種の熱の通り道。名前はまだない。名づけは急がない。実務を先に。

 式次第は進み、工房の親方が手の跡を語り、老いた歌い手が一曲だけ古い歌を口ずさみ、若い兵が手紙を読む。人が、並んで、音を置いていく。終盤、王妃が短い言葉で全体を束ね、アレンが立って初めての“立礼”を国に向ける。彼が膝をつかないとき、広間の空気は少しざわついて、すぐに落ち着いた。膝は、もう“正しい”じゃなく“選ぶ”ものになった。

 最後に、私は再び舞台へ戻る。中央には立たない。端で、声を整える。鈴は鳴らさない。笛は懐の中。私は言う。

「今日から、王宮の跪礼は『感謝』のときだけ。『恐れ』のときは、握手に変えます。手は、重さを分け合えるから」

 反対の声は、出なかった。出させない空気を私が作ったわけではない。みんなが、もうそこまで歩いてきていたのだ。読み上げの夜は、そうやって終わりへ向かって滑り出す。最後の拍手は短く、一度。王妃の扇が畳まれ、影布がゆっくり降りてきた。

 幕の裏で、カイルが待っていた。直線の男は、今日だけほんの少しだけ角が丸い。私は彼の前で足を止め、声を落とす。

「どう?」

「歩幅が、合った」

「誰と?」

「国と。……俺とも」

 言い方が不意打ちで、胸の鈴が鳴りかける。鳴らさない。私は冗談半分に、彼の胸を指で小さく突いた。

「直線、ずるい」

「直線は、曲がらないからずるい」

「そういう意味じゃない」

「知ってる」

 王妃が扇を肩に載せてやって来る。短い褒め言葉は言わない。代わりに、実務の話をする。

「明日から“膝の学校”を。新しい礼法、練習がいる」

「はい。広場で」

「それと、食卓の音。城に戻す」

 私は笑う。王妃の言葉は、いつだって仕事の形をしている。だから、救いになる。

 人の波が廊下を流れ、やがて静かが戻る。私は白薔薇の庭へ回る。夜気はやわらかく、蕾はいよいよほどけ、二枚、三枚と白を見せている。灰色の折り花は、今日も根元で風の角度を教えてくれる。私はしゃがんで、花に顔を近づけた。香りは薄い。薄いのに、遠くまで届く種類の香り。

「……ありがとう」

 誰にともなく言ってから、私は立ち上がった。背中で、足音。旅人のそれではない。直線のそれ。

「セレナ」

「なに」

「明日の朝、食堂で。蜂蜜の薄いスープ、二杯」

「半分はだめ」

「一口でいい」

「約束」

 彼は短く頷き、手を開いたまま一回、二回。引き返す合図。私は胸の中で三回、鈴を鳴らしてみる。“戻れ”。――戻るのは、私の歩幅だ。跪かせる中心ではなく、並んで歩く列へ。

 翌朝。城の大食堂は、いつもより長い机が少し短く並べ直してあって、椅子の高さが揃えられていた。音を確かめるために、私は敢えて早足ではなく、普段の歩幅で入る。パンの割れる音、“こん”と陶器の触れる音、誰かが「熱いよ」と笑う声。工房の親方が仕事帰りの手で椀を包み、書記がゆっくりスープを冷まし、王妃が扇を膝に置いて匙を取る。アレンは端の席に座り、立礼で覚えた視線で人々をまっすぐに見る。私の向かいには、直線の男。

「どう?」

「音が戻った」

「うるさくない?」

「うるさくて、ちょうどいい」

 匙を合わせ、蜂蜜の薄いスープをすする。甘い。軽い。喉の奥が温かくなる。私は椀を置き、卓に掌を軽く触れる。木の感触。生きている材の、静かな弾力。

「――私、今日、殿下に“跪礼変更”の通達を正式に出す。王妃の署名と、騎士団の合意と、工房の灯りの提案書を添えて」

「送る前に、一文、足せ」

「なに?」

「『並んで歩く』」

 私は笑う。「あなた、詩人気取り?」

「直線の詩は短い」

「認める」

 朝食の音がゆっくりと満ちて、食堂は国の縮図みたいに呼吸をする。旅人の言った「食卓の音」がここに戻った。彼がこの場にいたら、どんな顔をするだろう。灰青の目が細くなるのを想像して、私は胸の鈴に触れそうになってやめた。鳴らさない。今は合図はいらない。

 執務室に戻ると、机の上に三つの紙。通達文、礼法案、工房からの灯りの図。私は通達の末尾に一行を加える。

〈跪礼は感謝と赦しのときのみ。日々は肩を並べて歩むこと〉

 ペン先が止まる。紙が私を見ている気がした。私はうなずいて、印章を押す。赤が染み込む音はしない。けれど、国の骨組みのどこかで小さく響いた。

 午後、広場に出る。新しい礼法の練習。子どもが大人に、貴族が市井に、王都が地方に、向き合って頭を下げる。片膝をつく練習もするが、誰も強制されない。風が通り、影布が微かに揺れ、白いテントの名残りが空へ薄く溶ける。私は人々の間を歩き、同じ目線の高さで「いいよ」「その角度」「手はこう」と短く置いていく。跪く世界が、ゆっくりと立ち上がる。

 夕刻、白薔薇の庭。花は今日、完全に開いた。真ん中はまだ少し緑。若い白。私はしゃがみ込み、花弁の縁を目でなぞる。三年前、断頭台の下で終わるはずだった物語が、この白にたどり着いた。赦しは終わりじゃない。始まりの手順。国は動いている。人も動いている。私の内側の“器”も、もう戦場の形だけではない。

 背中に静かな足音。私は振り向かない。振り向かなくても、誰だかわかる。

「セレナ」

「なに」

「お前の国は、美しい」

「目は?」

「――哀しくない」

 喉の奥に、笑いと涙が同時に出そうになって、どちらも出さなかった。私は立ち上がり、白薔薇に黙礼してから、彼の方へ半歩だけ向き直る。直線の男の目は、今日もよく晴れていた。私は彼の横に並んで、歩き出す。庭の砂利が、軽く鳴る。空は夕暮れの色に変わりながら、どこまでも高い。

 民も貴族も、今日の“読み上げの夜”と“食卓の音”を街角で語り合い、練習した礼法を少し誇らしげに見せ合っている。誰かが膝をつけば、誰かが手を差し出し、誰かが手を取れば、誰かが並ぶ。その連鎖が、国の歩幅を決めていく。私は宰相として、その歩幅を測り続けるだろう。けれど、その前に私はひとりの人間として、短く宣言する。胸の奥の弁をひとつ開け、声を温かい方へ。

 今度こそ、愛するために生きるわ

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感想 2

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みんなの感想(2件)

雪
2025.10.18

回りくどくて意味が分かりづらいです。

解除
赤梨
2025.10.18 赤梨

会話文の「」をちゃんと改行していないため、とても読みにくいです。

誰が何を話しているかもわかりにくく、読み進めることが出来ませんでした。
スマホで確認することをおすすめします。

解除

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