黒幕の私が転生したら、なぜか勇者パーティ全員に求婚されてます

タマ マコト

文字の大きさ
9 / 20

第9話「聖騎士ロウの不器用な守り方」

しおりを挟む


 聖騎士ロウは、派手じゃない。

 剣を振れば人並み外れて強い。
 鎧を着れば、誰よりも「前」に立つ。

 でも、村での彼は――そういうわかりやすい“英雄”っぽさを、ほとんど見せない。

    ◇

「ロウさーん! 見て見て、今日こそ当てるから!」

 昼下がりの広場。
 木で作った簡易の剣を握った子どもたちが、ロウを取り囲んでいた。

「順番を決めろ。喧嘩するな」

 ロウは腕を組んで、簡単なルールだけ告げる。
 声は低くて、不愛想に聞こえるけれど――それでも子どもたちは慣れた様子で笑う。

「じゃあ、今日の一番はあたし!」
「またミナずるいー!」

 木剣がぶんぶん振り回されて、空気がばたばた揺れる。
 相手は、ロウが片手で持っている練習用の木の棒一本。

「かかってこい」

 その一言で、子どもたちの目は一斉に輝いた。

 突っ込んでくる。
 振りかぶる。
 足元がふらつく。

 ロウは、それを最小限の動きで受け流していく。

 木と木がぶつかる音は、派手じゃない。
 でも、ひとつひとつの動きが、妙に正確だ。

「腕が上がりすぎだ」

「えっ」

「そうすると、腹も首も全部がら空きになる」

 ロウは子どもの手首をそっと掴んで、正しい位置に導く。

「こう。力は、ここで止めろ。振り切るな。……お前の体格なら、こういう斬り方の方が早い」

「お、おぉ……?」

 子どもからしたら難しい説明だが、ロウは手を添えることで理解させようとする。
 その仕草は、驚くほど丁寧だった。

 リュミエは、パンの配達帰りにその光景を遠くから眺めていた。

「ロウさん、先生みたいだなぁ」

 思わずぽつりと呟く。
 子どもたちの顔は真剣で、ロウもまた真剣で。
 でもそこには、戦場とはぜんぜん違う種類の緊張感があった。

(……こういうの、守りたいんだろうな)

 ロウの過去を、少しだけセイルから聞いた。

 黒幕が仕掛けた戦争で故郷を失ったこと。
 守りたかったものを守れなかったこと。

 焼け落ちた村。
 瓦礫と化した家々。
 自分の手からこぼれ落ちた、大切な誰か。

 その欠片だけで、十分だった。

(“守れなかった人”の目、だもん)

 ロウの瞳には、ときどき、そんな色が潜んでいる。
 今も、子どもたちを見つめる視線の奥底に、“二度と繰り返したくない”何かが沈んでいた。

「リュミエ!」

 広場の隅から、アレンが手を振った。
 ロウの剣稽古を見ていたらしい。

「パン! 見せパン!」

「見せるだけでいいならいくらでも見せてあげますけど?」

「違う、食わせろ!」

「ですよねー」

 そんなやり取りをしているうちに、ロウの稽古は一段落していた。

「今日はここまでだ。片付けろ。木剣はそこに立てかけておけ」

「はーい!」

 子どもたちがわらわらと走り回る。
 ひとりが、ロウの腰のあたりに抱きついた。

「ロウさーん、また明日も教えて!」

「明日も時間があればな」

「約束!」

「……努力する」

 約束、とは言わない。
 でも、“努力する”と言う。

 ロウなりの、精一杯の“明日”の保証。

 それを見ていたリュミエは、なんとなく胸があたたかくなった。

(この人、ほんと、黙って役に立つ系だ……)

 柵が壊れていれば、誰にも言われる前に直す。
 老夫婦が重い荷物を運んでいれば、無言で持ち上げる。
 井戸の周りの石が欠けていたら、怪我しないように補修しておく。

 誰も頼んでいないのに、誰かが困る前に手を出している。

 そんな姿を見ていると、ふと、聞きたくなった。

(あのとき、守れなかったものって――どんなだったんだろ)

 でも、それを軽々しく口にするほど、リュミエは無神経じゃなかった。

 人には、それぞれ“触れたらいけない場所”がある。
 ロウの過去は、きっとそのひとつだ。

    ◇

 夜。

 市場からの帰り道。
 バルドの店を閉めるのを手伝い、ミナに「明日ね」と手を振り、リュミエはひとりで家路についた。

 空には細い月が浮かんでいて、星がぽつぽつ瞬いている。
 村の夜道は、街灯なんてないから、明かりは家々から漏れる灯りと、月の光だけだ。

 昼間見慣れた道も、夜になると輪郭がぼやける。
 土の匂いが濃くなって、草の影が長く伸びている。

「……わ、暗」

 足元を確かめながら歩いていると、不意に石につまずいた。

「わっ――」

 バランスが崩れる。
 視界が傾く。

 体が倒れ込む先には、段差と、固そうな石。
 頭を打つ、と理解するより先に――

 腕が、伸びた。

 ごつごつした手が、肩を引き寄せる。
 胸板に背中が当たって、ぐいっと引き上げられる感覚。

 土を蹴る音。
 鎧の、一部がかすかに鳴る音。

「――っ」

 衝撃のかわりに、硬い胸の感触が背中に来た。

 抱き寄せられていた。

 夜の冷たい空気の中で、そこだけ妙に温度が高い。

「……怪我は、ないか」

 耳元で落ちてきた声は、いつものロウの声より少し低く、少しだけ震えていた。

 リュミエは瞬きを繰り返し、状況を理解しようとする。

 胸板。
 腕。
 距離。

 ……近い。

「え、ロ、ロウさん?」

 顔を振り向けると、すぐそこにロウの顎のラインがあった。
 彼はリュミエを片腕でしっかりと抱き止めたまま、もう片方の手で前方――危なかった石と段差の位置を確認している。

「そこだ。……もう一歩踏み込んでいたら、頭を打っていた」

 淡々と分析しているようで、その指先にはうっすら震えが乗っていた。

 ロウがそんなふうに感情を見せるのを、リュミエは初めて見た。

「だ、大丈夫です……ちょっと滑っただけで」

「大丈夫じゃない」

 即答だった。

 ロウはリュミエの体から、ゆっくりと腕を離す。
 けれど距離は、すぐには開けない。

「夜道をひとりで歩くなとは言わない。……だが、足元は見ろ」

「見てたつもりだったんですけど」

「つもりは、意味がない」

 言葉は厳しい。
 でも、その裏側にあるのは、怒りじゃなくて、明らかな“安堵”だった。

 ロウの胸が、大きく上下している。
 影になった瞳の奥で、何かが揺れていた。

(……そんなに、焦ったの?)

 リュミエが問いかける前に、ロウの方からぽつりと言葉が落ちた。

「……すまない」

「え、なんで謝るんですか」

「もっと早く気づくべきだった」

「いやいやいや、あたしがドジっただけですよ!?」

「俺がここを通らなければ、お前は一人で倒れていた」

 その言葉に、ぞくりと背筋が冷えた。

 本当にそうだ。
 もしロウがここにいなかったら――今ごろ、暗い道端で頭を打って倒れていたかもしれない。
 誰にも気づかれないまま。

 その「かもしれない」を、ロウは誰よりも嫌うのだろう。

「……ロウさんって」

 リュミエは、胸の内側で渦巻く何かを言葉にしようと、ゆっくり口を開く。

「どうしてそこまで……」

 どうして、こんな小さな村娘の躓きまで、本気で怖がるのか。
 どうして、そんなに張り詰めているのか。

 訊ねると、ロウはわずかに視線を逸らした。

 月明かりに照らされた横顔は、いつもよりずっと、年上に見える。

 背負ってきたものの重さが、その影を濃くしていた。

「……昔」

 ぽつりと、ロウが口を開いた。

「俺には、守りたいものがあった」

 足元の土を見つめる。
 その視線は、村の外――もっと遠い場所の、もっと遠い過去を見ていた。

「故郷の村と、そこで笑っている連中と……家族、みたいなやつらだ」

 彼に家族がいたのか、血の繋がりがあったのか、リュミエは知らない。
 でも、“家族みたいな”という言い方が、彼の温度を物語っていた。

「黒幕が絡んだ戦争で、全部まとめて焼かれた」

 短い一文に、ぎゅっと凝縮された現実。

「俺は、騎士団にいた。守るための剣を持っていた。
 でも――気づいたときには、もう遅かった」

 黒い糸。
 炎。
 崩れていく家々。

 アレンやセイルから聞いたことのある戦場の光景と、ロウ自身の記憶が重なっていく。

「隊の命令で別の前線に回されて、戻ったときには……何もかも、形を失っていた」

 ロウの声は、淡々としている。
 感情をこぼさないように抑え込んでいる。そのせいで、逆に重さが増している。

「守りたかったやつを、守れなかった。
 剣を持っていながら、前に立てなかった」

 その悔しさは、時間で薄れる類のものじゃない。
 今も、こうして夜道で誰かがつまずいただけで、あれほど強く体が反応するほどに、刻み込まれている。

「だから」

 ロウは、やっとリュミエの方を見た。

 目は、月明かりを反射して光っている。
 そこに宿るのは、迷いでも、冗談でもない。

「今度こそ、失いたくないんだ」

 その一言に、空気が止まった。

 夜風の音も、草のざわめきも、一瞬だけ遠のく。

 リュミエの喉が、ひゅっと鳴った。

「……“今度こそ”って」

「この村も」

 ロウは、ひとつひとつ、言葉を選んでいく。

「この空気も。子どもたちも。バルドのパンも。
 お前も」

 最後に、“一番言いづらいもの”を、押し出すように口にした。

 胸の奥で何かが弾ける音がしたのは、ロウ自身にも聞こえた気がした。

 リュミエの心臓は、もっと騒がしい。
 耳のすぐ近くで、どくどくと音を立てている。

「わたし、そんな……守る価値のあるような、立派な人じゃないですよ」

 思わず出たのは、卑下とも本音ともつかない言葉。
 ロウは一歩、距離を詰めた。

「価値があるかどうかは、お前が決めることじゃない」

「じゃあ、誰が?」

「守りたいと思ったやつが、勝手に決める」

 不器用な言い方だった。
 でも、その不器用さが、ロウの真剣さそのものだ。

「俺は、守りたいと思った。
 だから、守る」

 当たり前だと言わんばかりに。

 その単純さが、リュミエの胸をぐしゃぐしゃにする。

「……そんなこと言われたら」

 ぐっと唇を噛む。

「また、朝が来るのが怖くなくなっちゃうじゃないですか」

 ぽろり、と零れた言葉。

 ロウは一瞬だけ目を瞬き――すぐに悟った。

 彼女もまた、過去に“守られなかった側”だったのだと。
 どこか遠い場所で、誰にも必要とされないまま生きてきた時間があるのだと。

 言葉にしなくても、わかる。
 生きていていいのか、と自分に問う目を、彼は戦場で何度も見てきたから。

「なら」

 ロウは、少しだけ、表情を緩めた。

「明日も、ちゃんと“見張ってる”から、安心しろ」

「見張るって言い方」

「護衛、でもいい」

 リュミエが笑い、涙の気配がふっと軽くなる。

 ロウは胸の奥で、小さく息を吐いた。

(贖罪、なんて言葉で片づけたくはない)

 もちろんある。
 守れなかった過去を埋め合わせたいという、身勝手な気持ち。

 けれど、リュミエを見ていると、それだけじゃない感情が静かに顔を出す。

 彼女の笑い声が好きだ。
 真剣に悩む顔も、怒った顔も、どうしようもなく愛おしい。

 これはもう、“贖罪”というより――

(……恋、なんだろうな)

 意識した瞬間、耳まで熱くなった。
 自覚したくなかったものを、自覚してしまったような居心地の悪さ。

 そんなロウの変化に、リュミエはまだ気づかない。

 ただ、“今度こそ失いたくない”と言われた言葉だけが、胸の中で何度も反芻されていた。

 怖い。
 でも、うれしい。

 その混ざり合った感情が、夜風に冷やされて、ゆっくりと心の奥に沈んでいく。

「……家まで、送る」

 ロウが短く言う。
 リュミエは素直に頷いた。

「じゃあ、お願いします。足元、ちゃんと見て歩きます」

「それがいい」

 並んで歩く夜道。
 月明かりが、二人分の影を長く伸ばす。

 ロウの影は、大きい。
 リュミエの影を、そのまま包み込めそうなくらい。

 不器用で、言葉少なくて、でも誰よりも真っ直ぐな守り方をする男の影だ。

 その影の中で、リュミエはほんの少しだけ、自分の足取りを軽くしてみる。
 誰かと並んで歩く夜道が、こんなにも心強いものだと――
 彼女は、この日初めて知ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!

水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。 ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。 しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。 ★ファンタジー小説大賞エントリー中です。 ※完結しました!

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

役立たずの魔女、転生先で最強魔導士に育てられ、愛されて困ってます

タマ マコト
ファンタジー
魔女の村で生まれた少女ノワリエは、桁外れの魔力量を持ちながら“制御だけが致命的にできない”せいで、周囲から役立たずと嘲られていた。最後のチャンスとして任された大規模魔法実験でも暴走を起こし、誰にも惜しまれないまま命を落とす。しかしその瞬間、暴れた魔力が異界の境界を裂き、ノワリエの魂は別世界へと弾き飛ばされる。赤ん坊として転生したノワリエを拾ったのは、大陸最強と呼ばれる孤独な魔導士アーク――彼は彼女を抱き上げた瞬間、自分の魔力が静まる不思議な感覚に気づき、運命のように彼女を育てる決意をする。 こうして、役立たずと見捨てられた魔女の第二の人生が静かに始まる。

クゥクーの娘

章槻雅希
ファンタジー
コシュマール侯爵家3男のブリュイアンは夜会にて高らかに宣言した。 愛しいメプリを愛人の子と蔑み醜い嫉妬で苛め抜く、傲慢なフィエリテへの婚約破棄を。 しかし、彼も彼の腕にしがみつくメプリも気づいていない。周りの冷たい視線に。 フィエリテのクゥクー公爵家がどんな家なのか、彼は何も知らなかった。貴族の常識であるのに。 そして、この夜会が一体何の夜会なのかを。 何も知らない愚かな恋人とその母は、その報いを受けることになる。知らないことは罪なのだ。 本編全24話、予約投稿済み。 『小説家になろう』『pixiv』にも投稿。

転生調理令嬢は諦めることを知らない!

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの

山田 バルス
ファンタジー
王宮の広間は、冷え切った空気に満ちていた。  玉座の前にひとり、少女が|跪い《ひざまず》ていた。  エリーゼ=アルセリア。  目の前に立つのは、王国第一王子、シャルル=レインハルト。 「─エリーゼ=アルセリア。貴様との婚約は、ここに破棄する」 「……なぜ、ですか……?」  声が震える。  彼女の問いに、王子は冷然と答えた。 「貴様が、カリーナ嬢をいじめたからだ」 「そ、そんな……! 私が、姉様を、いじめた……?」 「カリーナ嬢からすべて聞いている。お前は陰湿な手段で彼女を苦しめ、王家の威信をも|貶めた《おとし》さらに、王家に対する謀反を企てているとか」  広間にざわめきが広がる。  ──すべて、仕組まれていたのだ。 「私は、姉様にも王家にも……そんなこと……していません……!」  必死に訴えるエリーゼの声は、虚しく広間に消えた。 「黙れ!」  シャルルの一喝が、広間に響き渡る。 「貴様のような下劣な女を、王家に迎え入れるわけにはいかぬ」  広間は、再び深い静寂に沈んだ。 「よって、貴様との婚約は破棄。さらに──」  王子は、無慈悲に言葉を重ねた。 「国外追放を命じる」  その宣告に、エリーゼの膝が崩れた。 「そ、そんな……!」  桃色の髪が広間に広がる。  必死にすがろうとするも、誰も助けようとはしなかった。 「王の不在時に|謀反《むほん》を企てる不届き者など不要。王国のためにもな」  シャルルの隣で、カリーナがくすりと笑った。  まるで、エリーゼの絶望を甘美な蜜のように味わうかのように。  なぜ。  なぜ、こんなことに──。  エリーゼは、震える指で自らの胸を掴む。  彼女はただ、幼い頃から姉に憧れ、姉に尽くし、姉を支えようとしていただけだったのに。  それが裏切りで返され、今、すべてを失おうとしている。 兵士たちが進み出る。  無骨な手で、エリーゼの両手を後ろ手に縛り上げた。 「離して、ください……っ」  必死に抵抗するも、力は弱い。。  誰も助けない。エリーゼは、見た。  カリーナが、微笑みながらシャルルに腕を絡め、勝者の顔でこちらを見下ろしているのを。  ──すべては、最初から、こうなるよう仕組まれていたのだ。  重い扉が開かれる。

処理中です...