天啓によると殿下の婚約者ではなくなります

ふゆきまゆ

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おかいもの

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馬車に乗り町の近くまで行ってみると田園風景から少しずつ家が増え始めた。自然が多い領地のおかげか木に囲まれている家も多かった。ただでさえ雪が多いフィルニース王国で山に囲まれた寒い領地、王都よりも更に多くの雪が積もるからだろうか頑丈で鋭利な屋根の家が多かった。町は更にとんがり屋根の建物が密集している。
馬車の中にいる間、どうにか持っているお金をメイメイかジュスティに預けられないかと思い提案してみたが、アレンシカとアレンシカの財産と守る対象がふたつに増えてしまうことを危惧してかやんわりと断られた。

「ここが領の中心街です。」

「わあ……!」

町の中央通りには店が軒を連ねており野菜を始め様々な出店がある。他にも日用雑貨の店や細工物の工房を兼ねた店もあり見るだけでも楽しそうだ。
そして何より学園の生徒がいないという点は大きい。王都では通りにいるだけでも同じ学園生達とすれ違い、噂や王子との関係を知っている者からの奇異の目がある。しかし王都から離れた飛び地領ではそれはない。自然にのびのびと楽しむことができそうだ。

「王都より人は多くないですが、それでもここは領で一番人が多い場所です。ジュスティ、くれぐれもエレシュカ様に不届き者を一人も近づけないように。」

「分かってるよ姉さん。」

「ですがエレシュカ様、細心の注意は払いますが万が一私共の不注意ではぐれてしまった場合、その場に留まるか安全そうな店で避難を。」

「うん、でも僕も必ず気をつけますね。」

エレシュカというのはアレンシカだと見つからないように決めたアレンシカの偽名である。アレンシカを隣国の古語で言うとエレシュカになるらしく、出発前に隣国出身のメイメイとジュスティが決めてからは馬車の中にいる時から慣れる為にそう呼ばれている。

「まずはどこに参りますか。」

「うーんと、最優先は元々の目的の勉強道具かな。伯爵に借りるのも忍びないし、いくつか買っておきたくて。でも残してまたどこかに行かなくてはいけないかもしれないし、僕があまり使いそうにないものにはしないと……。」

「ではこの町特有のものを選ばれるのがいいと思います。王都のものもこちらに流れてはきますが、この領で作られたものなら領民が使うものなので身分も隠しやすいかと。」

「ではこの領のものが一番多く取り扱われている店に行くのが良さそうだね。」

「ではご案内します。他にも気になった店がありましたらお呼びください。」

「ありがとう。」

町は賑わっており特に野菜やパンを売っている店では日々の買い物をする人々で賑わっていた。パンからはいい匂いがして、すぐ隣りのカフェスペースでは美味しそうなタルトを食べているご婦人たちがいる。

(プリムがいればすごく喜んだだろうなあ……。)

デザートを見れば思い出すのは大切な従者兼友人のこと。果物もデザートも大好きだから、こんなに美味しそうな店も沢山ある場所に来れば絶対にあれも食べたいこれも食べたいとはしゃいでいたに違いない。

「ここが文具店です。小さいながら取り揃えてあります。」

その近くにあった文具店にお邪魔すれば、確かに小さい店舗ながら色々なものがあるようだ。一角にはテキストもある。ペンの売り場に行けば色とりどりのペンが並んでいた。
眺めていると様々な種類があるのに、意匠はあるひとつの花の細工や模様が施されているものが多かった。


「レイシーラにはやっぱりフェルギネの花の模様が多いんですね。」

「レイシーラ領を象徴する花です。領民もひとつは必ずフェルギネの模様が施されているものを持っていると言っても過言ではないようです。」

「そうなんだ。素敵な花だものね。じゃあ僕もひとつ買おうかな。」

「ごゆっくりお楽しみください。」

綺麗で繊細なペンの中から吟味に吟味を重ね、淡い緑にフェルギネの花が金色で描かれたものを選んだ。

「こう綺麗だとお土産を買いたくなるなあ……。」

「ペンなら細いですし、問題ないのでは?」

「ううん、でも皆に買いたいし今回はやめておきます。」

例え細いペンでも送りたい人は多くいる。父親に、執事のディオール、お世話になっている使用人たち、もちろんプリムとエイリークにも。そうすると沢山買うことになるし、プレゼントするならとっておきの包装もするとなると荷物も多くかさばってしまう。いつまた移動するか分からない今はできる限り荷物は減らさなければならない。それに手がかりになってはいけないから公爵家に送ることも出来ない。となると今は我慢しなければ。

「では会計をいたしましょう。」

「あ、うん……。」

他にも自分用の普遍的なノートを三冊選んでからメイメイが店主を呼んでくれたのでお会計を済ませる。懐から財布を出してみるもどうにも手間取ってしまいスムーズにお金を出すことが出来ない。どれがどのお金かは分かるのに思ったように手が動かなかった。

「……あんた、もしかしてお貴族様かい?」

「えっ?」

「お忍びのお貴族様だろ?そんな格好をしていてもモタクタ金を出してたらバレないもんもバレちまうよ。」

「あ……すみません。」

むすっとしていて頑固そうに見える店主に一瞬で見抜かれてしまったらしい。
今の格好は貴族は選ばない服と言われている。選んだメイメイによると「少しだけ裕福な商家」のスタイルらしく、華美さは抑えた服装だった。フィルニースでは大きい商家は準貴族として扱われ平民からは貴族に思われてしまうので、中規模の商人の家の子に見えるようにしたらしい。
それでもお金を数えてひとつひとつ出していれば確かに見抜かれても不思議ではない。

「まあここは寒いから手が冷えちまって金を出すのも上手くいかないやつらばっかりだけどね。そいつらと比べてもあんたは下手すぎる。金持ちなのに金に慣れてない貴族だってすぐ分かったよ。」

「そう……ですか……。」

「お忍びなら隣りの姉ちゃんかそこの兄ちゃんに預けてやってもらいな。ツレなんだろ。」

「はい……。」

「ほら商品だよ、あんたいいのを選んだね。」

「ありがとうございます。」

お辞儀をしながら商品を受け取って店を出た。少し恥ずかしかったが初めて自ずの手からお金を出して手に入れた品物が嬉しく両手で抱きしめた。
貴重な経験をしたが、やはり優しい店主の言うとおりで思ったよりはお金に関しては不器用らしい。いきなり実践よりはもっと持つことに慣れてから挑んだほうが良さそうだ。これからいつまでここにいるか分からないから出来れば慣れてからのほうがいい。もう少し屋敷で練習してからにしようと思った。

「やっぱり、今日はお金はメイメイが預かってくれますか?」

「私がエレシュカ様の大切なお金を預かるのは……。」

「万が一これが原因で見つかってはいけないもの。皆が僕の為に頑張ってくれたのをこれで台無しにしたくはないから……。」

「……承知いたしました。ではお預かりいたします。」
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