天啓によると殿下の婚約者ではなくなります

ふゆきまゆ

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職務

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黒く威圧感のある衛務院の建物の前でユースは立っていた。内から溢れ出る憎しみに自然と眼差しもきつくなる。普段の温厚な様子からは考えられない表情に、衛務院から出てくる職員たちも何事かと何度も見てしまう。それでも鍛えられた職員は怯えたりはせず、訪れたユースを中へ案内した。
始めはただの応接間へ通されたがユースはそれで納得が出来ず、すぐに王弟のいる部屋に入れるように命じた。
連絡は来ていたので案内をすればユースは上機嫌になる。

(なんだ、きちんと王家の命も聞くんじゃないか。)

衛務院の内部の全てが腐敗していないと分かりユースは安堵した。全てが腐りきっていれば王弟が味方にいても改革は大変だ。人材を一新するだけでも時間と費用がかかる。すぐに命令に応じた者は残してやろうと心に決めた。

一番上にある最も重く立派な扉の前に立つと職員はノックした。

「失礼いたします。ユース第一王子殿下をお連れいたしました。」

「入りなさい。」

中に入るとそこには貴顕秩序衛務院の最高責任者であり王弟のジークドルクが重厚なデスクに座ってユースを見据えていた。
職員は部屋から出ていってしまった今この部屋には二人しかいない。

「こんにちは、叔父様。」

「ああ、久しぶりだねユース。元気だったかい?」

「最近は元気はありません。」

「何かあったのか?留学先で何か問題でも?」

「俺の留学は問題なく終わりましたが、他のことで悩ましいことが起きているのです。」

「ああ、それは大変だね。どうしたっていうんだい?」

やはり我が叔父は事のあらましを知らなかったのだ。それならば王家への謂れ無き反逆と衛務院の不正を報告しなくてはならないと、ユースはすぐさまジークドルクのデスクの前に立った。

「本当に大変なのです。俺の最愛のフィラルが捕まってしまいました。その相手はなんとこの衛務院の手によって。」

「そうか。」

「フィラルは何も罪を犯していません。それなのに何故か衛務院に捕えられています。これは重大な王家への犯罪です。王家を捉えるなどあってはならないことが起きています。」

「それで。」

「叔父様は知らなかったでしょう。内部がここまで腐敗していると。衛務院は貴族を取り締まり、王家への反逆を事前に防止する役目がある。なのに次期王妃のフィラルが捕らえられるなど前代未聞です。おそらく他の貴族と癒着してフィラルを捕らえている者たちがいます。」

「で?」

「俺はこの国の王子として……次期国王として、この問題を無視は出来ません。何よりフィラルが不当に捕えられています。叔父様に何度送った手紙も腐敗した職員によって届かなかったようです。ですからこうして直接叔父様にお伝えしようと参ったのです。」

「ふむ。」

「腐敗した衛務院にいては叔父様にも危険が及ぶ可能性があります。王弟である叔父様にまで危害が加えられれば今度こそ王家への反逆罪確定です。叔父様、お願いします。今こそ立ち上がり内部の不正を俺と共に一掃しましょう!そしてまずはフィラルを今すぐに解放してください!」

懇々と丁寧に説明をするとジークドルクは黙ってユースの話を最後まで聞いた。初めて知る事実の数々に驚いているのか深く考え込んでいるようにも見える。
ユースはこんな大変な時にジークドルクが熱心に聞いてくれたのが嬉しかった。王家への反乱、可愛い甥っ子が悲しんでいることを対処しようとすぐに動いてくれるに違いない。やはり情けない父親とは違うと関心した。

「ユースよ。」

「はい!」

「まずは説明ありがとう。」

ジークドルクは深刻な表情でユースを見ている。事態の重大さが伝わっているようだ。

「分かってくれて良かったです!さあ叔父様!」

「分からなかった。」

「え?」

「全く分からなかったよ、ユース。あまりに可笑しくて。」

「そうでしょう!可笑しいことが今衛務院で起きているんですよ!」

「可笑しいのは君だよユース。」

きっぱりとジークドルクは断言した。

「何が分かりませんか?分からないところはもう一度説明しますが……。」

「最初から最後まで分からない。何故そんな可笑しいことを言っているんだユース。」

ジークドルクの目には戸惑いも混乱もなく真っ直ぐにユースを見ている。何故そんな目で見てくるのかユースには分からなかった。

「まずひとつ、フィラル・レヴィリアを捕らえているのは王家への反逆ではない。正当な手続きと調査に基づき捕らえている。貴族ではあるから丁重にではあるが。」

「な、どうして、叔父様も承知なのですか?!」

「もちろんだ。そして次に、君からの手紙もしっかり届いている。ひとつ残らず目は通しているがな。うっかり証拠のひとつでも書いているのではと思って。」

報告しなければという気が急いて気づかなかったが、確かにデスクの上にはユースか送った手紙がいくつも端に寄せられて置いてあった。

「残念ながら君には物語の才能は無かったようだ。何を言っているのか全く分からなかった。これは自分を主人公にした物語だったのかな?」

ジークドルクは一瞬だけ手紙を見た後で興味ないというようにまたユースに視線を戻した。

「我々はきちんと職務を果たし、犯罪を犯した者を捕らえ調査しているだけだ。君にどうこう言われることはひとつもない。」

「そんな……可笑しいです!衛務院は王家へ反逆した貴族を取り締まることが仕事のはずです!なのにどうして王族を捕らえているんですか?!」

「フィラル・レヴィリアはまだ王族ではないが。」

「俺の婚約者ですよ!」

ユースはデスクに手を思い切り叩いてジークドルクをこれでもかと威圧する。それでもジークドルクの威圧感を上回ることが出来なかった。自分は次期国王で相手はあくまで現国王の王弟だというのに。

「ちょうど良かったな。ユースにも取り調べをしなければと思っていたんだ。フィラル・レヴィリアの文書偽造の罪が君主導だと聞いてな。」

「文書偽造?!」

「君は他家の手紙を王家のものと偽りリリーベル公爵家へ送ったのだろう?これのどこが偽造でないと?」

「リリーベル家は将来身内になる家です!フィラルも俺の妻になります!それに俺はきちんと了承を得ています!罪などどこにもない!」

「王族が王族専門の封筒や封蝋を横流しする行為のどこが偽造ではないときちんと説明をお願いします。」

「だから!俺の了承を得ているかつ身内同士のことは罪になることはない!」

「君は昔から自分のいい方に固執するところがあったが、留学しても直らなかったのか。」

「話を逸らすのをやめてください!」

ユースが激昂してもジークドルクは冷静な態度を崩さない。王弟だけあって何を言われてもビクともしないのだろう。その態度がユースにとって衛務院の非を認めず庇っているように見え腹立たしかった。

「可笑しいと思わないんですか!王家を守る為に存在する秩序衛務院が王家に仇なす者を諌めすらしないなど!貴族が好き勝手することを許している!これは立派な職務放棄であり王家への反逆だ!まさか叔父様は国家転覆を狙っているのか?!今更!国王を狙っているのか!次期国王である俺を嵌めようとしているのか!」

「悪いが空想の話は苦手なんだ。我々の仕事は事実を調査することだからな。」

「今まさに起きている事実だ!」

「そうか。なら我々には分からないかもしれないな。どこの事実か分からないからな。」

「叔父様!」

再び強くデスクを叩く。しかし手の痛みが追加されるだけてジークドルクには何も痛手にはならない。

「叔父様!今すぐ職務に向き合いフィラルを解放すれば貴方の企みを問い詰めることはしないと約束しましょう!俺に知られた時点で達成されることはないでしょうしね!」

「いつまで空想の話に付き合えばいいんだ?」

「だがこのまま職務放棄を続ければ罪に問わなければならない!」

「お前の言う職務とはなんだ?」

「もちろん貴族を取り締まることです!貴方も王族なので責任もあります!身内であるリリーベル家の過ちやフィラルを問題にした他家をきちんと躾なければならない!」

「……そうか。」

ジークドルクは顎に手をやり神妙な顔をした。

「お前は貴顕秩序衛務院の職務について勘違いをしている。」

「俺は次期国王として全てことを学んでいます!もちろんこの衛務院のことも熟知している!」

「いや、本当に知っているならそんな考えをしないはずだ。」

きっぱりと断言した。そんなことはないとユースは反論したかったがジークドルクの目がそれを許さない。たじろぐだけで何も言えなかった。

「貴顕秩序衛務院の仕事はふたつある。ひとつはお前の言う通り貴族を取り締まり調査し必要なら捕らえること。王家や国へ害となりうるものは取り除かなければならない。」

「そうでしょう!分かっているのならすぐに職務に取り掛かってください。」

「まだ話しは終わっていない。お前が知らないのはもうひとつの方だ。知らなかったのか関係ないと思って学ばなかったのかは分からないが。」

一見すると宥めるように、しかし確実に相手を諌める口調でジークドルクは言った。

「もうひとつの職務、それは王家の監視だ。」
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