君までの距離

高遠 加奈

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開始の合図

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一瞬だけ触れた手は、また自然に離される。あっけないくらいにさりげない。

ゆっくりと木々の間を抜けると、忙しく立ち働くスタッフが見えてきた。前を歩く高遠さんの背中が、緊張して力の入ってたものになる。

一番端のスタッフにたどりつくと、高遠さんはよく通る声を出した。


「おはようございます。よろしくお願いします」



ぴたりとスタッフが立ち止まる。声に吊られて何人かの顔がこちらに向けられた。



「おはよーっス」

「はよーっす」

「おはよー」


いくつかの返事が返されたのを聞いて、高遠さんの顔がゆるむ。照れるような恥じらいの浮かぶ顔が、マネージャー達をみとめて引き締まったものになる。


「遅いわ。高遠くん、早速こちらに来てちょうだい」



マネージャーと湯山さん、尾上さんに加えて、現場監督らしき年配の男性と技術職らしき細身の男性が集まって打ち合わせをしていた。



「ごめんね。もう行かないと。スポンサーなんだから見学は自由に出来ると思うよ」



高遠さんが、にこりと笑う。自然に作ったはずなのに、なんだか営業スマイルのような気がして胸にちくりと痛みがある。



「ご迷惑かけてすみませんでした。会えて嬉しかったです」

なんとか、もそもそと口を動かして言葉をつむぐと、高遠さんは向かいかけていた体をもどしてアタシを見た。

「俺も嬉しかったよ」



ぱあっとまわりが明るくなるような笑顔が向けられた。

これは本心で言ってくれていると信じられる笑顔で。


たった一言だけなのに、なんてこの人は、こうも効果的に使えるんだろう。

アタシの胸はさわさわと波立ったまま、じわじわと嬉しさが身に沁みてくる。



それから。何をする訳でもないアタシは、打ち合わせをしている尾上さんと高遠さんに近づくべく擦り寄っていった。

尾上さんがやっと到着したアタシを、ちらりと一瞥して片方の眉を上げる。

この場では何も言ってこないものの、後でお小言が待っているかもしれない。



難しい顔をした男性が、器材の設置状況を見つめていた。湯山さんも顎に指を添えて眉をしかめている。

このCMでは、お茶の水に天然水を使っていることが売りで、清涼感を出すためにわざわざ川の上流まで撮影に来ている。

川の中に佇む高遠さんの画を録ることになっているけれど、そうなればカメラの設置も川の中になる。

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