最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる

椿谷あずる

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「ルーミア、俺と婚約破棄してくれないか?」

 それは学園の卒業パーティーで告げられた一言。

===

 時は遡ること数か月前。
 私と婚約者カインは共に生徒会に所属していた。互いに家柄も成績も劣ることのない、理想的な仲睦まじいお似合いのカップル……なんて、そんな風に周囲からは羨望の眼差しを受けることも多かった。
 でもそんな私達が、まさかこんな悲劇を迎えることになるなんて。



 その日はいつもより早く授業が終わった。

「そうだ」

 ささやかながらも彼に喜んで貰いたいと思った私は、弾む足取りで生徒会室へと向かった。せっかくだからひと足先にカインの好きなスコーンとダージリンのお茶を用意しておこうと思ったのだ。

 今日はなんの話をしようかな。たとえどんな話でも、きっと楽しいに違いない。ふわふわと楽しい気持ちでそんな事を考えているうちに、体はあっという間に生徒会室に辿り着いていた。年季の入ったチョコレート色の扉に手をかけた、その時だった。

 がしゃん

「え?」

 がしゃん?
 突然、なんだか嫌な予感がする音が耳に飛び込む。まるで何かが割れるような音。目の前の生徒会室から聞こえてきたその不快音は、私の思考に一つの答えを提示する。

 これは多分ご愁傷様、よね。

 中で待ち受けているであろう悲劇を想像し、私は心の中で合掌した。まあ後片付けのお手伝いくらいはしてあげよう。
 小さく意気込んで扉に手をかける。その瞬間、今度は背後から声が聞こえた。

「今、変な音しなかった?」

 振り返るとそこには、カバン片手に扉を見つめた顔立ちの整った青年が立っていた。彼の名はウィル。私達と同じ、生徒会の書記を務める生徒だ。どうやら彼も授業が早く終わった口らしい。

「あら、ウィルいたの」
「いたよ」
「い、いつの間に……?」

 近くにいれば分かりそうなものなのに。
 ぽかんとして尋ねた私に、彼は苦笑いを浮かべて小さく首を振った。

「さっきからずっと後ろにいーまーしーた。全く……ルーミアは、考え事をしてるとすぐ周りが見えなくなるなあ。どうせカインのことでも考えていたんだろ?」
「う、うん。あたり」

 私の考えている事なんて、誰にも分からないと思っていたのに、こんなにもあっさりとバレてしまうなんて。
 恥ずかしくなって愛想笑いで誤魔化そうとしたけれど、それもまた恥ずかしいような気がしてやめた。俯いて、視線だけ少し彼に向ける。

「ねえ、このことは他の人には言わな……」

 そこで私は先程の心配が杞憂だったことに気づく。
 彼は私の言葉なんて大したことではないかのように、いや、彼にとっては実際大したことではなかったのだろう。ケロリと会話を続けた。彼の性格はこんな時助かる。

「いいなー。俺もスコーンを用意して待っていてくれる女の子がいればなあ」

 私は彼の会話に乗っかるように会話を続けた。

「ウィルなら何とかなると思うけど。えっと、もう少しだけ真面目になれば」

 これは決して嘘じゃない。
 お世辞を抜きにしても彼の容姿は悪くない。スラリとした身長と涼しい顔立ちの王子様みたいな風貌。おまけに家柄もよく、黙っていれば何人かの女の子は近づいてきそうだなとつくづく思う。
 ただしあくまで真面目になればの話。

「やだなー俺が不真面目だって言いたいの? 俺はいつも真面目だよ。側から見てそれが真面目に見えるかは知らないけど」

 あっはっはーと彼は冗談めかして笑った。

「ま、万人受けするような人生か、自分の趣向に忠実に生きる人生か二択から選べって言ったら、俺は後者を選ぶけどね」
「……でしょうね」

 提案するだけ無駄なのは百も承知。
 世の若い男女がやれ婚約だ、やれ許嫁だと、お家の存続や自分達の価値を磨くことに躍起になっているにも関わらず、彼だけはそんなの無意味とばかりに、やりたいことに明け暮れている。恐らくお見合いなど、星の数ほど断っているに違いない。

「もったいないわね」
「じゃあルーミアが貰ってくれる?」
「……馬鹿言わないでよ。私にはカインがいるの」
「だよねー、じゃあ来世でご縁があったら」
「はいはい」

 あまりにもしょうもない事を言うもんだから、私は呆れて笑ってしまった。それこそ、さっきの自分の恥ずかしさなんて忘れてしまうくらいに。もちろん彼がそこまで想定して、自ら道化になったとは思えないけど。

「というわけで、スコーンをくれる女の子(仮)の存在は諦めることにして、今日はこの扉の先に待っている事件に期待しようよ」
「ああ……そうだった」

 彼とのくだらないやり取りに、すっかり忘れていた。
 ようやく本題を思い出した私は、静かに扉を見つめた。

「扉の先に待っている事件に期待って……残念だけど、あまり楽しいことが待っているとは思えないわよ」

 私は透視するように、扉の先を凝視した。
 あれは間違いなく何かが割れる音だろう。壺とかグラスとか、そういった類の。だとすれば、この先に待っているのは悲劇であり、ウィルの考えるような面白い事件ではない。

「そうかなー? じゃあルーミア、ここから君ならどうする?」
「どうするって……」

 言葉に詰まった。そんな事、考えなくても答えは出ているのに。さっきも言った通り、楽しいことなんて待っていない。

「別に普通に」
「普通に?」

 この先にいるのは恐らく何かしらのトラブルに見舞われて困っている人物。だから普通に中に入ってそれを助ければいい。
 でもそれでもなお、ウィルは好奇心のような塊の目で見つめていて、私は心のざわめきが抑えられない。

「それは……」
「それは? ねえ、どうするの?」
「う……」

 どうしてだろう。不覚にも一瞬だけ、彼の期待に応えてみたいと思ってしまった。彼の言う面白いこと。いつもとは違う選択肢を選んで、マンネリとした日常に少しだけ変化が欲しいと思ってしまった。
 そして私は言った。

「……こっそり様子を見てみましょう」
「いいね、是非そうしよう」

 嬉しそうに笑みを浮かべたウィル。
 本当はこんな覗き見みたいなことするべきじゃないって分かってる。でも時すでに遅し。自分も彼も、覗こうとする姿勢が出来上がっている。
 私はウィルの雰囲気にしまったことに後悔しながら、そっと扉に手をかけ、部屋の中を覗いた。

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