1 / 5
1
しおりを挟む「ルーミア、俺と婚約破棄してくれないか?」
それは学園の卒業パーティーで告げられた一言。
===
時は遡ること数か月前。
私と婚約者カインは共に生徒会に所属していた。互いに家柄も成績も劣ることのない、理想的な仲睦まじいお似合いのカップル……なんて、そんな風に周囲からは羨望の眼差しを受けることも多かった。
でもそんな私達が、まさかこんな悲劇を迎えることになるなんて。
その日はいつもより早く授業が終わった。
「そうだ」
ささやかながらも彼に喜んで貰いたいと思った私は、弾む足取りで生徒会室へと向かった。せっかくだからひと足先にカインの好きなスコーンとダージリンのお茶を用意しておこうと思ったのだ。
今日はなんの話をしようかな。たとえどんな話でも、きっと楽しいに違いない。ふわふわと楽しい気持ちでそんな事を考えているうちに、体はあっという間に生徒会室に辿り着いていた。年季の入ったチョコレート色の扉に手をかけた、その時だった。
がしゃん
「え?」
がしゃん?
突然、なんだか嫌な予感がする音が耳に飛び込む。まるで何かが割れるような音。目の前の生徒会室から聞こえてきたその不快音は、私の思考に一つの答えを提示する。
これは多分ご愁傷様、よね。
中で待ち受けているであろう悲劇を想像し、私は心の中で合掌した。まあ後片付けのお手伝いくらいはしてあげよう。
小さく意気込んで扉に手をかける。その瞬間、今度は背後から声が聞こえた。
「今、変な音しなかった?」
振り返るとそこには、カバン片手に扉を見つめた顔立ちの整った青年が立っていた。彼の名はウィル。私達と同じ、生徒会の書記を務める生徒だ。どうやら彼も授業が早く終わった口らしい。
「あら、ウィルいたの」
「いたよ」
「い、いつの間に……?」
近くにいれば分かりそうなものなのに。
ぽかんとして尋ねた私に、彼は苦笑いを浮かべて小さく首を振った。
「さっきからずっと後ろにいーまーしーた。全く……ルーミアは、考え事をしてるとすぐ周りが見えなくなるなあ。どうせカインのことでも考えていたんだろ?」
「う、うん。あたり」
私の考えている事なんて、誰にも分からないと思っていたのに、こんなにもあっさりとバレてしまうなんて。
恥ずかしくなって愛想笑いで誤魔化そうとしたけれど、それもまた恥ずかしいような気がしてやめた。俯いて、視線だけ少し彼に向ける。
「ねえ、このことは他の人には言わな……」
そこで私は先程の心配が杞憂だったことに気づく。
彼は私の言葉なんて大したことではないかのように、いや、彼にとっては実際大したことではなかったのだろう。ケロリと会話を続けた。彼の性格はこんな時助かる。
「いいなー。俺もスコーンを用意して待っていてくれる女の子がいればなあ」
私は彼の会話に乗っかるように会話を続けた。
「ウィルなら何とかなると思うけど。えっと、もう少しだけ真面目になれば」
これは決して嘘じゃない。
お世辞を抜きにしても彼の容姿は悪くない。スラリとした身長と涼しい顔立ちの王子様みたいな風貌。おまけに家柄もよく、黙っていれば何人かの女の子は近づいてきそうだなとつくづく思う。
ただしあくまで真面目になればの話。
「やだなー俺が不真面目だって言いたいの? 俺はいつも真面目だよ。側から見てそれが真面目に見えるかは知らないけど」
あっはっはーと彼は冗談めかして笑った。
「ま、万人受けするような人生か、自分の趣向に忠実に生きる人生か二択から選べって言ったら、俺は後者を選ぶけどね」
「……でしょうね」
提案するだけ無駄なのは百も承知。
世の若い男女がやれ婚約だ、やれ許嫁だと、お家の存続や自分達の価値を磨くことに躍起になっているにも関わらず、彼だけはそんなの無意味とばかりに、やりたいことに明け暮れている。恐らくお見合いなど、星の数ほど断っているに違いない。
「もったいないわね」
「じゃあルーミアが貰ってくれる?」
「……馬鹿言わないでよ。私にはカインがいるの」
「だよねー、じゃあ来世でご縁があったら」
「はいはい」
あまりにもしょうもない事を言うもんだから、私は呆れて笑ってしまった。それこそ、さっきの自分の恥ずかしさなんて忘れてしまうくらいに。もちろん彼がそこまで想定して、自ら道化になったとは思えないけど。
「というわけで、スコーンをくれる女の子(仮)の存在は諦めることにして、今日はこの扉の先に待っている事件に期待しようよ」
「ああ……そうだった」
彼とのくだらないやり取りに、すっかり忘れていた。
ようやく本題を思い出した私は、静かに扉を見つめた。
「扉の先に待っている事件に期待って……残念だけど、あまり楽しいことが待っているとは思えないわよ」
私は透視するように、扉の先を凝視した。
あれは間違いなく何かが割れる音だろう。壺とかグラスとか、そういった類の。だとすれば、この先に待っているのは悲劇であり、ウィルの考えるような面白い事件ではない。
「そうかなー? じゃあルーミア、ここから君ならどうする?」
「どうするって……」
言葉に詰まった。そんな事、考えなくても答えは出ているのに。さっきも言った通り、楽しいことなんて待っていない。
「別に普通に」
「普通に?」
この先にいるのは恐らく何かしらのトラブルに見舞われて困っている人物。だから普通に中に入ってそれを助ければいい。
でもそれでもなお、ウィルは好奇心のような塊の目で見つめていて、私は心のざわめきが抑えられない。
「それは……」
「それは? ねえ、どうするの?」
「う……」
どうしてだろう。不覚にも一瞬だけ、彼の期待に応えてみたいと思ってしまった。彼の言う面白いこと。いつもとは違う選択肢を選んで、マンネリとした日常に少しだけ変化が欲しいと思ってしまった。
そして私は言った。
「……こっそり様子を見てみましょう」
「いいね、是非そうしよう」
嬉しそうに笑みを浮かべたウィル。
本当はこんな覗き見みたいなことするべきじゃないって分かってる。でも時すでに遅し。自分も彼も、覗こうとする姿勢が出来上がっている。
私はウィルの雰囲気にしまったことに後悔しながら、そっと扉に手をかけ、部屋の中を覗いた。
449
あなたにおすすめの小説
復讐は静かにしましょう
luna - ルーナ -
恋愛
王太子ロベルトは私に仰った。
王妃に必要なのは、健康な肉体と家柄だけだと。
王妃教育は必要以上に要らないと。では、実体験をして差し上げましょうか。
名も無き伯爵令嬢の幸運
ひとみん
恋愛
私はしがない伯爵令嬢。巷ではやりの物語のように義母と義妹に虐げられている。
この家から逃げる為に、義母の命令通り国境を守る公爵家へと乗り込んだ。王命に物申し、国外追放されることを期待して。
なのに、何故だろう・・・乗り込んだ先の公爵夫人が決めたという私に対する処罰がご褒美としか言いようがなくて・・・
名も無きモブ令嬢が幸せになる話。まじ、名前出てきません・・・・
*「転生魔女は国盗りを望む」にチラッとしか出てこない、名も無きモブ『一人目令嬢』のお話。
34話の本人視点みたいな感じです。
本編を読まなくとも、多分、大丈夫だと思いますが、本編もよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/novel/618422773/930884405
婚約破棄寸前、私に何をお望みですか?
みこと。
恋愛
男爵令嬢マチルダが現れてから、王子ベイジルとセシリアの仲はこじれるばかり。
婚約破棄も時間の問題かと危ぶまれる中、ある日王宮から、公爵家のセシリアに呼び出しがかかる。
なんとベイジルが王家の禁術を用い、過去の自分と精神を入れ替えたという。
(つまり今目の前にいる十八歳の王子の中身は、八歳の、私と仲が良かった頃の殿下?)
ベイジルの真意とは。そしてセシリアとの関係はどうなる?
※他サイトにも掲載しています。
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
地味令嬢を馬鹿にした婚約者が、私の正体を知って土下座してきました
ほーみ
恋愛
王都の社交界で、ひとつの事件が起こった。
貴族令嬢たちが集う華やかな夜会の最中、私――セシリア・エヴァンストンは、婚約者であるエドワード・グラハム侯爵に、皆の前で婚約破棄を告げられたのだ。
「セシリア、お前との婚約は破棄する。お前のような地味でつまらない女と結婚するのはごめんだ」
会場がざわめく。貴族たちは興味深そうにこちらを見ていた。私が普段から控えめな性格だったせいか、同情する者は少ない。むしろ、面白がっている者ばかりだった。
とある伯爵の憂鬱
如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。
望まない相手と一緒にいたくありませんので
毬禾
恋愛
どのような理由を付けられようとも私の心は変わらない。
一緒にいようが私の気持ちを変えることはできない。
私が一緒にいたいのはあなたではないのだから。
誤解なんですが。~とある婚約破棄の場で~
舘野寧依
恋愛
「王太子デニス・ハイランダーは、罪人メリッサ・モスカートとの婚約を破棄し、新たにキャロルと婚約する!」
わたくしはメリッサ、ここマーベリン王国の未来の王妃と目されている者です。
ところが、この国の貴族どころか、各国のお偉方が招待された立太式にて、馬鹿四人と見たこともない少女がとんでもないことをやらかしてくれました。
驚きすぎて声も出ないか? はい、本当にびっくりしました。あなた達が馬鹿すぎて。
※話自体は三人称で進みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる