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しおりを挟む「ど、どうしよう……」
床に割れた破片が散らばっている。
覗き込んだ扉の先。生徒会室の室内で生徒会会計のアメリが今にも泣きそうな様子で狼狽している。その視線は足元に散らばる割れたカップ片を見つめていた。しかもあれは……!
「まずいわね」
私はすぐにそのカップがカインの物であると気付いた。だって私がカインの為に用意したものだったから。もちろんアメリもその事実に気付いているようだった。
「やっちゃったなあ、彼女。あのカップ、カインのお気に入りだろ? しかもかなり値が張る」
「ええ……そうよ」
そのカップは唯一無二の特注製であった。一般庶民としてギリギリの状態でこの学園に通っているアメリには、到底弁償できる代物では無い。
「うーん……」
「どうしたそんなに唸って」
不思議そうにウィルが顔を覗き込む。
「ええ、ちょっとね。……仕方ないか。ウィル、貴方はここで待っててもらえる」
「待つって……え?」
「いいから」
ポカンとした彼にそう告げて、私は一人、生徒会室に足を踏み入れた。
「アメリ、貴女大丈夫?」
「ル、ルーミア先輩!」
私の一声にアメリは大きく肩を震わせる。
私は彼女の元に近づき、様子を窺った。アメリは今にも泣き出しそうになりながらも声を絞り出した。
「わ、私……カイン先輩にお茶を入れようと思って用意していて……」
なるほど、それでカップを割ってしまったのか。
「そうだったの」
私は努めて優しい声を出した。
「ルーミア先輩、私どうしたらいいですか?」
彼女の視線が私に向けられる。
一瞬だけ、このカップを割ったのは貴女だと言って、突き放してしまいたい気持ちに駆られた。
噂で聞いたことがある。彼女はカインの事が好きらしい。お茶を入れようとしたのも、きっとそのためだろう。婚約者は私なのに。……でもまさかそんな嫉妬心で、彼女を冷たくあしらう訳にもいかないだろう。
「先輩……」
「……」
アメリの目から大粒の涙が零れ落ちそうになっている。私としたことが、彼女のその姿を見てしまうと、なんとかしてかばってあげなければいけないと思ってしまった。
「アメリ、大丈夫よ。私が何とかしてあげるから」
私はそう言って彼女の肩をそっと撫でた。
「ここは私が割ったってことにするわ」
「え?」
アメリは驚いたように私を見つめた。
「で、でも……」
「大丈夫。私がやったって言った方が角が立たないと思うから」
「そ、そんな……。ルーミア先輩、でもこれカイン先輩のお気に入りだったカップですよ」
彼女が私の服の裾を掴む。
「……アメリだって、そのことは知ってるでしょ?」
私は彼女の手の上に自分の手を重ねた。そしてゆっくりと諭すように彼女に語り掛ける。
「この事は私と貴女だけの秘密にしましょう? そうすれば誰も傷つかなくて済むから」
「は、はい……」
アメリは小さく頷いた。
「あ、ありがとうございます、ルーミア先輩」
私を見つめる彼女の瞳にはうっすらと涙の膜が張っている。それを見て私はほんの少しだけ優越感に浸っていた。今、この瞬間だけ彼女には私が神様にでも見えているかもしれない。
こうして少しの同情の気持ちから、私が彼女の罪を被ることにした。
……うん、まあそれがいけなかったのだ。
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