最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる

椿谷あずる

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 放課後。
 授業を終えたカインが生徒会室へとやって来た。部屋には私、カイン、アメリ、ウィルが揃った。

「ねえカイン」
「どうしたんだ、ルーミア。そんなにかしこまった表情で」
「実は……私、あなたのカップを割ってしまったの」
「なんだって!?」

 私がカップの件について告げると、彼は驚いたように声を上げた。お気に入りだったから、当然といえば当然か。

「ごめんなさい、カイン」
「ああ……」

 私が頭を下げると、彼は小さくため息を吐く。明らかに落ち込んでいるのが伝わる。その反応に胸がチクリと痛んだ。

「……どうして……割ったりなんかしたんだ」
「……それは、その……」

 理由を聞かれた私は、言葉に詰まってしまった。アメリを庇うためとはいっても、話すにはやはり勇気がいる。

「お茶を入れようとしたら手が滑ってしまって」
「……」
「ごめんなさい……」

 再度謝罪し頭を下げると、彼は俯いて黙ってしまった。重苦しい空気が私とカインの間に漂う。やっぱり庇うんじゃなかったと後悔するくらいには、十分な沈黙の時間が流れた。
 沈黙に潰されそうになり、なんとか小さく息を吸おうとしたその時だった。

「ルーミア先輩を責めないで下さい」

 黙って聞いていたアメリが声を上げた。
 普段の彼女からは想像もつかないような強い口調に、私は思わず目を見開いた。その様子から並々ならぬ意思が伝わってくる。そうか、彼女はきっと自分で自らの罪を告白するつもりなんだ。なんて勇気のある行動だろう。
 彼女の行動にそれを察した私は、目の前に立つその姿をただただ眩しそうに見つめた。

「アメリ、どうしたんだ?」
「カイン先輩」

 首を傾げるカイン。臆することのない表情で、アメリは彼に向かってはっきりと言葉を返した。

「仕方ないじゃないですか、失敗は誰にでもあることです」
「え?」

 私はポカンと口を開けた。真実を話すんじゃなくて、私が彼女に庇われた? まさかそんな展開が待っているなんて。私が本来アメリにやったことが、この場で彼女にそっくりそのまま上書きされた。これは私がアメリを庇おうとして招いた結果だけど……だとしても、いや、そう来るか。

「こうしてきちんと謝罪をしているのに、これ以上、ルーミア先輩を責めるのは間違っています」
「まあ、それもそうだが……」

 カインは口籠もった。アメリの言っている事が間違っているわけではないと思ったからだろう。けれど、そういう問題ではない。間違っているのだ、何もかも。私はカップを壊していないし、カップを本当に壊したのはアメリなのだ。私はただ彼女が気の毒だと思って罪を被っただけで。
 違うと否定したかったのに、そんな私を置いてきぼりにしたまま、二人の間にある物語はどんどん進んでいく。

「『許す』ことも大切ですよ」
「……取り乱して悪かったな、ルーミア」

 カインは静かに頭を下げた。

「……アメリ、君は優しいんだな」
「いいえ、優しいのはカイン先輩です」

 いいや、優しいのは私だ。

「アメリ、ありがとう。君のおかげで大切なことを思い出したよ」

 それなら私の存在も思い出して欲しい。

「それは良かったです」
「ああ」

 二人は見つめ合い、微笑みあった。私はそんな彼らの姿を見て、なんだか無性に泣きたくなってしまった。私は何者なの? 単なる悲しい道化?
 それから二人は、せっかくなので新しいカップを買いに行こうと、一緒に生徒会室を出て行ってしまった。残っているのは私とウィルの二人だけ。

「……」
「行っちゃったねえ」
「……何、文句ある? どうせ馬鹿だなって思ったんでしょ」
「んー、まあ少しだけ。正直に言っちゃえばよかったのに」
「だって仕方ないじゃない」

 私は口を尖らせた。アメリの罪をなんとかすると言ったのは自分なのだ。いくら待っていた結末が地獄だとしても、ここで約束を破ることなんて出来ない。

「優しいんだな」
「うるさいわよ」

 あえてカインの口調を真似するウィルに、私は後ろから彼の背中を小突いた。彼は笑いながら肩をすくめる。悲観的に同情されるのではないのが救いだった。

「ねえねえ。そのスコーン貰ってもいい?」

 そう言って彼は机の上を指差す。そこにはカインのために用意したスコーンが、ポツンと寂しく置かれていた。

「はいはい。どうぞ」
「やった、ありがとう」

 この冷めたスコーンもゴミ箱に行くよりウィルのお腹に入った方がいいはずだ。

「んー美味いなールーミアは天才だよ」
「……それはどうも」

 本心かどうかは分からない。けれど幸せそうに頬張る彼を見て、私は少しだけ心が軽くなったような気がしたのは事実だった。

 よし、今日のことは水に流して、明日から頑張ろう。私はいい事をしたんだもの。悲しむ必要なんてない。
 自分に気合いを入れ直し、私は大きく息を整えた。

 けれど、この出来事がまだ尾を引くことになるなんて、この時の私には知る由もなかった。

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