災厄の魔導士と呼ばれた男は、転生後静かに暮らしたいので失業勇者を紐にしている場合ではない!

椿谷あずる

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5.失敗しちゃった⭐︎は許されない

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 朝の森は静かだ。
 鳥の声も風の音も、寝ぼけた頭をほどよく揺らしてくれる。
 よく煮込まれた野菜スープの匂いがしそうなほど、のどかな時間――のはずだった。

 ドゴオオオン

 耳をつんざつような爆音が、平穏な朝を吹き飛ばす。ああ、いつになったら出オチじゃない朝を迎えることが出来るんだろう。
 そんな事を思考しながら寝間着のまま飛び起きたゼルファスが台所へ駆け込むと、そこには煙に包まれた男の姿があった。

「お前、何やってんの?」
「あーあ、失敗しちゃった」

 ぼんやりと頭をかいた男は、煙の向こうから顔をのぞかせる。
 銀髪はボサボサでシャツには大きな焦げ跡が出来ていた。

「たまには朝ご飯を作ろうかなと思って、スープを」
「……これのどこがスープ?」

 ゼルファスが周囲を見ると、赤や黒のよく分からない物体Xが飛び散っていた。それと黒焦げになって穴の開いた鍋。

「爆発しちゃったから」
「たぶんそこが問題じゃないだろ。何が混ざってこうなったのか気になるわ」

 元一流魔導士の目を持つ自分でさえも、原因を解析出来る気がしなかった。

「何がって、いろいろ」
「いろいろぉ~?」
「うん、この辺にあったもの全部」
「ぜんっ……」

 思わず言葉に詰まる。どのくらい買い込んでいただろうか、目を閉じて思い出す。ざっと三日分はあったかもしれない。

「……はあ」

 ゼルファスはため息をつきつつ、リアンの顔に付いた煤を服の裾で拭った。指先が一瞬だけ頬に触れて、相手の体温を感じとる。ゼルファスは無意識に視線を逸らした。

「……なんかいいね、こういうの」
「は? なにが?」

 ゼルファスには全く分からなかったが、リアンはまんざらでもないように目を細めた。

「ゼルファスがずっと一緒にいてくれたらいいのに」
「普通に嫌だが?」

 天然勇者の子守りなどお断りである。

「こんな陰気な場所で養生してないで、さっさと元気に旅立ちなさいよ。勇者サマ」

 飛び散った床を雑巾で拭きながら、ゼルファスはリアンに言い放った。

「冷たいなあ」
「冷たくて結構。大体、むやみやたらに知らない人の家に滞在するもんじゃないでしょ。どうすんだよ、俺がこの森に住む悪い魔法使いとかだったら」
「む。それは困るから、倒す」

 リアンはお玉を剣代わりに素早く身構えた。実に滑稽だ。

「……くそ、調子狂うわ」

 お玉勇者から武器を取り上げ、ゼルファスはそれをシンクに放り投げた。ついでに食材置き場も確認。使えそうなものは、見事に失われていた。

「あーあ、食材も新しく補充しないとなー。おいリアン、今日の朝はパンで我慢しろよ?」
「うん、ありがとう」
「スープの作り方はまた今度教えてやるから。……ったく、なんで俺が……」

 ぶつぶつ文句を言いながらも、ゼルファスは朝食の準備に取り掛かった。

「大丈夫。ゼルファスは悪い魔法使いなんかじゃないよ」

 リアンは穏やかな声で言う。ゼルファスが訝しげに顔を上げると、リアンと目が合った。

「……どうして分かるんだよ」
「だって……優しいから」

 リアンは当たり前のように言って、台所を出ていった。

「なんだそれ……」

 一人残されたキッチンに、パンの焼ける匂いが立ち込める。ゼルファスは頭をかきながらため息をついた。
 静かな朝の森は、ほんの少しだけ賑やかになっていた。
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