琉球お爺いの綺談

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if歴史夜話 神功帝は、スメラミコトだった

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 女系問題の発祥は、神功帝の扱いを、明治政府が間違えたことに始まります。

 日ノ本が、中央支配体制に遷移するのは、紀元前となる第十代崇神帝以降のお話となります。四道将軍を配して、全国制覇を進めると共に、街道整備を進めていったのが、第十代崇神帝となります。全国の神社が、体系化されていくのは、崇神帝がら始まる、日本制覇の歴史なのです。
 干支の履歴から推定されているのが、紀元前660年の神武陛下が、スメラミコトとなられた年とされています。
 「辛酉年春正月庚辰朔」と記述された、神武天皇陛下の即位年ですが、辛酉の年が顕れるのは、60年に一回であり、正月朔日(1日)が庚辰であるのも珍しいので、アメリカで推古帝以前に遡って、辛酉の年で、正月朔日が庚辰なる年が、元前660年という天文学上の計算結果から、紀元前660年に日本が建国されたことを検証しています。最近は、記述そのものについて、必死で虚偽情報を流そうとされる方も多く、厄介な時代ではありますが、神武帝の即位を建国とするとすれば、紀元前660年ということになります。
 事績の記載が少ないことは、日本の歴史にとっては、良き日が続いた時代であり、悪いことが起きなかった時代となります。逆に事績が記録に残るというのは、日本の歴史にとって、悪いことがあって、非常時が生じた結果、記録せざるを得なかったということで、日本の歴史には悪い結果となります。良く、事績の記載が無いことが、存在しないと言う方がおられますが、日本の歴史では、事績を記された時代ほど、碌な時代ではなく悪しき時代であり、事績が記されなかった人間が、徳の高い人間であったということになります。
 つまりは、事績が記される、陛下の時代には、日本に悪しきことが起きた時代で、万民にとっては良い時代ではなかったことになります。

皇紀, 元,年,辛酉,BC,660,年,神武元年,075,年,崩御,丙子,BC,585,年,皇紀,076,年
皇紀,080,年,庚辰,BC,581,年,綏靖元年,032,年,崩御,壬子,BC,549,年,皇紀,112,年
皇紀,113,年,癸丑,BC,548,年,安寧元年,037,年,崩御,庚寅,BC,511,年,皇紀,150,年
皇紀,151,年,辛卯,BC,510,年,懿徳元年,033,年,崩御,甲子,BC,477,年,皇紀,184,年
皇紀,186,年,丙寅,BC,475,年,孝昭元年,082,年,崩御,戊子,BC,393,年,皇紀,268,年
皇紀,269,年,己丑,BC,392,年,孝安元年,101,年,崩御,庚午,BC,291,年,皇紀,370,年
皇紀,371,年,辛未,BC,290,年,孝霊元年,075,年,崩御,丙戌,BC,215,年,皇紀,446,年
皇紀,447,年,丁亥,BC,214,年,孝元元年,056,年,崩御,癸未,BC,158,年,皇紀,503,年
皇紀,504,年,甲申,BC,157,年,開化元年,059,年,崩御,癸未,BC,098,年,皇紀,563,年
皇紀,564,年,甲申,BC,097,年,崇神元年,067,年,崩御,辛卯,BC,030,年,皇紀,631,年
皇紀,632,年,壬辰,BC,029,年,垂仁元年,098,年,崩御,庚午,AC,070,年,皇紀,730,年
皇紀,631,年,辛未,AC,071,年,景行元年,059,年,崩御,庚午,AC,130,年,皇紀,790,年
皇紀,791,年,辛未,AC,131,年,成務元年,059,年,崩御,庚午,AC,190,年,皇紀,850,年
皇紀,852,年,壬辰,AC,192,年,仲哀元年,008,年,崩御,庚申,AC,200,年,皇紀,860,年
皇紀,861,年,辛巳,AC,201,年,神功元年,067,年,崩御,己牛,AC,269,年,皇紀,928,年
皇紀,930,年,庚寅,AC,270,年,応神元年,040,年,崩御,庚午,AC,310,年,皇紀,970,年
※,古事記および日本書紀の干支表記(混在?),
,https://www.weblio.jp/wkpja/content/上古天皇在位年一覧
,参考:古事記崩御干支についての疑念,小沢一雅,

 神武帝から開化帝までの九代は、連合王国の時代であり、豪族が強い力を持っていた時代となります。神武帝以前の先史時代となりますと、縄文期の鬼界カルデラ噴火によって、日向ヒムカから筑紫ヤマトへと移住した人々が、出雲から筑紫ヤマトへ最上位の大君が、国譲りによって移行した時は、筑紫ヤマトの時代であり、倭国の国造りはその頃から始まっています。神武陛下の頃、郎党達を率いて、筑紫ヤマトから畿内ヤマトへ移住したことで、神武東征という伝承が生まれます。しかしながら、この頃は筑紫ヤマトの東進拠点であり、強大な出雲、吉備を東西から挟む形で、勢力を形成するという思惑があったのかもしれません。

 崇神帝の御代、畿内ヤマトが日本制覇を手がけるのは、疫病の蔓延と、衛生の国家管理が、名目として登場します。崇神帝は、四道将軍に命じ、古代の大道建設を開始し、大規模土木工事を推進すると共に、統治体制の確立を目指します。
 この日本制覇が、ほぼ完了するのが、神功帝による「三韓征伐俗称」となります。筑紫ヤマトを従え、南の熊襲征伐、北の新羅征伐、百済併合と任那の確立が、神功帝の業績となります。神功帝の子供である応神帝は、仲哀帝が崩御された時には、まだ産まれていません。神功帝がスメラミコトであったと考えなければ、辻褄は会いません。
 明治期に摂政という形に置換されてしまって、昭和天皇陛下が、摂政となることの一助とされて、自分自身を神功帝になぞらえてしまった、貞明皇后の権限を制限する名目もあって、一時的に神功帝の在位を無かったことにしたということになります。

※参考,皇后考:原 武史著)

 上古の御代については、様々な議論が為されるのは、上古の御代が、即位から崩御までの年数にあります。平穏な時代の考安帝が101年と、非常に厄介な年数を在位している陛下が多いとこになるのです。また、崩御年にも記述から、垂仁帝、景行帝、成務帝、の三陛下は、同じ干支に崩御するという、作為的なモノを感じます。

 当時の記紀が、正確であったとしたら、上古の時代には、アヤカシひとあらざるモノが傍に暮らしていた時代であり、寿命そのものがかなり長かったと考えられます。崩御の干支が同じなのは、崩御を選んだ年の干支、ということではないでしょうか。
 歴史ifとしては、表記が正確であったという条件下で、上古の時代は、人とアヤカシひとあらざるモノが共に暮らしていて、神代の方々は、寿命という概念が無かったということにしております。
 上古の御代からの流れとして、皇族が、皇族同士の婚姻を繰り返していくのは、寿命の確保があったのではないでしょうか。人の血が大きく混ざる結果となる、光明皇后の擁立は、知が濃くなる障害が、生じていたこともあったとも考えられます。

 日ノ本の相続にも課題があって、末子相続制度が、上古の時代には、大きく影響していました。

 末子相続は、長子は親が存命中に一家を立てるので、親の相続は末子が受け取り、兄弟が支えあうという形で、上古の頃は機能していました。伝説の「山幸彦火遠理命海幸彦火照命」は、海人ウミンチュウ豊玉毘売命山人ヤマンチュウ山幸彦火遠理命との婚姻というだけでなく、火遠理命に仕えることとなる火照命、という伝承が含まれています。

 神功帝は、仲哀帝の子供達と戦って、勝利することで、応神帝を皇太子としています。これも、当時の相続状況であり、先例と直系の流れとなっています。山幸彦、海幸彦の伝承を、広く広めていったのは、神功帝であったかもしれません。

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