虐げられてきた令嬢は、冷徹魔導師に抱きしめられ世界一幸せにされています

あんちょび

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古代魔法の目覚め

15.レオンの心の壁

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 塔に戻った夜、窓の外には月光が静かに差し込んでいた。
 闇は深く、森のざわめきも、昼間の戦いの熱気もすべて冷ややかに静まっている。
 アリシアは暖炉の前に座り、まだ震える手を見つめていた。
 彼女の胸は、戦いの恐怖と魔法の覚醒に伴う高揚で波打っている。

「……怖かったけれど、でも……」
 小さな声でつぶやくアリシア。

 その言葉を、レオンは静かに聞いていた。
 目を閉じ、拳を握りしめ、胸の奥で何かを抑え込むように。

(……また失うのか――)

 彼の心に、過去の記憶が鋭く蘇る。
 幼い頃、己の才能ゆえに周囲と距離を置かれた孤独。

 その孤独を埋めてくれたのは、血縁はないが家族同然の女性――心を許せる姉のような唯一の存在だった。
レオンにとっての安らぎであり、帰る場所。

 だが、彼女は奪われた。
 魔導師組織と貴族の陰謀が絡む政治的な争いに巻き込まれ、命を失った。
 レオンは必死に守ろうとしたが、未熟さゆえに目の前でその命を奪われた――。
 あの時の痛みは、今も胸を締めつける。

 だからこそ、アリシアに向ける気持ちが恐ろしい。
 守りたい――しかし、もしもまた失ったら、耐えられない。
 失うくらいなら、最初から愛さない方がいい。

「……アリシア、お前は危険すぎる」

 レオンの声は低く、冷たく響いた。
 その言葉に、アリシアは驚きと痛みを感じた。
 けれど、彼の瞳にかすかな苦悩が浮かんでいるのも見て取れた。

「……レオン様……わたし……」

 涙が自然と頬を伝う。アリシアは手を差し伸べようとするが、レオンは少し距離を置き、手を伸ばさせない。

「――近づくな」

 その一言には、彼の冷徹さが滲む。だが、その奥には深い思いが隠されていた。
 守りたい、けれど傷つけたくない――。

 アリシアはその本心を察する。
 言葉に出さない彼の葛藤、胸を締め付ける痛み、恐怖――すべてが伝わる。
 それは彼がただ冷たいわけではない、深い愛ゆえの壁なのだと理解できた。

(レオン様……こんなにも、私のことを――)

 涙を拭い、アリシアは決意する。
 どんなに突き放されても、彼の想いを信じよう。
 彼の壁を理解し、そっと寄り添うこと。それが今の自分にできる唯一のことだと。

◇ ◇ ◇

 レオンは、心の奥で自分自身と戦っていた。
 「守れなかった過去」と「守りたい今」。
 どれほどの距離を置けば、アリシアを安全に守れるのか――答えは出ない。

 だが、ひとつだけ確かなことがあった。
 ――彼女が自分にとってかけがえのない存在であること。

 無表情の仮面を装いながらも、彼の心は揺れていた。
 あの頃の記憶が、今も胸に刺さり続ける。
 あの時守れなかった女性を思い出すたびに、アリシアを抱きしめずにはいられない自分がいる。

 だからこそ、壁を作る。
 愛を口にすれば、失う恐怖が現実になる。
 守るためには冷徹でいなければならない――それが、彼に課せられた戒めだった。

◇ ◇ ◇

 アリシアは、泣きながらもそっと彼の手元から目を離さず、言葉を探す。

「レオン様……わたし、わかります……。怖くても……、でも、わたしは……」

 言葉にできない思いは胸の奥で燃え上がり、彼の壁に触れる。
 その沈黙の中で、二人の心が互いを思い合う気持ちで結ばれていく。

 レオンはゆっくりと呼吸を整え、かすかに肩の力を緩める。
 まだ言葉にはできない。けれど、彼の中でひとつの確信が芽生え始めていた。

(――この少女を、二度と失いたくはない)

 その想いが、冷徹な魔導師の心を少しずつ溶かし始める。
 壁の向こう側にある、温もりと信頼――それを感じながら、彼は静かに拳を握りしめた。

 アリシアもまた、涙を拭い、決意を胸に抱く。
 どんなに突き放されても、彼を信じる。壁の向こうにある本当の心を、必ず受け止めると。

 静かな夜、塔の暖炉の炎はゆらめき、二人の影を長く伸ばしていた。
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