ベスティエンⅢ

熒閂

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#13:The identification

赤点キング 02 ✤

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 下校途中、真珠マタマ下総シモーサはお目当てのアイスクリーム屋へやって来た。
 せっかく何日も費やして勉強を見てもらったのに考査の結果は惨敗。下総にとっては、アイスクリームを食べに行くくらいで真珠のご機嫌取りができるならば割のよい取引であった。
 真珠が偶然見つけて気に入った店だけあって、その外観は下総の目には奇抜に映った。ピンクとレモンイエロのストライプの廂、パステルカラーの壁紙や内装、光り出しそうなくらい真っ白な床、白光の照明。総体的にコントラストが強く、下総は目が痛くなりそうだった。しかし、真珠の満面の笑みに目を瞑ってそれに耐えることにする。
 店の前に立ち、ウィンッと自動ドアが開いた。真珠はウキウキして軽い足取りで店内に入ったが、下総は一歩立ち入ったその場でビタッと停止した。
 真珠は「蔚留シゲルくん?」と後ろを振り返った。下総は教師に赤点を詰られても何処吹く風だったのに、にわかに面白くなさそうな表情になっていった。

「蔚留くんどうしたの? 早く中に入ろうよ」

 真珠から腕を引かれ、下総は渋々店内に足を踏み入れた。
 真珠は、ショーケースの前に立っている真っ白の学生服を見て、下総が入り口で足を停めた理由を理解した。駅前周辺では常にいくつもの学校の生徒が彷徨いているが、このように目立つ学生服は荒菱館コーリョーカン高等学校だけだ。
 学生服がふたり、セーラー服がひとり。セーラー服の少女の横顔を見て、真珠は「あ」と声を漏らした。先に店内にいたのはレイ渋撥シブハツ美作ミマサカという顔見知りだった。

 荒菱館高等学校の三人は注文を終え、レジで商品を受け取った。

「ハッちゃんはダブルにせえへんかったんやね」

 禮は、美作が渋撥にカップに入ったアイスクリームを手渡しているのを見て言った。
 アイスクリーム注文時、渋撥はどうせ「何でもいい」とか「どれでも同じ」とか言うに決まっているから、美作が無難なものを選んだ。

「多分勝手にダブルにしたら俺シバかれてんで」

「え~。ハッちゃんそんなことでシバかへんよ」

(イヤ、俺はシバかれる。自信がある)

 禮はキラキラと輝く笑顔だったが、美作はハハハと乾いた笑みだった。渋撥は暴君と称される男。禮だから許されていることは、禮自身が思っている以上に多いのだ。

「またまちゃんたちの隣に座ってもええ?」

 禮がそう言い出し、美作は咄嗟にゲッという顔をした。チラッと渋撥の顔色を窺うと、王様は寵姫の申し出に対し善いとも悪いとも言わなかった。

(ほんまレイちゃんの言うことはよう聞きはんな)

 渋撥が否と言わないならば美作に拒否する権利はない。仕方がなさそうに「ええけど」と言うしかなかった。
 先に注文を終え店内のテーブルに座っている真珠と下総のほうを見ると、真珠が禮に向かって手招きするように手を振っていた。下総の表情は無であり、間違っても前のめりに歓迎はしていまい。彼らの間には仲よくする理由も必要性も無いのだ。

「ほなあっち……」

 ぼとっ。
 禮がアイスクリームを持っているほうの手で、勢いよく真珠たちのテーブルの方向を指し示そうとした瞬間、コーンからアイスクリームがふたつ、首が落ちるように床に落下した。
 禮は足元のアイスクリームを見詰めて絶句した。照明は強烈な白光で、アイスクリームはクレヨンのように綺麗な色だから、ピカピカの床に素晴らしく映えるのが物悲しい。

「だははははっ! うぁはははっ!」

 下総の大きな笑い声が店内に響いた。

「こっこっ、こんなキレーにアタマだけ落とすヤツ初めて見たで! ソレ実はわざとやろ、狙っとるやろ! だははははっ!」

「蔚留くん、そんなに笑ったら可哀想だよっ」

 下総はテーブルをばんばんっと叩いてまで大爆笑。真珠は禮に申し訳なくなり、下総の袖を引っ張って懸命に制止しようとする。

「あんまり言ったらレイちゃん泣いちゃうよ!」

 その一言で下総の爆笑はピタッと止まった。泣かれてしまっては困る。自分より幾分年下の少女を泣かせて喜ぶ趣味はない。
 下総は恐る恐る禮の表情を確認した。禮は若干涙目で口を尖らせてムッス~と下総を睨んでいた。アイスクリームの落下事故は自身の過失だと分かっているが、笑いものにされたのが歯痒くて。

「ホ、ホラ、レイちゃん怒っちゃったよ。謝ったほうがいいよ蔚留くん」

「や、いやー……アイスくらいでそんな怒らんでもええやん。か、堪忍な……?」

 真珠に促され、下総はあっさりと謝罪した。口惜しそうに此方を睨む禮の眼光が恐かったからではなく、泣き出されては困るという心情で。困ることになるなら初めから揶揄わなければよいのに。

「アイス食われへんくらいで泣くな」

「泣いてへんもん」

 渋撥は禮に対して半ば呆れた風に放言した。言い方はぶっきら棒だったが、禮に涙目を見せられるのは彼にとってもよい情況ではなかった。

レイが野菜食わんさかい神さんがバチ当てんねん。次からちゃんと食えよ」

 渋撥は禮の手首を掴んだ。それは天頂を失って空っぽになったコーンを持っているほうの手だった。禮が黙って見ているなか、渋撥は自分のアイスクリームのカップを逆さまにしてカポッとコーンの上に乗っけてやった。
 それから「やる」と言って禮の手首から手を離した。

「ハッちゃんは食べへんの?」

「俺はええ」

「ほな分けたげるね。はんぶんこしよ」

 禮は途端に機嫌を直してニコニコしだした。床に落としてしまったアイスクリームを店員さんに言って片付けてもらうからと、「先に座ってて」と渋撥にアイスクリームを任せた。
 彼らとしては、禮抜きで下総とその彼女と同席する理由は無い。気は進まないなか、テーブルのほうへ爪先を向けた。

「近江さんはレイちゃんの扱い方心得てはりますね」

「伊達に付き合うてへんからな」

 渋撥と美作は、下総と真珠の隣のテーブルへと腰を下ろした。
 万人に対して垣根無く接する真珠だが、流石に渋撥に対しては気が引けてしまっている。若干視線を逃すようにしてしまうと、金髪の青年と偶然目が合った。「こんにちは」と挨拶をした。渋撥と比較すれば金髪の彼のほうが何倍も取っつきやすい。

「コンニチワ」

(この前ブラジレイロで会った荒菱館の人もカッコよかったけど、この人もよく見るとカッコイー✨)

 金髪の青年から挨拶が返ってきて、真珠は内心「ほー」と感嘆しつつ彼の顔を眺めた。
 真珠が美作に見入っていることに気づいた下総は、顔を背けてケッと吐き捨てた。女子というのは恋愛感情の有無に関係なく顔立ちの整った男を好むものだと頭では分かっていても、自分とはタイプの異なる顔立ちに目を惹かれているのは面白くはなかった。

 禮はすぐに渋撥と美作に戻ってきた。渋撥の隣に座るや否や、真珠から話しかけられた。

「見てたよ~。近江くんって意外と優しいんだね」

 禮は先程のアイスクリームのことを言っているのだなとすぐに気づき、恥ずかしそうにえへへとはにかんだ。

「俺かて充分優しいやろ」

 下総は拗ねたように言い放った。美作の顔面に対する真珠の反応にはまだ気分を害している。

「だって蔚留くんは赤点キングだもん」

「ソレ今関係あるか? ガッコ出てまでソレ言うな。ちゅーかコイツらもどうせ似たようなモンや。近江もキンキラも」

「誰がキンキラやねん」

 美作はそう言い返してハンッと鼻先で笑い飛ばした。下総からの蔑称は受け容れがたいが、成績の話となれば余裕の笑みだ。

「近江さんも俺もちゃんと席次載ってるわ。アホはツライな、赤点キング」

「ウソこけっ! っちゅうかオマエがキング言うなっ」

 バンッと、下総はテーブルを叩いた。
 禮は渋撥から逆さまになったカップが乗っかったコーンを受け取り、ニコッと笑いかけた。

「ハッちゃん席次載ってるんや。スゴイね」

レイに言われると全然スゴイ気せえへんけどな」

 曜至の言うとおり、考査の成績など気にしたこともなかったが、席次表の末席辺りにようやっと名前を連ねたくらいで学年首席に称賛されても空虚なものだ。禮には厭味などなく、心からそう思って言ったのだと分かっていても虚しさに変わりは無い。
 渋撥が少しも喜んでいないことを察知した禮は「スゴイのに」と独り言。コーンの天頂のカップをどけて小さな口でアイスに齧り付いた。食べたかった味ではないが甘味にありつけて満足げな禮の頭を、渋撥がぐしぐしと撫でた。
 禮と渋撥のやりとりを存外仲がよいななどと思いつつ見ていた真珠は、禮の左手にキラリと輝くものがあることに目敏く気づいた。

「あーっ! 指輪だぁ」

 真珠は甲高い声を上げて禮の左手に飛びついた。
 禮はアイスクリームが真珠につかないように右手を渋撥のほうへと避けた。咄嗟のことでよく見もせずに腕を伸ばしたものだから、べちゃっとアイスクリームが何かにぶつかった。
 禮がしまったと思って振り向くと、渋撥が掌でアイスクリームを受け止めていた。真っ白の学生服に抹茶のアイスクリームを突っこまれたのではたまったものではない。
 渋撥は怒りはしなかったが嘆息が漏れるのはやむを得なかった。禮も突拍子もないタチであり快活なほうとは思うが、真珠は禮よりも年上の最上級生にしてはかなり落ち着きが無いように思う。
 真珠はスベスベの禮の手を摩りながらシルバーリングの放つ光沢にウットリして魅入る。

「いいなあ~指輪。真珠マタマ、蔚留くんに指輪なんて貰ったことナイ」

「こまごまとしょっちゅう俺に何か買わしてるクセにオマエ💢」

「蔚留くんはみつぐクンなん?」

 禮に悪気のない笑顔で言われ、下総の表情は凍りついた。

「オ、オイオイオイぃ……。嫌なことサラッと言うな」



 美作はカカッと笑ってコーンを囓った。

レイちゃんもそういう言葉知ってるんやな」

「うん。友だちが言うてた」

レイちゃんの友だちが貢クン言うて、なんぼほど金使わされてんのか恐ろしいな」

 禮の友だちと言えば、杏を除けば石楠セキナン女学院の生徒、つまり名家のご令嬢たちであろう。彼女たちの金銭感覚で「貢ぐ」と言えるほどのプレゼントは如何程であろうかと想像すると美作はゾッとした。
 下総はテーブルの上に頬杖を突き、真珠を指差した。

「貢クン言うほど高いモン買うてないけどな、何もかんも俺とオソロにすんねんコイツ」

「だっておそろいって仲よさげでよくない?」

「付き合っとるんやさかい仲イイに決もとるやろ。仲悪かったら付き合うか」

「そーだけど。おそろいの物がいっぱいあったほうが何か安心する気がするの」

(ノロケうざ)

 美作にとって別離を前提としないカップルの言い合いなどじゃれ合いと相違ない。別離寸前ともなれば面白半分で観察し甲斐もあるが。現状、聞いていられなくなってガリガリガリとコーンを囓るのが捗る。

レイちゃんだって近江くんとおそろいがいいよね?」

「うん」

「女の子はそうだよねー。男は女心が分かんないからイヤ。おそろいがいいっていうこのキモチ、何で分かんないかな~」

「ハッちゃんはウチとおそろにしくれるよ。アイス食べてからね、同じ指輪買いに行くん」

 禮はアイスクリームでべっとりの渋撥の掌を、レジでもらっていたおしぼりで拭いながら言った。
 それを聞いた下総は片眉を引き上げ、渋撥へ批難がましい視線をじーっと向けた。

「オマエ……そういうことする男やったんか。顔に似合わん」

 渋撥は下総に何を言われても痛くも痒くもない。禮に強請られ叶えてやれないほうが万倍不甲斐ない。温和しく禮に手を拭かれながら下総の言葉など無視した。

「やっぱり近江くんは優しいね」

 真珠の発言に、下総は少々ムッとした。美作の顔面に見入っていたことにしても、渋撥を称賛することにしても、自分以外の男ばかり評価するのが面白くなかった。百歩譲って、一見して好青年の美作の面相と自分のそれとは系統が異なるから仕方がないにしても、何を考えているかも分からない無表情の強面と比較して、自身が劣っている点があるなど認めがたい。

「スマホケースにシャーペンに消しゴム、タマがカワイイ言うたペアグラス……それにキーホルダー3種類、キーカバー、定期入れ……この前買うたハンカチも。ほんで次は指輪か。タマはなんぼオソロあったら気が済むねん」

 下総はツンとして放言した。
 ――全部だよ。
 真珠は口を突いて出そうになった言葉を呑みこんだ。冗談みたいには言えそうになかったから。本気の感情が乗っかってしまったら、また途惑わせてしまう。

 ~~♪ ~~♪♪♪
 突然、軽快で陽気な着信メロディーが鳴り出した。
 下総が制服のズボンのポケットに手を突っこむ仕草をし、禮は真珠を横目で見た。

「コレ、蔚留くんの?」

「うん。何故かね」

(着信音の好みが変)

 恋人である真珠もこれをヨシとは思っていないのであろう、半ば諦めた遠い目をしていた。
 下総は周囲からの冷めた視線など露知らず、スマートフォンを耳に当てた。

「おー、紗英。何の用やー?」

 下総の口から不意にその名前が飛び出してきて、真珠の眉がピクッと跳ねた。

「はあ⁉ 明日までの課題ィ? アイツそんなん言うてたか? 赤点三つ以上のヤツだけ? ンなもん横暴やッ! ちゅうか数学なんか今から徹夜でやったかて終われへん。マジメにやるだけ時間の無駄や。アイツ、人にはさんざ卒業する気あんのかとか言うクセに卒業さす気があれへんな、クソ。…………ん? ああ、そうか。オウ分かった……せやな」

 真珠は急に温和しくなり、下総の会話を聞きながら自分のアイスクリームを舐めた。
 内容はさておき、下総と紗英との会話が随分楽しそうに聞こえた。成績良好で素行もよく教師からの評判も悪くない真珠は優等生赤点キングと称され校内随一の問題児と認知されている下総は劣等生。そのような線引きを気にするのは莫迦らしいと思いつつ、自分には関係の無い課題の話を仲よさげにされると、紗英のほうが自分より下総に近い位置にいるような気がして、なんだか気分が悪かった。
 下総が「じゃあな」と言って通話を終了した。真珠はできるだけ明るい笑顔で「どうしたの」と訊いてみた。

「明日までに出さなあかん課題やと。さっき言えっちゅうねん、あのクソ担任」

「卒業式にお礼参りかー? 今時流行れへんなー下総」

 美作に爽やかに笑われ、下総は憎たらしそうにチッと舌を鳴らした。顔も気に入らなければ態度も気に入らない男だ。

「あー、クソ。ほんま殺したい」

「数学の課題、真珠マタマがやったげようか」

 真珠から意外な申し出。下総は「はあ?」と聞き返してスマートフォンをポケットにしまった。

「何や、妙に優しいな。いつもは自分でやらなごっつ怒るクセに」

「だって蔚留くんじゃ本当に明日までに終わんないし。終わらないとまた呼び出されたり怒られたりするんでしょ」

「別にええねん」

 下総が魅力的な申し出を断ったのは、今度は真珠のほうが意外だった。大の苦手としている課題の肩代わりなど、普段の彼にとって悪魔の囁きに近いと言っても過言ではないのに。

「明日、紗英が写さしてくれるんやと」

 何で。どうして――。真珠の頭には疑問の言葉ばかりが浮かび口から飛び出しそうになった。
 冷静な振りをしてそれを押しこめ、作り笑顔をして「そっか」と返した。

「蔚留くんと紗英ちゃんて仲いいの? 課題、写させてくれるなんて」

 真珠は笑顔を保ったまま下総に尋ねた。
 下総は「あー」と零し、宙を眺めながら項あたりをガリガリと掻いた。

「中学からの後輩や。ウチのガッコ、あの中学から上がって来とるヤツ多いやろ。千恵と同じや」

 そのような詮無きことにまで嫉妬してしまう。なんて愚かなのだろう。どんなに羨んだって願ったって、過ぎ去ったものは取り返せやしないのに。
 誰よりもあなたの近くにいたい。一番の理解者になりたい。そう思って、そうなるように、そうしてきたはずなのに、どうしていつまで経っても満たされないのだろう。どうすれば安心できるかなんて、あなたを好きになってから、自分自身も分からない。
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