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#13:The identification
Permanent our relationship 02 ✤
しおりを挟む昼休み。
下総と真珠、千恵は教室で各々弁当を広げていた。真珠と下総の席は隣り合わせ、千恵は真珠の前の席に座り、真珠の机の上に弁当を置いた。
下総の弁当は毎日真珠が作ってきてくれる謂わば愛妻弁当。毎日さまざまな野菜やおかずで彩られており、千恵はマメだなあと内心感心していた。
「タマ、卵焼きに砂糖入れるな言うてるやろ」
「だって甘い卵焼きのほうが好きなんだもん。デザートみたいで」
「俺が欲しいのはオカズや。コレで米食えるか」
そう言いながらも、下総は甘い卵焼きは最後に回して他のおかずで白米を食べる。文句は言っても感謝はしているから真珠が作った弁当は毎度残さず食べる。
結局は恋人同士の犬も食わないというヤツだ。千恵は下総に冷ややかな視線を向ける。
「作ってもらってるクセに態度デカイですよー下総先輩」
「何や千恵、イヤミか。去年までは先輩やったけど今はクラスメイトですっちゅうイヤミか」
「ちょっと思い出したから言ってみただけ。年上なんだからこんなことでムキにならいでくださーい、センパーイ」
「オマエはホンッマカワイないな」
真珠は、下総と千恵の遣り取りを見てフフッと笑った。人知れずホッとしていた。紗英だけが特別なのではなく、下総は誰に対してもこのような感じなのだと再確認したから。紗英は自分は下総と特別仲がよいと明言したが、真珠から見れば千恵も変わらないくらい仲がよい。紗英と千恵とが異なる点は、下総の彼女だった経歴と、下総に好意を持っている点だ。
このようなことを考えていると気分が沈んできた真珠は、いけないと思った。下総の前では明るく振る舞っていたい。
「蔚留くーん」
廊下から飛びこんできた声に、真珠はハッとした。
教室の入り口から紗英が笑顔で手を振っている。口のなかに弁当を掻きこんでいた下総は、箸をとめて弁当箱を机に置いた。
「紗英ちゃん、どうしたの」
真珠はなるべく表情を崩さないように配慮しつつ下総に尋ねた。
「オウ。五限の教科書忘れてしもてな。紗英が貸してくれるんやと」
「ま、真珠が貸してあげようか」
下総は「はあっ?」と盛大な声で真珠に聞き返した。
「同じクラスのオマエが俺に貸してどうすんねん。俺が教科書忘れたらいつもやいやい言うのはオマエやろ。何けったいなこと言うてんねん」
「うん、そうだね。アハハ……ゴメンね」
真珠は作り笑顔で場を繕った。
下総は怪訝な表情をしつつも椅子から立ち上がり、廊下のほうへ歩いていった。
(真珠のバカ、なに言ってんの。蔚留くんに変な女だと思われるじゃん。……ヤダな、何で紗英ちゃん見て真珠が気まずい思いしてるんだろ)
下総と紗英が一緒にいる場面を目にしただけで動揺する、余裕の無い自分が嫌だった。行かないでと思うなんて子どもの駄々ではないか。我が儘な性分である自覚はあるが限度を超えている。
しかしながら胸中は正直に、わたし以外の女に呼ばれて引き寄せられるあなたなど見たくなかった。
「真珠さー……いま変じゃなかった? 何か紗英ちゃんにヤキモチ焼いてるみたいじゃなかった?」
真珠は箸を弁当箱の縁に揃えておき、千恵に尋ねた。
「焼いてんでしょ」
「焼いてない! 蔚留くんのカノジョは{真珠}だもん。真珠が紗英ちゃんにヤキモチ焼くことないもんっ」
「…………。そーだよ、キングのカノジョはアンタ。だから紗英なんかマトモに相手しない。ロクなことになんないよ」
千恵は口のなかのものをモグモグと咀嚼してゴクンと飲みこんだあと、しっかりと言葉にした。女豹のような紗英と争うなど、友人としては可能な限り回避させたい。
「蔚留くんはカッコイイから好きになっちゃうのは仕方ないけど……。それでも何であんな堂々とケンカ売ってくるの~~」
「紗英はそういう女だってこと。ていうか好きになるまではOKなんだ。流石カノジョは心広いね」
「イヤだけど! でもそこまで口出す権利は無いじゃん。好きになるのはその人の自由じゃんー!」
ぱこんっ、と真珠の頭に柔らかいものが当たった。
いつの間にか席に戻ってきた下総が丸めた教科書で真珠の後頭部を叩いたのだった。
「教室で何騒いどんねんタマ。大声で好きとか何とかこっ恥ずかしいやっちゃな」
「恥ずかしくないもんっ。真珠はいつでも蔚留くんが大好きだもんー。蔚留くんは真珠のこと好きじゃないの?」
「オ、オマエのそーゆーとこマジでハズイな」
下総はやや頬を赤くした。真珠の感情表現は包み隠さず直球だ。それが嬉しくもあるのだが、人前では流石に羞恥が先行する。
真珠は下総の気持ちを察せず「ねえねえ」と責っ付いた。人並みの羞恥心を持っている千恵は下総に対して少々同情を覚えた。人前であのように責っ付かれたら千恵も耐えられない。
ねえ蔚留くん、と真珠は無意識に下総のシャツを掴んでピンと引っ張った。下総は反射的にパッと腕を引いてそれを振り払った。
他意は無い。羞恥からの条件反射。そのようなことは真珠も頭では理解している。しかし、何かを断ち切られた気分になった。季節はもう五月。窓外には五月晴れの碧虚が広がっているのに、ゾクッと悪寒のようなものが背中を走り抜けた。
「こんなとこで、よう言わん」
分かってるよ。蔚留くんは優しいけど、恥ずかしがり屋。
真珠が人がいるところで好きって言うと、直ぐに馬鹿にする。真珠はいつでもどこででも好きって伝えたいのに、聞こえない振りをする。それを責めるつもりはないの。それでもいいの。
蔚留くんのことが好きだから、蔚留くんが嫌がることはしたくない。
でも本当に、言葉じゃ足りないくらいに本当に、いつも口にしていないと不安になるくらいに本当に、蔚留くんのことが好き。
「ちょっと……真珠っ」
真珠は千恵に肩を揺さぶられてハッとした。自分の頬に触れてみると濡れていて吃驚した。自分でも泣いている理由が分からないからポカンとしてしまった。下総と目が合うと急に恥ずかしくなった。
下総は呆気に取られ何も言えなかっただけだが、その固まった表情に、こんなところで何を泣いているのだと叱られている気分になり、真珠は急いで制服の袖で涙を拭った。自分以上に下総を困惑させてしまったことだろう。恥ずかしさや申し訳なさで下総の顔を見ることができなかった。
「ゴメン、何かビックリ涙出ちゃって……顔洗ってくるっ」
真珠は目を擦りながら椅子から立ち上がった。その場から逃げ出すように小走りに教室から出て行った。
下総は言葉をかけることもできず、半ば呆然と真珠の背中を見送った。
下総はさぞや訳が分からないことだろう。下総に親切にする義理などない千恵も、これは流石に気を遣わざるを得ない。
「別に今のは蔚留くんの所為じゃないよ、多分。ホラ、真珠は感情の起伏が激しいから」
下総は真珠が出て行った教室の出入り口のほうへ視線を固定させたまま「今……」と独り言のように小さな声で口走った。
「タマのヤツ、泣いとったか?」
「反応速度遅いよキング!」
真珠は早足で教室から廊下へ出た。昼休みで廊下に溢れている生徒たちを、下を向いたまま器用に縫ってトイレへと歩を進める。
(恥ずかしい。最悪だ。真珠ってヤなヤツ。自分に嫌なことがあったらスグ泣く。泣きたくなくても泣けてくる。あーもう、何でこうなんだろ……)
引っ切りなしに自己嫌悪が襲ってきてさらに歩を早めた。どんどん涙腺が緩くなってきて、目頭を指で押さえた。
「またまサン? チィース」
予期せず呼び止められ、真珠は足を停めた。涙を見せたくないから顔は上げられなかった。
声をかけたのは薩摩だった。いつもは出会したら真珠のほうからマシンガントークなのに目も合わせないのは少し妙だなと思った。
えーと、と薩摩が次にかける言葉に選んでいる内に、真珠はどうにか涙を堰き止めて気づかれないように小さな動作で目を拭った。
「何か目ぇ赤いっスけど、寝不足っスか」
薩摩は悪気なく、とにかく気が付いたことを口にした。
薩摩が寝不足だと勘違いしてくれてよかった。真珠は顔を背けてアハハと笑顔を作った。
「うん。そお、寝不足。昨夜ちょっと夜遅くまでテレビ見すぎちゃって」
「何か泣いたみたいなってますよ。下総さんが見たら心配すんじゃないスか」
下総は真珠を追った。女子トイレまでついてゆくわけにはいかないが、もしかしたら真珠がまだその辺にいるのではないかと思って。涙の理由はまったく見当も付かないが、見てしまったからには放っておくこともできない。女に泣かれるのは厄介だ。しかし、真珠の涙を腫れ物に触るように見て見ぬ振りをするような薄情ではなかった。
教室の出入り口から廊下へヒョコッと頭を出して覗きこむと、真珠と薩摩が廊下の真ん中に立っていた。
(ああ、またナツメか)
下総から見ても、真珠は初手で下総や武藏と対立してしまった薩摩を気遣ってか、彼によく構う。勿論、考えすぎの可能性もある。本来は男たちの対立や同調など、優等生の真珠には関係がない。しかし、真珠は下総を介して薩摩の事情を或る程度知ってしまった。事情を知ってしまえば無視することもできない優しい女だ。下総には、真珠なりに薩摩が少しでも早く武藏たちに溶けこむことを願っての行動に見えた。
「アレって一年生だよね?」
オーイ、タマ、と下総が声をかけようとしたところ、丁度紗英に話しかけられた。教科書を渡して自分のクラスに戻ったと思ったが、まだ廊下にいたのか。
「カワセミさんって先生とか男子とか、誰とでも仲いいよね」
紗英は見てよとばかりに真珠と薩摩のほうを指差した。
「あー。タマは基本的に愛想ええからな。好かれやすいんやろ」
「ソレってさ、天然? それとも魔性ってヤツ? カワセミさんって小さくてホワホワしてて癒やし系ってカンジだよね。小動物系の女のコを好きな男子多いじゃん。男ウケ計算してるんだったらマジすごいなって」
下総はのそっと教室から廊下に出てきた。
紗英は女子生徒のなかでは背が高いほうだが、下総と並ぶとやはり身長差は明らかだった。上を向いた睫毛に縁取られた大きな目で、同意を求めて上目遣いに下総を見詰めた。
下総はフッと笑みを零した。まるで妹を宥めるように紗英の頭をポンポンと撫でた。
「タマはな、計算とか、そんなんできるヤツとちゃう。頭ええのにどっか抜けてんねん」
下総の笑い方が見たことがないくらい穏やかで優しくて、途轍もなく紗英を苛立たせた。
紗英とふたりでいるとき、紗英しかいないとき、下総はこんな風に笑ったことはない。下総の笑みも気持ちもすべてはあの女に向けられている証拠だ。自分はそのお零れに与っているだけだと思い知らされた。
紗英と付き合っていた頃の下総は、〝紗英の知っている蔚留くん〟は、こんな顔を見せなかった。けれどもこの笑顔に、他の女の為に笑う男に、紛れもなく恋をしている。他の何もかもが霞んでしまうくらい熱烈に、赤裸々に、無我夢中に、恋をしている――――。
真珠は薩摩と話している最中、珍しく物憂げな溜息を漏らした。
「どーかなー……。蔚留くんならアホって言って済んじゃうよ」
「そっスか? ああ見えて下総さんは結構――」
薩摩は、ふと視線を感じて顔を上げた。そしてハッとした。ギラリと光る下総のふたつの目が此方を向いていたのだ。勘違いかもしれないが、もしかして睨んでいませんか。
(ヤキモチ焼きだッ)
薩摩の手がふらふらと宙に浮き、震える指先で何かを指した。真珠は不思議そうにそちらを振り返った。
「蔚留くん……と紗英ちゃん」
蔚留の向こうに、紗英の顔が半分だけがチラチラと見えた。今日の笑みは口許が歪んでおり、トイレで宣戦布告されたときよりも尚一層攻撃的に見えた。独占欲、憎悪、敵意、嫉妬、紗英から発信されている電波は、きっとそういうもの。
下総はズンズンと真珠と薩摩へと近づいてきた。
チィス、と挨拶しつつ半歩距離を取ろうとした薩摩の耳朶を、下総がギュッと掴んだ。薩摩は抵抗らしい抵抗はできず「あいたたたっ」と声を上げた。下総はガキ大将みたいに白い歯を見せて笑った。
「タマァ、便所で顔洗うだけでどんだけ時間かかってんねん。弁当食う時間なくなるで」
真珠は下総からプイッと顔を背けた。頬にはまだ涙の跡が残っているかもしれなくて、それを下総に見せたくなかったから。薩摩の目にはいつもの恋人同士のじゃれ合いにしか見えなかったけれど。
「タマって呼ばないでってば。それから便所じゃなくてトイレって言ってよ」
「同じモンやろ」
「何かイヤなのーっ」
「便所って言うよなあ?」
「え。俺、トイレって言いますけど」
男同士、同意を求めた下総はアッサリと期待を裏切られ、なんだか歯痒くなって薩摩の耳朶をギュウウッと抓った。
「痛い痛い痛い痛い! ガチで痛いですって下総さん!」
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