ベスティエンⅢ

熒閂

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#16:Cendrillon

Cendrillon 03

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 虎徹コテツ鞠子マリコが目を丸くするほど大量のハンバーガーをぺろりと完食した。テーブルの上に広げたトレイの上には、虎徹によってくしゃくしゃに丸められたバーガーの包装紙が何個も転がっていた。
 虎徹は満足げにご馳走様をしたあと「そう言えば」と口を開いた。

レイちゃん大丈夫やったかな~?」

 禮の名前が出た途端、鞠子の胸は細波立った。虎徹が禮を気に入っていることは知っているが、たった今ふたりきりでいるのは自分なのに、その名前が出てくるのは面白くなかった。

「黒マリちゃんのボディガードってガチガチのガチなんやろ。耳にエージェントスミスみたいなん付けてるし。まあー、近所に脩一シューイチもへーちゃんもいてたさかいほんまに危のォなったら黙っとかんと思うケド」

 虎徹は「ああ、そうそう」とテーブルに肘を突き、目の前に座っている鞠子のほうへ前のめりになった。

レイちゃんて中学時代どんな感じやったん?」

 鞠子の眉がピクッと動いたことを、虎徹は見逃さなかった。禮のことに興味があるのは本当だが、鞠子が自分の言葉に如実に反応することが可笑しかった。

石楠セキナン時代のレイちゃんのことは近江オーミさんと黒マリちゃんぐらいしか知らんもんな。サスガに近江さんに直接聞く気にはなれんし。教えて、黒マリちゃん」

「禮のこと、そんなに興味おありなんどすか」

「そりゃ当然」

(クッ……正直なお人!)

 鞠子は虎徹から顔を背けた。

「黒マリちゃんお願い~~。何でもするから♪」

 虎徹はさらに鞠子のほうへ首を伸ばし、猫撫で声を出した。

「ほな、ウチが禮のことお教えしたら虎徹はんのことを教えてくれはりますか」

 鞠子はやられたことをやり返すように放言した。気の進まない要求を呑もうというのだからそれくらいの見返りは欲しかった。虎徹がお気に入りの禮のことを知りたいと思うように、鞠子も虎徹のことを知りたいと思うのは当然だ。
 虚を突かれた虎徹は「俺のこと?」と半ばポカンとして聞き返した。

「俺のこと、なー……」

「お嫌なら別にええんどすえ。無理に訊く気はおへん。その代わりウチも禮のことを――」

「ええで。差し障りないことなら」

「えっ、差し障り? あっハイ。え? 聞いてええんどすか?」

 虎徹は「ええでー」と言ってジュースのストローに口を付けた。ズコーッと音を立ててジュースを飲み干し、散らかったトレイの上に置いた。

「で、石楠の頃のレイちゃんはどんなんやったん? モチロン中学ン時からごっつカワイかったやろ。あんだけのハイクオリティ美少女🩷やもんなー」

 鞠子は目線を自分の手許へ落とした。そのまま何となく横に流した。その水平の先にベルトコンベアのように流れていった過去を手繰り見た。
 思い出すのはそれほど難しくはない。たった数ヶ月前のことだ。其処にいるのは今とは別人のような自分だ。虎徹によって変えられた、否、虎徹の為に変わろうと決意した自分とは別人だ。禮は、昔から何も変わらなかった。

「禮は、〝王子様〟どした」

 虎徹はプッと吹き出した。

「あー、もしかしてソレがレイちゃんが必死に隠しとったアダ名か。あっはは、女子校の王子様か。っぽいなァ。レイちゃん、女子にモテモテやったんかー」

「へえ。クラスメイトだけやのォて、先輩にも後輩にもよう人気がありましたえ。誰が告白したとかフラれたとか……。ウチは元々禮とは友だちちゃいますけど、それでも噂話が伝わってくるくらいには有名な〝王子様〟どした」

「友だちちゃうかったんか。幼稚園からクラス同じやのに?」

「ちゃいます。あの子、ウチの名前知りまへんどしたし」

 鞠子はプイッとそっぽを向いた。友だちではないと確信していても、数年間もクラスメイトだったのに本名を認知されていなかったのはそれなりにショックだった。

「せやけど、黒マリちゃんのこと自体は知ってたなあ、レイちゃん」

「本名もよう知らんのに話しかけてくるなんてどうかしてます」

「話しかけられるんか。友だちちゃうのに」

「友だちちゃうのに……事ある毎に話しかけてきますんや、あの子は」

 鞠子は自分の目尻に触れた。無意識に目許へ手が行くのは最近気が付いた癖。人生の半分を慣れ親しんできた眼鏡とお別れをしたのはつい最近の話だ。

「何の本読んでんのとか、休みの日何してたとか、昨日のテレビ観たとか……バナナ焼いたら美味しいってほんまなんかとか、セグウェイは時速何㎞出るんやろとか、牛乳と充実野菜ならどっちが好きとか……どうでもよろしいことを何度も何度も」

 虎徹は頬杖を突いてワハハと笑った。禮との付き合いは長くないが、脈絡無くたわいもないことを話しかける姿が何となく想像できた。

「友だちちゃうから、友だちになりたかったんとちゃうんか、黒マリちゃんと」

「禮は〝王子様〟どすえ。明るくて人気者で誰からも好かれてて、いつも何人かに囲まれて楽しそにしてました。ウチなんかと友だちになりたがるわけがおへん。禮がウチに話しかけるのは、気まぐれか同情に決まってます」

 虎徹が「同情?」と聞き返し、鞠子は一瞬口籠もった。

「自分で言うのも何どすけど……ウチ、石楠では浮いてましたさかい。イジメとかそんなんとはちゃいますけど」

 眉間に皺を刻んだ鞠子は虎徹から顔を背けた。そのような表情を虎徹に見られることを無意識に避けたのだろう。

「そんなウチを見て、禮は可哀想やとでも思うてたんちゃいますか」





「黒崎さんて、ちょっと変わってはるね」

「制服以外は持ち物全部黒いんやよ。キモチワルイ」

「いつも何か難しい本読んではるし、前髪で顔よく見えへんし、近寄りがたいよね」

「何考えてるんか分からへんし、怒らせたら呪われそやよね」

 遠くのほうでピーチクパーチク。彼方此方からピヨピヨチチチチ。
 小鳥のさえずりやついばみ。そのようなもので痛い思いはしないけれど、無視をするのは簡単だけれど、単純に耳障りで煩わしい。
 好きなものを好きと言って、好きなものを身に付けて、好きな本を読んで、わたしの世界は満たされている。わたしはわたしのしたいようにする。わたしはあなたたちの邪魔なんてしないじゃない。だから、つまらない囀りでわたしを煩わさないで。

「あ。レイちゃんや」

「やっぱカッコいいよねー。同じクラスでよかったあ。女子校のオアシス」

「頭ええし顔ええし格闘技やってるさかいめっちゃ強いし。ほんま王子様やわ~」

 何の奇縁か、幼稚園時代から十年以上同じクラスだから毎日嫌でも耳に入ってくる名前。その名前を聞く度に本のページを捲る手をとめてしまう。あの子に見つからないように、存在を気づかれないように、息を潜める。

「黒マリちゃん。何の本読んでんの?」

「……別に」

 何を訊かれても答えはこれだけで充分。あの子がどんな表情をしているか知っている。残念そうに一瞬表情を曇らせて立ち去ってゆく。
 一刻も早くあの子の気配が消えることを願う。一刻も早くわたしを忘れてほしい。あの子が近くに来るとわたしまで照らされてしまう。近寄らないで。構わないで。わたしを煩わさないで。わたしを眩しくしてしまわないで。
 あの子は光。あの子は白。白と黒が一線に別たれる強烈なコントラスト。それがあの子とわたしの境界にあるもの。
 あの子になりたいわけではない。あの子になんてなりたくない。あの子と違ってもいいんだよと、それがキミなんだよと、言ってほしいだけ。目映いばかりの白光に掻き消されてしまう前に。





「ウチはひとりがよかったんどす。友だちなんか要りまへん」

 虎徹は頬杖を突いて「ふぅ~ん」と相槌を打った。
 聞いているのかいないのか、鞠子は彼は自分の話になどさして関心は無いのだろうなと思った。

「誰かと一緒におったら多かれ少なかれその人に合わせなあかんどすやろ。嫌なことも好きなフリせなあかんこともありますやろ。ひとりのほうが正直に好きなことだけでけて、時間を有意義に使えます」

「人に合わせんのが嫌な割りには俺の好みには速攻ピッタシ合わせてきたな」

「虎徹はんは特別どす。ウチは虎徹はんから好いてもらいたいと思てますさかい。好きちゃう人たちの為に時間使うのなんか嫌どす」

「俺も友だち多いほうちゃうケドー……一緒におるヤツに合わせたらなあかんて自然と考えられる人間は、ええ友だちになる思うで」

 鞠子は惹かれるようにゆっくりと顔を上げて虎徹を見た。虎徹は白い歯を剥き出しにして悪戯っ子のようにニシシと笑った。また揶揄われているのかもしれない。反応を愉しまれているだけなのかも。
 友だちなど要らないと宣言した矢先、真逆のことを言われて何故か嬉しい気持ちになった。キミはそれでいいと言われた気がしたからだろうか。

「黒マリちゃん、ほんまは友だち欲しいやろ」

 予想外のことを言われた鞠子は「はっ?」と眉根を寄せた。

「友だちになってほんまの自分のこと好きになってほしいけど、嫌われたらかなんから初めから友だちなんか要らんフリしとるやろ」

「何を言わはるんどすか。要りまへん」

「黒マリちゃんも意地っ張りやなー。せやけど俺、黒マリちゃんみたいなヤツ知ってんねん」

 虎徹はズボンのポケットに両手を突っこみ、両足を前方に伸ばして椅子に貼りつくようにダラリと座った。

「ソイツもな、ひとりでええっちゅうツラしてたで。ほんまは誰よりも友だち想いのくせにな」

 虎徹は〝彼〟と出逢ったときのことを回想した。
 脳裏にじっくりと思い出してみてもやはり、鞠子とは男女の別があるし姿も雰囲気もまったく似ていない。しかし、何処か似ていると思わされるのが可笑しかった。

 虎徹が〝彼〟を知ったのは、転校初日のことだった。〝彼〟は生徒からも教師からも学校中から遠巻きにされていた。右も左も分からぬ転校生である虎徹さえもすぐに気づくほど露骨に孤独だった。

「教えといてやるよ、転校生。アイツはウチのガッコで一番ヤバイ」

「フゥーン。アイツ何ちゅうの?」

由仁ユニ大樹タイジュ

「ユニ……??」

「アイツとは問題起こさねーほうがいいぞ。つーか、関わらねーことだな。見掛けはあんなだけど、実はアイツは――――」




  § § §




 ファーストフード店では珍しくも何ともないことだが、学生の一団がテーブルに座していた。すでに食事自体は終了しており、特に目的もなく実の無い話に花を咲かせているところだった。その中のひとりがふと、トレイを持ってゴミ箱の前に立っている男女のふたり組を指差した。

「どっかで見た顔だと思たらアレ、コテツじゃね?」

 学生たちは仲間が指差した方向に目線を集めた。

「コテツって……士幌シホロ虎徹コテツ?」

「ゲ。頭が更に派手になってる」

「女連れじゃん。アイツ荒菱館コーリョーカン行ったんじゃなかったか。あそこ男子校だろ」

 この集団の真ん中に位置する男は、虎徹の派手な後頭部を見てニヤリと笑った。シャツのボタンを半分程開け、不貞不貞しく椅子に腰掛け、この集団のリーダー格だ。

「見たトコ今日は〝金魚〟はいねーみてーだな」

 リーダー格の男がそう言うと、誰かが「金魚?」と聞き返した。

由仁ユニだよ、由仁。アイツがいたら面倒だろ」
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