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#18:A beauty in male attire
A beauty in male attire 04
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瑠里と美作、禮の三人は、真ん中に瑠里を挟んで放課後の校舎内を歩いた。瑠里が校内を見てみたいと言ったからだ。
教室内や廊下には暇と時間を持て余していた生徒たちがまだわずかばかり残っていた。他校の制服を着た女子がいるということで注目を集めはしたが、美作が睨みを利かせている限りは近づいては来なかった。
逆に禮はほぼ気にもされなかった。学園の統治者・渋撥の恋人が学生服を着ていると気づく目敏い者は皆無だった。男だらけの環境に詰めこまれた学生諸君は、女子ならば無条件に意識が向くが、男子についてはどうでもよいのだ。
美作は廊下の真ん中でピタリと足を止めた。吹き抜けを見上げて一階部分と三階部分を指差す。それから顔を引き戻し、目まぐるしくあちこちへ指を指した。
「うちのガッコは学年毎に階が分かれとるんや。三年は一階、一年は三階な。あっちが図書室でー、あれが特別教室の棟。ほんでコレが学食な」
瑠里はガラスのドアを開けず、そっと学食内を覗きこんでみた。数人の生徒が何やら談笑していた。その風貌は、校門で声をかけてきたご一行様に類するものだった。
学食の壁は真っ白、ゴミも散乱していない、ガラスのドアも罅ひとつ無い。生徒たちの恰好は派手だが、学食そのものは綺麗な状態だった。
「学食、意外と広いしキレエやね。もっと荒れてるかと思てた」
荒れることもあるけど言わんほうがええな、と美作は判断した。
「高校は学食あってええなー。ウチの中学にはあれへんから羨ましー。レイくんの中学は学食ありました?」
「ボクの中学はあったヨ」
禮は突然話を振られたにも関わらず、動揺せずに流暢に答えた。
美作は禮と瑠里から見えない位置でグッと拳を握った。
(サスガ禮ちゃん。友だちの情報どおり男装馴れしてるやん。ボロが出そうな男言葉は標準語でクリア。ステキやで✨)
「レイくんは中学どこやったんですか?」
禮は笑顔で固まった。話を逸らして有耶無耶にできないこともないが強引に誤魔化して妙に怪しまれても困る。
「……瑠璃瑛学園」
「えぇーっ! めっちゃお金持ち私立!」
(ベスト! それはベストなチョイスや禮ちゃん。瑠璃瑛言うたら知らんモンはおらん金持ち学校。禮ちゃんはほんまにええトコの出なんやから下手にその辺のガッコの名前出すよりリアリティがある。隠しきれへん育ちの良さがあるさかいな)
校内を気儘に歩き回る瑠里、美作、禮の三人を物陰から観察する人物――――虎徹がひょっこりと顔を出した。三人の様子を窺いながら白い犬歯を見せてイシシと笑む。
「なーんてな、素直に帰るワケあれへんやん」
虎徹の後ろには、無論他の面々もいた。
幸島は虎徹の後頭部に向かって嘆息を漏らした。彼だけは気が乗らないという表情であり、三人のほうを積極的に覗きこむこともしなかった。
「出歯亀根性出すとロクな目に遭わんで」
「そんな言うてハルちゃんもついてきてるやん」
「俺はオマエらを見張ってんねん。№2を敵に回すようなことせんようにな」
幸島の考えには脩一も賛成だった。この学園で序列上位と敵対することは死活問題だ。
ほら、面倒なことになる前にお前も諦めろ、と脩一が由仁に向かって言った。
「俺は制服返してほしいだけや」
「も~いいじゃねーか、制服のひとつやふたつ。もう二度と返ってこねーワケじゃねーし。家に帰ったら何着でもあんだろ」
「オマエ、他人事やと思って!」
杏は彼らの一番後ろで腕組みをして立っていた。
「男がゾロゾロと女の後ついてって、しかも隠れてコソコソしてみっともないで」
「オマエもコソコソついてきてるやろ。素直にオモロイもんが見たいて言えや」
「ウチは女やからえーねん」
大鰐の意見は的を射ていた。杏はツーンと反対方向へ顔を向けた。
「オイ。俺は断じてオモロイもん見たさちゃうからな」
「ハイハイ。ハルちゃんは俺を見張るついでにオモロイもん拝めるかもしれんな。ラッキーラッキー」
幸島は虎徹の後頭部をバシッと叩いた。
中庭。
美作を先頭に、禮と瑠里は校舎から出て中庭に向かった。早々に校舎内はあらかた案内し尽くした。教官室などの近くは最初から案内する気はない。
中庭と呼ばれる場所には、植栽に囲まれたスペースにベンチがいくつかと、灰皿があった。何故未成年の学び舎に灰皿があるのか、それは敢えて問わないでおこう。高さのある植栽の所為で目が届きにくいのが、生徒が好き勝手しやすい理由のひとつである。
中庭には先に数人の生徒がいたが、美作がサッサッと手を振ると頭を下げて何処かへ去って行った。
美作は、彼らが退いて空いたスペースに立った。
「あと、よくおるのは中庭」
瑠里だけでなく禮もキョロキョロと見回した。
「中庭、初めて来た」
「いつもは三年がタムロしとるさかいな、一年は近寄らんもんな」
そう美作から言われ、禮はコクンと頷いた。
「純くんとレイくんは学校ではあんまり一緒にいてへんの? もったいな――」
禮に近づこうとした瑠里は、脚をもつれさせてしまい、前方に身体を投げ出した。
禮は咄嗟に瑠里に向かって手を差し出した。自分と瑠里とはほとんど体格差がないことなど考えてはいなかった。当然、支えきれず禮も後方に蹌踉けた。
どさっ、と禮は美作に背中から抱き留められた。
禮は転倒せずに済んでホッと安堵した。足元の地面はよく確認していない。もしも後頭部を打ちつけたりしたら大変だ。
禮は瑠里の身体を支えたまま目線を後方へ向けた。
「ありがとー。純ちゃん」
「ふたりともケガしてへんか」
美作はなんということはない風にニッと笑って見せた。もしも本当に禮と瑠里の重量が耐えがたかったとしても、腕の筋肉が悲鳴を上げたとしても、気取られないように笑顔を作る男だ。
瑠里はやや恥ずかしそうに禮に「おおきに」と言った。禮を男子生徒だと信じているから、抱き留められたことも全体重を委ねてしまったことも恥ずかしかった。
「純くんはレイくんにも女のコみたいに優しいんやね」
ギクッとした美作と禮は一瞬だけ目線を合わせた。有耶無耶にしてしまおうと意見は一致した。
「そらまー、ケガするのは誰でも嫌やろ」
「誰でもコケそうになってたら咄嗟に助けるヨ。自然なことダヨ」
「ウチは知らん人は助けられへんかもしれんなー。ガンガンいける性格ちゃうから」
瑠里は禮から顔を背けて気まずそうにエヘヘとはにかんだ。
(ガンガンいけない性格……?)
(ああ……。禮ちゃんが何とも言えん顔しとる。スマン、うちの従妹は自覚なくガンガンいってまうんや)
美作は瑠里の前で硬直した禮を見て、無言で目線を逸らした。
「レイくんは純くんのどーゆーとこが好きなんですか? 性格? さり気なく助けられるとこですか。お願いしたら大体何でもきいてくれるとこですか」
「それは瑠里ちゃんだけデショ」
瑠里からの質問に対し、禮はハハッと笑った。
美作は瑠里からワガママを何でも叶えてくれる便利な年上の従兄だと認識されているのは間違いない。そうでなければ美少年に会いたいなどという無理難題を押しつけられはしない。
「純ちゃんの好きなとこ」と禮は呟いて美作を注視した。
「優しいとこ……?」
「あ~。純くん優しいですもんねえ。付き合うてて優しくされたエピソードとかあります? 聞いてもええですか?」
――は? なんですって。
ビシンッ、と禮は凍りついた。思考回路が停止して「付き合う……?」と鸚鵡返しすることしかできなかった。
瑠里はハッとして手で口を押さえて左右を見回した。
「あ。人がいてへんからて、学校であんま大きな声で言うたらマズイですよね。ゴメンナサイ」
禮はゆっくりと美作のほうを振り返った。美作は顔の前に手の平を垂直に立て、声を出さずにスマンと口を動かした。
ちょっとゴメン、と禮は瑠里に告げた。美作の腕を掴んでグイグイと引っ張った。瑠里に「そこで待ってて」と言い残してふたりで植栽の向こう側へ移動した。
禮は美作の前に仁王立ちになり、両手を腰に当ててこれはどういうことだと追及した。美作はアハハと作り笑いをしたが、今回ばかりは誤魔化せそうにない。
「何でウチが純ちゃんと付き合うてることになってんの」
美作は顔の前でパンッと手を合わせた。お怒りはご尤も。仰有りたいことは察しが付きます。
「いや~~、スマン。ホントスマン。実は瑠里ちゃんはそーゆーコやねん。仲のええ男がふたりいてたらカップルと思うねん。イヤ、思いたいねん」
「そ、それは、つまり……」
美作は顔の前から手をどけ、白い歯を見せてアハハと愛想笑いを振りまいた。
「禮ちゃん分からへん? 石楠にそういう子いてへんかったか?」
「……いてた」
「頼む、一遍だけ。これっきりやから、話合わせてくれへんか」
禮は眉をひん曲げて「え~~」と不満の声を上げた。
「俺、瑠里ちゃん悲しませたないねん。お願い、禮ちゃん」
悲しませたくないと言われれば協力してあげたくなってしまうのが禮の性。しかも、優しいという印象も持つほどに前々から親切にしてもらっている。やはり禮は、美作からの頼みを無碍にすることなどできないのだ。
「……分かった」
ややあって、禮と美作が瑠里のところへ戻ってきた。
瑠里は植栽の裏側から出てきたふたりを見て「あれ?」と小首を傾げた。
美作は相変わらずの笑顔だったが、禮は心なしムスッとしていた。美少年・レイくんは、先ほどまではどちらかといえばフレンドリーに、端正な顔面で美しいとしか形容しようがない美麗な微笑みを見せてくれていたと思うのだが。学校内で付き合っていると発言したのは無配慮がすぎただろうか。
無論、禮の機嫌を損ねてしまったことは美作が一番よく分かっていた。植栽の傍を通った際についてしまった葉っぱをご機嫌取りにとってやった。禮はツンとしたままで、ありがとうとも言わず美作と目を合わせようとしなかった。
「レイくん何か怒ってはります?」
瑠里は控えめな声で尋ねた。彼女は禮と美作との間の独特な緊張感を敏感に感じ取っていた。流石は美作の血縁者。空気を読むことには長けている。
「別に。怒ってるわけじゃナイヨ」
――困っているだけです。
好きなものを好きと正直に主張できる瑠里は間違っていないと思う。女の子の願いを叶えてあげたいという美作は間違っていないと思う。自分が協力して何かを犠牲にしたり損をしたりすることもない。だから、美作と恋人同士であると偽ることは直感的にマズイことだと感じているのに、ハッキリと断る理由もなくて困ってしまう。
瑠里は「純くん純くん」と美作の制服の袖を引っ張った。
「レイくんみたいなキレエな男の子ゲットしてるなんて純くんほんまエライ✨」
(ほんまはキレエな女のコをゲットしたいんやけどな)
「ウチ、純くんと従兄妹でよかった。ほんでね、めちゃめちゃ感謝してるんやけど、も一個だけお願い……あかん?」
お願いの重ねがけ。瑠里の美作への甘え方は熟れていた。美作のほうも「ハイハイ。何デスカー」と慣れた様子だった。昨日今日従兄妹関係になったわけではないから当然だ。
禮は自分と虎宗との関係性を客観的に見ている気分だった。禮にとって虎宗にお願いをするのもされるのも自然なことだった。虎宗は昔から禮が何を言っても拒否したことも音を上げたこともない。幼い頃は今よりも遠慮のない我が儘をぶつけていたような気もするけれど。
「妄想力豊かなオトメとしては、恋人っぽいトコ見てみたいなぁ~なんて」
「恋人っぽいこと?」
「ちゅーしてるトコ見てみたい🩷」
美作と瑠里はふたりして禮を見た。
禮は即座に身体の前で両腕でバッテンを作った。言うまでもなく当たり前だ。そこまでは協力できない。
「ソレは無理――」
ガシッ、と美作は禮の両肩を捕まえた。爛々と輝く目で禮を見詰める。
「スマン禮ちゃん。瑠里ちゃんの頼みやから。軽めにチュッとやるだけでええから✨✨」
「軽くても重くても無理なもんは無理ッ」
禮はブンブンと首を左右に振った。
美作は決して手を離さなかった。その執念は従妹可愛さのみに起因しているとは思えなかった。
(役得🩷 やっぱ禮ちゃんに頼んどいてよかった~。他の男とヤレ言われたらゲボや)
彼を突き動かすのは、ただただ邪な一念だった。
美作は正常な青少年だ。可愛い女の子とキスをしてみたいのは本音だ。勿論、渋撥は恐い。当然に恐い。言うまでもなく恐い。しかし、稀代の美少女とキスができる千載一遇のチャンス。この場には三人しかおらず犯行がバレる危険性も低い。当たり前にキスしたい。
「禮ちゃん俺のこと、嫌いか?」
「純ちゃんのことは好きやけど! せやけどコレはそういう問題ちゃうやん!」
「禮ちゃん~~ッ!」
「アホ、今出てってどうするつもりや! 帰ったフリしてずっと覗いてマシタて言う気かッ」
物陰から躍り出ようとした虎徹を、幸島が羽交い締めにして引き留めた。力尽くで再び物陰に引き摺りこんだ。
虎徹は幸島に羽交い締めにされても尚、手足をばたつかせて暴れた。脩一は虎徹の腕を押さえつけた。
「騒ぐな虎徹! オイ大樹! 虎徹の足押さえろ!」
「禮ちゃんが~ッ! あの清純な禮ちゃんが~~!」
「オマエもか! 高校にもなってキスのひとつやふたつで騒ぐな!」
教室内や廊下には暇と時間を持て余していた生徒たちがまだわずかばかり残っていた。他校の制服を着た女子がいるということで注目を集めはしたが、美作が睨みを利かせている限りは近づいては来なかった。
逆に禮はほぼ気にもされなかった。学園の統治者・渋撥の恋人が学生服を着ていると気づく目敏い者は皆無だった。男だらけの環境に詰めこまれた学生諸君は、女子ならば無条件に意識が向くが、男子についてはどうでもよいのだ。
美作は廊下の真ん中でピタリと足を止めた。吹き抜けを見上げて一階部分と三階部分を指差す。それから顔を引き戻し、目まぐるしくあちこちへ指を指した。
「うちのガッコは学年毎に階が分かれとるんや。三年は一階、一年は三階な。あっちが図書室でー、あれが特別教室の棟。ほんでコレが学食な」
瑠里はガラスのドアを開けず、そっと学食内を覗きこんでみた。数人の生徒が何やら談笑していた。その風貌は、校門で声をかけてきたご一行様に類するものだった。
学食の壁は真っ白、ゴミも散乱していない、ガラスのドアも罅ひとつ無い。生徒たちの恰好は派手だが、学食そのものは綺麗な状態だった。
「学食、意外と広いしキレエやね。もっと荒れてるかと思てた」
荒れることもあるけど言わんほうがええな、と美作は判断した。
「高校は学食あってええなー。ウチの中学にはあれへんから羨ましー。レイくんの中学は学食ありました?」
「ボクの中学はあったヨ」
禮は突然話を振られたにも関わらず、動揺せずに流暢に答えた。
美作は禮と瑠里から見えない位置でグッと拳を握った。
(サスガ禮ちゃん。友だちの情報どおり男装馴れしてるやん。ボロが出そうな男言葉は標準語でクリア。ステキやで✨)
「レイくんは中学どこやったんですか?」
禮は笑顔で固まった。話を逸らして有耶無耶にできないこともないが強引に誤魔化して妙に怪しまれても困る。
「……瑠璃瑛学園」
「えぇーっ! めっちゃお金持ち私立!」
(ベスト! それはベストなチョイスや禮ちゃん。瑠璃瑛言うたら知らんモンはおらん金持ち学校。禮ちゃんはほんまにええトコの出なんやから下手にその辺のガッコの名前出すよりリアリティがある。隠しきれへん育ちの良さがあるさかいな)
校内を気儘に歩き回る瑠里、美作、禮の三人を物陰から観察する人物――――虎徹がひょっこりと顔を出した。三人の様子を窺いながら白い犬歯を見せてイシシと笑む。
「なーんてな、素直に帰るワケあれへんやん」
虎徹の後ろには、無論他の面々もいた。
幸島は虎徹の後頭部に向かって嘆息を漏らした。彼だけは気が乗らないという表情であり、三人のほうを積極的に覗きこむこともしなかった。
「出歯亀根性出すとロクな目に遭わんで」
「そんな言うてハルちゃんもついてきてるやん」
「俺はオマエらを見張ってんねん。№2を敵に回すようなことせんようにな」
幸島の考えには脩一も賛成だった。この学園で序列上位と敵対することは死活問題だ。
ほら、面倒なことになる前にお前も諦めろ、と脩一が由仁に向かって言った。
「俺は制服返してほしいだけや」
「も~いいじゃねーか、制服のひとつやふたつ。もう二度と返ってこねーワケじゃねーし。家に帰ったら何着でもあんだろ」
「オマエ、他人事やと思って!」
杏は彼らの一番後ろで腕組みをして立っていた。
「男がゾロゾロと女の後ついてって、しかも隠れてコソコソしてみっともないで」
「オマエもコソコソついてきてるやろ。素直にオモロイもんが見たいて言えや」
「ウチは女やからえーねん」
大鰐の意見は的を射ていた。杏はツーンと反対方向へ顔を向けた。
「オイ。俺は断じてオモロイもん見たさちゃうからな」
「ハイハイ。ハルちゃんは俺を見張るついでにオモロイもん拝めるかもしれんな。ラッキーラッキー」
幸島は虎徹の後頭部をバシッと叩いた。
中庭。
美作を先頭に、禮と瑠里は校舎から出て中庭に向かった。早々に校舎内はあらかた案内し尽くした。教官室などの近くは最初から案内する気はない。
中庭と呼ばれる場所には、植栽に囲まれたスペースにベンチがいくつかと、灰皿があった。何故未成年の学び舎に灰皿があるのか、それは敢えて問わないでおこう。高さのある植栽の所為で目が届きにくいのが、生徒が好き勝手しやすい理由のひとつである。
中庭には先に数人の生徒がいたが、美作がサッサッと手を振ると頭を下げて何処かへ去って行った。
美作は、彼らが退いて空いたスペースに立った。
「あと、よくおるのは中庭」
瑠里だけでなく禮もキョロキョロと見回した。
「中庭、初めて来た」
「いつもは三年がタムロしとるさかいな、一年は近寄らんもんな」
そう美作から言われ、禮はコクンと頷いた。
「純くんとレイくんは学校ではあんまり一緒にいてへんの? もったいな――」
禮に近づこうとした瑠里は、脚をもつれさせてしまい、前方に身体を投げ出した。
禮は咄嗟に瑠里に向かって手を差し出した。自分と瑠里とはほとんど体格差がないことなど考えてはいなかった。当然、支えきれず禮も後方に蹌踉けた。
どさっ、と禮は美作に背中から抱き留められた。
禮は転倒せずに済んでホッと安堵した。足元の地面はよく確認していない。もしも後頭部を打ちつけたりしたら大変だ。
禮は瑠里の身体を支えたまま目線を後方へ向けた。
「ありがとー。純ちゃん」
「ふたりともケガしてへんか」
美作はなんということはない風にニッと笑って見せた。もしも本当に禮と瑠里の重量が耐えがたかったとしても、腕の筋肉が悲鳴を上げたとしても、気取られないように笑顔を作る男だ。
瑠里はやや恥ずかしそうに禮に「おおきに」と言った。禮を男子生徒だと信じているから、抱き留められたことも全体重を委ねてしまったことも恥ずかしかった。
「純くんはレイくんにも女のコみたいに優しいんやね」
ギクッとした美作と禮は一瞬だけ目線を合わせた。有耶無耶にしてしまおうと意見は一致した。
「そらまー、ケガするのは誰でも嫌やろ」
「誰でもコケそうになってたら咄嗟に助けるヨ。自然なことダヨ」
「ウチは知らん人は助けられへんかもしれんなー。ガンガンいける性格ちゃうから」
瑠里は禮から顔を背けて気まずそうにエヘヘとはにかんだ。
(ガンガンいけない性格……?)
(ああ……。禮ちゃんが何とも言えん顔しとる。スマン、うちの従妹は自覚なくガンガンいってまうんや)
美作は瑠里の前で硬直した禮を見て、無言で目線を逸らした。
「レイくんは純くんのどーゆーとこが好きなんですか? 性格? さり気なく助けられるとこですか。お願いしたら大体何でもきいてくれるとこですか」
「それは瑠里ちゃんだけデショ」
瑠里からの質問に対し、禮はハハッと笑った。
美作は瑠里からワガママを何でも叶えてくれる便利な年上の従兄だと認識されているのは間違いない。そうでなければ美少年に会いたいなどという無理難題を押しつけられはしない。
「純ちゃんの好きなとこ」と禮は呟いて美作を注視した。
「優しいとこ……?」
「あ~。純くん優しいですもんねえ。付き合うてて優しくされたエピソードとかあります? 聞いてもええですか?」
――は? なんですって。
ビシンッ、と禮は凍りついた。思考回路が停止して「付き合う……?」と鸚鵡返しすることしかできなかった。
瑠里はハッとして手で口を押さえて左右を見回した。
「あ。人がいてへんからて、学校であんま大きな声で言うたらマズイですよね。ゴメンナサイ」
禮はゆっくりと美作のほうを振り返った。美作は顔の前に手の平を垂直に立て、声を出さずにスマンと口を動かした。
ちょっとゴメン、と禮は瑠里に告げた。美作の腕を掴んでグイグイと引っ張った。瑠里に「そこで待ってて」と言い残してふたりで植栽の向こう側へ移動した。
禮は美作の前に仁王立ちになり、両手を腰に当ててこれはどういうことだと追及した。美作はアハハと作り笑いをしたが、今回ばかりは誤魔化せそうにない。
「何でウチが純ちゃんと付き合うてることになってんの」
美作は顔の前でパンッと手を合わせた。お怒りはご尤も。仰有りたいことは察しが付きます。
「いや~~、スマン。ホントスマン。実は瑠里ちゃんはそーゆーコやねん。仲のええ男がふたりいてたらカップルと思うねん。イヤ、思いたいねん」
「そ、それは、つまり……」
美作は顔の前から手をどけ、白い歯を見せてアハハと愛想笑いを振りまいた。
「禮ちゃん分からへん? 石楠にそういう子いてへんかったか?」
「……いてた」
「頼む、一遍だけ。これっきりやから、話合わせてくれへんか」
禮は眉をひん曲げて「え~~」と不満の声を上げた。
「俺、瑠里ちゃん悲しませたないねん。お願い、禮ちゃん」
悲しませたくないと言われれば協力してあげたくなってしまうのが禮の性。しかも、優しいという印象も持つほどに前々から親切にしてもらっている。やはり禮は、美作からの頼みを無碍にすることなどできないのだ。
「……分かった」
ややあって、禮と美作が瑠里のところへ戻ってきた。
瑠里は植栽の裏側から出てきたふたりを見て「あれ?」と小首を傾げた。
美作は相変わらずの笑顔だったが、禮は心なしムスッとしていた。美少年・レイくんは、先ほどまではどちらかといえばフレンドリーに、端正な顔面で美しいとしか形容しようがない美麗な微笑みを見せてくれていたと思うのだが。学校内で付き合っていると発言したのは無配慮がすぎただろうか。
無論、禮の機嫌を損ねてしまったことは美作が一番よく分かっていた。植栽の傍を通った際についてしまった葉っぱをご機嫌取りにとってやった。禮はツンとしたままで、ありがとうとも言わず美作と目を合わせようとしなかった。
「レイくん何か怒ってはります?」
瑠里は控えめな声で尋ねた。彼女は禮と美作との間の独特な緊張感を敏感に感じ取っていた。流石は美作の血縁者。空気を読むことには長けている。
「別に。怒ってるわけじゃナイヨ」
――困っているだけです。
好きなものを好きと正直に主張できる瑠里は間違っていないと思う。女の子の願いを叶えてあげたいという美作は間違っていないと思う。自分が協力して何かを犠牲にしたり損をしたりすることもない。だから、美作と恋人同士であると偽ることは直感的にマズイことだと感じているのに、ハッキリと断る理由もなくて困ってしまう。
瑠里は「純くん純くん」と美作の制服の袖を引っ張った。
「レイくんみたいなキレエな男の子ゲットしてるなんて純くんほんまエライ✨」
(ほんまはキレエな女のコをゲットしたいんやけどな)
「ウチ、純くんと従兄妹でよかった。ほんでね、めちゃめちゃ感謝してるんやけど、も一個だけお願い……あかん?」
お願いの重ねがけ。瑠里の美作への甘え方は熟れていた。美作のほうも「ハイハイ。何デスカー」と慣れた様子だった。昨日今日従兄妹関係になったわけではないから当然だ。
禮は自分と虎宗との関係性を客観的に見ている気分だった。禮にとって虎宗にお願いをするのもされるのも自然なことだった。虎宗は昔から禮が何を言っても拒否したことも音を上げたこともない。幼い頃は今よりも遠慮のない我が儘をぶつけていたような気もするけれど。
「妄想力豊かなオトメとしては、恋人っぽいトコ見てみたいなぁ~なんて」
「恋人っぽいこと?」
「ちゅーしてるトコ見てみたい🩷」
美作と瑠里はふたりして禮を見た。
禮は即座に身体の前で両腕でバッテンを作った。言うまでもなく当たり前だ。そこまでは協力できない。
「ソレは無理――」
ガシッ、と美作は禮の両肩を捕まえた。爛々と輝く目で禮を見詰める。
「スマン禮ちゃん。瑠里ちゃんの頼みやから。軽めにチュッとやるだけでええから✨✨」
「軽くても重くても無理なもんは無理ッ」
禮はブンブンと首を左右に振った。
美作は決して手を離さなかった。その執念は従妹可愛さのみに起因しているとは思えなかった。
(役得🩷 やっぱ禮ちゃんに頼んどいてよかった~。他の男とヤレ言われたらゲボや)
彼を突き動かすのは、ただただ邪な一念だった。
美作は正常な青少年だ。可愛い女の子とキスをしてみたいのは本音だ。勿論、渋撥は恐い。当然に恐い。言うまでもなく恐い。しかし、稀代の美少女とキスができる千載一遇のチャンス。この場には三人しかおらず犯行がバレる危険性も低い。当たり前にキスしたい。
「禮ちゃん俺のこと、嫌いか?」
「純ちゃんのことは好きやけど! せやけどコレはそういう問題ちゃうやん!」
「禮ちゃん~~ッ!」
「アホ、今出てってどうするつもりや! 帰ったフリしてずっと覗いてマシタて言う気かッ」
物陰から躍り出ようとした虎徹を、幸島が羽交い締めにして引き留めた。力尽くで再び物陰に引き摺りこんだ。
虎徹は幸島に羽交い締めにされても尚、手足をばたつかせて暴れた。脩一は虎徹の腕を押さえつけた。
「騒ぐな虎徹! オイ大樹! 虎徹の足押さえろ!」
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※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
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