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#19:Warrior
Remember me 01 ✤
しおりを挟む落日と共に漂っていた冬の残り香が完全に消え失せ、夏の匂いや色彩が徐々に濃くなる時節――――。
相模禮の最近の環境の変化といえば、衣替えをしたこと。冬服のセーラー服は黒を基調にし、赤のラインをアクセントにした厚手の生地で仕立てられていた。夏服の上着は荒菱館高校のトレードマークの赤がラインとしてあしらわれた、爽快な純白色の薄手の軽やかなものだ。
禮はこの制服が気に入っていた。幼稚園から中学時代までを過ごした石楠女学院の制服は青を基調にしたものであり、それとは対照的なイメージだからだ。
本日は荒菱館高校の初夏に催されるイベントのひとつ、能楽鑑賞の日。
生徒総不良と悪名が高い本校には不釣り合いと思われる高尚な行事だが、青少年の多感な感性に刺激を与え豊かな情緒を養う助けとし、また非行を防止する一手として学校行事に盛りこまれて久しい。
このイベントは全校生徒参加であり、能楽堂は荒菱館高校の生徒で満席になるはずだった。しかして実態は、欠席者が多く空席のほうが多いくらいだ。大人が思惑の元に尽力しようとも、そもそもの興味・関心の薄さは否めない。
桜時杏と大鰐平は、学校の椅子よりは幾分上等な椅子にぐで~と深く凭れかかっていた。まだ初夏だというのにすでに暑気にやられていた。ついでに言えば、堪え性もなかった。
「暑いわ~」
「ケチケチせんともっと冷房効かせや。こちとら金払っとんやで」
「夏服なったから全然マシやよ、アンちゃん、へーちゃん」
完全にだらけている杏と大鰐には、禮が何故涼しい顔をしていられるのか不思議だった。
「それでも暑いもんは暑い。禮は暑ないん?」
「暑ないことないけど、ココ一応クーラー入ってるから」
杏の真ん前の座席には士幌虎徹が座っていた。彼はぐりっと上半身を捻り、並んで座っている杏と禮のほうを振り返った。
「ちゅうかアンちゃんやっぱしフツーにうちのクラスにいてんな。コレ席順一応クラスごとやで」
「みんな好き勝手に座ってるやん。大体、横に自分のオンナ引っ付けとるアンタに言われたない」
「俺のオンナちゃう。黒マリちゃんは友だち、ト・モ・ダ・チ」
「嫌やわ虎徹はん。黒マリやのうて〝鞠子〟呼ばはってください」
虎徹は否定したが、黒崎鞠子はソッと虎徹に寄り添った。
杏は「ホラ、アンタのオンナやん」と自信を持った。虎徹は断じて違うと言い張った。
虎徹の言うとおり、座席はクラスごとに割り当てられているが、半分以上は空席なのだから事実上は自由席だ。杏同様、鞠子も無断で自分のクラスから移動してきた。
杏は虎徹の反論を無視した。禮のほうへ顔を向けた。
「禮は近江さんのトコ行けへんの」
「えっ。ウチはええよ」
「ウチも付いてくからええやん。あっちのほうが席ガラガラで涼しそうやよ」
杏はそう言って前方を指差した。
あっち――――それは渋撥たち三年生の座席だ。この能楽堂は、舞台をコの字型に囲うようにして観客席がある。一年生の禮たちと三年生の近江渋撥たちでは丁度対面の位置関係になる。下級生に増して三年生の席はガラガラであり、渋撥の座席はすぐに見て分かった。杏が指差したその先には、確かに渋撥と美作純がいた。
「禮ちゃん他んトコ行ってしもたら嫌やぁ~。ここにおってぇな」
「うっさい暑苦しい。アンタは黙っとき」
杏は最早虎徹のほうへ顔を向けることもなく一刀両断。
「ちゅうかこんなクッソおもろない行事に近江さんがキッチリ参加しはるっのが意外やな」
「禮のいてるトコには付いてきはるんやろ」
意外と言った大鰐に対する幸島甲治の感想はおそらく的を射ている。誰も異を唱えなかった。
「席ちゃんと決もてるし、やっぱ自分の席おらなあかんよー」
「バカマジメに自分の席いてるヤツなんかようおらんよ。禮は近江さんのカノジョやのになに遠慮してんの」
「イヤっ、遠慮とかとちゃうよ。ただ……だってハッちゃんのクラスの担任の先生、ちょお恐いし……」
禮は顔の位置を下げつつ声をフェードアウトさせた。
「あぁー、体育のタキかあ。ごっついもんな、顔もガタイも」
「顔に得体の知れへんデッカイ傷あるし。只者ちゃうオーラ出とるな。うちのマキと違て、タキは〝ザ・荒菱館教師〟っちゅうカンジや」
「近江さんのクラスやからあんな担任が厳ついんかな」
「イヤ、顔もガタイも近江さん負けてへんで。どっちか言うたら俺は近江さんのが恐い」
「そりゃ虎徹君がドツかれとるからやがな」
由仁は虎徹を指差してアハハハと笑った。
「アンタさー、ほんまにタキなんか恐がってんの」
「恐い言うか、先生には怒られたないよ」
杏は釈然としない様子だった。殴り合いの喧嘩にも暴君渋撥との対峙にも臆さないクセに、たかが教師が恐いなどとはにわかには信じられなかった。
「それにやっぱり」と禮は言いにくそうに口を開いた。
「みんないてるトコでハッちゃんとふたりになんのはちょおハズイし……」
「今更なに言うてんの。ちょくちょくふたりでガッコ来たり帰ったりしてるやん。近江さん、教室まで迎えに来はるし。遊園地行ったときは一緒に遊びよったやろ」
「遊園地のときはみんなバラバラの自由行動やったし」
「禮のハズイポイントよう分からんな」
禮は膝を揃えて俯き、その耳はやや赤くなっているように見えた。
杏は、禮は本気で羞じらっていると思った。こういうところが自分とは育ちが異なると半ば感心した。
「案外近江さんのほうが禮が来るの待ってはるかもよ。近江さんもほんまは禮と一緒がええなーと思てはって、禮が来るの待ってはるとか」
「ハッちゃんはそーゆータイプちゃうよ」
「近江さん無表情やさかい分かれへんやん」
「無表情でも分かり切ってることあるで。オイ、虎徹。ちょおコイツに抱きついてみろ。向こうから飛んできはるで」
大鰐は無責任に言って親指で禮を指した。
虎徹は任せろとばかりに立ち上がろうとしたが、鞠子に腕にしがみつかれて引き留められた。
「あ、そうだ」と禮は座席から立ち上がった。渋撥との間柄を話題にされるのが気恥ずかしく、この場から離れたかった。
「アンちゃん暑いんやろ。飲み物買いに行こ。まだ開演までちょっと時間あるし」
「そやな。買いに行こか」
「禮ちゃんが行くなら俺も一緒に行こ~♪」
「虎徹はんッ」
再び立ち上がろうとした虎徹の腕を、鞠子は素早く引き留めた。
大鰐は杏と禮を見上げ、自分の分も買ってきてくれと頼んだ。
「ついでに俺にリアルゴールドな」
「何でウチがへーのパシリせなあかんの」
「オマエホンッマちょっともカワイない女やな」
杏にツーンと断られ、大鰐の短い眉毛がピクッピクッと痙攣した。
禮は気さくに「ええよ」と言ってあげた。
「ウチが買うてきたげる。リアルゴールドやね」
「頭ン中オトコやけどコイツのほうがよっぽど気が利いとるで。見習え、アンズ」
「そーゆーこと言うなら買うてきたげへんよ、へーちゃん」
禮と杏は座席に座る生徒たちの膝頭を避けて進んだ。通路に出てからふたり横に並んで微笑ましく何やら談笑しつつ、観客席から出て行った。
ふたりの後ろ姿を見送ったあと、由仁が「なあ」と口を開いた。
「さっき桜時が言うてた……近江さんもほんまは禮ちゃんと一緒にコレ観たい説、どう思う?」
「サスガにコレを観たいとは思わへんやろけど」
「単純に禮を放っとかれへんやろ。同じクラスに変なのもおるからな」
「誰のこと?」
「オマエや、虎徹」
由仁は前の座席に腕を乗せて凭れかかり、ハハッと苦笑を漏らした。
「近江さんて、激嫉妬深いもんな」
鞠子を除く全員の脳裏に、ギラギラと目を光らせる渋撥の姿が浮かんだ。全員がスッと同時に手を挙げた。満場一致でファイナルアンサー。
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