ベスティエンⅢ

熒閂

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#22:Prinz-Prinzessin

Ein Junge sich in den Prinz verliebt. 01 ✤

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 美作ミマサカを先頭にして、天壇青てんだんせいの制服を着た少女たちは必死に走った。和々葉ワカバなどは運動が苦手で足も速くはないが、それでものんびりとした鶴榮ツルエ渋撥シブハツを置き去りにするには充分だった。
 尊敬する先輩を置いて脱兎の如く逃げ出した美作は薄情と言えなくもないが、鶴榮がいる限り一大事にはなるまいという妙な信頼があった。彼の言い分としては、あのふたりへ無用の心配をするよりも、少女たちを庇護して逃がすことを優先したというわけだ。
 美作はゲームセンターが視界に入らないところまで走ってきて後ろを振り返った。追いかけてくる人物もいないし、怒声も聞こえない。此処まで来れば店の入り口から飛び出してきた店員にすぐさま発見されることはないだろう。その場にいなければ何とでも言い逃れすることは可能だ。何より、そろそろ少女たちのスタミナが心配だ。彼よりも随分少ないに決まっている。
 少女たちはみな、ぜえはあ、ぜえはあ、と肩を大きく上下させた。
 レイだけが呼吸も乱していないのは流石だった。走ってきた方向を振り返った。

「咄嗟に逃げてしもたけど、よかったんかなあ」

「逃げんでどうするん! あんなの壊してただで済むわけないやん!」

「お店の人に謝らんでええんかな」

「やったのはあの人なんやから謝るんやったら本人やろ! 禮が謝ることない!」

 伊予イヨは禮の両肩を掴んで前後に激しく揺さぶった。

(イヤー、近江オーミさんが謝らはる展開は絶対あれへん)

 伊予は禮をなんと純真な心根だろうかと思ったが、美作は伊予も充分に素直だと思った。渋撥のような人間が、譬え自身に非があったとしても一方的に頭を下げるなど有り得ない。暴君振りを知らないでいれるのは幸いだ。

相模サガミさん?」

 街中で苗字を呼ばれるとは予想外。禮は声のほうを振り返った。
 禮たちと同年代の少年。学生服を着崩さず着用し、黒髪を刈り上げた短髪。目付きは鋭くなく、背筋は伸び、見た目から爽やかな好印象を受ける。美作は、一見して自分とは相反する属性を感じた。
 刈り上げの少年は、禮の苗字を呼び、その視線は禮に固定されていた。親しげな表情もしていた。しかし、当の禮は半ばポカンとして少年を見詰めていた。

「えーと……?」

「この前遊びに行ったやん。御笠ミカサ学園ガクエンの、ゼン君」

 禮は生返事。和々葉が慌てて耳打ちをした。

「ああ。ゼン君こんにちは」

「こ、こんにちは」

 少年は、今の今まで綺麗さっぱり忘れられていた気配を感じ取って苦笑した。否、禮のソワソワした感じ、しっかりと思い出したというわけでもないだろう。禮の友人たちの申し訳なさそうな作り笑顔が居たたまれない。

「あ……えと、今日はどうしたの? みんなで集まって。校則厳しいから放課後遊んだりあんまりしないって言ってたよね。今日はその、少ないチャンスの日とか?」

「うん、まあ、そんなとこ」

 伊予は簡潔に受け答えをした。心此処に在らず。いつゲームセンターの店員が追いかけてくるかと気が気ではない。彼にしても彼女たちを引き留めたいだけの実のない会話だ。今の伊予には、それに付き合っている心の余裕はなかった。少しでもゲームセンターから離れたかった。

「ボクは塾に行く途中なんだ。まだ少し時間あるからよかったら――」

「ウチら今ちょっと急いでるからまた今度」

「え? 急いでるって? 遊んでるんじゃ……?」

「遊んでたけど今は急いでる」

「ほら、行くよ」と伊予は椛と和々葉に声をかけた。面倒見のよい彼女は、再び禮と夜子の手を捕まえて引いた。

「あ、あの、相模さんッ」

 呼び止められた禮は、素直に足を停めて振り返った。
少年は引き留めたくせに禮と目が合わないように顔を背けて口をもにょもにょと動かした。

「少し……少しだけ話できないかな。相模さんこの前スグ帰っちゃったからボク、連絡先聞けなくて……あれ以来、話できなかったから」

 ――おやおやおや、この雰囲気は妙やな。
 美作は少年から醸し出される切羽詰まった甘酸っぱい雰囲気を察知して傍観者に回った。幼気で真面目そうな少年の本懐を遂げさせてやろうなどという親切心ではなく、下世話な野次馬根性だ。
 しかしながら、禮は何も察知していなかった。キョトンとして小首を傾げた。

「ウチ、スマホ持ってへんくて。お話すぐ済む? 今ちょっとなら聞けるよ。なに?」

「えっ、ここで?」

「あかん?」

「できればふたりで、がいいんだけど」

「それは無理。今みんなで遊んでるから」

(禮ちゃん! 勘が悪すぎる)

 椛と和々葉は額を押さえた。そう、禮は運動神経や反射神経は人並み外れているが、勘の鈍さは尋常ではない。
 今此処で、と要求された少年は、頬を染めて黙りこんだ。
 彼は禮が鈍感で察しが悪いことを知らない。そして彼も恋愛上手というわけではない。故に、勇気や誠実を試されていると思った。秘密裏にふたりでなどと場や状況を選り好みせず公明正大であることを求められていると思ったのだ。

「じゃ……じゃあ……ここで……」

「禮! 今はマズイッ」

「え。なんで?」

 禮の手を引いてこの場を離れようとした伊予の視界に、追いついてきた渋撥と鶴榮が入った。
 最悪のタイミングだ。最悪の取り合わせだ。禮以外の石楠生徒は、これからの展開を想像してヒエエェと震えた。

「おったおった。あ。男とおる。すぐナンパされるなあ、あの子ら」

 鶴榮は隣を歩いている渋撥に揶揄い半分に言った。
 渋撥は情況や関係性など分からず男といるというだけでも少々ムッとした。その反応を見るのを鶴榮は楽しんでいた。

「ボクと付き合ってください!」

 少年は真っ赤な顔で、大きな声でハッキリと禮に告げた。
 言った。言ってしまった。想像どおりの最悪の展開を迎えてしまった。伊予たちは自ずと禮から数歩離れた。告白という空間は、告げる側と告げられる側のみで成立するべきだという観念が彼女たちをそうさせた。
 鶴榮が伊予に近寄ってきた。声をかけられるだけならまだしも、告白されるとはどういうことだ。いくら石楠女学院の制服が衆目を集めるといえども、少々目を離した隙に一目惚れをされて愛の告白などそうそうある出来事ではあるまい。

「何者や、あの男」

「あー……この前合コンしたー……相手のひとり」

 伊予の言葉を聞いて反応したのは美作。

「お嬢も合コンするんか。どんな合コンするんや。まさか王様ゲームか。中坊の分際で~~!」

「やかましい」

 ゴンッ、と鶴榮は美作の頭に拳骨を食らわせた。

 禮に告白した刈り上げの少年は山口善也[ヤマグチ ゼンヤ]。私立の男子校・御笠学園の生徒だ。
 御笠学園は、文武両道の校風であり、偏差値がお高めでスポーツでも優秀な成績を誇る。お堅い家柄や古い家柄の保護者も多く、生徒の大半は真面目で品行方正。善也は、パリッとした清潔な学生服を校則違反ひとつなく着こなし、背筋をスッと伸ばし、スポーツマン然とした短髪に快活な笑顔。その爽涼な風貌はまさに御笠学園のイメージにピッタリであり、石楠女学院では〝御笠の王子〟として評判だった。
 御笠学園の立地は石楠女学院に程近い。女子校と男子校といえども、むしろそれ故に、両校の生徒の交流は伝統的なものだ。学校行事として公式な交流もあるが、一部の生徒の間ではプライベートな親交もある。伊予の場合は、友人が通っている塾で御笠学園の生徒と仲よくなり遊びに行こうという話になったからと誘われた。その際に、今日と同様に仲よしメンバーで参加した、というわけである。

 鶴榮と美作は、自然と少女たちと円陣になって経緯を聞いた。

「そのときからゼン君は明らかに禮ちゃんのこと気にしてたんですけど、禮ちゃんぜんぜん気づいてへんで」

 和々葉は肩を窄めて小声で言った。当人がすぐ傍にいて陰口というわけでもないが何となく声を抑えてしまった。
 美作はウンウンと頷いた。

「ニブそうやもんな。あのカオでニブイっちゅうのは質が悪い。今まで山ほど告られたっちゅうのも、あの天然振りで女慣れしてへん男を無意識に釣り上げてたんやろなー」

「禮は合コンいうモンよう分かってへんですよって、渋撥はん許してくれはりませんやろか。あの日も合コンて知らずに行ってたんどすえ」

「許すって何! 禮が悪いんちゃうもん! 禮はキレエで純粋で誰にでも優しいだけ! 向こうが勝手に好きになるだけやんッ」

 伊予は頬を膨らませて美作からプイッと顔を背けた。

「それはそうかもしらんけど、近江さんには通用せえへんで。自分のオンナが合コン行ったなんてフツーの男でもキレる。ましてや近江さんや。女にナメた真似されて許しはるわけがない。今までかて、気に入らんかったら即ギリや」

「何ソレ何様⁉💢」と伊予は憤慨。

「オマエちょお黙っとけ、美作。変にこじれる」

 鶴榮は美作の臑を爪先で蹴飛ばした。

ハツは、許す許さんの話ちゃう。執着心があれへん。物でも人でも見切り付けるのが異様に早い)

 鶴榮が渋撥を見てきた時間は美作よりもずっと長い。異性関係も数々見てきた。恐がられがちな容姿ながらも、名前が知られている分、接近や籠絡を試みる女は絶え間なかった。様々なタイプ、様々な容姿、両手の指では足りないほどの女が関係を持っては離れていった。
 この情の薄い暴君は、ただのひとりも執着することはなかった。執着どころか記憶しているかどうかも疑わしい。少しでも気に入らないことがあれば努力や忍耐よりも切り捨てることを選び、まるで初めから存在していなかったように二度と口にすることもない。誰と何をして時間を過ごしても何も残らない。
 だからこそ、鶴榮は渋撥がこの情況でどういう反応をするか興味があった。相模サガミレイという少女は、初めて渋撥が自ら選んだ。

 渋撥は禮の二の腕を掴んで自分のほうへ目線を向けさせた。

「オイ。どういう情況や」

「荒菱館……?」

 善也は眉を潜めた。品行方正の代表格のような生徒でも、真白い学生服とその学校の悪い噂くらいは耳にしていた。住む世界が異なる住人にすら認知されているほど悪名が高いということだが。
 善也は自分よりも頭ひとつ分は長身の強面にキリッと強い目を向けた。彼は想いを寄せている女の子が腕を掴まれて黙っていられる性格ではなかった。

「この子たちに絡むのやめてください」

「だいじょぶ、ウチら絡まれてへんから。ゼンくん」

「え。知り合いなの?」

「知り合い言うか……」

 禮は言葉を詰まらせた。カレシやよ、と堂々と言ってしまえばいいのに恥ずかしくて口にできなかった。自分でも意気地のないことだと思うが、如何せん恋愛に於ける経験が乏しい。

「知り合いじゃないんだろ」

「知ってる人! ちゃんと知ってる人やから。ゼンくんの誤解やよ」

「相模さんに近づくな、不良ッ」

 善也は渋撥に対して面と向かって非難を浴びせた。

「あのジャリ、近江さんに何ちゅう口を」

 美作は忌々しげに舌打ちした。
 鶴榮は、正義漢丸出しだな、と胸中で嗤った。純粋で真っ直ぐで恐いもの知らず、子どもらしいと思った。あの大きさまでそう在ることができたのだから大したものだ。美作の言を借りるなら「スレていない」。

「荒菱館なんかと関わっちゃダメだ、相模さん!」

 善也は禮の手を捕まえた。
 その所業は、暴君の目に余る行為だった。三白眼で舐めるように睥睨した。

「関わるな? オマエこそ俺のオンナになに勝手に触ってんねん。手ェ離せ、クソジャリ」

 善也は目を大きくして信じられないという表情を見せた。石楠女学院と荒菱館高校という取り合わせも意外性が過ぎるのに、一見して可憐な美少女と強面の巨躯とが恋仲であるなど信じたくなかった。

「相模さん、コイツの言ってること本当? 本当にこんな男と付き合ってるの?」

 面と向かって問い質された禮は、恥ずかしくなってコクンと頷いて顔を伏せた。

「……うん」

「騙されてるよ。こんな不良と付き合っちゃダメだ。コイツら荒菱館だよ。あんなガッコのヤツらなんかロクなものじゃない。キミは石楠なんだから住む世界が違う。荒菱館なんかとは関わらないほうがいい」

「ゼンくん、言いすぎ――」

「手ェ離せ言うてるやろが。ぶっ飛ばす」

 渋撥の声のトーンが低くなり、禮はザワッと嫌な予感がした。振り返ると渋撥が拳を握っていた。それを見て一気に肌がざわついた。渋撥はすでに攻撃のモーションに入っていた。
 禮は善也の手を振り払い、善也に背を向けてガードを作った。
 ガギィィインッ!
 腕のガードは、マシーンすらも粉砕する渋撥のパンチと衝突してビリビリビリッと振動した。渋撥のトルクが生み出す圧倒的なパワーに弾かれるように崩された。

「オマエは何してんねん💢」

「何でスグ殴るかなァ……ッ」

 禮は腕の痛みに耐えながら愚痴った。

「何でもクソもあるかボケ。自分のオンナに手ェ出されて黙っとくなんかヘタレかマヌケじゃ。俺のオンナに手ェ出すなんざ、そんなモン俺的死刑や」

「ウチとゼンくんはタダの友だち」

「目の前で告られといてか……!」

「告られても友だちは友だちやん」

(コイッツ……! クソニブすぎひんか⁉💢)

 渋撥の蟀谷こめかみ辺りがピクッピクッと痙攣。この異変に気づかない禮はやはり鈍感だし観察も足りない。

「オマエ、やっぱし俺と付き合うっちゅうことがどういうことか、イマイチ分かってへんな。俺はな、自分のオンナにホイホイ合コン行かれて黙っとけるほど人間でけてへんねん。他の男にコナかけられるのもクソ気分が悪い」

「合コン……?」

 禮はピンときていない顔。一から十まで説明してやる余裕は渋撥にもなかった。兎角、今は苛々する。
 苛立った渋撥は善也のほうへ目線を移した。善也も受けて立つと言わんばかりに胸を張って渋撥を睨んだ。

「俺が死刑言うたら死刑やねん。ちゅうわけでオドレは死ねクソジャリ」

「あかん。友だち殴る言われて黙っとかれへんよ」

「この期に及んでまだトモダチやと……ッ💢💢」

 想いを告げた男女の間で友情など成立するものか。あったとしたら一方のみであり、もう一方は恋情を友情に変換することなどできるはずがない。渋撥にとっては当たり前すぎる常識が禮には通用しない。それがこんなにも苛立つことだとは。自分より小さく脆く、いくつも年下の、それも少女に、このように腹立ちするのは初めてのことだった。

「黙っとかへんっちゅうなら何してくれるっちゅうねん。俺に勝たれへんクセに」

 渋撥は苛立ちの儘に挑発的に放言した。この暴君に感情を抑制するなど無理なのだ。
 ――アホか此奴。男と女との間で腕比べの勝ち負けを持ち出すなど。
 鶴榮は見てられないとばかりに項垂れた。少女の世間知らずぶりを腹に据えかねたまでは分かるが、文句の選別が下手くそすぎる。

「……今のはちょっとムカツいた」

 禮はむすぅ~と眉根を寄せた。
 禮と渋撥、両者の腕っ節の優劣は明白。禮は己の力量を正確に測れる。しかし、過分な侮りを甘受するつもりはない。傲慢に高圧的に侮辱されるのは耐えがたい。
 ドボォオッ!
 禮は全力を乗せたパンチを渋撥の鳩尾みぞおちに叩きこんだ。

「あ!」と美作が声を漏らし、鶴榮は額を押さえた。攻撃の手段を心得ているというのは厄介だ。口より先に手が出る。泥沼化だ。
 不意を突かれてかなり深くまで打撃が入った渋撥は、鳩尾を手で押さえて口を噤んだ。

「ハッちゃんて何考えてんのかぜんっぜん分かれへんし超俺様!」

「オウ。それがどうした」

「ハッちゃんなんか大ッ嫌い‼」

 感情的で端的で刹那的で単純明快で、恋人同士には訣別みたいな台詞。思考を停止させるに充分なパワーを持った台詞だった。
 それっきり禮も渋撥も黙りこんだ。視線をかち合わせたままロボットみたいに停止して沈黙した。友人たちも固まった。次の一手はどちらからどう動き出すのか、まじろぎせず見守った。
 先に動き出したのは禮のほうだった。クルッと渋撥に背中を向けた。

「……帰る」

 誰かに対して言ったのではなく明確な意思表示。一歩的にそう告げて歩き出した。
 禮は早足でどんどん進んでいく。

「相模さん、待って!」

 善也だけが慌てて追いかけた。
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